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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第一幕 英雄再誕
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第008話 ラー↓メン↑

 村の入り口に、それはあった。


「本が落ちてる」

「え?」


 僕の突飛な発言にアトラは立ち止まる。


「どこ?」

「え、見えない? これだよ、これ」


 本の元へと歩み寄る。僕たちから見て左の門柱の前に雑然と放置されていたその本なのだが──どうやら様子がおかしい。

 僕がその本を手に取ると、アトラは驚いたような顔をした。


「ほ、本がそこにあるの?」

(──どういうことだ?)


 そう。

 どうも、この本はアトラたちには見えていないようなのだ。

 本は普通の本だ。古めかしい皮の表紙にはなにも書かれておらず、かなり分厚い。誰かの忘れ物……にしては風雨にさらされて汚れた形跡もない。まるで何かに守られているかのように、この本だけが清潔さを保っている。

 違和感にかられて、僕はその本をめくった。


「? 白紙……?」


 だがそこには何も書かれていない。ただ白い頁だけが延々と続いている──だけだと思ったのだが。

 違った。最初の一ページ目、そこで変化が起きた。


「な──」



『3412231352』と、数字の羅列がひとりでに記されたのだ。



 ……しかし、それだけだった。


「なんだったんだ?」


 何やら心霊現象に似た薄ら寒さを感じた僕は、その本を元あった場所へと戻した。誰かの落し物かもしれないし。

 だがやはり、一連の流れは二人には見えていないようだった。


(僕にしか見えないもの? ゲームでは、こんなところに本なんてなかったような……)


 誰かの忘れ物なのか、なぜ僕にしか見えていないのか、そしてこの『3412231352』という数字の羅列は一体何なのか。これもこの世界特有のもの? それとも僕がゲームで見落としていただけ?


「……」


 疑問は尽きなかったが、ここで悩んでいても答えが出る気配はなかった。僕は首を傾げながらもリドラの村へと足を踏み入れた。


☆★☆


 リドラの村。山道へ続く道の途中を切り開いた土地で、旅の休憩地点として様々な人々が行き交う。大きな宿と酒場が村の中心にあり、そこでの収入が村の生活を支えている──『エストランティア・サーガ』公式設定資料集より抜粋。


「うわあ、本当にリドラの村だ……」


 感動。城下町も圧巻のクオリティだったが、ここもすごい。武器屋、防具屋、道具屋、全部僕の知っている場所にある。


「人がいっぱいいるのね……」


 城からろくに出たことがないはずのアトラはキョロキョロと辺りを見回している。その様子は(服装も相まって)かなり目立つが、行き交う旅人たちが彼女の正体に気がつくことはなさそうだった。


「お腹が空いたと言っているんですよブライト」


 依然として僕の背中にへばりついている少女がグチグチと文句を言ってくる。


「分かった。分かったから自分の足で歩いてくれ」

「ついにご飯ですか?」

「……まずは服かな」


 確かに、この二日くらい水しか飲んでいないのでだいぶ限界が近い。すぐにでも腹一杯ご飯を食べたいところだが──今はこの破れかけドレスの人と、半裸の人をなんとかしなければならない。

 僕らは村の中央を貫く大通りに軒を連ねる道具屋で精霊石を売却した。ここまでの道中で集めてきたものは、合計11600Gへと換金された。これだけあれば二人分の衣服と、今日一日の食事くらいはどうにかなるだろう。この世界の金銭感覚が分からないが、一食500Gくらいだったはずなので恐らく平気。


「いらっしゃい! おっ、その様子を見ると、あんたもエストランティア城から逃げてきたクチか?」


 防具屋の店主が気さくに話しかけてくる。決まった受け答えしかしなかったゲームとは違い、この世界では衣服を買うだけでも世間話を乗り越える必要があるらしい。ぼっちゲーマーには高い壁だ。


「え、えと、そうです」

「大変なことになっちまったよなあ。エストランティア城以外には被害が出ていないらしいが……」

「よかった……」


 隣でアトラが小さく胸をなでおろしている。


「おかげで城下町に住んでいた連中は全員家を失ったってわけだ。ここも含めて、近隣の町や村は逃げてきた連中で溢れかえってるらしいぜ」


 気さくなハゲ親父は僕たちにとったも有益な情報を教えてくれた。……と言っても僕は全て知っているのだが。


「噂によると、あそこを占拠したグリム……ガルド? だか言うやつは、アトラ姫を探し回っているらしい」

「────ッ」

「肝心の姫様は行方不明らしいが……なんだろうな、婚約でもするつもりかね」

「嫌よそんなのッ!」

「ちょっ!」


 突然声を上げたアトラの肩を掴み、店主に背を向け小声で諭す。


「(身分は隠すんでしょ!)」

「(ご、ごめんなさい。つい……)」


 曲がったことが大嫌いなアトラらしいといえばらしいが……バレてしまうと一大事だ。ゲームとは違い、そこまで気を張っておかなければならないのか。


「ん。そこの嬢ちゃん、なんだか姫様に似てるな……?」

「そ、そうなのよ! 私、アトラ姫と顔も似てるし大ファンでー! だから結婚なんて認められないー、みたいな!」

「なるほどなあ。確かにあんないい姫様をよく分からんやつに奪われるのは、皇国民として納得いかねえよな!」

「ぁ、ええと……そうね……うん……ありがとう」


 面と向かって「いい姫様」なんて言われてしまったアトラは耳を赤くして俯いている。店主もまさか目の前にいるのが本物のアトラ姫だとは思っていないだろう。図らずも民から自分がどう思われているのかを知ってしまったアトラは、今だけは辛いことも忘れて心の底から笑っていた。


