第065話 私を選んでくれたあなたのために
その青年は、ユースティア自治領の自衛軍団長の息子だった。
昔から身体が大きくて、運動も得意。訓練でも常に上位の成績を収め、きっと将来は父の仕事を継ぐのだろうと有望視されていた。
その青年には、昔からの幼馴染がいた。それが、セリカ・アルテミアだった。
セリカは、自治領で最大の規模を誇る『アルテミア商会』当主の娘だった。アルテミア商会は金属製品の加工と販売を主要事業として、自衛軍にも武器を多く提供しており、昔から縁が強かった。
オルランドとセリカも、そんな親との繋がりで出会った。彼らは親が商談に花を咲かせている間、庭で遊んで待つのが日課だった。
彼らが付き合い始めるようになったのは、果たして運命の導きがそうさせたのか。
告白はオルランドからだった。17歳の頃。その頃になるともう、オルランドとセリカは無邪気に遊び回ることもしなくなって、縁側に二人で並んで腰掛けていた。適当な世間話で時間を潰し、いつものように家に帰る。それだけの、普段どおり日々が今日も繰り返されるはずだった。
「俺、お前のこと好きかも」
オルランドのそんなセリフが、決まりきった日常に波紋をもたらした。
「私もオルくんのこと好きだよ~」
セリカは何の考えもなしにそんな返事をした。だが、
「じゃあ付き合うか」
「うん~」
とんとん拍子に話が進んでいき、いつの間にか二人は付き合うことになっていた。
「ん~?」
セリカはいまいち状況を理解しないままに、そんな新しい二人の関係性が築かれたのだった。
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オルランドの拳が大樹の幹を撃ち貫いてへし折れるのと同時に、ジンとユリスは闘技場に着地した。
『おーっと、ついに夫婦喧嘩は終わったのでしょうか! 戦闘再開のようです!』
『こっちが恥ずかしくなっちまうなぁ、あんなもん聞かされたら』
「っ! ちょ、まさか今の全部聞こえてたのっ!?」
ユリスが実況席に向かって叫び声を上げた。
『バッチリ聞こえてましたよー! 諦めずに足掻き続けるしかないっ!』
『しかない!』
「~~~~~~っ!! あんたパパに言って解雇してもらうからッ!」
『ちょっ!? 勘弁してくださいよ! この歳になって路頭に迷うなんて嫌ですーっ!』
会場に爆笑の渦が巻き起こるのと同時に、ユリスの顔が熟れた果実のように真っ赤になっていく。
『ま、真面目に仕事をしますよ! 今度こそっ! 試合再開です!』
実況ナナセの言葉を合図に、再び四人が動き出す。
(──冷静になる。改めて、やはり相手二人を観察するのが先決)
ユリスが最も警戒するのは、やはり流体金属だ。セリカが操る変幻自在の武器は、攻撃よりも圧倒的な防御力が脅威だ。
セリカの周囲──目算では15〜20mといったところか。それが彼女の操れる最大レンジと見た。その距離を超えて追ってこないことと、原則オルランドがその範囲内で行動をすることからそれが推測できる。
ただし、硬質化は範囲外でも維持される。オルランドの両拳に装備された鉤爪がそれだ。
それにどうも、操れる金属には限りがあるようだ。おそらく、事前に魔力を練り込まないといけないのだろう。
「……」
ヒントを探す。あの自由自在に空を飛び回る金属の向こう側に攻撃を届かせるための、突破口を。
(……とりあえず、力技を試してみましょうか)
ユリスが持つ強みは、範囲に縛られない多様な攻撃だ。向こうに明らかな操作限界があるのなら、そこでアドバンテージを取っていくのがベター。
「ジン。私を信じて、あなたはオルランドを抑え込むことに集中して。セリカは、全部私が止める」
「──分かった」
行動開始。ジンがオルランドと正面からぶつかり合い、その後方にいる魔法職が互いの飛び道具を炸裂させる──タッグバトルの武闘大会ではオーソドックスな戦闘形式。
前線でジンがオルランドを食い止めているうちに、ユリスが目指すのはセリカの無力化、もしくは弱体化。まずは地に手をつく。前線で戦う二人の周囲に木を巡らせて、いつでも動かせるように待機。
そこに、オルランドのサポートをしようと飛んでくる金属槍。それを地中から飛び出した木壁が遮った。
(そして、そのまま──)
ユリスは地に手をつけて、木壁を操作。
(ぶん投げるッ!)
