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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第三幕 泥だらけの直感勇者
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第069話 己の信念を胸に


 あの激闘の一回戦初戦から二日後。今日も変わらず、大闘技場には人が押し寄せている。


『ユースティア自治領武闘大会、20歳以下の部! 本日は一回戦第三試合が行われます。三度目のご挨拶で恐縮です、ナナセ・アールグレイでーす! みなさん名前は覚えてくれましたかー?』


 はーい! という返事は、残念ながらポツポツとしか聞こえてこなかった。


『わ、私この仕事もう四年くらいやってんですけどねえ! まあいいです! 私の名前より選手の名前を覚えて帰ってくださいよ!』


 見事な切り返しに、笑い声と拍手が起こる会場。

 ──ナナセ・アールグレイ25歳独身。仕事一筋で生きてきたOL(オフィスレディ)は、合コンでの目立ち方は知らずとも、闘技場の温め方はバッチリ心得ていた。


『あんたも大変だな……』

『同情するなら嫁がせてくださいよ』

『かわいそうに。婚期を逃しそうで頭がおかしくなっちまったんだな……』

『な、何をぉー!?』


 そうして、会場に集まった観客、総勢一万を超える人々に『絶賛彼氏募集中でーす!』と訴える独身女性の虚しい姿が晒されることとなった。


『んんっ、改めまして。いやぁ、初戦は258回に及ぶユースティア武闘大会の歴史に残る大接戦でしたけど、二試合目もすごかったですよね』

『まさか、()()()()()()()()()()()()()、なんて奴が現れるとはな。今年は初参戦組が熱いな』

『先ほど決着した三試合目も、まるで無制限の部を見ているかのような圧倒的な試合でした。連続で激しい試合を見て観客の熱気も止まるところを知りません。次なる戦いにも期待が集まっています』


 かつてない派手な試合を繰り広げる今年は、観客のボルテージも際限なく上がっていた。

 しかし、期待がプレッシャーへと変わりゆくそんな空間で、一人口角を上げる男がいた。


「ジンもエイジたちも、勝ったみたいだな」

「そうお聞きしています。さすがは我らが団長です」

「となると──」


 試合は一日二試合行われる。一回戦計四試合、その最終戦に登場するのはこの男。


「こりゃあ、負けられねえなぁ!」


 ハザマ・アルゴノート。

 大剣を肩に担ぎ、爛々と輝かせる瞳には闘志が宿る。燃え滾る熱い魂を胸に秘め、その獣は、会場に足を踏み入れる。

 そして──


「同感です。相手が誰であろうと関係ありません。叩き潰して、二回戦へ進むのは私たちです」

「こ、怖ぇなお前……」


 メイ・グレイハーツ。

 要所を守るために金属板が取り付けられていたりと、戦闘用に改造されているが、あくまでメイド服の体裁を崩さないのはメイの矜恃ゆえか。レッグホルスターには既に銃が収められており、背後にはファンネルが四基浮かぶ。表情は冷静、しかし内に秘めるものはハザマと同等の熱力か。

 闘技場内を強く吹く風に純白の髪を煽られながら、少女は華麗に舞台へと降り立った。

 旅団に在籍する二人。

 彼らにはそれぞれ、目標があった。


☆★☆


 ハザマは己の拳を見据える。

 そこに揺れているのは、わずかな焦りだった。

 子供の頃から喧嘩が好きだった。ガタイが良くて力もあった彼は、特に子供の頃は周りから頭一つ抜けて強かった。

 偶然アトラと出会ってからは、ひたすら騎士の道を目指した。ハザマの力は正しいことに使われるようになり、自身もそれに大きな納得感と達成感を感じていた。

 しかし、胸の内にある軸だけは子供の頃から今に至るまで微塵も揺るがなかった。

『世界一の剣士になる』。それが、ハザマの持つ永遠の目標だった。


(だけど、今の俺は──)


 わずかな焦り。その要因は、とある男だった。

 その男は、出会った当初素人に毛が生えたような貧弱な奴だった。体は出来ているのに、心が弱い。そんなチグハグな印象を受けたのを覚えている。

 だが、そんな印象を筆で上から塗り潰していくように、彼は進化を遂げた。


 アンドウ・エイジ。


 ルインフォード戦でも、ゾロア戦でも、戦いを決定づけたのは彼だ。ハザマは、軽く背中を押しただけ。

 ハザマは全てを聞いていたわけではないが、かつてゾロアはアンドウ・エイジのことを『卑怯な主人公』だといった。

 そして自分は、そんな主人公に食われるだけの脇役じゃないと叫んだ。

 ハザマは一連の話を聞いて、考えた。


 ──俺は、エイジのことは嫌いじゃねぇ。でも、ゾロアの言うことは分かる。


 それかハザマの見解だった。もちろん、ゾロアのやり方に賛同する訳ではない。だが、その思想はハザマの心に大きな爪痕を残していった。

 主人公とは、文字通り主役にふさわしい速度で歩みを進めるものだ。当たり前のように、成長は誰よりも早い。

 なら、ハザマは? 大きく歩みを進めるような出来事はあったか?

 ──彼の物語に、大きな描写はあったか?


