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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第三幕 泥だらけの直感勇者
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第067話 夢の終わりに




『し、試合終了ォ──────ッッッ!!!!!!

 すごい、すごすぎるっ!

 ユースティア武闘大会始まって以来、こんな『初戦』を見たことがあるでしょうか!? いいえ、ありません!

 私は今! 非常にッ! 興奮しておりますッッ!!!!』



 鳴り止まぬ拍手と感性が、ただ一人その舞台に立ち尽くすジン・シュナイダーに向けられていた。

 何が何だか分からなかった。その瞬間、舞台の上で立っているのが自分だけだということに気がつくまで、彼は長い時間を要した。

 皆が注目している。何千何万という観客達の視線、その全てが今――彼に注がれている。

 注目を集めるのが嫌いだった。期待が失望に変わるその瞬間が、たまらなく苦しかった。


 でも、今は。

 今の、彼に注がれる視線は――



『狩人の猛攻を耐え凌ぎ! 支配者(ミストレス)の手をくぐり抜けて! 意識を失ってまで託された思いを胸に!

 勝利を噛み締める、無名の少年──名付けるならば、そうッ!』



 心地いい。そう、感じたから。

 だからこそ――少年は。





『「泥だらけの直感勇者(アブノーマルセンス)」――ジン・シュナイダーだぁぁァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!』





 力強く、拳を天に掲げた。







☆★☆


 セリカ・アルテミアが目を覚ましたのは、負傷した選手が運ばれる救護室だった。

 真っ白な天井。静まり返った空間。あの大歓声響き渡る世界が、まるで嘘だったかのように。

 腕には点滴が施されている。動かそうとすると体中に痛みが走る。どうやら、試合はとっくに終わっているようだ。


 ――ああ、そっかぁ。


 セリカは、自分が限界を超えてマナを消費し、意識を失ったのだと理解した。

 最終局面。もはやセリカは、意識もないままに金属を操っていた。気持ちの力だけであの場立っていた。

 オルランドの額当てを操ったもよく覚えていない。無我夢中で、とにかく必死だった。


 だからセリカは、勝敗を知らない。


 どちらが勝ったのか。自分たちは先に進めたのか。

 セリカも、初戦でいきなりマインドダウンで倒れるような自体になるとは思っていなかった。

 だから、迷うことなく――――――――今そこで突っ伏して寝ているオルランドを起こして、結果を聞くべきなのだ。

 聞くべきと、分かっている。でも……。


(なんだか、怖いなぁ……)


 それが本音だった。

 オルランドのことは信じている。でも、それだけじゃどうにもならない感情だってある。

 だって、もし負けていたら、もう、セリカは――――。


「っ……んん……」

「っ、」


 セリカが身動きしたのを感じ取ってか、オルランドが目を覚ました。


「セリカ……」


 目が合った。その瞬間、もう逃げられないんだと悟る。

 嫌な予感がした。でも、その予感を無視して進まなきゃいけない。


 聞かなきゃ。


 聞け。


 聞け!!




「ね〜、オル君」


 そうだ。恐れずに。彼を信じて。


(聞くんだ、私――)




「ごめん」




 そんな彼女の決意を遮るようにして、告げられた一言。

 虚を突いて降り掛かったその言葉を、セリカは最初理解できなかった。いや、分かろうとしなかったという方が正しいか。


「なんで謝るの〜?」


 だから、セリカは聞いた。心のどこかでは分かっていたのにそれを無視した。


「負けた」


 そんなセリカのいつも通りを装った問いかけに対して、オルランドは端的に答えた。


「負けたんだ、俺たちは」


 泣き笑いのような、苦しげな表情を浮かべて。

 オルランドは、俯いた。


「ごめん」


 一回戦敗退。

 くじ運が悪かった、なんて言い訳はしたくない。正真正銘、過去最低の戦績だった。


「ごめん」


 ただ、そう繰り返す彼が痛々しくて――セリカは、思わず目を背けた。

 今の自分の表情を見られたくなかった。セリカはいつも通りを保つことを何よりも重要視してきたからだ。

 いつも通りの生活。彼と共にある日常。二人で過ごす、あのかけがえのない時間。

 20歳以下の部に参加できるのは、今年が最後――それはつまり、三年間に渡る二人の戦いが、今終わったことを意味している。

 三年間守り続けてきた、彼の隣――その立ち位置は、この時を以って崩れ落ちていった。



「そっか〜」



 震えそうになる声を必死で抑えた。



「それじゃあ〜」



 いつも通りを必死に守ろうとした。



「私たちのペアも、ここで終わりだね〜」



 だから。



「これで、解散だねえ」



 堤防が決壊しそうになるのを、必死に抑えて――いつも通り、笑った。



「――――、」


 オルランドの視界が歪む。鼻の奥がツンと痛くなって、嗚咽を漏らしそうになる。

 それでも、伝えたい思いがあって。

 彼女に届けたい思いがあって。

 なのに彼女は、一人背を向ける。


「謝るのはこっちの方だよ〜」


 セリカは、まるで壊れた機械のように、顔にその表情を貼り付けていた。


「私が弱いから、オルくんの足を引っ張った。オルくんは勝てたのに、()()()()()


