第066話 俺と共に歩んでくれたお前のために
『私たちは今、ものすごい光景を目の当たりにしています!
動く、動く、動く、動くッ! 大樹が舞い、ツルが撃ち、いばらが薙ぎ払うッ!
四方から押し寄せる流体金属の嵐を、植物たちが次々と跳ね除けていますッッッ!!!!!!』
手の動きはアテにならないと理解したユリスは、もはや反射神経だけで全ての攻撃を叩き落としていた。
一つ一つを追いかけるのは至難の技だ。だからこそユリスは、セリカ本人にアクションをかけることで、どうにか手数を減らしていた。
前面に胞子による煙幕を張ったり、大量の綿毛を放って障害物にしたり。
しかし、それでも間に合わない。何本かすり抜けてジンへ向かってしまう。それを──
『つ、掴んだァ────ッ! ジン選手の恐るべき反応速度ッ! 大木を駆け上り、守りをすり抜けて飛来した槍をなんと! 手でッ! 掴み取りましたッ!!』
ジンは掴んだ槍をセリカと真逆の方向に投げ捨てる。そこに合わせてユリスの大木がホームランをブチかまし、圏外へ叩き出した。
「ゾォオアアラァァッッ!!!!」
間髪入れずジンを追ってきたオルランド。大木に鉤爪を突き刺して身体を一気に持ち上げる。そうして飛んだオルランドが、ジンに一撃を加えんと迫る──!
「まだァッ!!」
気迫一声。ユリスは視界がグラつくのも無視して、マナを練り上げて魔力へと変換する。空中にいるオルランドの足をいばらを飛ばして掴む。そのまま地面に叩きつけてやる、と思い切り引くが──
「セイッッ!!!!」
『帯電』。その力は、自身に触れたものにダメージを与える。緊急だったため、手から直接いばらを放ってしまったユリスはそれをモロに食らう。
「ぁ、がは……ッ!?」
「ユリスッ!?」
だが、倒れない。いばら伝いに電撃を受けながらも、ユリスはジンの窮地を救うことを優先し、地面にオルランドを叩きつけようとする。
「させない」
そこへやってきたのは、残りわずかとなった流体金属の剣。いばらを斬り裂き、オルランドをすぐさま解放した。
──そのオルランドの着地点に待ち構えるのは、ジン・シュナイダー。
直感的に場所を割り出したジンは、先に地面へ降りて待ち構えていた。空から放り出されたばかりのオルランドはそれを避ける術がない。セリカも今剣を飛ばしてしまったばかりで、操れる金属が尽きている。
「らああああああああああああああッ!!」
「ぐっ────!」
ジンの剣が、オルランドの脇腹を浅く斬り裂く。体制を崩したオルランドは着地と同時に地面を転がるが、脇腹を押さえながらすぐさま立ち上がった。
数秒前にオルランドが立っていた場所に、鋭利な切っ先を持つ木が殺到した。あわや針のむしろというところだった。
なんとか切り抜けた安堵にオルランドは息を漏らすが、しかしそこへ追撃にやってきたジン・シュナイダーが駆け込んで────────。
『…………い、息つく暇もない攻防に、私も実況を挟む余裕がありません……! 速い、速すぎるッ! 恐ろしく高度な戦いが繰り広げられています!』
『まさか、初戦からこんなにハイレベルな戦闘を観れるとはな……! 俺もビックリだぜ。やはり三度目の出場は伊達じゃない、オルセリ組は抜群のコンビネーションがある。対して、最初こそバラバラだったジンユリ組も、ここに来て急速に息が合い始めた。さっきの口喧嘩が効いたかな、こりゃあ!』
互いに限界は近い。それでも、戦いは終わらない。
試合開始から、既に10分が経過した。満身創痍の前線二人と、マナも底をつきつつある後衛二人。
勝利の天秤は大きく揺れる。
勝つのはどちらか。会場の熱気が爆発する中──オルランドは、体の痛みに耐えつつ冷静に敵を見据えていた。
負けられない理由がある。何としてでも三度目の正直を成し遂げなければならない。
オルランド・マクスウェルにとって、このユースティア武闘大会はそれだけ特別なものだった。
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新たなる口実、ユースティア武闘大会。
