第072話 先を見据える者、今を見据える者
「る、ルインフォード……ッ!?」
客席で仲間の試合を観戦していた僕は、思わず立ち上がりそうになった。
事前に対策を練ることを防ぐために直前まで対戦相手が公開されない大会の仕様が仇となった。まさか、『理想郷委員会』を招き入れているとは……。
(中止するべきなんじゃないのか……? いや、でも……)
もしここで声高に危険を示しても、一体どれだけの人間が信じるか。20歳以下の部は無制限の部よりも落ち着いているとはいえ、ここには数万人の人間が集まっている。いわばプロ野球に対する甲子園だ。そんな規模の会場で混乱を巻き起こせば、収拾がつかなくなるのは目に見えていた。それに、
(……なんだ? 普通に参加する気なのか?)
これだけの観衆がいるにもかかわらず、ルインフォードはこちらに危害を加えるつもりはないようだ。
すなわち――まっとうに、この大会に参加しようとしている。
「エイジくん、これって……」
となりのアトラが不安そうな表情を向ける。しかし、この場で僕らにできることはない。下手に出ていけばパニックを引き起こす可能性だってある。
「……一旦様子を見よう。ハザマたちには悪いが、狙いを探るんだ」
「そうね……」
見守るしかない。
かつて四人がかりで撃破した『暴れ狂う獣』――それを相手に、数的有利なしで立ち向かうという絶望。
あの絶望を知らないメイはまだいい。だが、ハザマは――――。
☆★☆
ハザマはまず、全力で距離をとった。
「メイッ、聞こえるか!」
そして、混乱しているメイに最速で情報共有を行った。
「奴はゾロアと同じ――『理想郷委員会』のメンバーだッ!」
「――!!」
一瞬で緊張が伝播する。メイはすぐさま警戒レベルを跳ね上げた。
(なぜここに『理想郷委員会』が? 大会どころではない。ですが……っ)
確かにこれは大会を中止するべき案件だ。世界を脅かす危険な組織の構成員が出場選手の中に紛れ込んでいるなんて前代未聞すぎる。
(しかし…………奴らは、普通に戦うつもりのように見えます)
奇妙なのは、そんな彼らがこの大会に普通に参加しているということだ。わざわざ手続きを踏んで、この闘技場までやってきて、律儀にトーナメントに参加している。
(アンドウ・エイジと戦うため、と言っていました。それはつまり、私たちに勝って、その先に進むということ――)
理由は不明だ。
その行動の謎は深まるばかり。
だけど。
それならば。
「正攻法で挑んでくるというのなら、お相手をするまででございます。――お覚悟を」
メイは意を決する。
同じ土俵で戦うというのなら受けて立つ。なんの目的か知らないが、エイジ様と戦うのは私だ、と。
この国を荒らす野蛮な輩程度に私の思いが負けてたまるか、と。
きっと彼も、この戦いを見ている――だから。
「負ける気はありません――」
「ヘッ、そういうの――――嫌いじゃねえッ!!」
その行動に追随する者がいた。
熱を纏い、全身を陽炎に揺らめかせる青年。赤き髪の男。
「メイ、聞け。俺らはあの男の方、ルインフォードとかつて戦った」
ハザマは、大剣を構えてジリジリと間合いを計りながら通信を行う。
ルインフォードにはいくつかの『ギミック』がある。エイジから教わったその攻略法を再度共有する。
まず、やはりこの戦いにおいても最も厄介となるのは【風界】だ。残存体力が70%を切るまで物理攻撃無効化する。通常攻撃では倒せない。
次に制御機構。解除するごとに戦場は荒れていき、飛び回る刀は増える。遠近どちらにも対応する隙のない構成。
そして臨壊。『終焉譚の伝承者』。20秒間の竜化でステータスの超強化。
「………………」
聞くだけで分かる。その圧倒的な力。
「出し惜しみをして勝てる相手じゃねえ。……全力で行くッッ!!!!」
「はいッ」
対するルインフォードは――早くも四本目の刀まで引き抜いている。
(段階踏んで来てくれれば、対策の練りようもあるが……ッ)
風に乗せられた二本の刀が中を舞う。矢の如き速度で迫るその二振りに対し、応手は――
「なるほど。曲芸じみておりますね。では、曲芸には曲芸でお相手いたしましょう」
遠隔操作されたファンネル四基が、進路を潰すように魔力弾を放つ。
