第077話 Are You a Werewolf?
ある村には、村人に化けた人狼が潜んでいます。
夜になると、潜んだ人狼は村人たちの中から一人を選び、その人を食い殺してしまいます。
村人たちは、協力して誰が人狼なのかを当てなければなりません。
もし見つけられなければ、村人は全て食われて壊滅してしまうでしょう。
さあ、果たして誰が人狼なのでしょうか?
☆★☆
「あなたに聞きたいことがある」
「何ですか、改まって」
激闘繰り広げられる闘技場の裏。遠くから聞こえてくる歓声をよそに、二人の少女は静かに向かい合っていた。
普段は無表情を貫いているその少女──ルナ・アストレアは、煮えたぎる怒りを宿したような、怜悧な瞳を向けていた。
その視線の先、ヘラヘラと笑いながら話を聞いている少女──ミスティ。彼女は、恐ろしい剣幕で問い詰めるルナにも怯えることなく、いつも通り平常心でそこに立っていた。
「──あなたは、何者?」
刀の柄に手を掛けて、唐突にルナは問いを投げかけた。
「漠然としてますね。私はミスティという少女、らしいですよ」
「らしい? 何をふざけているの」
「ふざけてなんていませんよ。私は私です。大精霊ユグドミスティアの化身、ということになっているみたいです。ただ、私自身には記憶がないのでエイジさんから聞いた話でしかないですけど」
「化身……?」
それを聞き、ルナは冷静に状況を分析するように眉をひそめた。
「そんなもの、どんな世界でも聞いたことがない」
「……世界?」
その言葉に引っかかりを覚える。今度はミスティが首を傾げる番だった。
「……ああ。やっぱり、もしかしなくても、ルナさんは並行世界の記憶があるんですね?」
「…………」
その言葉に、ルナはすぐには返答しなかった。真意を探るように、慎重に返答を考える。
「……何をとぼけたことを」
「今の情報だとこう言うしかなくないですか? というか、謎なのはあなたの方ですよ、ルナさん。なぜあなたはその記憶のことを他の人に喋らないんですか? きっと大きな助けになりますよ?」
「……言えば、瞬間的に保たれている均衡が崩れる。奴には全ての情報が握られてしまう。どこに隠れようと意味はない」
「奴?」
ここまで来ても、未だにミスティは笑っている。
それを見れば見るほど──ルナは、たまらなく苛立った。
故に、その感情が言葉となって溢れ出てしまった。
「あなたが『X』なんでしょう」
それは、静かながらも決死の覚悟を秘めた叫びだった。
ルナは、ジン世界が『X』によって滅ぼされたのを知っている。奴の恐るべき力を理解している。だからこそ、『X』の存在が見え隠れするのにも関わらず世界が破壊されていないこのわずかな猶予の中で、何か大きな動きを起こす必要があった。
奴は、この世界の外側の力を持っている──正真正銘の四軸転者だ。まるで遊ぶように世界を壊し、まるで興味がないかのように平然と命を握り潰す。
だから、ルナは決意した。
『X』の魔の手から、大切な人を守るために。
自分を暗闇から引っ張り上げてくれた、愛しい彼のために。
その事実を知っているのは、世界を渡り歩くルナだけになってしまったけれど。
──大丈夫。私は、独りで戦うことには慣れている。今までだって、ずっとそうだったんだから。
ルナは自分にそう言い聞かせる。
平和になった世界に、自分はいないかもしれない。最後に彼の隣にいるのは、自分ではないかもしれない。一人にできることは限られているかもしれない。
それでも彼が笑う姿を見たいから。
彼の幸せを──近くて遠いこの場所から、ずっと願っているから。
故に、少女は戦う。
信じられるのは己のみ。他に誰も頼ることはできない。
もしミスティが本当に『X』だったのならば、この場で刺し違えてでも倒す──それがルナの覚悟だった。
