飽きた
少年は云った。光あれ。すると光があった。
照らされた世界は小さな球体だった。中にはシートが一つ。少年の身体が入ればもう他には誰も入らない、完全に一人用の空間だ。ジャストフィットの空間に少年は身体を横たえている。柔らかいシートが緩やかに運動し、心地よい揺らぎを提供している。
少年は云った。ディスプレイあれ。するとディスプレイがあった。
少年は云った。コントローラーあれ。するとコントローラーがあった。
少年は云った。スタート。するとスタートがあった。
幻想の冒険があった。力強く斧を振り下ろす偉丈夫が巨大な竜を討伐する英雄譚。雪を踏みしめる英雄は善を楽しみ悪を愉しむ。制限の中で許された自由を謳歌する。
ディスプレイを少年は見つめ、手元は忙しなくコントローラーを操作する。その顔は色が抜けていた。思考が抜け落ち、ただ反射で動いているかのような様相だ。
不意に少年は云った。ポテチあれ。するとポテチがあった。
少年はポテチを掴んで食べる。あ、コンソメで、と呟いた。すると、うすしおポテチは実はコンソメであった。脂ぎった指で再びコントローラーを操作し始める。
画面の中の英雄は絶壁をぴょんぴょん跳ねながら登っている。
理想の空間。
魔法という常識外の力を得た少年は、自身の理想を作ろうと考えた。一等の宝籤が当たったから、仕事辞めてマンション買って好きなものどんどん買って好みの空間を作る、なんてノリで。
快適な空間を作ろう。
誰にも邪魔されずゲームを伸び伸びやりたい。
長いこと居なかったら面倒なことになりそうだなあ。
それだけの意思で、超技術の詰まった小型の異世界を構築した。実物は必要なれど遅延も処理落ちもないエミュレーターを完備し、体にフィットするシートに、気分に同調する完璧な空調。実はこの空間が密閉状態でありさえすれば、外の現実空間は時間がほぼ停止している。
小難しい理論は全くわからないが、できるからやり遂げた。そんなに苦労はしなかった。試行錯誤に二週間かかったが、それさえなければ一日でできたはずだ。少年がすべきことは不足を認識して「在れ」ということだけなのだ。
そして素晴らしいニートライフが少年を待ち受けていた。まあまあ三日くらい。四日目には、わくわくすることもなく、なんとなくこの空間に来て、なんとなくゲームをして、なんとなくお菓子を食べた。五日目には「この空間を作っているの、めっちゃ楽しかったんだけどなあ」と釈然としない思いを抱いていた。祭りは準備しているときが一番楽しいってこういうことか、と呟きながら、コントローラーを握った。六日目は無言でコントローラーを握っていた。
そして七日目。
少年は云った。失せろ。そしてそこにあったすべては破棄され、少年は自室のベッドに横たわっていた。
「あー、胸のあたりがむかむかする」顔を顰めた。「これは違う。なんも面白くない」ただ食っちゃ寝してゲームしているだけだ。「もっともっと面白いことできるはずなんだ」
少年は自分の手のひらをじっと見つめる。
魔法という降って湧いた力。物凄く可能性を感じる。ただ、少年はその可能性がどのようなものなのか、未だ判然としなかった。