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研究しよう(3)

 詩織と香苗の勉強会はしばしば開催された。大袋のお菓子を用意し、それをつまみながら、研究について語るのだ。

 それは整理されているとはとても言い難いものだった。魔法自体、現状ではわからないことだらけで、どこから手を付けたものだか整然とした理由をもって当たることができない。そんな魔法についてどうにかわかっていることや可能性について語り、同時に研究手法や学校の勉強についての私見なども取り留めもなく紛れ込む。やがて「あれ、何について話していたっけ?」とどちらかが気づいて、うやむやのまま終わる。

 これで良いのだろうか。詩織はたまに思う。香苗の望むものを出せているのだろうか。

 香苗は真面目にノートを開いて、罫線の上に文字を躍らせる。それは救いだ。書くべきことがこの雑多さの中にいくらかあるということだから。


   □■□


 日曜日の空気は浮ついている。住宅街の通りは静かで、遠くを走るバイクの音が大きく響く。どこかのお宅からお子さんの甲高い大声が聞こえてくる。街の人々は休みに活気づいているはずなのに、街自体はしっとりと静かだ。歯車が噛み合っていないような、どこか覚束ない気配。

 詩織は早くに目を覚ましてしまった。二度寝はできそうにない。カーテンを通して太陽の明かりが詩織の顔にかかっている。


 ──午後一時からだったかな?


 篠田邦彦曰く「画期的な技術」の説明会開催時間だ。詩織は参加することに決めていた。大したことはないだろうという楽観ともしやという焦燥に数日悩まされたが、昨夜になってようやく定まった。大発明でも肩透かしでも、見てみないと評価さえできないのだ。肩透かしだったら大いに笑ってやろう。ハイになった攻撃的な思考が渦を巻く。


 詩織の研究は茫洋として進まない。アイデアはいくらか出たが、精度は難ありとしか言えない。

 一番シンプルなものを例としよう。「同じ魔法を何度使えるか」。回数自体をその人の魔力量とみなす。「魔法一回=1」の解釈だ。これはとても良さそうに思える。シンプルであるということは、疑いの余地が少ないということだ。強度が高い。

 では、この方法の何が問題か。


 まず「魔法一回=1」にすると1に揺らぎが生じてしまうということだ。同一人物が使う同一の魔法であっても消費魔力は一回ごとに誤差がある。百メートル走を複数回走った時のタイムのバラツキのようなもので、ぴったり揃えるというのは至難の業である。これでは精度はお察しだ。


 そして、この方法には「魔力の統一規格」になりえない欠陥がある。それは誰もが使える魔法というものの不在だ。データ収集して見えてきたものだが、それぞれの魔法使いが使う魔法はすべてユニークであるということだ。同じような効果の魔法も、複数の違う理屈で生じているし、理屈は同じでも消費魔力に差がありそうなのだ。「創水」の魔法を使えるものは比較的多いが、空気中の水分を集めるもの、水素と酸素を化合させるもの、無から有を作り出すものなど理屈は多種多様だ。これを同一の魔法だと言い切ってしまうのは乱暴に過ぎる。


 だからこの方法は破棄せざるを得なかった。


 もしこれらの欠陥がなかったとしても、計測方法として採用するのは難しかっただろう。身体測定のシャトルランのようだ、と詩織は思った。持久力を20メートルを1として計測するもので、音に合わせて子供たちがわっと走り出す。いくらか走って、脱落者が出始める。その脱落者、本当に限界? ぺたんと座り込むけれど、息が切れた様子もなく、隣の友達と話して笑っている。信用なんてできるはずがない。


 ここ数日、以前にも増して詩織は研究と向き合っていた。日曜日がデッドラインだと自然に決まっていた。勿論、時間的猶予の無さから、実験も行えないし、完成まで漕ぎつけることはできないことは明白だった。だから、せめて納得のゆく理論だけは見つけたかった。

 結果はご覧のあり様。


 霊感を求めて散歩していると自分の案の粗ばかり見えてしまう。詩織は手ぶらで説明会に向かわないといけない。


   □■□


 篠田邦彦のグループが何人いるのか、正確なところはわからない。ときわ荘では五、六人の人間がばたばたと準備を整えていた。それだけで、人数的に負けているのは確定的に明らかだ。篠田邦彦の姿は見えない。発表のための最終確認でも別の場所ででもしているのだろう。

 聴衆の数はそこまで多くない。それこそ、いま準備している人員と同程度で、研究というものの注目度を考えたくなる。ときわ荘でぐだぐだとした時間を過ごしに来たものも混じっているだろう。真面目に見に来たのは詩織を含めて何人いるだろうか。