 誰が文句を言ったわけでもなく、責めたわけでもない。それなのにセリカは、自分を攻撃し続けた。


「私には、オルくんが求めるような強さはなかったんだよ」

「……」

「私じゃなきゃ、良かったのに」

「……やめろ」

「私がユリスちゃんみたいな、強い女の子だったら」

「違う」

「きっと──」

「違うッ!」


 オルランドは顔をぐちゃぐちゃに歪めながら、それでも縋るような気持ちで声を絞り出した。


「なんで、そんなこと言うんだよ」


 これまですれ違い続けてきた彼らの思いが、爆発するようだった。


「俺はお前に不満を持ったことなんて一度もない! 文句を言ったことだって一度もない! それなのに、なんで自分を貶めるようなことは言うんだよ……ッ!」


 オルランドは、思わずセリカの手を握っていた。

「俺のことが、そんなに信用出来ないか? 俺に不満があるのか?」

「……」

「頼むから……お前の気持ちを、教えてくれよ。俺は──」

「……」

「俺は、ここで終わりだなんて嫌だ」


 セリカは基本的に、オルランドに自分の気持ちを押し付けることはしなかった。彼に言われたとおり、彼の望む通りに付き従った。それはもちろん、彼女の意思だ。

 そんなセリカに、不満があるわけがなかった。


 彼女が抱えているのは――『不安』だ。


 自分の気持ちだったらいつだって知れる。でも、他人の気持ちはそう簡単に分からない。

 何年隣りにいても。どれだけ長い時間を過ごしても。

 彼らは互いを思い、手を伸ばしているのに。

 それでも分からないことが、あるのだと。


「私の、気持ち……?」


 セリカは答えに詰まった。自分の気持ちは、()()()()()()()()()余すことなく彼に伝えている。


 いいのか。


 本当に言ってしまってもいいのか。


 だって、それを言ってしまえばもう今までの関係性には戻れないかもしれない。

 この一瞬を間違えれば、何年もかけて積み重ねた大切な思い出たちが崩れ落ちていくかもしれない。



 高く、高く積んだ分。

 崩れたらきっと、痛いから。



「私は──」


 ──俺は、ここで終わりだなんて嫌だ。

 そんな彼のセリフが、脳内をぐるぐると巡っている。


「私、は……っ」


 どんな敵に立ち向かうよりも、今この瞬間の恐怖が勝った。

 敵ならば、オルランドと二人で乗り越えてきた。でも、オルランドがいなくなってしまったら、もうセリカには何も残らない。

 ここで終わりなんて嫌だ。でも、どうすればいい? 分からない、分からない、分からない──

 そんな時だった。







「ジンがもっとスマートに勝ってれば、私も楽できたのに! ほとんど手の内晒しちゃったわよ!? どーすんの二回戦以降!?」

「い、いいじゃないか、勝ったんだから……」

「私たちが目指してるのは優勝なの! こんなところで躓いてる場合じゃないって、それくらい分かるでしょ!」

「ぼ、僕だって全力で頑張ったよ!? あれで限界だよっ!?」

「なら二回戦以降は限界を超えなさい」

「そんな無茶苦茶なぁ!?」

「………………まあ、でも最後に粘り勝ったのは褒めてあげるわ。さすが、私の相棒」

「……うん。ありがとう」







 カーテン越しにも聞こえるほどのやかましいお隣さんのやり取りに、オルランドとセリカは目を白黒させた。

 勝ったのに、また喧嘩をしている。

 言いたいことを言い合って、語気を強めて、今にも掴みかかりそうな勢いで。

 それでも彼らは、そんな全力の信頼の中で心を交わしている。


 オルランドとセリカは、喧嘩なんてしたことがなかった。オルランドの言葉があればセリカは従ったし、自分から何か意見を出すことも少ない。言われるがままに彼の後ろをついてきた。

 怖かったのだ。自分が何かを言って、彼が愛想を尽かしてしまうのが。

 それが嫌だったから、セリカは常に「いい子」を演じてきた。オルランドが求める強い自分。そんな理想に、少しでも近づくために。


 でも、もうダメだ。


 真の意味で彼が離れていきそうになった瞬間、セリカには分かってしまった。


 もう、彼なしでは生きていけない。


 彼と共に歩めない人生に、意味なんてない。


 だから。


 彼が、許してくれるのなら。


 もう一歩だけ、踏み出して。







 ちょっとだけワガママになっても、いいよね。







「嫌だよぉ……」


 それは、掠れて聞き取ることすらままならないような、か細い声だった。




「もっと、一緒にいたいよぉ……」




 今年20歳を迎えて少女から女性へと変わろうとする、一人の女の思い。


「わだじ、よわいげどぉ……もう、夢は叶えられないかもしれないけど、でもぉ……っ」


 つっかえながらも、最後まで言い切る。そう決めたから。

 それに、彼は待ってくれている。だから――


「私だって、もうこれで終わりだなんて、嫌だよぉ……っ!!」


 ――セリカもオルランドも、不器用だった。


 セリカは彼の考えを誤解して。

 オルランドは、特訓なんて口実に頼ることしかできなくて。

 そんな二人が、今ようやく向き合う。

 見せかけの仲良しは終わりだ。本当の意味で心を交わす――それはきっと、上っ面を整えることじゃない。

 隣で喧嘩し続けているあの二人のように、何でも話せる。そんな間柄こそ、本当の『相棒』なのだと。

 自分たちの夢を打ち砕き、更に高みへ進もうとしているはずの彼らに、教えてもらったから。

 

