第079話 かくて雨のち戦模様
「『創世記』……力は星天器並み、か」
僕の説明に、ハザマは苦い顔をして腕を組んだ。
リビングに集まったのは僕を含めて五人。旅団のメンバー全員集合だ。
目的はただ一つ。準決勝の相手であるルインフォードとシャルティアの情報共有だ。
直に戦った二人から、率直な感想や作戦などを聞く。そうして対策を練る。
第二回強敵対策会議。まさか一回目と同じ敵が議題になるとは思わなかった。
「ルインフォードの力は強大だが、かつてのように全く太刀打ちできないってわけじゃねえ。お前ら二人なら、きっと何か突破口があるぜ」
ハザマは自ら戦った感想も踏まえて、僕とアトラに何ができるのかを考えていく。
「そうだな……まず、やっぱり何よりも優先で考えなきゃいけないのが【風界】だ。何度戦ってもそこは変わんねえ。俺たちは、魔法攻撃に長けたメイをどうやってルインフォードにぶつけるかって戦いになったが……」
ハザマとメイの時はそうだった。では、僕とアトラではどうか。
「アトラにゃ霊体化がある。たとえシャルティアが行く手を遮ったとしても、そのまますり抜けられる。風の防壁すら無視して本体を直接魔法で狙える」
戦闘のポイントとなるのは、アトラの霊体化だ。ここの活かし方で勝敗が決まると言っても過言ではない。
ではまず、霊体化の仕様を確認しよう。
霊体化とは。
精霊教の巫女が体得した技術。肉体を『輪廻力』によって分解し、自身を精霊へと近づけることで魂のみの存在となること。
まず、物理世界からの干渉を受け付けなくなる。モノが触れなくなるが、打撃攻撃も一切当たることはない。
壁抜けなどの幽霊ができそうなことはおおよそ可能らしい。ただしアトラによると、地中や壁の中といった場所だと息が詰まるような感覚があり、長居することはできないそうだ。
また、霊体は魂がむき出しの状態であるため、魔法攻撃のような何らかのマナが通った攻撃を食らうと通常時以上にダメージを受けてしまう。
余談だが、感受性も爆発的に上昇しているらしく霊体化中はとてもハイになるらしい。ただ、この情報が戦闘に関係するかは分からない……。
ゲームでは、霊体化中はMPが少しずつ減少するという設定があったのだが、この世界では不明だ。というのも、ゲージがないので、減っているのかどうか分からないのである。
アトラの話によれば、「マナは使っている気がするが微々たる量なので丸一日霊体で過ごそうとでもしない限りは問題がない」とのこと。
「も、もういい?」
質問責めにされたアトラ(霊体)はわずかに身を引きながらふよふよと空中に浮いている。
「にしても不思議ですよねー、本当に手がすり抜けてる」
何が楽しいのか、ミスティはそんなアトラの身体の中を通すようにブンブンと腕を振っている。
そしてさらに何を思ったのか、魔法で指に小さな氷を纏わせてそのまま身体の中に突っ込んだ。
「ひゃん!」
「ほれほれ、ここがいいんか?」
「ゃん、ひゃ、やめてっ! いやぁ!」
一体何を見せられているのだろうか。
氷を纏った指をアトラの体内でうねうねと動かして、恍惚の表情を浮かべるミスティ。楽しくなってしまったのか、どんどんとエスカレートしていく。
魔法ダメージ二倍ということは、あの冷気も二倍となって体内を駆け巡っているのだろうと思うと、心中察するに余りある。
僕はハザマやメイとともに合掌した。銀髪ロリ神様ミスティちゃんの暴挙を止められる者はここにはいない。
「逃げないでくださいよアトラさん〜♪」
「こ、来ないで!」
天井に張り付いた半透明の少女。逃げるより先にさっさと霊体化解除すればいいのでは?というツッコミは無しか。
「はぁ、はぁ……絶対にいつか仕返ししてやるんだから……」
アトラは息を荒げ、それをみてミスティがケラケラ笑う。これが旅団の日常。
話がそれてしまったが、要は霊体化が【風界】攻略最大の鍵となるということだ。
(僕も何か策を考えないとな……)
懸念事項はもう一つある。シャルティアだ。
彼女の能力は未知数だ。ゲームで示された技はおそらく一部に過ぎない。何かこれまでにない技や作戦が求められるだろう。
今の僕らに何ができるか。
新たな力が必要だ。
外は連日のように雨が降り続いている。日本で言うところの梅雨のようなものらしい。
どうやら今日も、部屋の中で思案に明け暮れることになりそうだ。
☆★☆
――がちゃん、とドアを締めて息を吐き出したのは、赤髪の青年だった。
柄にもなく、陰鬱なため息を漏らしたハザマは、廊下の壁に寄りかかって天を仰ぐ。
「ハザマ様」
そこに続いて現れたのはメイだった。