彼は両親から、ユースティア武闘大会20歳以下の部で優勝した際にプロポーズしたのだと聞いたことがあった。
噂によると、20歳以下の部で優勝したペアはプライベートでも結ばれるというジンクスのようなものがあるらしい。
オルランドはこれだ! と思い、「親が優勝した大会で自分も優勝するのが夢なのだ」とセリカに提案した。もちろん、恥ずかしいのでジンクスのことは伏せたままだ。セリカが魔法使いとして優秀という話は、どこかで耳にしたことがあった。
「ん~、いいよ~」
やはりセリカは断らなかった。オルランドが何かを提案して、セリカがそれを断ることは滅多にない。
そうして、二人は大会に向けた練習という名目で、毎週のように会うことができるようになった。
オルランドは幸せを手にした。この時間が、何よりも彼の心を安らげてくれる。二人で息を合わせる、そのやり取りの一つ一つが、まるで輝いているように見えた。
そうして練習を重ねれば、必然胸の内に浮かび上がってくる思いがあった。
勝ちたい。
せっかくこれだけ練習をしたんだ。それが報われてほしいと思うのは、当然の帰結だった。
それに、親から聞いたジンクスもある。優勝して、セリカにプロポーズする。お付き合いから、もう一つ先の段階へ行きたい。改めてちゃんと想いを伝えたい。
募る想いは日に日に大きくなっていく──しかし、勝敗は残酷に結末を言い渡す。
18歳の夏、満を持して初めて武闘大会に出場した。
それから彼らは、一度も優勝を経験していない。
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負けられない。
ジンは「かっこいい」と言ってくれた彼女のために。
ユリスは「泥だらけでもいい」と教えてくれた彼のために。
オルランドは彼女と過ごしてきた日々に意味を持たせるために。
セリカは、自分を選んでくれた彼を自分の元に繫ぎ止めるために。
誰もが、負けられない。
譲れない思いのために、少年少女は何度だって魂をぶつけ合う。
「らああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
──「かっこいい」なんて言われたのは、初めてだった。ジン・シュナイダーは、自分がかっこいいとは微塵も思わない。実力もなく、性格も弱々しくて、情けなさを隠すこともなく生きてきた。
そんな自分を認めてくれた彼女に、何か返せるとしたら。
今この場で勝利を掴む──それ以外にないだろう。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
オルランドにとって、この武闘大会は特別だ。
最初は彼女と会うための口実として始まった特訓だった。でもそんな日々を積み重ねる中で、胸の中に新たな思いが生まれる。
この幸せに満ちた日々が本物だったと証明するために。
無駄なんかじゃなかったと、胸を張って誇れるように。
いつかこの日々を思い返したときに、「こんなこともあったね」と彼女と笑いあえるように。
武闘大会で優勝する──彼女との思い出を、意味のあるものにするために。
「まだよ、まだ私はやれる……ッ!!」
ユリスは霞む視界に何度も瞬きをしながら、必死に意識を繋ぎとめていた。
身体中から捻り出せ。それでも足りなきゃ魂を燃やせ。無理だなんて言い訳は聞きたくない、悲鳴をあげる全身に鞭を打って、ユリスは器の底にわずかに残ったマナを絞り出す。
泥臭く、意地汚く。地べたを這ってでも、勝ちをもぎ取ってやる。
向こうの女との根比べ。先に根を上げて倒れるわけにはいかない。女にも、女としての意地があるのだから。
父親との約束とか、決勝でアトラと戦うとか。そういう感情を、今だけは忘れて。
勝つ。その思いだけを、胸の真ん中で熱く燃え上がらせる。
「こんなところじゃ、終われないよねー……!」
セリカも同様に、ふらつく体をなんとか支えていた。
生命エネルギーたるマナが完全に尽きれば、意識を失ってしまう。倒れた瞬間に敗北が決まる。それが分かっているから、セリカも限界を超えて戦う。