刀はルインフォードの風を精密動作させて天を舞っている。それに対してメイが操るファンネル四基は、彼女の魔力によって直接動いている。速度、小回り、共にファンネルが勝る。
加えて、精密動作は外部からの攻撃に弱い。これはかつてエイジが発見した弱点であるが、メイも早速そこにたどり着いていた。
メイは、何年もレイノルド博士の助手として研究の手伝いをしてきた経験から、戦闘勘がない代わり『分析』に長けていた。
ルインフォードは決して無敵ではない。それに、メイは攻撃に用いる弾丸が全て魔法属性なのでルインフォードの【風界】攻略に相性がいい。
なので、問題は――奴だ。
(シャルティア・ヴァナルガンド……奴の能力とは、一体何なのでしょう。エイジ様なら知っているのでしょうが……)
そこはくじ運が悪かったと思うしかない。今は落ち着いて動きを観察することが――
その時だった。
地面がめくれ上がり、岩塊が寄り集まって奇っ怪な怪物を形作ったのは。
☆★☆
『おおっと――――!? これは…………なんだあ?』
『岩の巨人を作成する能力か……? どうやらあのデカい本に何か書いてるみたいだが……?』
実況ナナセ、および解説レオも困惑している。
僕らの周りにいる、観客席から状況を俯瞰している人々からも次々に驚きの声が上がった。
単純な命令をこなす人形であれば、魔法陣を用いれば再現することは難しくない。しかし、おそらくシャルティアが創ったと思われるそのゴーレムは遠隔で突然起動しただけでなく、まるで意志を持っているかのようにハザマを攻撃し始めた。
地面に魔法陣は描かれていない。複雑な命令をこなしている。
メイの輪廻核は例外として、人形にこれほどの仕事をさせるには相当な実力が必要だ。
やはり『理想郷委員会』。魔法一つとっても高度な技術を持っている。
そして、その魔法を根本から支えるのが彼女の手にしている大きな本だ。
☆★☆
「あれが『創世記』か……やはりシャルティアの初期装備なんだな」
冷静さを取り戻した僕は、改めて二人の敵を観察し始めた。
ゲームにおいてシャルティアが所持している強力な『武器』。
それは、『記した通りにこの世の理を書き換える』とされる魔道具だ。
「……『創世記』?」
それに反応したのが、以外にもアトラだった。
「知ってるのか?」
「歴史書で何度か読んだことがあるわ。神々によって下界にもたらされた超越的遺物……『星天器』の一つに、同じ名前の魔道具が出てくる」
「……聞いたことない」
「……あれ?」
話がすれ違う二人。どうやら僕の持っている知識と、アトラの持っている知識には違いがあるようだ。そして、それを組み合わせることでお互いの知識を補完できそうだ。
「星天器っていうのは、はるか昔に神々が人間のために作り出した、今の知識では仕組みを解明できない魔道具のことなの」
「オーパーツ的な感じなのかな……?」
当時の技術では実現不可能とされる遺物、特徴自体はまさしくオーパーツそのものだ。
「星天器はユグドミスティアの下位に位置する七柱の神が作り出したと言われているわ。
事象を意のままに操る『創世記』。
世界を引き裂く『次元刀』。
万物を映し出す『夢幻鏡』。
星の心臓たる『魔光石』。
人と人を繋ぐ『心音叉』。
母なる大地の加護を宿した『護界布』。
そして、すべての生命を守る『大霊杯』」
ゲームで聞いたことある単語と、初めて聞いたものが半々だ。『創世記』『次元刀』『大霊杯』は知っているが、それ以外は全く聞いたことがなかった。『星天器』というくくりも初耳だ。
「……って、あれ? そういえば、おかしくないか?」
と、僕は一つの疑問が浮かぶ。
大霊杯は、ゲームでも『神々が作ったもの』とされていた。しかし、この世界においてはレイノルド博士が作ったと判明したのではなかったか。
「実はそうなのよ。大霊杯――神話上での正式名称を『大霊杯』と言うけど、作り手が実在したのよね。しかも、存命で……」
「し、神話とは……」
「い、いやでもあの人も300年前の人なのよ。十分神話と言えるわ!」
巫女としての役割も兼ねる皇女からすると、神話にケチがつくのは少々都合が悪い。
「あるいはレイノルド博士が『神』と考えられていた、とかかしら?」
