第007話 尊き黄金に決別を
──お前、ゲームばっかりやってて楽しいの?
そんな問いかけを投げられたことがあった。
──スポーツとかやったらいいじゃん。そんな、何の意味もないゲームなんてやめてさ。
そんな『罵倒』をぶつけられたことがあった。
──ゲーム以外何もないじゃん、お前。ちょっとは自分のためになることとかさ……。
そんないらぬ心配をされたことがあった。
ゲーム以外何もない。そう言われてしまえば、それまでだった。いくらゲームの腕を上げたところで、誰も褒めちゃくれない。せいぜい引き気味に「すごいね」と笑われるだけだ。
誰でもいい。
誰でもよかったんだ。
僕はただ、自分の人生が間違ってないのだと誰かに認めて欲しかった。
なんでスポーツはよくて、ゲームはダメなんだ?
なんで勉強はよくて、ゲームはダメなんだ?
分かってる。そんなもの、誰に言われずとも分かっている。
一人でもいいから、好きなゲームの話ができる友達が欲しかった。ここが良かった、ここが好きだ、そんな語り合いの場が欲しかった。それだけで僕はきっと、救われたんだ。
だがそこには何も無かった。永劫続く無の世界が広がっていた。
今が楽しければそれでいいのか? 将来のことも考えろ。少しは勉強をしたり、友達と遊んだりしたらどうだ。──そんな言葉の数々が、僕を責めた。
この先には何もない。そう諭されても、もう引き返す道は崩れ去っていて。
じゃあ、僕はどこに向かえばいいのだろう。道を誤ってしまったのだろうか。
ああ、今思えば。
何もない自分が『誰にも負けない何か』を欲したことそのものが、既に間違いだったのかもしれない。
だって、無から有は生まれないのだから。
それでも僕は、ゲームを嫌いになんてなれなかった。どれだけ否定されても、この気持ちが変わることはなかった。
それは、なぜなのだろう──。
☆★☆
「ミスティ、君はしばらく直接攻撃だけだ!」
「そんなー」
「そんなー、じゃない。だいたい一発使ったらMP切れじゃ、ろくに撃てないじゃないか」
「むー。仕方ないですねー、動き回るのは疲れるのですが」
多数のグリーンウルフ、そして川辺エリアに生息するグレイトータスという魔獣との戦闘を潜り抜けた頃、僕らは次の町であるリドラの目前まで迫っていた。
「お腹が減りましたー」
どさっ、と僕の背中に体を預けるミスティ。突然ののしかかりに僕はたたらを踏みつつ、少女に文句を言う。
「あと少しで町に着くよ。そしたら多分、買い物もできるし服も買える。だからその状態でそんなにくっつかないで……」
魔獣たちから集めた精霊石は、多少の金になる。これで生活に必要な品を揃えつつ、次なる町へ旅立つ準備を整えるというのが僕らの算段だった。
「見えた!」
僕の肩に手をついて遠くを見ていたミスティがついにそれを発見したようだ。程なく僕たちの視界にも入ってくる。
道の先に見える木組みの門。リドラの村だ。
「追っ手は……いないみたいね」
辺りを見回すが、それらしき影はない。もし追っ手の攻撃があれば、事前に僕の『英雄の眼』で察知できるだろう。
「やっと一息──っと、ちょっと待って」
アトラが立ち止まる。顎に手を当てて、何やら考え込む少女。このイベントももちろん知っている。
「はい、どうぞ」
「ねえ、ブライト。あなたの剣、ちょっと貸してくれな──あ、あれ? ありがとう」
尋ねる前なのに既に差し出されている剣。アトラが困惑している。
(しまった、早かった)
「ああ、大精霊様のご加護を受けて未来が見えるようになったんだっけ」
アトラは都合よく解釈してくれたようだが、今のは英雄の眼ではなく僕の記憶だ。
とにかく、今のこの場でアトラは剣を求める。理由は──
「私がそのまま村に入ったら、大騒ぎよね」
一言そう言うと、金色に輝く美しい長髪を手に取り、ためらいなくバッサリと切断した。黄金に輝く糸たちが、風に吹かれてどこか遠くへ消えていく。
そして数分後には、金髪ショートヘアの少女がそこに立っていた。
ゲームの中でブライトは、姫の決断を『そうだな。きっとパニック状態になってしまうだろうし、仕方ない』と冷静に流しているが、僕からすると……それはもう。
「ああ、もったいない……ッ!」
「え、ええ?」
「最初期しか見れないアトラ姫金髪ロングフォーム! わずか一章ぶんしか登場しないそのグラフィックなのに、ファンの間では『このアトラ姫が一番可愛い』と評判なんです! 優雅になびくその黄金に、高貴さと尊さが詰まっているんですよ! あー、もう見納めなのかぁ確かに僕もどっちかっていうとロングの方が好きだけどいやでもこの決意の断髪を経てアトラは強くなっていくわけだし見慣れた髪型はこっちだしブツブツ……」
「あ、あのー……」
「もちろんここでショートヘアになることで大人編の髪が伸びる展開が泣けるわけで……って、なんですか?」
「よ、よく分からないけど……褒めてくれてる?」
「────ほぁ」
「ほあ?」
「ホアアアアアアア……」
「ど、どうしたの!?」
(ああああああああああああああああ! ああああああああ!)