もはや操れる金属は残りわずか。マナ総量的にも、大きな形態変化は望めない。それでも。
彼が求めるのは強さだ。だからここで向こうの女に負けるわけにはいかない。領主の娘? 知ったことか。道に立ちはだかるのなら、容赦なく跳ね除けてやる。
彼の夢を叶える、最後のチャンス。これを逃せば、セリカは、もう──。
どれだけ抗っても、やがて限界は来る。
誇張なく、嘘偽りなく──二人が倒れたのは、全くの同時だった。
『おおっと──ッ! ここでついに、ついにッ! 後衛二人がマインドダウンッッッ!!!!!!』
『さあ、動くぞ……試合が……っ!』
『勝負の行方は前衛二人に託されたァ──ッ!』
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!! と、会場のボルテージも限界を超えて爆発する。
皆の視線が一点に集まる。
闘技場の中心。
ジンとオルランドが交錯する、その場所に。
「────────────────」
駆け抜ける雷光。オルランドの『迅雷』も、もはや連打はできない。人間の許容範囲を上回る負荷がかかり続けるこの技は、使えば使うほど肉体に反動が返ってくる。
オルランドの全身は、もはやズタズタだった。軽く動かすだけで激痛が走るという有様──そんな状態でなお、彼は走った。
対するジンも、長時間の戦闘で積み重なった負傷で血を流しすぎて、意識が朦朧としていた。ドクターストップがかかっても何らおかしくないという状況で、それでも彼が動くのをやめなかったのは、もはや本能だった。
ただ直感が突き動かすままに、彼は戦っていた。
何も見えていない。何も理解していない。まるで夢の中にでもいるように、彼は勝利へと手を伸ばし続けていた。
やがて、最後の時が訪れる。
「これで、決める──ッッ!!!!」
オルランドも限界が近い。きっとこれが最後になると分かった。
残りの魔力を全て賭けて、オルランドはアクセルを踏んだ。
加速する肉体。引きちぎれていく細胞。ゆっくりと景色が流れていく。
セリカは、最後まで頑張ってくれた。あの怪物ユリス・ユースティアと互角に渡り合って、最後には相打ちとも呼べる状況まで持っていってくれた。
(──ここで踏ん張らなきゃ、あいつの男として隣に立てねぇだろうがよッッッ!!!!!!)
だから、負けられない!!
「『迅雷』──全開」
体内の魔力全てを消費して、青年はさらに加速した。正真正銘、これが最後の加速になる。
そして、一条の閃光と化したオルランドがジンに迫る──!
(獲った──!)
相手も、もはやこの速度に対応できる体力は残っていない。偶然、運良く躱すなんてことがない限り──
ふらり、と少年の体が揺れた。それはオルランドの攻撃を避けたというよりは、身体の限界で倒れかけたと表現した方が適切だった。
だが、そんな偶然が――
いや、違う。
偶然なんかじゃない。彼の身体が倒れたのは──足元。加速した思考は、それの正体を捉えた。
(木の、コブ? こんなところに────)
ジン・シュナイダーの背後。顔だけ起こして、ニヤリと笑う少女の姿がそこにあった。
そして、オルランドの攻撃が空を切る。予定調和の如く。
やられた。そんな思考が、脳裏をよぎった。
ジンが剣を構えている。魔力を使い切ったオルランドは、このまま致命的な一撃を食らうのを待つことしかできない。
(ごめんな、セリカ……)
青年は静かに目を閉じ。
最後の時を待とうと──
「諦めちゃダメだよっっ!!!!」
叫んだのは、意識を失ったはずのセリカだった。
彼女の意識を最後の一線で繋ぎ止めていたのは意地か、気迫か、情熱か。普段叫び声なんて絶対に上げない彼女が、気持ちを声に乗せていた。
そして、この戦いに全てを賭けた彼女の、三年間に渡る思いの結晶が――最後の奇跡を起こす。
ジン・シュナイダーの剣が迫る。もうこの体勢からは、回避ができない──そんな時。
ぐん、とオルランドの身体が何かに引っ張られた。
その正体は。
(俺、の……額当て……?)