「エスティア・オストレーア・ランドリアの小三国に分かれていた時代が終わったタイミングで、博士は一度表舞台から姿を消している。その間に『神』に仕立て上げられたとしても、まあおかしくはない、かな……?」
「うーん、今度直接聞いてみるしかないわね」
大昔の話だ。人が作ったという事実が歴史に残されず、その中で消えていってしまったのかもしれない。どうやらあの博士は、依然として謎が多いようだ。
「大霊杯も実物はエストランティア城の地下に封印されているから、私も本物の『星天器』を見るのは初めてだわ。一体どんな力を持っているの?」
「『創世記』は、書き手の魔力に応じて『記された文章を現実にする』という力がある――と設定資料集に書いてあった」
より正確に言うのであれば、書き手の魔力に応じて現実を『記された文章通りに寄せる』だ。
つまり、今あの本には『地面がゴーレムに変わる』といったような文章が書き記されており(実際はもっと複雑だろう)、その通りに地面が変形したのだ。
ゲームでの性能は、あの通りゴーレムを生み出すなど数種類の魔法に限られていたが、設定上はありとあらゆることができるのだろう。これまでの傾向からしておそらく、『この世界』で優先されるのはゲーム本編での性能ではなく設定資料の文言だ。
「……万能ね」
「……うん。それゆえに、強敵だ。しかもハザマとメイは、この情報無しで戦わなくちゃいけない」
ただでさえルインフォードという怪物を相手にしなければならないのだ。そのうえこの変幻自在の魔術師に対処しなければならない。
「苦戦、するだろうな……」
勝ち筋がなかなか見えてこない。僕でもそうなのだ。あの場にいる二人の心境はきっと、もっと――――
「でも」
確かに、敵は強大だ。
でも……あの頃の僕らじゃないのも、また同時に確かで。
「タダじゃ終わらないよな、ハザマ……」
新たな仲間、メイ・グレイハーツを迎えて挑むこの戦い。
あのハザマが、無様に負けて終わるはずがない――僕にはその確信があった。
☆★☆
リングの上では、早くも【風界】を巡る駆け引きが始まっていた。
ルインフォードにとってメイの魔力弾は天敵だ。そして相手もそれを瞬時に把握し、シャルティアがメイを足止めする戦法を取ってきた。
『創世記』。シャルティアが走らせたペンから生まれた軌跡が文字を形作り、それが集まって文となる。いくつもの文が意味を成すことで、『物語』となる。
[ゴーレムは地面を掴み、岩塊を敵に向かって投げた。]
記された文言は頁の中に吸い込まれるようにして消えていき──そして世界が『物語』に寄せられる。
ゴーレムは地面を掴み、岩塊を敵に向かって投げた。
メイはファンネル四基に加えて、追加で召喚した拳銃でそれを迎撃する。都合六点から放たれる光弾がギャリギャリと岩塊を削り飛ばし、メイのもとに届く頃には塵となって消えた。
「チッ、厄介ですわね」
メイの手数と、シャルティアの攻撃力が拮抗している。それはつまり、シャルティアは抑えられるが代わりにルインフォード側へ援護に行くこともできない、ということだった。
対するハザマサイド。メイからの支援が来ないということは、自力で奴の牙城を崩さなければならない。
【風界】の攻略法は二つある。
一つは正攻法。魔法攻撃をぶつけて体力を削り、風の防壁を消す。
もう一つは抜け道的攻略法。奴の【風界】が上昇気流であることを利用して、風に逆らわぬよう下から上に斬りあげる攻撃で体力を削る。エイジが見つけた抜け道だ。
このうち、ハザマが実践できるのは二つ目の方法。エイジが見つけた抜け道だ。
つくづく、あの男がいて良かったとハザマは思う。アンドウ・エイジが持っている知識がなければ、ルインフォード攻略は不可能だったはずだ。
しかしここで、予想外の事態が起きていた。
「……なっ」
ハザマは唇を噛んだ。
このままでは勝てない。それが分かってしまったからだ。
何が起きていたか。それは至極単純なことだった。
【風界】の性質が、変わっている。
以前見た風の防御壁と、今目の前で展開されている防御壁に、些細ながら致命的な変化が起きている。
すなわち――
【風界】が、上昇気流ではなくなっているのだ。
(何が起きてやがる……ッ? どの方向から斬りかかっても弾かれる!)
