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さあ始めよう



「あー、ちょっと待て」壮一は痛み出す頭を押さえる。「っつーことはなんだ、この状況は全部お前のせいだと」

「Yes」

「どうにかできるんだよな?」


 耕生は目を丸くするとにやにや笑う。


「……なんだよ?」

「そっから? フツー『魔法なんて信じられるか!』からくるもんだと思っていたから」

「現状が非常事態なもんで、それを解決するのが先だ。それ以外は後だ」

「ふーん、大丈夫だよ。元の次元には戻すよ。一通り話したらだけど」

「それじゃ、話を聞こうか」

「我が兄貴ながら、肝が太いなあ」ま、いいや、と耕生は頷く。「さっき魔法使えるようになったって言ったけど、魔法は、魔力を糧に妄想を具現化するって理解してもらえば良いかな? この無人の次元も、っていうか、次元が違うって表現があっているかはわからないけど、ずらしている感じはあるからそういうもんだと思って、で、そういう妄想を具現化して兄貴を飲み込んだわけ。妄想だから、魔力さえ足りていれば考えられることはほぼ何でもできる」

「反則だな」

「反則だよ。こんな能力持ったら活用しないわけにはいかないじゃん? めっちゃ面白そうでしょ。だから色々バレない程度にやっていたんだけど、どうにも面白くなくてさ。あっちゃー、だよね、自分の妄想力の低さに絶望したよ。なんか面白いことは確実にできる、でも自分にはできない。だったら――」耕生は満面の笑みを浮かべる。「できる人にやってもらえば良いじゃんって思ってね。ということで、魔法使いを増やすことにしました。世界に一人だけの超レア魔法使いの肩書はもうじき返上します」


 壮一は腕を組んで、窓の外を見る。東の空は街の光で星が掻き消えるが、西方はまだちらちらと見える。


「魔法って習得できるもんなのか」

「実例がないからなんとも言いようがないけど、習得できそうな魔力持ちはちらほらいるよ」


 飄々ととんでもないこと言いやがって、と壮一は内心吐き捨てる。


「どうなるか想像はついてんのか」

「それぞれがそれぞれの使い方をして、驚きわくわく?」

「社会の混乱とか考えないのかよ」

「どうでも良いよ、そんなの。長い目で見れば、便利になって、色々な面倒から解放されて、絶大なプラスだと思うんだよね。社会は後から適応していけば良いし、そういうもんじゃないの。……うん、まあ、だけど無理やりはしないつもりだよ。秘密結社でもなんでも良いから魔法使いのネットワーク作って、内輪でわいわいするのも楽しそうだしね」


 壮一が睨んだせいか、耕生はやや日和ったようだ。


「うちの弟が思いのほか過激派だった……」

「良いじゃん、楽しけりゃ。楽しめないのが一番駄目な人生だよ。んで、ここまでは宣言でしょ。これやるよーってだけ。これを知らせるためにわざわざ兄貴を取っ捕まえたわけじゃないんだよ」

「まあ……そうだな。わざわざ知らせなくてもお前だけでできるもんな」


「というわけで本題です。兄貴さあ、世界で二人目の魔法使い、なってみない?」


「……マジで?」

「うん。兄貴、魔力持ちだよ。誰かを魔法使いにするの初めてだし、どうなるかわかんないし、だったら身内からかなあって」

「俺が魔法使えるのか?」

「そう言ってるじゃん。でもさっきから魔法使い増やすの反対っぽそうだし、嫌なら嫌って言ってよ。無理強いはしない。これが過激派と呼ばれようと譲れない僕の一線だね」


   □■□


 晩夏になっても今年は暑い日差しが容赦なく降り注ぐ。暖かい空気は上昇し冷たい空気は下降するとは言うけれど、それならば今ここには冷たい空気など存在しないのだろう。道行く人たちは額を汗で濡らしている。キャンパスは山の上にあり、街中と比べると涼しいのは涼しいのだろうが、爪の先ほどの意味しかないのだろう。

 壮一は一人涼しげな表情でキャンパスを出る。耳元にスマートフォンを当てているが、よくよく見てみれば通話していないことはわかる。


「授業終わったんで、今から行く」


 念話だ。魔法使い同士であれば、遠く離れたところで会話ができる。慣れれば思考だけでやり取りできるが、自身で使えるわけでもなく慣れていない壮一は声に出さないと意思を伝えることができない。だから電話しているかのような擬態が必要になる。


『そうなんですか。こっちはみんなでゴロゴロしていますよ』


 念話に慣れるのはなかなか難儀で、この返答も音のようであり、文字のようであり、クリアなようで曖昧で、それでもコミュニケーションをとるには十分な精度がある。脳みそのあんまり使っていないところを刺激しているような違和感がある。こんなよくわからない感覚でも、ちゃんと相手が女性だとわかるのは不思議だ。


 ガードレールの向こう側は鬱蒼とした緑に覆われ、アスファルトの道路の上では蜃気楼が踊っている。壮一は使用している魔法、「遮蔽」のおかげで不快感はない。

 見えてきたのは仙台城址。伊達政宗像がある有名なところで、仙台を一望することができる。そのような写真を見たことがあるなら、多分それはここで撮影されたものだろう。

 敷地内の護国神社が目的地だ。壮一は疎らながらそれでもある人目を気にしつつ、魔力を発しながら鳥居に触れる――瞬間眩暈が襲ってくる。




「お疲れー」手をひらひらさせながらニヤニヤしている男が弟、耕生だ。

 おう、と軽く手を振り「あそこのゲート、他のどっかにできないのか」と苦情を発する。毎度毎度人目を気にするのは嫌なものだ。

「仙台だったらあそこが安定でしょ。他の場所知らないし」

「林子平の墓がある雲竜院とか」

「わからん」と取り付く島もない。「まず林子平って誰?」


 新しく作ったはずの空間は、やけに古ぼけている。昭和のスタイルと言ったところか。六畳の畳敷きで、木製の家具が並ぶ。

 耕生曰く「イメージ上のトキワ荘」らしい。何故名だたる漫画家が住んでいたアパートを基にしたのか壮一はさっぱりわからない。最近わかってきたが、耕生は瞬間瞬間の感情で生きているようで、理由を問うてもあまり意味はない。諦めろ。