額当てが突如として後方へ動いたのだ。
なぜ?
オルランドにも一瞬分からなかった。
しかし、すぐに答えが出た。
その額当ては──金属製だった。
(っ、たく……あいつ、いつの間に……!)
それこそが、今年に全てを賭けるセリカ・アルテミアが用意した『秘策』のもう一つだった。
操れる金属は、事前にマナを練りこんだ金属のみ。オルランドすらも知らなかったが、彼女は額当ての金属を制御下に置いていたようだった。
しかし、そんな奇跡を見るができたのも、ここまで。
どれだけ力を振り絞っても、その金属でできたのはオルランドの身体を起こすことだけだった。とうに限界の最果てにいたセリカは、その奇跡を見届けたのち、今度こそ間違いなく意識を失った。
──後は、任せるね。
そんな少女の思いを受け取るかのように、オルランドは紙一重でジンの剣を躱した。
「くっ────!」
形成が覆る。
揺れに揺れたシーソーゲーム。その決着がつく。
(これで終わりだ、ジン!)
そして。
そして────
全身全霊を込めて打ち出された、その拳が捉えたのは────
何もない、空間だった。
「なっ────!?」
信じられなかった。オルランドの視界には、既にジン・シュナイダーの姿はなかった。
なぜ。なぜ! なぜ!?
オルランドの中に再びの疑問がよぎる。
あのタイミングで逃げられる場所なんてないはずだ。前後左右、どこに逃げても捉えられる自信があった。
なのに。
ジンはいなかった。
前後左右、そのどこにも逃げられないとしたら、もう──
そう。逃げるなら、上か下しかない。
(………………嘘、だろ)
ジン・シュナイダーは空中にいた。
バカな。例えあの場で思い切りジャンプしたとしても、そんなに長く滞空できるはずがない。
ジン・シュナイダーは実は空を飛ぶ力を持っていた? そんなわけがない。あればもっと早くに使っている。それだけ限界の戦いだった。
決して、そんな突飛な理由なんかではない。
答えは、一分ほど前の戦闘の中に隠されていた。
ジン・シュナイダーが左手に握りしめるソレ。
(はは、マジか……)
ソレは、何十手も前の攻防でセリカの妨害をするために、ユリスが生み出した──
(こりゃあ、やられたな……)
巨大なタンポポの綿毛だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!」
綿毛から手を離し、勢いそのままにオルランドを薙ぎ倒して──剣先を、首元に突き立てる。
「────────────────────────」
咆哮の余韻が消えて。
その場には、静寂だけが残っていた。
会場の誰もが、固唾を飲んでその光景を見守っている。
誰一人として、声を漏らすことはなかった。
それこそが、この戦いが『激闘』であったことを物語っている。
勝敗は残酷に明暗を分ける。
オルランドには、その言葉を口に出すことが彼と彼女の戦いを終わらせる終幕の鐘となるのが分かっていた。
二人にとって、20歳以下の部に参戦できるのは今年が最後だ。
来年はない。もう、後はない戦いだった。
オルランドはそれを理解した上で、改めて考える。
────悔いのない、戦いだったか?
自分は全てを出し切ったか?
これまでの特訓が無意味じゃなかったと、二人きりの時間にはちゃんと意味があったのだと胸を張れるくらいに、頑張れたか?
これまでの日々に嘘をつかず、これからの日々を生きていけるか?
「なあ、ジン……って言ったよな」
オルランドは仰向けになり、静かに目を伏せて。
「絶対に、勝てよ」
込み上げる何かに邪魔されながらも。
「………………優勝、しろよ」
ジンに、そう伝えて。
「──」
彼が、力強く頷いたのを見届けてから。
「────俺らの、負けだ」
そう、青空に向けて呟いた。