(この笑顔に、僕らはやられたんだよな……)


 全国の『エストラ』ファンもきっと頷いてくれる。僕たちは、アトラの笑顔を見たくて頑張るのだ。


「話がそれちまったな! 何か買いに来たんだろう?」

「そ、そうだった。この二人に合う服を探しているんです」


 財布と相談しつつ、二人分の衣服を見繕ってもらう。武器屋で調達した装備も合わせてトータルコーディネート。序盤の村なので大したものは売っていないが、現在買えるものでは最高性能のものを揃えておく。


「どうかしら」

「お、おおお……」


 アトラは質素なローブ。目立たない白と茶色で構成されたオーソドックスなものだ。フードが付いており、いざという時は顔を隠すのにも使えるだろう。さっと杖を構える姿はまさにファンタジー世界の魔法使い。

 圧倒的に可愛い。


「動きやすい服がいいですねー」


 そんな注文をつけてきたミスティの服装は打って変わって派手だ。

 近接格闘も魔法攻撃もこなす彼女の服装は、分かりやすくいえば『シーフ』。ショートパンツに鉄鋼入りロングブーツ。布を巻いただけのようにしか見えないインナーは丈が短く、ヘソが丸見えだ。武器はダガーで、両手装備の二本分購入。スピード重視のスタイルとなった。

 ついでに僕の剣もロングソードに新調した。攻撃力は6だったか。


「よし、次は……」


 装備を整えた僕たちが次に向かったのは料理屋。そういえば、この世界に来てから僕は何も食べていなかった。体が丈夫だからか、大精霊の加護があるからか、あまり気にしてはいなかったが……さすがにお腹が減っている。


「この世界にはどんな料理が……」

「いらっしゃいませー!」


 扉をくぐると、バンダナを巻いた村娘風の女の子が笑顔で迎えてくれる。僕よりさらに年下に見えるが、家の手伝いをしているのだろうか。ずっとゲームばかりしていた自分が脳裏をよぎって、少し情けない気持ちになった。

 僕は慣れない空間にビクビクしながら席に着く。周りにも旅人らしき客の影があり、やはりエストランティア城襲撃の効果なのか繁盛しているようだ。恐ろしい出来事が起きても、この村は変わらず生活を営んでいる。


「ナナちゃん、ビール追加でー!」

「はい、ただいまー!」


 ナナと呼ばれた少女は忙しなく店内を駆け回っている。

 壁には日本語でメニューが書き記されており、僕にも読める。普通に野菜炒めなどのメニューがあるのはゲームと同じなのだが、現実となってしまった今となってはものすごい違和感だ。しかし、この感じなら口に合わないなんてこともなさそうで安心する。


「イドナ豚の生姜焼き定食! 大盛り!」


 ちゃっかり大盛りを頼もうとするミスティ。止めようとしたが、戦闘での仕事量を考えるとあまり強気に出れない。こいつが一番仕事をしている。


「ねえブライト、チャーハンって何?」


 世間知らずモードを発揮するアトラは一つ一つメニューについて質問してくる。真剣に頷く様子もまた可愛らしい。チャーハンの発音がチャー↓ハン↑なのも可愛い。


「どれも美味しそうね……うーん」


 散々迷った末に、アトラはようやく結論を出した。


「私、このラーメンってやつにする!」


 うん、美味しいよねラー↓メン↑。

 ナナちゃんを呼び、注文をして待つこと数分。これだけ客が入っているにも関わらず料理はすぐに出てきた。


「えっへん。うちは早い! 美味い! 安い! がモットーなんですよ!」


 どこぞの牛丼屋みたいだな。


「ぱ、パスタがスープに沈んでいる……!?」


 ラーメンを食べたことがないらしいアトラは摩訶不思議な驚き方をしている。


「「「いただきます」」」


 声を揃える三人。ちなみに王道を行く僕はカレー。ど安定。冒険者は冒険をしない。


「にょこにょこでふね」

「なんて?」


 口いっぱいに頬張ったミスティが謎言語を発したかと思えば、


「あちゅい!」


 ためらいなくスープを口に運んだアトラが目をバッテンにしている。


「そ、そりゃ熱いよ。スープだから」

「だって! お城で出される料理は全部毒味の後だったもの!」

「あー、なるほど……」


 とはいえ湯気も立つほど熱いスープなんだから、飲む前に気づくものではないのだろうか。どれだけ腹が減ってたんだ。食いしん坊か。


「舌が焼けたわ」

「僕に言われても……」

「なんで教えてくれなかったの」

「なんで教えてくれると思ったんだ」

「私の舌がどうなってもいいと思ってるのね」


 ……。


「冗談よ」

「そうですか。ちなみにラーメンの発音は『ラー↓メン↑』じゃなくて『ラー↑メン↓』です」


 再びの沈黙。

 次第にアトラの頬が赤くなっていく。


「……なんで早く教えてくれなかったの」

「面白いなーって思って」

「……」

「痛い痛い! や、やめて!」


 真っ赤に染めた頬を膨らませたアトラがポコポコと殴ってくる。


「次に意地悪したら本気で怒るから!」


 ご立腹のアトラ姫はしかし、程よくふーふーしたラーメンをすすって一言。


「……おいし」


 ちなみにミスティはその頃、いつの間にかオーダーした二食目の生姜焼き定食も平らげていた。


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