みんなが闘技場にいて誰の邪魔も入らない。この瞬間を、ルナはずっと待っていたのだ。
「私が『X』、ね……」
しかし、そんな少女の覚悟を嘲笑うかのように──ミスティは、やはり平然と答えた。
「私は『X』かもしれないし、『X』じゃないかもしれない」
それは、答えというにはあまりに不適切なものだった。
「な、にを……」
「分からないんですって。もしかしたら、記憶を失う前の私は『X』だったかもしれないし、今の私はただのミスティなのかもしれない。眠っているうちだけ『X』になったり、今こうして喋っている人格の裏に『X』が潜んで操っているのかもしれない。──でも確かに、あなたが睨んだ通りですよ」
そうしてミスティは、まるで道化師のようにのらりくらりと明言を避け続ける。
「現状、身内で最も『X』に近いのは私でしょうね。だって、出自も記憶もはっきりしない謎の存在ですもん。『X』は私たちの動向を詳細に把握しているみたいですし、もし旅団やその周りに黒幕がいるとしたら、おそらく私なんでしょう。それが自然です」
「ち、違うというの……?」
「だからー、違うとは一言も言ってませんってば! もしかしたら私かもしれませんから、十分に警戒してくださいね」
ますます困惑だ。自分からそんなことを言ってくるとは、様々な解答を想定していたルナにも想定外だった。
ルナからしても、追求のしにくい発言ばかりでどうにも動けない。全く掴み所がない。
「逆に言えばあなたも同じくらい怪しいと思うんですが……どうなんでしょうね? あなたには、シロを証明できるだけの証拠はありますか?」
「………………」
「まあ、迂闊には答えられないのでしょうね。『X』に全てを知られると言っていましたが、それを警戒して情報を抱え込んだのは悪手だったかもしれません。ルナさんにも疑いがかかってしまうわけですから。──いえ、そうせざるを得ない状況に持っていけた『X』が一枚上手だったと言うべきかも」
ミスティは、まるで真剣に悩んでいるようなそぶりを見せる。油断してはいけない、それが作戦かもしれない──とは思いつつも、気が抜けてしまう。
「要するに、あなたも私もグレーということです。というか、この世界で明確にシロなのはエイジさんくらいなんじゃないですかね? ……少なくとも、私自身には『X』であるという認識はありませんよ。まあ、今現在姿を隠している『X』本人が自ら名乗り出るわけがないので、当たり前っちゃあ当たり前ですが」
ミスティは依然として笑っている。何も映さない瞳のままで、笑っている。
「いいですか? 私はあなたと一緒です。答えは何も言えないんですよ」
あるいは――とミスティは言葉を継いだ。
「最も怪しいと思われる私を殺して、少しでも危険を取り除きますか?」
まるで抵抗する意思がないかのように両手を左右に広げてる少女に、ルナも躊躇いを覚える。
「まあ本音を言えば、考えるのはめんどくさいんでそっちで頑張ってねーって感じですよ。難しいことはお任せします。その結果私が犯人と決まったのならば、その時はさらっと殺しちゃってください。外したとしても、最も怪しい容疑者が一人減るんですから大きな進歩ですよね」
「……」
ルナはわずかにミスティから距離をとった。
(な、何なの……?)
もうルナにはわけが分からなかった。
自分にも答えは言えない、だから怪しいなら殺してくれ、と?
自分の命が惜しいとは、全く思っていないような口ぶりだ。なぜそこまでのことが言えるのか。
見た目は10歳を過ぎた程度の子供だからこそ、より違和感が際立つ。
少女が本当に『X』なのかどうかはさておき、この子供は内に底知れぬ何かを秘めている──そんな気がしてならない。
ミスティは自分が死んでもいいのだろうか? 人間として当たり前に、『生きたい』という感情を持っているものではないのか?