「……大丈夫ですか?」
その問いは、非常に曖昧で漠然としたものだった。しかし、メイの問いかけに含まれる真意を、ハザマは正確に感じ取っていた。
「……」
少し間をおいて、ぽつぽつと語りだした心境は空模様を反映したかのように淀んでいた。
「優しいよな、あいつらは。分かってて、あえて何も言わずにいてくれるんだ」
エイジも、アトラもそうだ。ハザマが話したがらないことを察して何も聞かずにいてくれる。
その優しさが、逆にハザマを締め上げていく。
「そんな……そんな優しい奴らなのに、俺は……」
そしてハザマは、目元を腕で覆い隠して。
「あいつらを、素直に応援できねえんだ」
それは、心の奥底から絞り出されたような苦痛の叫びだった。
自分を倒したルインフォード組をエイジたちが倒せば、ハザマが目指す高みは更に遠のく。いや、実際にそうかどうかは関係ない。ハザマが一瞬でもそう考えてしまった時点で、もう彼らを素直に応援することはできなくなってしまったのだ。
それだけ、ハザマの中にある「最強を目指す」ということは重い。
優しく接してくれる仲間たちに対して見にくい感情を向けてしまう自分がいるのが、情けなくて仕方がない。取り繕った仮面の下に見え隠れするドロドロとした思いに、自分で自分が許せなくなっていく。
「私には、その感情が分かりません」
しかし、メイはあくまで冷静だった。
「ですが、これまでの傾向から今のハザマ様がハザマ様らしくないのは分かります」
それはメイから見ても一目瞭然だ。後ろ向きな考え方は、彼には似合わない。
「分かってるよ。分かってんだ、そんなことは」
それでも。
それでも、認めがたいものはある。
『負けたくない』――それは、自分の在り方を歪めてしまうほどの強い思い。
「ハザマ様。一つよろしいですか?」
機械少女は未だ、心を理解するに至らない。
だからこそ、分からないことだらけな世界の中で、少しだけ見つかったものをハザマに教えて見ようと思うのだ。
「あの試合で、私はあまり大した活躍をできませんでした。ハザマ様に負担をかけてばっかりで、私は戦いを見守ることしかできなかった。それでも、あの最後の一合にたどり着けたのは、ハザマ様の強い意志を感じたからなのです」
――『見下してんじゃねえぞぉぉおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!』
――『最後に立っているのは――俺だ』
――『受け取れ、ルインフォードぉぉおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』
あの叫びが、今も胸の奥底に焼き付いている。
あの叫びが、彼女に一つの思いを芽生えさせた。
負けたくない。その気持ちが、伝播したのだ。
――私は、見ていましたよ。
あの時伝えた通り、彼女はその目で全てを見ていた。
「何をおいても勝ちたい。その思い、確かに感じましたよ」
だって――と、メイは、最近ようやく作れるようになった穏やかな笑みをたたえながら。
「それだけ、あなたの思いは強いということでしょう。ちょっとくらいハザマ様らしくなくても良いのではないですか? ちょっとくらい、醜くったっていいんじゃないですか? 何も恥じることはないのです」
機械ゆえに。
心の機微を理解していないがゆえに。
少女は、大胆に踏み込んだ。
「あなたは間違っていない」
仲間のことを応援できない醜い心。しかしそれだって、メイから見れば等しく『人間らしい心』なのだ。
そんな彼女だから出てきた一言に、ハザマは。
「…………すげえな、お前は」
しゃがみこんで目線を合わせてくる彼女の瞳は、何一つ曇りのない真意であることを指し示していた。
だからこそ出てきたのは、自分には真似できないという思いだった。
それはまるで、無垢な子供のよう。あるいは、濁りを知らない精製水か。
「そこまで割り切れねえよ、俺は」
「それが人間、ということでしょうか」
「さあな」
さっきまで曇りきっていたはずの心模様は、幾分か晴れたようにも思えた。まさか、自分がメイに肩の荷を下ろしてもらうことになるとは。
「まあ割り切れはしねえけど……あいつらに合わせる顔がない、なんてことにはならなくて済みそうだ」
「そうですか」
それに、と少女は付け加えた。
「ハザマ様は負けてませんよ。負けたのは、相棒であった私が弱かったからです」
「……負けたことを女のせいにするほど落ちぶれちゃいねえさ」
メイにもまた、譲れない思いがあった。