テークバックした木壁が大きくスイング。軽く刺さっていた金属槍が吹き飛ばされる。
「っ!」
セリカが敵の狙いに気づき、指揮棒を振るように金属槍を操ろうとするが、慣性が強く働いていて抑えきれない。結果として──
ドゴォオオオッ!! と音を立てて、闘技場の外壁に突き刺さり、停止した。
『ユリス選手の見事な防御! そこからさらに金属槍を外周まで弾きとばしました! あ、観客席は魔導防壁によって保護されております! ご安心ください!』
『こりゃあ、ユリスはセリカの操作限界に気づいたな。あそこまで飛ばされると、セリカはもう金属槍を操れない』
範囲外に飛ばされた金属槍は硬質下したまま沈黙を保っている。再びゆらりと空中に浮かび上がることは、ない。
「よしっ!」
「あちゃー」
あの槍の近くまで移動すれば再操作可能ということだろうが、今のポジションから離れれば、今度はオルランドが二対一になる。そうなれば、間違いなくユリスの火力で押し潰される。
つまり、セリカもこの場を動けない。
この方法で少しずつ金属を削れば、セリカを無力化できる。
(金属の動きはある程度予想ができる。注目すべきは──金属じゃなく、セリカ本体!)
なぜユリスがセリカの攻撃に反応できるのか。それは、セリカのモーションにあった。
彼女は、金属を操る際に指揮者のように手を振る。流体金属は、それに連動して襲ってくるのだ。
つまり、彼女の手の動きをつぶさに観察しておけば、ある程度の攻撃を予測することができる。
(大丈夫。落ち着けば、この勝負……取れる!)
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自分にはそれほど魅力がない。
客観的に自分を見つめ直した時、セリカはいつもそんな結論にたどり着いた。
背も低いし、垂れ目だし、覇気がない顔をしているし。
友人からはよく「ふわふわしてて、マスコットキャラクターみたい」と言われた。悪気は一切ないのだろうし、セリカも別にそれが嫌だったわけではないが、まあ自分はそういう女なのだろうと半ば諦観にも似た気持ちを抱いていた。
エルフ種である彼女は、魔法だけはそれなりに得意だった。ユースティアでは男女ともに強くあることが望ましいとされるので、学校では性別に関係なく魔法の演習がある。そこでセリカは、常に最上位の成績を収めていた。
ほわわんとした女の子がいつも魔法実技のトップを取る。それが学校中で密かな話題となる程だった。
ある時、セリカは気がついた。
──あー、私は『それ』が求められたのかぁ。
自衛軍直下の育成学校に通うオルランドとは違う学校なのだが、彼はどうやらセリカの話題を聞き及んだらしい。
彼は付き合ってほしいと言った直後に、将来武闘大会に出てみないかと笑顔で誘ってきた。
──オルランド目標があるという。それが、かつて両親がかつて成し遂げたというユースティア自治領武闘大会・20歳以下の部での優勝だった。
魔法の扱いが上手くて、女性。条件を満たす存在が、オルランドの近くには既にいた。
セリカ・アルテミア。親の繋がりでたまに会う、アルテミア商会の一人娘。
つまり、オルランドがセリカに求めたのは力だったと──セリカはそれをようやく理解して、納得した。
──なんだ、そういうことか。
オルランドは、セリカの個人的感情を抜きにしてもかっこいいと評される整った顔立ちの好青年だった。
身長が高く、ガタイがいい。次期自衛軍団長の目される彼は、いわば玉の輿。元々の顔の良さも相まって、セリカが知る範囲でも彼はよくモテる男だった。
そんな彼がなぜ自分を選んだのか。セリカ以外にも、もっと美人で男受けするような女性が言い寄ってきていたはず。
その合理的理由を考えた時に、セリカは自分の魔法を求められたとしか考えられなかった。
いや。そう考えないと、なんだかおかしくなってしまうような──そんな気がしたのだ。
セリカにとってはもったいないほどの男、オルランド。彼に見限られないように──セリカは、隠れて必死に魔法の練習を重ねた。
自分が弱ければ、彼は離れていってしまう。
セリカは、それが嫌だったのだ。
18歳の夏、満を持して初めて武闘大会に出場した。
それから彼女たちは、一度も優勝を経験していない。
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操作限界に気づかれた──そのことに、セリカは焦りを感じていた。
(魔法の地力はどう見ても向こうが上。このままゴリ押しされるだけでも、負けちゃうなぁ)
操作圏内から次々と弾き出される金属。ユリスが「捕まえる」ではなく「弾き飛ばす」という選択を取ったのは、まさしく正解だった。
オルランドとともに一旦引く? タイミングを合わせて動いて、周囲の金属を回収する。そこから体制を立て直す?
