業務内容確認
律子は、決められた訳ではなく何となくそうなっただけの会議テーブルを二脚向かい合わせたドアから見て左手奥の席に座った。
(隣が小松さんで、向かいが野崎さんだっけ)
派遣会社の担当や、社長の草薙美由紀からの断片的な情報によると、多少の関わりにくさを感じる二人。
小松は自分より若いと思われ、かなりスリムな女子だ。髪は肩まで、服装はニットのセーターにダメージジーンズ。
派遣会社のホームページで、派遣先の情報を見た時、服装はカジュアル可になっていたので、ホッとした律子であったが、小松の服装はカジュアル過ぎると思っている。
対する野崎は、小松の母親世代に見えるが、実際のところ、幾つなのかはわからない女性。
律子の母親と比較して、少なく見積もっても、四十代後半だろうと思えた。
小松がスリムなのに比べて、野崎はぽっちゃりを通り越して、生活習慣病のどれかに悩まされているのではないかというくらいのふくよかさである。
髪は長いのか短いのか、アップにしてお団子のようにまとめているため、よくわからない。服装は、カットソーに薄手のカーディガンを羽織って、下は有名メーカーの伸縮するパンツを履いている。
そのパンツが、まるで悲鳴を上げているかのように伸び切っているのが何となくわかり、律子は吹き出しそうになった。
そして、これも何となくなのだが、野崎の隣に担当の長谷部が座る形になった。
腕時計を見ると、一時になった。その瞬間、小松と野崎が入ってきた。
入ってくる直前まで話してたのに、律子を見た途端、まるでそれが合図かのように口を噤んでしまった。
二人が人との関わりが上手ではないと聞いていても、やはり律子はいい気持ちがしなかった。
二人共、律子には目もくれず、それぞれの席に着いた。その直後、長谷部がドアを開けて入ってきた。
「それでは、予告通り、具体的な業務の内容の説明をさせていただきます」
長谷部はおっとりとした口調で話し始めた。
(ああ、いけない。眠気覚ましの飴、舐めるの忘れてた)
律子は、午前中に長谷部の喋り方に触れて、眠気を催したのだ。彼の声のトーンと話すペースが、まるで催眠術のようだと思ったのだ。
(どうやって堪えようか)
律子は取り敢えず、皆からは見えないテーブルの下で、腿をつねろうと考えた。
「ではまず、皆さんに処理していただくクライアントなのですが、業態は全国展開している不動産仲介の会社です。年末調整の対象となる人数は、おおよそ一万名です」
律子はその人数の多さに目が覚めた。
(一万人? 私達、今月と来月だけの契約よね? できるの?)
途端に不安の虫が鳴き始めた。
「もちろん、一万名を全て皆さん三人で処理していただくつもりはありません。皆さんには、業務の管理者としての仕事を覚えていただき、来月から雇われる作業者の方々に指示を出していただく事になります」
長谷部は何て事はないでしょうという顔で話を続ける。律子は小さく溜息を吐いて、渡されたB4のコピー用紙に印刷されたスケジュール表を見た。
(なるほど。今月の大半は研修なのか。あれ? 出張とか書いてあるけど、これ何?)
すると、長谷部が律子の疑問に気づいたかのように、
「十月は、業務を迅速かつ正確に進めるためのマニュアルやフロー作りをします。そして、月の後半にはお一人に出張をお願いする事になります」
小松と野崎は別に驚いた様子はない。昨年も二人はこの仕事をしたらしいから、知っているのだろう。
「小松さんと野崎さんには、昨年も携わっていただきましたので、流れはおわかりかと思います。神田さんには、随時覚えていってもらいますので」
長谷部は事も無げに律子に告げた。律子は苦笑いして頷いた。
「それでですね、昨年処理をしたお二人に、改善点や変更した方がいい点を出していただき、それをブラッシュアップしていこうと思っています」
長谷部は小松と野崎を順番に見て言った。小松も野崎も軽く頷いただけだ。
「それに加えてですね、昨年は導入できなかったシステムを使って、クライアントとの情報の共有をより的確にしていこうとも思っています」
長谷部は持ってきていたノートパソコンを開くと、慣れた手つきで入力をした。すると、部屋の片隅にあったプリンターが動き出し、印刷を開始した。
「これは昨年の作業のフローです。この中で、ここはこうした方がいいとか、この作業は分けた方がいいとか、どんどん意見を出してください。神田さんも、ウチの業務は初めてでも、年末調整はご存知と聞いていますので、気づいた事を言ってください」
長谷部からまさかのフリがあり、律子はギクッとしてしまった。
(確かに年末調整は知っているけど、これって会社ごとにやり方が違うし、ここまで大人数の年末調整をこなした事ないし……)
今度は焦りの虫が鳴き始めた律子である。
「野崎さん、どうぞ」
早速、野崎が手を挙げたので長谷部が促した。
「作業工程の①なのですが、ここは……」
細かい修正にはついていけない律子であった。