――『武闘大会、必ず勝ち上がりますので。そして……直接対決で勝利した暁には、ご褒美をいただけますか?』
その約束は、果たされることなく雨粒に霞む霧の向こうへと消えていった。
あの時、メイがエイジに伝えようとした想いは何だったのか。結局それが明かされることはなかったが、メイはそれで良かったのだと思っている。
――あの想いは、まだ早かった。私にはまだ扱いきれないものだったから。
だから、今はいいのだ。
もう少しだけ、この胸の中で温めていよう。
もう少しだけ、この胸の中で育てていこう。
それでも、いつか――
いつか自分が、それにふさわしい『人間』になれたのならば。
その時は、もう一度挑戦してみよう。
彼は優しいから、きっと話くらいは聞いてくれるはずだ。
「……ありがとうな。だいぶスッキリしたぜ」
ハザマは立ち上がる。
ここは通過点だ。ハザマにとっても、メイにとっても。
「こっからだ。俺は……こっからだ」
拳に宿すのは決意。
敗北が己をさらに強くする。きっと勝ち続けていたら、こんな悔しさを味わうこともないから。
この気持ちを糧に、心の中の苗木を大きく、大きく育てていこう。
今にも折れそうなその苗木が、いつか大樹に育つと信じて。
悔し涙を水として、燃えるような熱き心を太陽として。
もう負けないから、何にも誰にも負けないから――。
今よりもっと、強くなるのだ。
「戻ろう。みんなのところへ」
「はい」
敗北は決して後退ではない。答えは安易に見つからないだろうが、それでも手探りで進んでいく。
一人は『最強』を目指し。
一人は『人間』を目指し。
各々の抱える壁に、真っ向から立ち向かっていこう――
「一回負けたら二度倒す。二回負けたら三度倒す。そうすりゃ俺が、最強だ」
「よく分からない理論ですが……ええ、実にハザマ様らしいです」
外は未だ曇り空。どんよりと気分も落ち込んでしまいそうな空模様。もう何日もこのままだ。
だけど。
そう、きっと。
どれだけ長い雨だとしても――
いつかそこに晴れ間はのぞくから。
☆★☆
そんなやり取りが行われた翌日。
久しぶりの快晴……とまでは行かないものの、雲間に僅かな陽の光も見える昼下がり。
ジンとユリスは、広場でとある人物と会うことになっていた。
その人物とは――
「やっほ〜。一応、はじめましての方がいいのかな〜」
「どっちでもいいんじゃねえ? よ! 闘技場で会って以来だな!」
セリカ・アルテミア、そしてオルランド・マクスウェル。
一回戦で対決した二人が、ジンたちの前に現れていた。
「ごめんなさいね。わざわざ来てもらっちゃって」
「いや、構わねえよ! なんせ、一回戦で負けちまって暇してたからな!」
「あ、あはは……」
倒して先に進んだ者としては非常にやりにくいところだ。ジンも苦笑いするしかない。
「オルくん、余計なことは言わなくていいよ〜」
セリカが相変わらずのほほんとしたテンションでたしなめる。この二人はどうやら、オンでもオフでもこんな感じらしい。
「ま、まあいいわ。はじめまして。改めて、ユリス・ユースティアよ。こっちはジン・シュナイダー」
「よ、よろしく」
「おう、よろしく。とはいえ、ユリスさんの名前は知ってたけどな」
さすがは領主の娘。有名人だ。
呼び捨てでいいわよ、歳上なんだし――と早速打ち解けるユリス。どうやら、根本的にユリスはコミュニケーション強者らしい。そこらへんはジンとは正反対である。
「……いきなりだが、お前第三試合に出てた奴と瓜二つだよな。兄弟か何かか?」
「ま、まあ……そんなもんだよ」
やはりそこは気になるようだったが……実は並行世界からやってきたあの人の息子なんです、と言っても流石に理解に苦しむだろうし黙っておくことにする。
二組が闘技場以外で話すのはこれが初めてだ。それぞれ握手を交わし、挨拶を済ませる。
今回こうしてオルランドとセリカを呼んだのは、単純に練習相手になってもらうということに加えて、もう一つあった。
「ああ、第二試合な。見てたぜ。暇だったからな!」
「うーん、もう突っ込まなくていいかな〜」
一回戦第二試合。それは、これからジンたちが戦うことになる相手が勝ち上がった試合だ。
相手の名前は――
「…………ヴィント・ボレアス」
神妙な面持ちでユリスが呟く。
一回戦において、相棒の少女が一歩もその場を動くことなく勝利を決めた傑物。
次の試合に向けて療養していたジンとユリスは、その戦いの様子をオルランドたちに聞こうと考えたのだ。
「確かにあいつの強さは本物だった。なんつーかな、野生の獣みてえな感じなんだ」
オルランドがその人物に抱いた感覚は……狩り。