──いや。あの津波のような植物の波状攻撃から逃げ切れるとは思えない。その隙に彼へ攻撃が集まれば、いかに優秀なオルランド・マクスウェルとて倒れるだろう。
セリカの流体金属は、変幻自在の万能性と操作範囲内での圧倒的な空間支配力が強みだが、攻撃力が低いという難点があった。
事前にマナを通した金属でないと制御下におけないという制約上、そもそもの物量が限られる。「来る攻撃から守る」ことは得意でも、「敵に攻め込む」のは苦手だった。
セリカのマナ総量が大きければ、もっと大量の金属を操って、ユリスのように濁流の如き攻撃を仕掛けられるのに。
──と、そこまで考えた時だった。
あれだけの魔法をぶっ放しているユリスは、一体どれだけのマナを消費しているのだ?
闘技場には、あちこちにユリスが生み出した植物が散乱している。一定時間後に古いものから順に消えていくようなのたが、それでも辺りを埋め尽くすほどだ。
これだけの魔法を行使していたら、魔力消費も恐ろしい量のはずだ。
「────」
こちらをじっと見つめているユリス。先程から注意深く観察されているのは知っていた。
そんな彼女の額には、玉の汗が浮かんでいた。
(……なるほどー)
外から見るとふわふわしているだけの彼女だが、その脳内はしっかりと高速回転している。
つまり、ユリスも限界があるのだ。苦悶の表情を浮かべる彼女を見て、セリカは改めて気合を入れた。
(これは、彼女と私の根比べだ)
仁義なき女と女の戦い。どちらが先に息を切らし、地に膝をつくかの勝負。
愛する男のために、負けられない。初戦でいきなりユリス・ユースティアなんて怪物とぶつかったとしても、絶対に諦められない。
なぜなら、彼女らには後がないからだ。
オルランド、セリカ両名──今年で、20歳。
20歳以下の部に参加できるのは、今年で最後。
──彼の夢を守るのは、私の役目だ。
セリカが倒れれば、きっとそのまま試合は決まるだろう。辛うじて拮抗しているのは、二対二が維持できているから。
ユリスはセリカの相手をすると同時に、ジン・シュナイダーを守るためにオルランドへ牽制を入れることも同時に行なっている。オルランドが優勢な分、きっと向こうの方が負担は大きい。
彼が頑張っている。だからセリカが負けるわけにはいかない。
たとえ形だけの恋愛関係だとしても。
夢にたどり着くまでの協力者でしかないとしても。
──それでも、彼は私を選んでくれたのだから。
期待に応えなければ、女が廃る──!!
「行くよーっ」
セリカは魂を燃やしながら、しかし冷静に打開策を見出していた。
冷静に、冷静に。
「それー」
敵を罠に、嵌めたのだ。
「無駄よ────!」
あくまでいつも通り、セリカは腕を振った。戦闘中のジンを妨害するため、槍を飛ばす。ユリスはこれに素早く反応し、木で防ぐ──はずだった。
「ざーんねんでした」
セリカは柄にもなくニヤリと笑い、もう一方の槍を強襲させた。
『決まったァ────ッ! これはクリーンヒットッ! 左肩に槍が直撃、さすがに効いたか──ッ!?』
『死角からの一撃、見事だな! オルランドとの戦闘に集中していたジンには、これは避けらねぇ!』
「なっ──!?」
ユリスは目を疑った。どこから現れたのかも分からない槍が空を駆けて、突然ジンの肩を抉ったのだ。
「っ……づぅ、ぁ……っ!?」
ジンは勢いそのまま吹き飛ばされて、地に転がった。
「な、なんで……?」
全部見ていた。敵の攻撃は全て把握できていたはずだ。どこから、いや、いつそんなものを操って──?