 壮一は靴を脱いで畳を踏む。


 ここで活動しているのは、今は五人の男女だ。ちゃぶ台の上に紙を広げてあーでもないこーでもないと議論しているようだ。


「だからぁ、魔力を電力に変換して動力にするって無駄だって話でさぁ。魔力で直接再現したほうがロスがないよね」

「できる奴の言い分だろ、それ。全員がエミュレート系魔法使えるわけではないし、具現系の適正も限られているし。それなりに科学技術は受け入れる必要があるから、せめて動力源はフリーにしたいんだよ」

「それより基礎でしょ。魔力量の単位とか魔力のふるまいとか研究したい。使っているものがどんなものかわからないとか不安でしょ? 不安じゃない?」

「なんでも良いけど、とりあえず楽して暮らしたい」

「それな」


 方々に散らばって議論にはなっていない。


 全員二十歳以下で、耕生が魔法使いにした連中だ。勿論ここに居るのが魔法使いの全員ではない。二十人を越した。ここに来ているのは魔法について語り合いたい奴か、暇な奴だ。

 耕生がどうやって勧誘しているのかわからないが、北海道から沖縄まで出身地もバラバラである。だからこの場所がある。全国に設置したゲートはすべてこの場所に繋がっていて、ここに来れば魔法使い仲間に会えるという具合だ。


 近寄って「よう」と挨拶する。

 彼らも壮一に気付いて、口々に挨拶を返してくる。


「あ、会長、こんにちは」

「うーっす、部長」

「お疲れです。組長」

「座長、おつおつー」

「こんちゃーす」


 彼らの返答を聞けばわかるだろう。壮一は何故かこの集まりの長だった。二十人以上も居るため顔と名前がすべて一致しているわけではないが、長だった。

 耕生は勧誘する度、新人を壮一の前に連れてきて言うのだ、「この人がトップだから」と。最初のほうは戸惑って何も言えなかった。否定しないのだから、新人たちは素直に信じるのが道理だ。そのままずるずるとトップであるという認識が固定化された。最早新人に会っても「初めまして。期待しているよ」と応えるまでに成長した。諦めとも言う。

 実際にするべき仕事がそこまでないというのも大きい。今後は分からないが、今は。内輪に閉じた集いだから、外部に向けた活動は現状皆無で、内側についても銘々好きなことを個人でやっているだけだ。名ばかりトップと言うやつだ。

 ――ところで。


「何で呼び名が一致しないんだ。会長や部長はなんとなくわかるにしても、組長とか座長とかなんなの」


 彼らは無邪気なきょとん顔を見せる。


「なんででしょ?」

「あー、ここの名前が決まってないからじゃね? 会の長が会長で、町の長が町長で、会議の長が議長で、館の長が館長で、院の長が院長。大体名前からだろ」

「では、名前を決めましょう」

「いいね」


 マジで? 雑談からそういう大事そうなところ行くもんなの? と耕生のほうを見てみると全く異存はなさそうでニコニコしている。『兄貴、僕のほう見ないでよ』と念話まで飛ばしてくる。『トップは僕じゃなくて兄貴なんだから、兄貴が良ければオールオッケー』


「……わかった。じゃあ耕生、ホワイトボード作って」

「りょーかい」

 耕生が腕を一振りすると、ホワイトボードが現れた。何故かボードマーカーは八色もあり、クリーナーは兎柄だ。可愛い、という言葉が聞こえてきたが、壮一は強いて反応せず、ホワイトボードの前に立つ。


「えー、じゃあ、それぞれ案を出して、魔法使い全員の多数決で決めるかな。それでいいか?」

「一人一案っすか?」

「いや、案はあるだけ良いかな。多すぎても面倒なだけだが、選択肢はそれなりにあったほうが良い」

「じゃあ問題ないっす」


 そのほか質問は無いようなので案を募るとパラパラと手が挙がった。それぞれホワイトボードに書き付けていく。


・オルフェウスの竪琴

・隠遁者たち

・知恵の実

・クローリーの栄光グローリー

・神秘教団

・イェイツのうた(歌? 詩? 唱?)

・学団

……

・魔法使いの会


 ネタ切れ丸見えのような名前が出て、一通り出切ったようだ。壮一は度々登場する中二心ある名称に身悶えするような心地になりながら、なんとか隠しきった。

 彼らは二十歳以下。勿論リアル中学二年生も居るのだ。


「あのさ、俺の呼び名を統一しようとして始まったんだと記憶しているんだ。知恵の実とかなったら、なんて呼ぶんだよ」

「みちょー?」

「我々の名称と組長の新呼称は関連性があれど、我々の名称のほうが優先度が高いでしょう。長を付けやすいというだけで我々の名称を制限するのは筋が通らないのではないでしょうか?」

「はい……」




 後日、集まった票を数えたところ、無事魔法使い集団の名称は『神秘教団』に決定した。僅差の二着に『クローリーの栄光グローリー』が入ってきたところに、壮一は冷や汗を隠し切れない。

「名前も決まったし、そろそろ勧誘も本腰入れるかな」との耕生のつぶやきにも、壮一は冷や汗を流した。


 想像以上に奔放な魔法使いたちを御せるイメージはまるでできない。

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