ご本人様の目の前で、僕は今何を語り散らした?
なんか好きとか尊いとか抜かしたか?
握手会で声優さんの前に立って緊張した結果「このキャラクターはこの心情でこういう展開があるから──」と突然語り出す一番痛いタイプのオタクか?
死ぬか。
恥ずか死でゲームオーバーだ。さよなら。ごめんよブライト、安藤影次は世界は救えませんでした。
「あの……ありがと」
「ほえ?」
しかし。
「この髪はね、私の自慢の髪なの」
意味不明な供述を繰り返す僕に、アトラは恥ずかしそうにしつつもにっこりと笑って。
「お母様が梳いてくれて、お父様が褒めてくれた、自慢の髪だったの」
手のひらに残った最後の一本の髪の毛を、風に飛ばして。
「だからね、とっても嬉しいわ」
切なげに、しかし未練はなさそうに。少女は、微笑んでいた。
「最後の最後で心の底から髪を褒めてくれる人に出会えて、ロングヘアの私も本望だったわ」
「ぇ、あ、ぅ……はぃ……」
このまま尊さに満たされて死ぬ。
(そんな設定があったのかよ! 本編で語れよ!)
ゲーム本編では、ブライトがさほど気にせずに話を進めてしまうため、「両親に愛された長髪だった」という設定は語られない。
「すごい……原作者自らマル秘設定公開どころの話じゃない……ご本人様自ら……」
「なんで泣いてるの!?」
「だって……こんなのゲーマーにとっては究極のご褒美ですよ!」
「よ、よく分からないけど、良かったわね……」
この世界に迷い込んだことの意味を、僕は今理解してしまったかもしれない。あまりに『エストランティア・サーガ』が好きすぎるために、神様が「もうじゃあその世界行って楽しんでこいよ」的なノリで僕をここに連れてきたのだ。そうだ。そうに違いない。
確かに辛いし、戦闘は怖いし、疲れるし痛いし逃げたくなることも多い。でも、ゲームでは語られなかった何かを発見できる。それだけでもう、僕はこの世界に来て良かったと思えるのだ。
「よし、気を取り直して行きましょうリドラの村へ!」
「ラブコメを終えて急に元気になりましたねえ」
「ら、ラブコメじゃないから!」
口を挟んでくるチビ女神を威嚇する。
「暗い気持ちでいても仕方ないんだから、元気な方がいいに決まってるわ。行きましょう」
「そうですそうです! ほら、ミスティもこの清らかな姫のオーラを受けてもっと清純な女性になりなさい」
「私はそんな洗脳魔法みたいなオーラ発してないから! ……って言うか」
「?」
アトラ姫が、こちらをじっとりと見つめてくる。何事だろう。確かここでのイベントは終わったはずだが──
「私には敬語で、ミスティとは普通に喋るのね」
「えっ」
突然何を言い出すんだ──と思ったのだが、言われてみれば確かに。ゲームの中のブライトはフランクな性格をしており、誰とでも親しく話せる男だ。姫とも身分さを感じさせないやりとりを繰り広げる。
しかし僕は、姫の高貴さに打ちのめされて自然と敬語になっている。ロリ体型な神の化身さんはあまり敬う気がしないのでタメ口である。
「ブライト、私のことは呼び捨てにしなさい! 町中で突然姫様なんて言われたら、私の正体がバレてしまうわ!」
「え、えと」
「町中で突然姫様なんて言われたら私の正体がバレてしま」
「二回言わなくても分かります」
「あらそう? なら」
「分かりまし──いや、えーと、あー……分かった、アトラ」
「んんん!」
アトラは、それはもうピカピカと目を輝かせている。
「生まれて初めて両親以外の人から呼び捨てにされたわ!」
「そう言う感動があるのか……」
またもゲームと違う展開。なるほど、と僕は頷いた。
僕は少しずつこの世界の楽しみ方を知りながら、新しい村へと足を向けた。