 一つ、思うことがあった。

 確かに自分は、エイジと出会ってから成長を始めた。

 でもそれはエイジがそこにいるからであって、自分の力ではないのではないか──と。

 主人公に引っ張られているだけで、そこに『ハザマ・アルゴノート』という物語はないのではないか、と。

 同じだけの努力をしても、なぜか生まれてしまう差。運命がそうさせているとしか思えない。


 自分は、この世界の中心にはいない。


(そんなこたぁ、ハナから分かってんだ)


 それでもハザマは笑う。

 主人公(エイジ)にはきっと主人公(エイジ)の役割がある。同じように、自分にも自分にしかできない何かがあるはずだと。

 だから、ハザマは笑う。

 この戦いの中で『芯』を見つける。それが赤髪の青年が自らに課した課題(テーマ)だった。


☆★☆


 メイは空を見上げた。

 一回戦を終えたエイジたちは、ほぼ無傷の完勝だった。というのも、アトラの霊体化による攻撃は初見で防ぐことがほぼ不可能だからだ。相手は見事に翻弄され、エイジたちは奥の手(臨壊)を使うこともなく戦いを終えた。実戦で積んだ地力の差が出た形だった。


 そんな彼らと、控え室に繋がる廊下ですれ違った。

 アトラは軽く手を振り、エイジは「二回戦で待ってる」と、ただそれだけを告げた。

 その時メイが抱いていたのは、彼女にしてはひどく人間的な感情だった。


 ──負けたくない。


 二回戦へ上がる。彼らと直接対決する。そのために、ここで負けることは許されない。

 自分の強さと有用性を証明すること。それがメイの掲げるこの戦いにおける課題(テーマ)だった。

 メイは常々、自分が旅団にいる意味を考える。

 機械の体を持つメイにしかできないことは多い。通信での連携や、召喚術は旅団の中でも彼女にしか扱えない技術だ。

 実際これのおかげで、二手に分かれての行動ができたり、大きな荷物を運ばなくてもよくなったりと、旅団の快適さは格段に向上した。

 しかし。メイは、メイだからこその疑問を常に持ち合わせていた。


 ──自分がそこにいる意味はあるか?


 通信。召喚術。ああ、確かに便利だ。


 では、『メイ・グレイハーツ』という人格は?


 言葉を話し、思考を有する存在としてのメイは、果たして本当に必要だろうか?

 技術だけが必要とされていて、少女メイがいる必要はないんじゃないか。メイは常々、そんなことを考えている。

 きっと、エイジあたりに聞けば「君は必要だ」と答えてくれるのだろう。だって彼は、優しいから。

 メイを取り巻く問題や、彼女が抱える葛藤を一旦脇によけて、一般論として考えれば、自動人形(オートマタ)たる彼女は本質的に道具だ。そのことは、本人が一番理解している。

 自律して駆動する機械という観点において、今メイの胸の中に芽生えつつあるものは無駄の塊でしかない。自動人形(オートマタ)たる彼女は、そのことに強烈な拒否反応を起こしつつあった。


「人間になりたい」「感情は無駄だ」


 そんなジレンマを破壊するためには、彼女の『芯』となる強力な存在理由が必要だ。

 自分が自分であるために。自分自身が納得のいく『メイ・グレイハーツ』になるために。

 少女は長い白髪をポニーテールにまとめて、戦場へと踏み出した。

 その日は、風が強く吹いていた。

















☆★☆

















 ──ハザマは、言葉を失っていた。


『ハザマ・メイペアに相対するのはこの二人!』


 実況の声がどこか遠くに聞こえる。


『こちらも初登場、一切の素性が謎に包まれており、こちらにもなんの情報も入ってきておりません!』


 轟音を立てて、天空より舞い降りたその二人。


『分かるのはその特徴的な容姿! まるで互いに分け合ったかのように片翼を背に備えた兄妹。円環大陸では絶滅してしまったと言われている半竜人ではないか、との噂も出ています!』










「――(やかま)しい。世界が荒れているというのに、よくこのような娯楽に興じることができるな」


「あら、お兄様。わたくしたちも今からその娯楽に興じるのではなくて?」


「遊びに来たのではない。おれたちは──」







 三対六本の刀を背に備えた兄。

 そして、大きな魔導書を小脇に抱えて、優雅に兄の隣に並ぶ妹。







「――己たちは、奴と戦いに来た。ただそれだけだ」







『名を、ルインフォード・ヴァナルガンド! 同じく、シャルティア・ヴァナルガンド! 兄妹での参戦です! これは息の合った連携に期待ですね!』


 平時と何ら変わらぬ気楽な実況。日常の延長線上にいる観客。これが異常事態だと気づけている人間は、一体何人いるのか。

 そんな、『気づけている一人』であるハザマは、危うく大剣を取り落としそうになった。

 目の前の光景が信じられなくて、悪夢でも見ているのかと疑った。

 しかし。何度瞬きをしても、その向こうにいるのはあの男。かつて旅団四人がかりでようやく撃退した、竜狼の姿がそこにあった。




「なんで──なんでお前が、ここにいるッ!!」

「何度も言わせるな。アンドウ・エイジと戦いにきた。それ以上の目的はない」




 試合を終えて観客席に来たエイジとアトラも目を疑った。

 状況を飲み込めないメイはしかし、狼狽えるハザマを見て何か想定外の出来事が起きたのだと察して身構える。

 何も知らない観客たちが歓声をあげる中、数人が時を止めたように体を硬直させる。頬を伝う冷や汗さえ恐ろしくて拭えない。そんな緊張感が、全身を駆け抜けていく。










「見ているんだろう、アンドウ・エイジ。貴様が連れてこいと言ったから連れてきてやったぞ──」










 竜狼、ルインフォード・ヴァナルガンド。


 天筆、シャルティア・ヴァナルガンド。












「────さあ、おれと戦え」












理想郷委員会エル・ドラド』、幹部二名──襲来。
















 第069話──


    おれの信念を胸に、貴様を打ち破る。






  ――その日は、風が強く吹いていた。




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