「あ、詩織さん、来たんだね」

 そう声を掛けてきたのは団長だ。その後ろでは耕生が笑顔を浮かべている。

「こんにちは」と詩織は頭を下げる。


「初の魔法研究発表だ。思ったより早く実現したもんだなあ」と団長はしみじみと言う。

「そうですね」

 自分の声に感情が乗っていない。できればそれを成すのは自分でありたかった。

「詩織さんも研究分野に精を出しているからね、来ると思ったんだ。やはり、気になるものだよね」

「そうですね」

「楽しみ楽しみ」と耕生がニヤニヤ笑う。「こういう集団を作ると、やっぱりいろんな人がいるから良いよね」


「あの……どんな発明をしたのか、お二人は聞いていますか?」

「うん? いや、何も聞いていないよ」

「僕も。やっぱり事前に事務的に聞くよりは、ほら、何ていうか、アピールしてさ、伝えよう伝えようとしている中で聞いたほうが楽しいよね」

「不安はないんですか?」

「不安? 何の?」

「初めての研究発表だから、それなりのものを発表して欲しいだとか……」

「ないね」耕生は断言した。「雑多な中から、玉というものは現れる。僕はそう信じている。大事なのは、何かをしたいと考え、実現し、それを発表し、共有し、それが自然だという状況になることだ。これを皮切りに雨後の筍の如くにょっきにょっきと後進が現れることを期待しているよ。勿論、詩織さんもね」




 時計が一時を指した。

 しばらくして、一つ小さな箱を持って、篠田邦彦が現れた。玄関から思い思いに床に座る聴衆の後ろを通ってホワイトボードの前へ歩みを進めて、脇に置かれたちゃぶ台に箱を置く。箱の天井を軽くぽんと叩いて、笑みを浮かべる。


「本日はお集まりいただき、感謝します。今日発表する内容は、我々の初めての発明であります。同時に、魔法使いの在り様を変える可能性を備えた傑作だとも自負しております」


 普段は荒い言葉遣いの多い彼だが、さすがに丁寧語を使うらしい。

 ノートを膝の上に広げる。シャープペンは右手に。シャープペンは外側が木製で、握る部分が少し太め。ずんぐりむっくり。愛らしい上に頑丈で、愛用の逸品だ。

 聞き漏らすまいと詩織は耳をそばだてる。


「我々は魔法をより発展させるため、魔法の欠陥を考えました。必要は発明の母というように、なんらかの欠落を埋めるためにこそ、アイデアは発生するのです。さて――その魔法の欠陥とは何でしょうか」


 篠田邦彦は黒のマーカーを手に取ると、ホワイトボードに向かう。角ばった特徴的な字体でボード上に文字を置く。少し右下がりだ。




   魔法の欠陥とは


①使用者の認識範囲でしか使用できない

②魔力による使用上限がある

③一部魔法における効果維持の困難さ

④使用者次第で使える魔法が限られてしまう




 そこまで書いて、マーカーにキャップをかぶせ、彼は再び聴衆と向かい合う。


「勿論、欠陥はこれだけではありません。ですが、この場では一旦これらに集中しましょう」


 そして続く言葉は欠陥の解説だ。

 ①は使用者の目をアイマスクで覆い、視覚を排除した段階での魔法使用例(記憶が鮮明なうちは魔法使用が可能だが時間経過とともに困難になっていき、ついには魔法が使えなくなった)を挙げる。

 ②、④については自明とのこと。「皆さん、自覚あるでしょう?」

 ③は聴衆の一人が無作為に選ばれ、しばらく篠田邦彦と確認し合った後、皆の前で風を起こし続けた。結果、おおよそ十秒程度で風は吹き止んだ。しばらくして、再び風の魔法を使用し、魔力枯渇による使用不全(つまり②)ではないことを証明した。魔法を使った者曰く「だんだん苦しくなった」とのこと。

 魔法使用者がサクラである可能性もあったが詩織は受け入れ、ノートに「追試」と書きこんで丸で囲んだ。確認は簡単だ。


 ここで聴衆から質問が飛んだ。

「③の一部ってどういうことですか?」

「理屈は現状確定できていないのですが、例えば団長の遮蔽だとか、一定期間働き続ける魔法が存在するということです。いままでの実験結果からすると、魔力消費のタイミングが異なる二種類以上の魔法が存在するようです。発動中常に魔力を消費する魔法と、発動時のみ魔力を消費する魔法です。このうち③の条件が合致するのが前者、後者は発動期間の変動が不可能だったり、維持が意思と関わらずなされるので意味がなかったりするということです。これで宜しいですか?」

「オッケーオッケー」


 得意魔法の『念話』はどうなのだろうか、と詩織は思考する。発動時と終了時にのみ魔力を使用している、のだろうか。

 魔力消費のタイミングという見地は新鮮な感覚を詩織に与えた。自分の現在のフィールドであるはずの「魔力」に焦点を当てているからだ。自分で発見するべき事柄のように思えて、少し悔しい。

