ドングリの池の伝説
「どんぐり池の伝説?」
ゴローはおうむ返しに聞きました。
「ああ、知らないんだね?はぁー、全く、知らないんだね。」
アキコは、派手に失望しながら頭を振りました。
どんぐりの池には伝説がありました。
それは、池にドングリを投げ入れながらお願いすると、その願いが叶うと言うのです。
「まーたー。そんな事あるわけ無いでしょ?」
ゴローはバカにしたようにアキコに言いました。
だって、ドングリを投げ入れるだけで願いが叶うなんて、調子が良すぎます。
「まあ、いいさ、信じないなら、それでもね。」
アキコは、自分も半分妖精の部類のゴローが、山の不思議な力を信じずに、ないがしろにする様子を、あきれた気持ちで見つめていました。
「ドングリを池に入れてお願いが叶うなら、秋には皆幸せになって、この池はドングリまみれで水が溢れてしまっているよ。」
ゴローは自信満々にアキコに言いました。
「特別なドングリでなきゃ、効かないんだよ。それに、アンタは不思議なものを否定するけど、毎回この池で妖精を見ているじゃないか。あれだって、この世の生き物じゃないだろう?」
アキコは深いため息をつきました。
ゴローは、しばらく黙って何かを考えていましたが、やがて、心配そうにアキコに質問しました。
「妖精って、生き物じゃなかったの?」
はぁぁ……。
アキコは、頭がいたくなりました。
気ままで面倒くさがりのゴローは、この森を出たことはありません。
普通は、恋の季節には旅に出掛けて相手を探すのですが、ゴローにはそんな気持ちは少しもないようです。
生まれてこのかた、同い年のメスの熊を見たことが無いので、辛い思いをしてまで探す気持ちにならないのでしょう。
「ま、何でもいいわ。とりあえず、ドングリ渡すから、明け方に池に投げてお願いしてみなさいよ。もう、やりたくなければ、それでもいいから。ドングリ、渡すわよ。」
キツネのアキコは、ゴローの手に3粒のドングリを再び乗せました。
「面倒くさいなぁ……。これ、食べちゃダメ?」
ゴローは、上目使いにアキコを見つめましたが、キッと睨まれて、
「さっき、腹の足しにもならないって言ったでしょ?もう。」
と、文句をいわれて、諦めました。
「わかったよぉ。ちゃんとやるよ。お嫁さん、来てほしいから。」
と、ゴローは言って無邪気に笑いました。
それからしばらくすると、夜が開けてきて、空がしらみかけてきました。
山の向こうから、爽やかな朝の風と共に、太陽の光がこぼれてきます。
ゴローは、ドングリの実を二つ食べると、文句は言うけれど、やさしい友達のアキコの為に最後の一つは池に向かって思いきり投げました。
「お嫁さんに出会えますように。」
ぽーーん。
小さなドングリは、思ったよりも軽々と飛んで池を横切り、対岸の草むらに消えて行きました。
「ああっ、もったいないなぁ。」
ゴローは、自分が失敗したことなど忘れたように、消えたドングリを惜しみました。
その切ない、うなり声を聞いて、草むらが揺れました。
「誰かいるの?」
綺麗な女の熊の声でした。
ビックリして立ち上がったのは、艶やかな赤みのある柔らかい毛並みのツキノワグマで、頭がくらくらする位、いい匂いを漂わせてゴローを見つめていました。
「お、俺ですっ。」
ゴローも立ち上がり、興奮ぎみに叫びました。