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派遣の人格  作者: 神村 律子
八日目
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一難去って……

「神田さん、上の者と代わりますって保留にして」


 見かねた野崎が小声でアドバイスした。律子はハッと我に返り、


「私ではお答えしかねますので、上の者と代わります」


「わかったよ」


 相手は確かにそう言ってくれた。


 律子は保留ボタンを押し、内線の十七番にかけた。


「はい、関です」


 関がすぐに出てくれた。律子はホッとして、経緯を短く説明した。


「わかりました。私が引き継ぎますので、神田さんは通常業務に戻ってください」


「ありがとうございます」


 律子は心から安心して、受話器を置き、元の業務に戻った。


「びっくりしました。いきなり当たってしまったので」


 律子は苦笑いして、野崎と小松に言った。


「多分、去年も同じような電話をかけてきた人ですよ。どうして年末調整をするのかとか言ったのでしょう?」


 小松が尋ねた。律子は頷いて、


「そうです。で、説明をしたら、そういう事が聞きたいんじゃないと言われてしまって、もうどうしたらいいのかわからなくなっているところに、全然関係ない政治の話とかされてしまって……」


 野崎は腕組みをして、


「去年よりタチが悪くなっているかも知れませんね。去年はしつこかったけど、そんな話はしなかったですよ」


「そうなんですか? 関さん、お気の毒な気がしてしまいます」


 律子は、関がまだ通話中らしいのを電話機のランプで確認して、申し訳なくなった。


「あ、終わったみたいですね」


 小松がランプが消えたのを見て言った。すると内線が鳴った。


「はい、神田です」


 そばにいた律子が受話器を取った。


「関です。何とかお話しして、お引き取り願いました。またかかったくるようだったら、先方の総務に連絡して対処してもらいますので、安心してください」


「ありがとうございます。それから、申し訳ありませんでした」


 律子は関には見えないのに頭を下げて詫びた。


「神田さんが悪い訳ではありませんから、気にしないでください。では、よろしくお願いします」


「はい」


 律子は受話器を戻して、元の業務に戻った。すると、次の瞬間、電話が鳴った。内線ではなく、外線だ。


「はい……」


 順番通り、野崎が受話器を取った。すると、彼女の顔が強張った。


「はい、はい。そういう事ですか。わかりました。少々お待ちください」


 野崎は保留ボタンを押して受話器を置くと、律子を見た。


「さっきの人です。神田さんに謝りたいそうなので、代わってくださいとの事です」


 野崎に見られて一瞬緊張した律子だったが、その言葉を聞いてホッとし、


「わかりました」


 立ち上がって電話に近づき、受話器を取って外線ボタンを押した。


「お電話代わりました、神田です」


 すると、


「神田さんか? さっき、何で勝手に電話を代わったんだよ? 俺をバカにしているのか?」


 突然凄んだ声で言われ、身体を強張らせてしまった。


「どうしたんですか?」


 律子の異変に気づいた野崎が声をかけた。小松も心配そうに律子を見ている。律子は手元にあったメモ帳に、


「お客様がご立腹のようです」


 走り書きした。野崎と小松は顔を見合わせた。


(どうしよう、この感じだと、ご了解いただいて代わったと言うと、火に油を注ぐ事になりそう……)


 律子が困っていると、


「おい、聞いてるのか?」


「はい、聞いております。大変申し訳ありませんでした。私が早とちりをしてしまったようです」


 律子は謝罪したが、相手は、


「そんな気持ちのこもっていない謝罪なんかいらないよ。あんた、どういうつもりで電話に出ているんだよ? 仕事を舐めてるんじゃないのか?」


 更にヒートアップしてきた。


「関さんを呼んできます」


 小松が作業室を出て行った。野崎は律子を見て、


「とにかく、喋らせてください。何か言うと、全て反論と捉えて言い返してくるようですから」


 律子は黙って頷き、


「至らない対応でご迷惑をおかけして申し訳ありません。お気に障る事がありましたら、おっしゃってください」


「そうだよ。それでいいんだよ。俺はお客様なんだぞ。友達じゃないんだからな」


「はい」


 相手の口調と声の大きさがだんだん落ち着いてきたのを律子は感じた。


「俺と話すのが嫌だからって、上司に代わるのは逆に失礼だって事を自覚しろよな」


「はい」


 そこへ小松が関と共に戻ってきた。


「代わりましょうか?」


 関が小声で尋ねたが、律子は手で合図して断わった。今、関に代わると、無限ループに陥ると思ったのだ。


 しばらく話を聞いていると、相手はようやく飽きてきたのか、


「今度から気をつけろよ、神田さん」


 そう捨て台詞を吐いて電話を切った。律子は受話器を戻すと、脱力した。


「神田さん、申し訳なかったですね。私がすぐにクライアントの総務に連絡をするべきでした」


 関が頭を下げたので律子は驚いて立ち上がり、


「とんでもないです。これは誰にも予測できなかった事ですよ」


 関は律子の言葉に微笑み、


「取り敢えず、先方には苦情として一報を入れておきます。また性懲りもなく連絡してきたら、有無を言わさず、すぐに私に回してくださいね」


 関はそう言うと、作業室を出て行った。

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