『念話』と言えば、①の『認識範囲問題』についても疑わしい。いままで視界範囲内に居ない人物と何度も『念話』を交わしてきた。直接会った人でないとできないという点で「認識」を満たしたとするのは苦しい解釈だろう。とはいえ、『念話』以外の魔法の大部分では成り立ちそうではある。

 魔法には例外が多すぎる。分類を分けようとしても、分類途中に反例がたびたび出現してとん挫する。


「さて、」篠田邦彦は話しを続ける。「これらの欠陥をなくす、もしくは緩和させるのが、我々の発明です。それではご覧いただきましょう」


 篠田邦彦の手がちゃぶ台に置かれた箱を掴み、持ち上げる。

 箱はそれほど大きくない。大体ケーキ屋で2ピースほど買った時に渡される箱と同じくらいだ。「発明品」は勿論その中に納まる大きさだから、大きくない。詩織の位置からはよく見えない。ぐっと背筋を伸ばして目を凝らす。


 二つのそっくりの物体があった。


 それは黒色で、薄くて、丸みを帯びていた。まるで下流の河原で拾った石のようだった。水切りをしたら、そこそこ跳ねそうだ。特別な何かという感じはまるでない。


 これが「偉大な発明」なのだろうか。

 詩織の浮かべた疑念は、おそらく他にも感じた人も居ただろうし、篠田邦彦も当然にように自覚していたようだ。如何にも余裕がある自然な動きで「石」を一つ持ち上げ、その眼前に掲げた。


「見ての通り、これそのものは石にすぎません」不敵な笑み。「重要なのはかけられた魔法のほうです」


 きゅっぽん、という音を立ててマーカーのキャップを外し、篠田邦彦はホワイトボードの「魔法の欠陥とは」の文字の横に「魔石」と書き込んだ。さらに二股に枝分かれした矢印を伸ばす。


「基本的に二通りあります。一つは電池としての役割ですね。魔石を電池にするための魔法を我々は『蓄積』と呼んでいます。効果はその通り、物質に魔力を込めてタンクにするというものです。込められた魔力分、余計に魔法を使えるます。誰が込めた魔力であっても、誰でも使用できます。すなわち、②魔力による使用上限の緩和に繋がるということです」


 矢印の一方に『蓄積』と書き込み、さらに「②の緩和」と補足する。


「さらに」篠田邦彦は言葉を続け、もう一つ、机の上に残った石も手に取った。「こちらは別の魔法をかけています。その性能は『複製』です。後ほどこの場の皆に実際に使用してもらいたいと思いますが、誰かがこの魔石に魔法をかけ、その魔法を他者が使用できるという能力になります」


 矢印のもう一方に『複製』と書き込む。


「これはまず誰かに魔法を籠めてもらう必要があるとはいえ、一人の魔法使いが数多の魔法を使うことができるという意味合いがあります」


篠田邦彦は力強く「④使用者次第で使える魔法が限られてしまう」を横線で消す。


 詩織は一瞬恨みを忘れて感心してしまった。認めざるを得ない。篠田邦彦は確かに魔法に向き合って確かに有効な発明をしたのだ。

 握る力の調子が狂ったのか、シャープペンがカシャと鳴る。いつの間にか手汗をかいていたらしい。

 同時に脳裡に駆けるイメージがあった。詩織はシャープペンを握りなおすとノートに向かい合う。イメージを失ってしまう前に形にしなければ――焦りと興奮があった。それは今の研究を完成させる予感を感じさせて――


 篠田邦彦の発表はまだ続いている。


「そして、これからの展開ですが、この二種類の魔石を繋いで、魔道具を完成させていきたいと考えています。動力源と動力を連動させたある種の機械ですね。もし完成した暁には魔法使いのいない場所で魔法を使い続ける装置となるでしょう。魔法使い以外の人物が魔法を使うことさえ可能となると考えています。成功すれば挙げた魔法の欠陥の残りも解消・緩和される見通しです。技術的障壁がいまだ沢山存在しますが……」


 詩織はノートに書き綴る。

 確かめなければいけないことはいくつもあった。そのために篠田邦彦を介しなければいけないのは業腹ではあったが、優先順位はつけなければならない。研究の完成こそ優先しなければ。


「このあと、実際に魔石に触れていただく場を設けますが、これで発表は閉じさせていただきます」篠田邦彦は頭を下げた。「最後に『魔石』開発に最も尽力して頂いた人物に感謝を捧げます。本来なら彼にこそ発表者になって頂きたかったのですが、性に合わないと固辞されてしまいました」苦笑いを浮かべる。「その人物の名は――」


 詩織はペンを止める。

 人物の名前を聞いて、思考が止まってしまった。

 馬鹿のように口を開いて、篠田邦彦の顔を見ることしかできない。


「鹿野崎誠さんです」

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