「……俺さ」


 セリカが、本当の思いを告げてくれた。

 オルランドにとっては、何よりも嬉しかった。


「試合が決まる最後の瞬間、思ったんだ。この試合に、悔いはなかったって」


 ベッドの端に腰掛けて、優しく語りかけるように。


「20歳以下の部で優勝する。俺らはその目標を掲げてやってきたけど、違ったんだ。優勝は手段でしかない。きっと本当の目標は、あの瞬間達成されたんだ」


 全力で戦う。セリカとともに、最高の一瞬を過ごす。それこそが大切なのだ。

 結果が伴えば、それに越したことはないかもしれない。でも一回戦で敗退したからといって、二人の過ごした最高の一瞬がなかったことになるわけじゃない。

 これまでの日々に嘘をつかず、これからの日々を生きていく。

 あの時に、そう決めたから。


「え、でも、20歳以下の部で優勝したいって、あの話は……」


 セリカは困惑した。熱心に優勝を目指していたと思っていた彼が、そんなことを言うなんて。

 それじゃあ、まるで――

 ()()()()()()()()()()()()()、と。

 彼と共にいることこそが目的であったセリカと、全く同じではないか、と。


「あー、ええと……うん。それは、単なる口実だ。本当の目的は――」


 オルランドは、恥ずかしそうに目を逸しながらも、はっきりと口に出した。


「お前と一緒にいられる口実が欲しかった」

「ほえ……」


 あまりにも直球な言葉に、セリカは思わずパタリとベッドに倒れ込んでしまった。


「…………も〜」


 セリカは、あくまでいつも通りのまま微笑んだ。


「そうだったんだ〜……」


 それなのに、声のトーンは落ちていく。


「……早く、言ってよぉ」


 いつも通り笑いながら、彼女はなぜか声を震わせていた。


「ごめん」

「さっきから謝ってばっかりだね〜」

「そうだな」


 セリカは腕で表情を隠し、震える声で笑い続けた。


「私たち、なんか、バカみたいだね〜」

「そうだな」


 短く言葉が交わされて、しばらく間が空く。そんなゆったりとした時間が流れている。


「なあ、セリカ」

「何〜?」

「顔、見たい」


 オルランドが優しく腕に触れると、セリカはビクっと跳ねた。

 セリカには、もう彼が直視できなかった。今彼と正面から見つめ合えば、自分がどうなってしまうか分からなかった。


「やだ〜」

「なんでだよ」

「なんでもだよ〜」


 それなのに、オルランドはその壁に触れて、溶かそうとしてくる。

 これ以上こっちに来たら、どうなるか分からない。でも、来てほしい。セリカの脳内は、矛盾だらけの訳の分からない感情に支配されていた。


「なあ、セリカ」


 そして――――。

 彼が優しく腕を引き、二人の目が合った。






「好きだ」






 その瞬間、セリカの脳は限界を迎えた。


「はにゃああ…………」

「お、おい! 大丈夫か?」


 突然目を回してぐったりとするセリカ。オルランドも感情がどうにかなってしまっていて、自分が今何を口走ったのかすらよく分かっていなかった。


「あは、ははは……っ」

「……」

「はは、は……」


セリカは目尻に溜まった雫を拭って、やがて沈黙した。 

荒い呼吸を抑えるように深呼吸をする。ふうっと息を吐きだして、伏せていた視線を上げた。






「キス、して?」






 唐突にかけられた、お返しのようなその言葉。今度はオルランドが心臓を跳ねさせる番だった。

 セリカは静かに目を閉じた。

 何を求めているのか、そんなものは分かりきっている。

 頬に手を添える。これまで長い間二人で過ごしてきたのに、それに触れるのは初めてだった。


 少し震えている。

 さらさらの手触り。

 ちょっと紅潮していて、熱い。


 そんな情報が次々に伝わってくる。彼女の心も、伝わってくる。


 顔を近づければ、息遣いさえ鮮明に感じられる。呼吸は乱れていて、まるで心臓の音まで伝わってくるようだった。

 ずっと近くにいたのに、こんなにたくさん知らないことがあったのか。

 オルランドは今日この日、ようやく本当の意味で彼女を知ることができた。

 ああ、よかった――と。心から、そう思えたから。

 オルランドは、ようやく決心して――――――――――――――


























「も〜。遅い」






 次の瞬間には、唇を塞がれていた。






















 第067話 夢の終わりに、君との逢瀬を。





















 18歳の夏、満を持して初めて武闘大会に出場した。

 それから彼女たちは、一度も優勝を経験していない。





























 ――だけど。












 二人の頬に伝うのは、悲しみの涙ではなくなった。













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