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派遣の人格  作者: 神村 律子
初日
6/37

疲れた一日

 同じ派遣社員の野崎が早退すると、野崎とは「同志」だと思っていた小松がまさかのカミングアウトをしたので、律子は、


(派遣怖い)


 そんな感情を抱きつつ、その日の業務を終え、社屋を出た。


「神田さん」


 会社の駐車場を抜けて駅へと続く通りに出ようとした時、小松が声をかけて来た。


「今日は驚かせてしまって、申し訳ありません。でも、野崎さんには内緒にしてください。私はともかく、神田さんにアタリがきつくなると困るので……」


 小松の言葉に律子は顔を引きつらせた。


(だったら言わないでよ、小松さん)


 そう思ったが、口にはしなかった。


「わかりました。私は何も聞いていないという事で」


 律子も予防線を張り、小松とはそこで別れた。


(久しぶりにフルに勤務したから、疲れた)


 それだけではないのは十分理解しているが、そういう事にしておかないと、メンタルがやられそうな気がした律子は、気持ちを切り替えて夕食の買い物をすませると、愛娘の雪と母親が待つ家に帰った。


「只今」


 玄関のドアを開くと、中からいい匂いがして来た。律子の好物の舞茸の炊き込みご飯の匂いだ。


「お帰り。しばらくぶりの仕事で疲れたろ? 好物作って待ってたよ」


 母親がうとうとしている雪を抱きあげて、玄関まで出て来た。


「ありがとう、お母さん。これ、明日の朝食にするね」


 律子はレジ袋を持ち上げてみせた。


 完全に眠ってしまった雪をソッとベッドに寝かせると、母親がよそってくれた舞茸ご飯を頬張った。


「そんなに一遍に口に入れなくても、誰も取ったりしないよ」


 意地汚い我が子を母親は呆れ顔で眺めている。


「こうやって食べた方が、舞茸の香りが口から鼻に抜けて美味しいんだよ!」


 負けず嫌いの律子は剥れて反論した。


「ほらほら、口に食べ物を入れたままで喋るんじゃないよ、全く。小さい頃から、ちっとも変わらないんだから」


「もう、いつもそうやって子供扱いするお母さんこそ、昔と全然変わらないんだから!」


 剥れながらも、つい笑ってしまう律子である。


「只今」


 母娘水入らずのたわいもない話をしているうちに、夫の陽太が帰宅した。


「あら、もうそんな時間?」


 母親が驚いて壁の時計を見ると、時刻は九時を回っていた。


「もう遅いから、泊まっていけば?」


 律子が言ったが、


「明日、お父さんが出張なのよ。知っての通り、一人では靴下がどこにあるのかもわからない人だから、戻らないと」


 母親が苦笑いして言うと、陽太が慌てて、


「そんな日に来ていただいて申し訳ありません」


 深々と頭を下げたので、


「気にしないで、陽太さん。雪に会いたくて私から頼んだんだから。いざとなったら、お父さんには独り立ちしてもらうし」


 母親の陽気な返しに律子も陽太も笑ってしまった。


 


 母親を最寄り駅まで送って来た律子は、母親には言えなかった仕事の事を陽太に話した。


「そうなんだ。派遣社員の人はいろいろ事情がある人が多いらしいから、あまり気にしない方がいいと思うよ」


 陽太は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルタブを起こしながら言った。


「そうなのかなあ。そうした方がいいのかなあ」


 律子はテーブルに頬杖を突いた。陽太はビールをゴクッと一飲みしてから、


「そうだよ。あまり気にかけてあれこれ言うと、顰蹙ひんしゅく買うよ。触らぬ神に祟りなし、だよ」


「わかった、そうする」


 律子は椅子から立ち上がると、冷蔵庫を覗いて、酒の肴になりそうな物を探した。


「あ、アテはいいよ。もうご飯食べたいから」


 陽太が言ったので、律子はニヤリとして、


「私が飲みたいの」


「太るぞ」


「うるさい!」


 陽太に言われると気になるが、やめられない律子である。冷蔵庫にあった明太子を肴に、ビールではなく、焼酎をオンザロックで飲んだ。


「飯食った後で酒飲むって、どうにも理解できないなあ」


 二本目の缶を開けて陽太が呟く。


「食べてから飲んだ方が酔わないし、太らないのよ」


 誰に聞いたのかも覚えていない嘘臭い説を言い放つと、律子はゴクゴクと焼酎を胃に流し込んだ。


「雪の離乳食を早めに作ったのは、自分が一刻も早く飲みたかったからなんだねえ」


 二缶目も飲み干した陽太が、皮肉を言ったので、律子はムッとして、


「悪い?」


「悪くないよ」


 陽太は酔いが回って来たのか、律子を抱きしめて、キスをした。


「ちょっと、陽太、ふざけないでよ、もう!」


 内心は嬉しいのだが、強がってみせると、


「へいへい。冷たい奥さんなので、風呂入って寝ます」


 陽太は肩をすくめると、スタスタと浴室に歩いていった。


「酔いを醒ましてからの方がいいよ、陽太」


「へーい」


 返事だけは聞こえたが、浴室のドアが開く音が聞こえなかったので、心配になって見にいくと、陽太は廊下でゴロンと横になっていた。


「仕方ないなあ、もう」


 口ではそう言いながらも、律子は嬉しそうに陽太を引きずって寝室へ連れていった。


 しばらく陽太が起きるのを待っていたが、とうとういびきを掻き始めたので、諦めて先に風呂に入った。


(明日も仕事頑張ろう)


 湯船の中で決意を新たにする律子だった。

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