「……ぁ」
その段階に至って、ユリスはついに理解した。
自分は、前提を間違えていたのだと。
だって彼女は、そもそも──
腕を振らないと金属が操れないとは一言も言っていないのだから。
『セリカが音もなく右手を振り上げると、漂っていた三つの金属球が正面に整列した』──セリカは試合開始前からずっと、金属を操る時に手を動かしていた。指揮者の名が指すように、それが命令となって金属を操作していた。
実際、ユリスが知る過去の試合でもそれは変わらなかった。彼女は必ず操作方向に手を向けていた。
ではなぜ、補助動作なしで動かせたのか。
簡単だ。
ただただ、手の補助動作なしでも動かせるように一年かけて特訓をした。
それだけの話だ。
だがそれが、セリカ・アルテミアが今年引っさげてきた『秘策』の一つ──まさか、初戦でこのカードを切ることになるとは思わなかったが。
「ジンっ! 大丈夫!?」
駆け寄るユリス。ふらつきながらも立ち上がるジン。オルランドがプレッシャーをかけているため、治癒を施す余裕もない。
(──やった)
三度目の出場となると、敵もオルランド・セリカの能力を把握してくる。手の内が割れているのは単純に不利だ。だからこそ、こういった駆け引きを持ち込む必要がある。
事前情報があるからこそ、騙せる。セリカは手の動きをブラフにして、密かに木の影へ槍を潜ませて機を伺っていたのだ。
『ああ、もはや彼女を指揮者と呼ぶことはできません! 空駆ける鉄の槍、風を切る変幻自在の金属! ただそこにいるだけで空間を、金属を支配するその姿──名付けるならばッ!「流体金属の支配者」』!
指揮者は、支配者へと進化を遂げた。
それを成したのは一つの想い。
彼に見限られないよう必死に紡ぎあげた──この一年間の、想いの結晶だ。
「ぁ、ぐ……」
肩を押さえ、痛みに苦悶の表情を浮かべるジン。ユリスは焦りで頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
「ご、ごめん、なさい……」
途切れ途切れに言葉を漏らすその姿は、ジン以上に痛々しかった。
「私が止めるって、言ったのに……」
ジンはユリスを信じて、セリカから意識を切った。だからこそ、あの槍に反応するのが遅れてしまった。
つまり、ジンがダメージを負ったのは──ユリスのせい。
「ごめん、私が……」
「謝らなくていい!」
だが、ジンは。
「失敗なんて誰にでもある! それに今回は、向こうが一枚上手だった。そういうことだよ!」
ジンは──この状況で、笑った。
「辛い時は笑えって、昔お父さんに教わったんだ。そうやって笑って、諦めずに頑張れば……いつかは報われるって」
額に汗を浮かべながら、それでも。
「君が言ったんじゃないか。他人に迷惑をかけてでも足掻いて見せろって。苦しみながら、進んでみせろって!」
それでも、少年は笑うのだ。
「なら、僕にも頼れよ! 君が苦しいなら、僕に迷惑をかけてでも進んで見せろよッッ!!!!」
それでいいんだろう? と。鏡に映った少年が言う。だって──
「僕らは、泥だらけなんだから」
「────」
すぐに完璧を求めようとする彼女を、ジンは優しく汚してくれる。まるで砂場で遊ぶ子供のように、無邪気な笑顔を向けながら。
劣等感に蓋をしようとする彼女の心を、ジンが開けてくれる。
向き合うんだ。自分の弱さに。
立ち向かうんだ。己の情けなさに。
完璧な人なんていない。憧れた誰かみたいになれる人なんて、一握りだ。
大丈夫。二人の歯車はもう噛み合っている。
どちらかが止まりかければ、もう片方が回してくれる。
そうやって互いに支えながら──力を、熱を、想いを伝えていくのだ。
「──ごめ……、いや。違うわね」
ユリスは額の汗を拭った。
「ありがとう」
「うん!」
二人は一瞬のアイコンタクトを交わし、すぐに向き直る。
「私、そろそろマナが尽きる。ここで決めないといけないわ」
深呼吸して冷静さを取り戻す。焦りも不安も後悔も、戦いの場にはいらない。
「もう一度だけ、私を信じてくれる?」
「何度だって、君を信じるよ」
交わした言葉はそれだけだった。
二人はこの試合の中で、劇的に変わった。
もはや二人の意思疎通に、多くの言葉は必要ない。
試合は終盤へともつれ込む。後衛のマナが尽きて試合を決するか、先に前衛を落として試合を決するか。
