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派遣の人格  作者: 神村 律子
三十九日目
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進むしかない

 助っ人の大井玲子がたった一週間で別の仕事に替わってしまったのを知ったのは、それから一週間後の月曜日だった。


「どういう事なんですか?」


 朝のミーティングでそれを話した関は野崎に詰め寄られた。小松は詰め寄りこそしなかったが、同じ気持ちのようだ。他の作業者達もジッと関の回答を待っている。


「最初の依頼をした時、長谷部が二週間と希望をしたのですが、派遣元が一週間と聞き間違ったようです。すぐに別の派遣さんを手配するとはいってくれたのですが、時間的に厳しいようなのです」


 関は野崎の「圧」が物理的にも精神的にも強いのか、顔を引きつらせ、一歩二歩退いていた。


「長谷部さん、まさか意図的に?」


 野崎は溜息を吐きながら呟いた。関は、


「確かに長谷部は酷い辞め方をしましたが、そこまでずる賢い人間ではないと思うので、本当に言葉の行き違いだと思いますよ」


 野崎を刺激しないように言葉を慎重に選んでいるのが透けて見える気がした。


「仕方ないですよね。どちらが真相だとしても、私達は進むしかないのですから」


 野崎はもう諦めましたという風に、肩をすくめて応じた。


「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


 関はまた逃げるように作業室を出て行った。


 そして、その日から、社長の草薙自らが仕事を手伝いにきた。


 草薙は年末調整の事は律子達程詳しくはなかったが、システムの使い方は誰よりも長けていたので、仕事はかなり能率が上がった。


「ご迷惑をかけてしていますから」


 草薙は関から何かを聞いたのかも知れない。そして何より、長谷部が突然辞めてしまったのを事前に察知できなかった事を悔いているので、余計に律子達に責任を感じていたのだ。


「そういう時は、こうしてください」


 草薙が入ってくれたお陰で、システムの問題はスムーズに解決するようになり、作業者の人達の動きが格段によくなった。


 そして、システム関係の質問で律子達が手を止める事がなくなったので、そちらの作業効率も向上した。


「社長、会議の時間です」


 しかし、草薙はあくまでも手伝いに来ているので、社長としての仕事が入れば、その場を離れる事になる。


「すみません、できるだけ早く戻ります」


 申し訳なさそうに草薙は作業室を出て行った。


「社長、大丈夫かしら? 只でさえオーバーワーク気味なのに」


 野崎が言うと、小松が、


「そうですね。頑張り過ぎてしまうタイプっぽいですよね」


 律子も草薙の身体が心配だった。若いとは言っても、無限に働ける訳ではないのだ。


 草薙は宣言通り、わずか十五分で戻って来て、また作業に加わった。


 律子達はチラチラと草薙を見ながら作業を続けた。


 やがて、昼休みになり、律子達は休憩室で弁当を食べた。草薙はその時間を惜しんで、会議に行った。


 長谷部が加わるはずだった企画の変更の会議らしい。


(大丈夫かな、草薙さん)


 仕事初日に気さくに声をかけてくれた彼女に律子はとても感謝していた。だから余計に心配だった。


(家に帰れば、小学生の子が待っているんだもの、気が抜ける時間がないよね)


 自分が如何にぬるま湯人生を歩んでいるのか反省する律子である。


(お母さんに頼ってばかりではいけないな)


 雪ともっと向かい合わないといけないと気持ちを新たにした。


 昼食を終えて、作業室に戻ると、すでに草薙はパソコンを動かしていた。


「お帰りなさい」


 笑顔で言われたので、


「お疲れ様です」


 律子達は慌てて挨拶を返した。そして、いつもなら少しおしゃべりをしてから始めるのに、その日はすぐに作業に入った。だが、嫌な気持ちはしなかった。


 前の職場で、上司が意図的に休み時間を早めに切り上げて仕事をしているのを見て、多くの部下達が不快に思い、休み時間は休み時間として使い、就業時間になったら仕事を始めていた事を思い出した。


(あの時は最悪だった。みんな、モチベーションが下がっていて、どんどん作業効率は悪くなった。悪循環だった)


 何故そんな事になったのかというと、その上司は仕事中でも頻繁に抜け出して、喫煙室で煙草を吸ったり、他の部署で雑談をしたりしていたからだ。休み時間になっても仕事を終えず、誰よりも早く仕事に戻っていても、それは上層部への媚びでしかないのが目に見えていたのだ。


(でも、草薙さんは違う。企業のトップなのだから、誰にも媚びる必要はないし、そんな事をしても意味がない)


 それ以上に草薙の身体が心配になった律子は、


「休憩はきちんととってください。でないと、私達も休みづらいです」


 近づいて小声で告げた。すると草薙はハッとして、


「ごめんなさい。そうでしたね。以後、気をつけます」


 立ち上がって頭を下げたので、律子は面食らってしまった。


「社長、少しいいですか?」


 関が顔を出して言った。


「はい」


 社長は律子達に目配せすると、作業室を出て行った。


「頑張り過ぎだわ、社長」


 野崎がボソッと言った。


「ですね」


 小松が応じた。


「きりがいいところまでやってしまいましょうか」


 野崎は律子と小松を見て言った。律子と小松は黙って頷いた。


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