進化。
一言で言えば、そういうことだった。
ルインフォードは、己が完全無欠だと信じ、並み居る敵を淘汰してきた。かの竜狼は、人間を逸脱して以降一度も敗北をしたことがなかった。
そんな彼に初めて土がつけられて、そして転生して。考え直す時間を得て、竜狼が至った結論は──
「あまり舐めるなよ、人間風情が」
強くなること。
あまりにも馬鹿らしい答えに、ようやくたどり着いたのだ。
命令は果たせなかった。それは悔いるべき失態だ。必ず取り返さなければならない。
だがそれとは別に、ルインフォードはあの敗北を糧とするだけの器量があった。矜持と実利を天秤にかけて、実利を取ることができる冷静さがあった。
ならばこその『進化』。穴があるなら埋めればいい。そうしていつか、改めて完全無欠を名乗ろう。
それが、回り回って失態を取り返す原動力になるのだと、ルインフォードは本能的に理解していた。
あるいは、その危機感は──元の人格であるオリジナルの人間が有していたものなのかもしれない。
明確な穴として指摘された【風界】。ルインフォードはその力の上に胡座をかいていた。
そうして生まれたのが、新たなる【風界】。
答えは、『乱気流』。
『ハザマ様、ルインフォードの足元を見てください』
メイからの通信。彼女は思い切り足止めされながらも、絶えずこちらの戦況を伺っていた。そこから、変質したという【風界】の仕組みを瞬間的に見抜いたのだった。
『円を描くように砂埃が舞っています。それも一定方向ではなく、時折向きを変えながらです』
(……なるほど。そういうことか……)
乱気流型【風界】。風に逆らわないように突破するという裏技を潰した、いわばVer.2.0だ。
次は負けない──その思いが、風を強く荒ぶらせる。
(どうする。やっぱメイとどこかのタイミングで入れ替わった方がいいか。でも、向こうの女がそう簡単に動かせてくれるはずがねえ)
ゴーレムは巨体のわりに動きが素早く、メイもその対処にかかりっきりだ。あのデカブツがこっちの邪魔をしてこないだけでも、メイは十分に仕事を果たしていると言えるだろう。
シャルティアも、ここで無理をする気はないようだ。言い換えれば、あくまでメイを分断することに注力し、ルインフォードとハザマが一騎打ちになるように仕向けている。『手の内を隠している』ようにも見える。
おそらくあの本──ハザマはその名称が『創世記』であることを知らないが、あれはもっと多くのことができる。それをわざわざ『ゴーレム』なんて使い方に留めているのは、間違いなく温存のためだ。
少し考えれば分かる。
奴らは、初めからハザマやメイなど眼中にない。その先にいる、あの男を見ているのだ。
(…………っ)
腹の底が煮えたぎるような感覚があった。
確かに、ハザマは他の者たちとは違って、明確な目的があってこの大会に参加したわけではない。ただ、誰かと戦うことが好きで、その機会が得られるからと参加しただけ。言ってしまえば、この大会で優勝することに対する動機は薄いのだ。
しかし、それは彼がこの戦いに真剣ではないという理由にはならない。
赤髪の青年は、この大会に参加する者たちに勝るとも劣らない強い思いを、常にその心に秘めている。
世界一の剣士になって、その頂点で待っていなければならない──それは、とある親友との約束。昔日の青き思い出。
──ハザマ・アルゴノートは、負けてはならない。
TIPS 星天器
円環神話に登場する、現代の技術レベルでも再現不可能な超越的遺物の総称。
ユグドミスティアの下位に位置する、『七元星天神』という神々が作り出したとされている。
神話によれば、人々が魔獣との戦いで疲弊し、飢え、苦しむ中で、それを良しとしなかったユグドミスティアが下位神格である『七元星天神』に作成を命じたと言われる。また、それらは七柱の神と同数存在し、以下の能力を持つ魔道具である。