肉食の獣が弱者を追い詰め、食らう。そんな戦い方をする男だった。
「相棒の女の子は本当に何もしてなかったの? 実は後ろから魔法を飛ばしてたとか……」
「ううん。ほんとーに何もしてないよ〜。ただ見てるだけ。それも、ビクビクしながらね〜」
「ビクビクしながら? まるでジンみたいね」
「ちょっと……」
「うそうそ」
ということは、本当に一人の力で相手二人を圧倒して勝ち上がったということか。
これは、二対一をアドバンテージと捉えているほどの余裕はなさそうだ――と、ジンやユリスが思っている一方。
「ねえねえ〜」
セリカは、どうやら気になることがあるようで。
「あなた達って、付き合ってるの〜?」
…………………………。
「えっ」「はっ?」「それ俺も気になってたわ」
天然女の放った爆弾発言に、場が凍った。
「いや、いやいや! 付き合ってないわよ!」
「あれ〜? そうなの〜? 仲良いからてっきりそうかと思ったのに〜。ね〜」
「ああ。領主の娘となると、跡取りとかも求められるだろ。分かるぜ、その気持ち」
「「あ、跡取りぃ!?!?」」
ジンとユリスの声が重なる。本人は否定するものの、ほらやっぱり息ぴったりじゃん、と思わなくもないセリカ。
「武闘大会の仕組み上、カップルでの出場は別に珍しくないけどな。俺たちもそうだし」
「まあね〜」
そうだ、この二人は普通に付き合っているんだった……とユリスは口元を引きつらせた。
「試合中に喧嘩始めるペアなんて初めて見たよ〜」
「ははは……忘れて……今すぐ忘れて……」
もはやユリスは両手で顔を覆うことしかできない。完全な黒歴史だ。
「一大スキャンダルだと思ったのになあ。『領主の娘、熱愛!?』ってな具合でな」
「そ、そんなんじゃないってば……僕なんかが、そんな……」
「おいおい、あまり謙遜をするなよ。お前たちは、俺達に勝ったんだからな!」
オルランドが肩を組んでくる。この感じは非常にハザマに似ている。熱血タイプにありがちの距離感だ。
「まあいいや。でも、仲の良さは重要だぜ。どれくらい息が合ってるのかが勝敗に直結するんだからな」
それはまさにその通りだろう。一回戦で見せつけられたオルランドとセリカのぴったり揃った連携に翻弄されたので、身をもって知っている。
強くならなければならない。
見据えるのは準決勝だけではない。
きっと――いや、必ず、決勝にはあの二人が勝ち上がってくる。
ジンにとっても、ユリスにとっても因縁深いあの二人。
憧れであり、なんとしても超えたい人。
あの二人に勝つためには、今のままではダメだ。
何かこれまでにない技や作戦が求められる――それは奇しくも、エイジと同じ結論であった。
だから、ジンはユリスと視線を交わし。
「今以上に、私たちは強くならなきゃいけない」
「このままじゃダメなんだ」
二人は、揃って頭を下げた。
「私たちに、戦い方を教えてください」
「僕からも、お願いします」
誠意を込めたその礼に、二人は。
ふっと笑みをこぼして、応えた。
「俺たちはもう、あの大会には出場できない」
静かに語りだしたのは、彼らの残酷な現状。しかしそこに、悲観的な色はなかった。
「でも――でもな。違うんだ。悔いはなかった。あの戦いに、思い残すことなんて一つもなかったんだ」
顔を上げた二人に、オルランドは語る。
「……ああ、そうだな。俺たちが初めて大会に参加した時のことを思い出したよ。右も左も分からなくて、それでもがむしゃらになって戦っていたあの頃。今のお前たちはあの頃の俺たちにそっくりでさ――」
そして青年は、笑いかけて。
「――お前らが最後の相手でよかったと思ってる。な?」
「うん。そうだね〜」
大切なことを思い出せた。
ようやく、本当の気持ちを伝えられた。
ずっとすれ違ってきたけど、思いを一つにすることができた。
オルランドとセリカは、二人に感謝しているのだ。
だから――
「俺たちに渡せるものがあるのなら、いくらだって授けるぜ。それに、お前らが勝てば勝つほど俺たちの力だって証明されていくんだ。簡単に負けてもらっちゃ困る」
オルランドは、ジンに手を差し伸べる。
「残り三日。教えられる限りのことを教える。俺たちの思い、決勝まで持っていってくれ」
「「……はい!」」
三者三様。様々な葛藤を乗り越えて、思い結ばれるその地へと向かっていく。
残された時間はわずか。それでも勝つために、優勝を掴み取るために邁進する。
誰がその頂に至るのか。
残されたのは四組。頂点に立つのは一組。
その座を争う戦いは、より一層加熱していく。
そして。
そして――――。
――――――舞台の幕が開ける。