答えはきっと、すぐ近くまで来ている。
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オルランドが初めてセリカと出会った時、そのほんわかふわふわした印象に拍子抜けした。
武器屋の娘というから、もっとガツガツとした女を想像していた。
セリカは母親の陰に隠れて、こちらをぼーっと見ていた。常に眠そうな目をしていて、何を考えているのかよく分からない。掴み所のない女の子だった。
話してみてもそれは変わらない。こちらのことに全く興味がないのか、自分から話題を振ることはなく、ただただオルランドの話に微笑みながら相槌を打つような、そんな子。
分かんねえなぁ、と。オルランドは最初、首を傾げていた。彼は自衛軍団長の息子ということもあって、同年代の子供と喋れば必ずその話題が出た。
将来は親の仕事を継ぐのか。今から特訓なんて偉いね。これからも頑張ってね。──そんな褒め言葉の数々。
セリカは、何も聞かなかった。
ただただ、オルランドが振った話題に反応をするだけ。それだけなのに、セリカは常に楽しそうにしている。
よく分からん女。それが第一印象であり、実を言えば今も変わらない彼のセリカに対する感情だった。
だがそんななんでもない相槌が、オルランドにとってかけがえのないものだったのだと気づくのに、彼は都合三年ほどの時間を要した。
歳を重ねるごとに、周りの評価は高まっていく。オルランドは身体にも恵まれて、抜群の運動神経でメキメキと頭角を現していった。
これなら次期自衛軍も安泰だな! 誰かがかけてくれた言葉は、彼の自信になるとともに少しずつ重圧として蓄積した。
ふと、ある時思った。
──誰も、オルランド・マクスウェルのことを見ていない。
彼らが見ているのは、自衛軍団長の息子としての自分だ。親のことなんて関係ない、素の自分を見てくれている人なんて誰もいないじゃないか──と。オルランドは気がついてしまった。
別にオルランドは、父親の仕事を熱心に継ぎたいと思っているわけではなかった。単に、自分にはその才能があって、周りもそれを求めたから、そうしているだけ。
だから、疲れがあったのだ。
別段やりたくもないことをやらされて、モチベーションを保てという方が無理な話だ。
その日は、そんな愚痴を言いたい気分だった。相手に選ばれたのは、セリカ。理由はない、ただ近くにいたというだけ。
しかし。
そんな何気ない一幕で、彼のセリカに対する印象は大きく変わってしまうこととなる。
「嫌ならやめちゃえば~?」
と。彼女は、そう言ったのだ。
皆がオルランドに求めるのは自衛軍団長の息子としての自分。強くて、皆の尊敬を集める自分だったはずだ。
それを失ってしまえば、誰もがオルランド・マクスウェルに興味を失くす。そう思っていたのに。
彼女は、嫌ならやめればいいと言った。
それがきっかけだったと、今なら分かる。
『息子』じゃない、『自分』を見てくれる。それがオルランドにとっては、何よりも嬉しいことだったのだ。
「俺、お前のこと好きかも」
と、その言葉は不意に口をついて出ていた。
「私もオルくんのこと好きだよ~」
セリカのそんな気の抜けた返事に、しかしオルランドは心臓が飛び跳ねるような思いでいた。
「じゃあ付き合うか」
恐る恐るそう聞いてみれば、セリカはやはりいつもの調子のまま、「うん~」と一言返した。
そんなやり取り。日常となんら変わらない、二人だけの時間。ただただいつも通りでいてくれる彼女のことが、オルランドは好きになったのだ。
縁側に並んで座って、親を待つ。それは彼にとって心休まるかけがえのない時間だったが、もはやそれだけでは耐えられなくなった。
もっと、彼女と一緒にいたい。
彼は考えた。どうやったら、二人で一緒にいられるだろう。どうやったら、彼女にもっと想いを伝えられるのだろう。
学校も違う二人にとって、会いにいく口実は親の商談のみだった。
オルランドは新たなる口実を求めた。
彼はとことん不器用だった。素直にデートに行こうと誘うのは恥ずかしくてできなかった。だからこその、二人で会うための理由。誰が見ても疑問に思わない、二人だけの時間を作る方法──。
それが、武闘大会に出ることだった。