この少女は何かおかしい。だが、決定的な証拠は掴めない。
ルナは最初から疑っていた。ミスティという少女はこの世界以外のどこにも存在しない。そんな存在が普通な訳がない。しかし……。
「あれ? 私おかしなこと言いましたかね? 大丈夫ですよね?」
こうして、当の本人は首を傾げるばかり。至って平然としているのだ。
(どうすればいい。……私は、どうすればいいの)
──ルナ・アストレアは三軸転者である。
寿命という概念は存在しない。そして、数多の世界を渡り歩いてきた。その中で、ジンのいた世界で崩壊を目の当たりにした。
ルナは、たった一人残された『世界の秘密を知る者』として、世界を救う義務がある。
では、今この場で最良の選択とは何か。
――ミスティを殺す。
もしそうしたのならば、二度と彼らのもとには戻れなくなるだろう。仲間殺しの汚名を被り、恨まれ続けて生きることになるかもしれない。
――殺さずに監視を続ける。
現状維持。それは甘い蜜のようにルナを誘う。分からないから保留にしようと事を先延ばしにし続ければ、いつか決定的な事件が起きても既に手遅れとなっている可能性がある。ただし、大きな過ちを犯すこともない。
「……っ」
刹那、神速の太刀が閃いた。
「あら」
ミスティの首元に突きつけられたその刀は──皮を一枚裂いて静止した。
ピン、と張り詰めた静寂が、辺りに緊張感をもたらした。さすがのミスティも口を閉ざしている。
──このまま、首を描き切って全てを終わりにできてしまえたのならば、どれだけ楽だろうか。
本当の意味で敵なのは、『X』だけだ。
奴さえ消してしまえれば、この世界は大きく救済に向かって進み出す。エイジにこれまでの情報を全て話せるようになるし、具体的な行動を起こすことができる。
その最有力候補が目の前にいる。今なら『獲れる』はずだ。
しかし────。
「私は――あなたを殺さない」
「いいんですか?」
「よくはない。あなたがクロであるかどうかに関わらず、私はあなたを信用していない。勘違いしないで」
「なるほど。ツンデレですね」
「やっぱり叩き斬る」
「冗談ですよ! そんな怖い目で見なくても!」
ひとまず、ルナは刀を納めた。
問題は解決していない。だが、この場で決断をするには、少し焦り過ぎているようにも思えた。
(私は……)
いや、本当は分かっている。
ただそうやって言い訳をして、辛いことから目を背けているだけだ。
エイジともう会えなくなる。悪役になる。そんな世界で、本当に自分が生きていけるのか。
そう考えたときに、ルナは恐怖を感じた。
自分は、もはや戻れないところまで彼に依存してしまっている。
彼に見放されたまま生きることなど、できるはずがない。
エイジに「ミスティは『X』の疑いがあるから殺した」なんて説明、できるはずがないのだ。
すなわち、今は動けない。確信が持てるまで、ルナは手出しすることができないということだ。
「監視は続ける。怪しい行動を取れば、すぐに斬る」
「ええ、それがいいと思います。私の事はしっかりと監視してください。それがみんなのためにもなります」
ミスティはやはり笑っているのだが、その言葉はどこか切実なようにも聞こえた。
「私にも、私が分からないんです。だから、あなたが私という存在を証明をしてくれるというのなら、私もこの世界にいていいのかなって思えるようになるかもしれませんね」
風に吹かれる少女の銀髪が、表情を隠す。
揺れて、揺れて、揺れて。
まるで、その真意を覆い隠すように。
まるで、真実を掴ませないように。
少女は決して、答えを明かさない。
「少し、風が強くなってきましたね」
空に黒い雲がかかり、今にも雨が降りそうだ。疑惑と困惑の間でさまよう少女の心象を反映してか、雲行きが怪しくなっていく。
やがてポツリ、と雫が地面に染みて。
雨が降り始めた。
「さ、戻りましょう。きっとみんなが待ってますよ」
濡れた髪をかきあげた時には、ミスティはいつもの表情に戻っている。ぼんやりと、眠たそうに、ただ笑っているだけ。
「あ、私別に気を悪くなんてしてませんからね。ルナさんのことが嫌いになったとか、そういうのは一切ありません。でも、今日のことは他の人には黙っておきますね。無駄に波風立ててもしょうがないですし」
「……分かった」
「では、戻りましょうー」
そんなやりとりをして、二人の少女は日常へと回帰していく。
本当の犯人は誰なのか。
前を行くあの少女は何者なのか。
そこは巨大な迷宮。あるいは、出口の見えない迷いの森。
近づいたと思ったら離れていく、そんなもどかしさに包まれながらも──ルナは一人戦い続ける。
☆★☆
ある村には、村人に化けた人狼が潜んでいます。
夜になると、潜んだ人狼は村人たちの中から一人を選び、その人を食い殺してしまいます。
村人たちは、協力して誰が人狼なのかを当てなければなりません。
もし見つけられなければ、村人は全て食われて壊滅してしまうでしょう。
さあ、果たして誰が人狼なのでしょうか?
なんてね。