すべての生命を守る『大霊杯』。
事象を意のままに操る『創世記』。
世界を引き裂く『次元刀』。
万物を映し出す『夢幻鏡』。
星の心臓たる『魔光石』。
人と人を繋ぐ『心音叉』。
母なる大地の加護を宿した『護界布』。
ルビは神話上での呼称である。一般市民の間ではルビをとって漢字で読まれる場合が多い。
現状エストランティア皇国がその存在を把握していたのは『大霊杯』のみであった。大霊杯がその力で円環大陸に加護をもたらしていることから、星天器の存在を信じるものは多い。
ちなみに、ゲーム知識に基づく影次の理解は少しややこしいことになっている。
1.『大霊杯』『創世記』『次元刀』はゲーム内でも存在が確認されている。
2.『大霊杯』が神々によって作られた、ということは知っているが、それが『星天器』という括りで同じシリーズとして扱われていることは知らない。
3.『作った神々』に関する詳細な情報も知らない。
なぜそのような差異が生まれるのか、未だに謎は多い。
また、今回シャルティアが持ち込んだ本が『創世記』で間違い無いのであれば、本来ならば歴史に名を残す大発見である。しかし、シャルティアは一体どこでそれを拾ってきたのだろうか。いや、そもそもシャルティアが拾ったのだろうか。
疑問はもう一つある。『大霊杯』には現世に本物の作成者が存在するという点である。レイノルド・グレイハーツである。
これまで、神話上の産物ということでブラックボックスとされてきた『大霊杯』。「触らぬ神に祟りなし」ではないが、機能が分からないものに下手に触れれば何か悪影響を及ぼすかもしれないと思ったエストランティア皇族の祖先たちは、『大霊杯』を城の地下深くで厳重に保管した。何人たりとも触れることができないように、封印を施したのだ。
しかし、作者がいた。レイノルド博士である。
構造への理解や彼の出自などからして、作者であるという発言そのものが嘘である可能性はないだろう。だがそれでは、「『七元星天神』が下界にもたらした」という神話の記載と矛盾するのである。
精霊教の巫女である皇族アトラ・ファン・エストランティアは、この話を後に聞いた際にめまいがする思いだった(アトラは、レイノルドが初めて大霊杯の話をした際ゾロアに捕まっていたため、ユースティア自治領までの道中で仲間たちから話を聞いている)。
精霊教はもちろん『星天器』の存在を信じる側である。むしろ、寸分たりとも疑ってはならないポジションにいる。
そこでアトラが考えた結論──神話の記載と矛盾せず、かつレイノルドが『見かけ上の作者』として存在する案を出した。それは、
「レイノルドが作ったのは間違いないが、『大霊杯』を作るというアイデアをレイノルドに授けたのは、天から運命を操作した『七元星天神』である」という案であった。
アトラは、おそらく真実もそう遠くない位置にあるだろうとみている。というのも、『七元星天神』は下界に直接干渉しない、とする文献も残されているからだ。
とにかく、『星天器』を神の給いし奇跡とする精霊教の巫女にとって、これまで必死に舞や禊を奉納してきた崇拝すべき存在である『大霊杯』が、実は隠居中のおっさんの作ったものだったという事実は、決して認めてはいけないものだったのである。
しかしそれとは別に、そこに未だ囚われているメイナという少女のことは救わなければならない。彼女をめぐる物語には、決着がついていない。アトラは、その辺りの区別はしっかりつけている。
余談ではあるが、あの話を知る我々からすれば、『すべての生命を守る』とはなんとも皮肉なものである。
また、『七元星天神』については、本編で用語が登場次第、別途TIPSにて解説する予定である。




