派遣先決まった!
神田律子は新米ママ。
一人娘の雪が成長し、ずっと待機組だった保育所も入所できたので、律子はフルタイムの仕事を再開した。
送るのは自分でして、お迎えは実家の母親に頼んだ。
雪が可愛くて仕方がない母親は、二つ返事で引き受けてくれたが、律子は母親が雪を甘やかしそうで心配だ。
登録していた派遣会社から連絡があり、この時期に頻繁に募集がある年末調整関係の仕事をする事になった。
初日に待ち合わせ時間より十分程早く到着した律子は、自分と同じ派遣会社のスタッフらしき女性二人が立っている派遣先の会社の前の車寄せに歩いて行った。
「おはようございます」
元気よく挨拶をしたが、
「あ、どうも」
「……」
一人は顔を向けて会釈をしてくれたが、もう一人は律子を見る事すらなく、スマホを操作していた。
(うわあ、感じ悪い人だなあ)
律子は愛想笑いをしたままで、二人に近づいた。何の会話もなく、時間だけが過ぎていく。
「お待たせしました」
そこへ派遣会社の担当者の男性が駆け寄ってきた。一日に何人も派遣先に案内するらしく、汗まみれだ。
「おはようございます」
律子は担当者にも挨拶した。先に来ていた二人も、担当者にはきちんと挨拶した。
(そういう事ね)
律子は何となく二人の考えている事がわかった。要するに私と親しくしたところで、何もいい事はないという事か。
そんな結論に達してしまい、悲しくなったが、仕事をしに来ているのだから、そこは我慢だと腹を括った。
「神田さん、ちょっと」
担当者が律子を柱の陰に呼んだ。何だろうと思って、ついていくと、
「二人に悪印象を持ったかも知れませんが、彼女達は人との関わりがうまくできない人なんです。それだけ承知しておいてください」
意外な話をされた。
「そうなんですか。そういう事なら、大丈夫です」
律子は自分もかつては酷い人見知りだったのを思い出した。
仕事はできるけど、コミュニケーションがうまくできない人はたくさんいる。
わかっていれば、うまくやっていける。そう思った。
「派遣先の担当の方にも、その辺の事情は話してあります。二人は仕事はできますから、業務には一切支障はないと思うのですが、派遣スタッフの間でギクシャクする事があると、それはそれで問題なので」
担当者としても、営業成績に関わるのだろう。律子は微笑んで、
「わかりました。お二人に歩み寄るようにします」
「よろしくお願いします」
担当者は、こちらを怪訝そうに見ている当人達に近づき、建物の中へと入っていく。
律子は、ショルダーバッグを掛け直して、後に続いた。
中に入ると、そこは二重扉になっており、そこから先には社員証がないと入れないロックがかかるドアになっていた。
「おはようございます、皆さんの業務を担当する長谷部と言います。よろしくお願いします」
物腰の柔らかい四十代くらいの男性だ。口調もおっとりしていて、少なくともいきなり怒鳴るようなタイプには見えない。
「よろしくお願いします」
律子だけが大きな声で応じた。他の二人は小さく会釈しただけだ。
(派遣会社の担当さんとは普通に話せていたのだから、だんだん打ち解けるわね)
律子は楽観的に考える事にした。
「この社員証は常に携帯してください。それから、持ち物はロッカーに入れて施錠し、筆記用具や飲み物等以外は持ち込まないようにしてください。弊社は情報を取り扱う会社ですので、携帯電話は絶対に持ち込まないでください」
長谷部は相変わらずおっとりした口調で説明し、社員証を渡した。
律子の姓名と派遣元の社名が入った社員証だ。
(なるほど、年末調整って、たくさんの個人情報を取り扱うもんね)
律子はこの会社のスタンスを理解した。
そして、派遣会社の担当はそこで帰って行き、律子達三人は長谷部に会社の中を案内された。
(これほどたくさん社員がいる会社、初めてだな)
律子は挨拶をしながら進んだ。例の二人は、会釈をしたりしなかったりで、社員の中には驚いたような顔をしている人もいた。
「そのロッカーは誰のものという決まりはありませんので、空いているものを使ってください」
律子達はそれぞれキーがついているロッカーに手荷物を入れ、鍵をかけた。
まず最初に三人は仕事をする部屋に案内されて、おおよその業務内容を知らされた。それから、他の部署がある部屋へ案内され、どんな会社なのかの説明を受けた。
「お昼休みは、二階の休憩室で食事をしてもいいですし、外に食べに出ても構いません。それから、タイムカードですが、本日の出勤時間は私が手書きで入れておきますので、退社からはご自分で打刻してください」
長谷部はタイムカードを三人に配って告げた。
「では、少し早いですが、お昼休みに致します。午後からは、皆さんにしていただく業務内容について、具体的な説明をします。よろしくお願いします」
長谷部が頭を下げたので、律子も下げた。二人も、顔を見合わせてから、頭を下げた。
(長谷部さんには少し慣れてきたのかな?)
少しだけ安心した律子であった。