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派遣の人格  作者: 神村 律子
三十五日目・三十六日目
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二転三転

 新しい派遣社員の大井玲子が加わり、仕事は非常にはかどり始めた。


 驚く程入力が早く、それでいてミスがない。こうなると態度が冷たいのも文句が言えなくなる。


(やっぱり、割り切ってするのがベストなのだろうか?)


 律子は大井の働き方に疑問を抱きながらも、仕事は仕事という考え方を否定し切れないでいた。


 大井が加わって数日が経ち、休みを終えて翌週に出勤すると、


「今日は大井さんはお子さんが熱を出したのでお休みするそうです」


 関が朝のミーティングで告げた。ホッとする者もいたが、データ量がスタートから比べて十倍以上になっている現段階で一人休むのはきつかった。


 特に同じ業務をしている律子達は作業の密度が増えて、まさに息吐く暇もないくらい忙しくなった。


「神田さんのお子さんは熱を出したりしないんですか?」


 お昼休みに、一度も休んだ事がない律子に野崎が尋ねる。律子は苦笑いをして、


「ウチは実家の母が来てくれますから、余程重病でない限り、休まなくても大丈夫です」


 言ってしまってから、それは暗に大井を非難している事にならないかと後悔した。


「大井さんの家族構成がわからないから、その辺のところは推測しようがないね」


 野崎は溜息を吐いて小松に囁いた。小松は苦笑いしただけで何も言わなかった。


「ウチは丈夫なだけが取り柄の家族ですからね」


 律子は場を和まそうと思って言った。


「インフルエンザも感染していなかったんですよね? でも丈夫な方がいいですよ。私なんかこの体型なので、あちこちガタが来て大変です」


 野崎が自虐的な事を言ったので、またしまったと思った。


「野崎さん、ホントに少し痩せた方がいいと思いますよ。確か、再検査の通知が来ているんですよね?」


 小松が弁当箱を片付けながら言う。野崎はまた溜息を吐いて、


「そうなんだよねえ。行かなきゃダメだと思っているんだけど、どうにも億劫だし、何となく怖いしで……」


 要するに行きたくないという事らしい。


「再検査はきちんとした方がいいと思いますよ」


 律子は野崎に言った。


「そうですよねえ」


 野崎はまた苦笑いをして応じた。


 


 その日は、訂正をした社員から疑問が送られて来て、やりとりが多くなり、関まで巻き込んで定時をオーバーしてしまった。


「すみませんでした」


 一時間の残業になってしまったので、律子は恐縮して野崎と小松に謝罪した。


「気にしないでください。お互い様ですから」


 野崎が言うと、小松も、


「そうですよ。私だって、残業まではいかなくても、神田さんにたくさん助けられているんですから」


「ありがとうございます」


 最初はうまくいくのかなと思っていたのに、今は信頼している。野崎も小松も決して悪い人間ではないのだ。だから、大井もと思う律子だった。


 律子は残業になりそうだとわかった時、母親にメールをしておいたので、娘の雪の事は問題なかった。


 しかし、夫の陽太に一報を入れなかったので、帰宅してから愚痴を言われた。


「序列が一番下だから、仕方ないけどさ」


 嫌味な言葉でねられてしまった。


「ごめんなさい、陽太。次からは気をつけるから」


 後ろから抱きついて、ギュウッとしたが、陽太は、


「もういいよ」


 鬱陶しそうに言うと、風呂に入り、先に寝てしまった。


(何よ、そこまで怒る事?)


 律子も腹が立って来た。


(相手の事が許せないって思ったら、自分がその立場だったらって考えてみて)


 母親に言われた事を思い出し、


(ダメダメ。怒りに任せて何かしたら、もっと酷くなるだけ)


 律子はグッと我慢して、陽太を駄々っ子だと思い、許す事にした。


 


 そして翌朝、律子は何事もなかったかのように陽太を送り出したので、陽太の方がポカンとして出勤した。


 律子は雪を保育所に送ると、駅へと向かった。


 派遣先に到着し、タイムカードを打刻していると、野崎と小松が入って来た。


「おはようございます」


 互いに挨拶をして、作業室に向かった。中途で入って来た作業者の人達も出勤しており、前の日の未処理分のほとんどが片付いていた。


 律子達は挨拶をして席に着くと、作業を開始した。


(大井さん、今日も休みかな?)


 姿が見えないのは大井だけだった。すると関が顔を出して、


「おはようございます」


 いつものようにミーティングが始まった。何故か大井の事には触れずに。


「では、よろしくお願いします」


 関はそのまま作業室を出て行こうとした。すると野崎が、


「関さん、大井さんはお休みですか?」


 その問いかけに関は明らかにビクッとしたように見えた。


「ええと、大井さんは昨日までの契約だったようなんです」


 申し訳なさそうに関が言った。


「ええ!?」


 律子と野崎と小松は異口同音に叫んでしまった。


「どういう事ですか?」


 野崎が関に詰め寄った。関は顔を引きつらせて、


「長谷部が契約をしたようなのですが、日程を間違えていて、昨日までになっていたようなのです」


「はああ?」


 野崎は呆れてしまったのか、それ以上何も言わなかった。


「失礼、会議がありますので」


 関は逃げるように作業室を出て行った。

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