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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第三幕 泥だらけの直感勇者
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第063話 試合開始!




「弱い!!!!」


 ユリス・ユースティアの苛烈な叫びが、ユースティア郊外の草原に響き渡った。


「想像以上に、弱い!!!!」


 腰に手を当て例のごとく仁王立ちするユリスの周りには、彼女が作り出した巨木や怪しげな瘴気を発する大輪の花、見るからに硬そうな木の実、棘だらけのツルなどが散乱していいる。

 何が起きたか。そんなものは明白だった。


「む、無理だよぉ、そんないきなり……」

「なーに弱音吐いてんのよ! もう後には引けないの! 二週間しかないの! あんたには強くなってもらわなきゃ困るわけ!」


 あれからすぐに二人の特訓が始まった。

 人のいない草原まで来たかと思えば、唐突に始まったのは模擬戦。ユリスはそこで、ジンを圧倒したのだった。


「あーっ! もう! そこらへんで遊んでるガキンチョ連れてきた方がまだマシだったかしら!」


 うがー! と頭を掻きむしるユリス。焦ってそこにいたヘタレを指名してしまったが、これは大きな過ちだったかもしれないと今更後悔し始めた。


「何が『出ます、大会に』よ! 一丁前にカッコつけたわりに全然大したことないじゃない! 私より弱い男に勝敗を預けるなんて、もう最悪よ!」


 ユースティア武闘大会は男女一組のペアでの参加が義務付けられている。そして、勝敗がつくのは「男が戦闘不能になった場合」「ペアのどちらかが負けを認めた場合」だ。つまり、ジンが倒された時点でユリスがどれだけ元気だろうが敗北となってしまう。


「ユリスさんが強すぎるんだよぉ……」


 ジンは荒い息を整えつつ、草原に突っ伏してうめき声をあげた。実際、ユリスは強かった。

 植物操作能力と言っても、やれるのは木を生やすことだけじゃない。木の実による遠距離攻撃、ツルによる束縛、果てはいかにもヤバそうな花が出す瘴気による麻痺毒まで。変幻自在の応用法を持ち、そのどれもが高いレベルで実践運用されている。


 対してジン・シュナイダー。直感。終わり。


 あまりにも不憫なので補足するとすれば、ジンは決して剣が下手なわけではなかった。むしろ、弛まぬ鍛錬の成果もあって剣の腕は抜群に良かった。この世界に来てまだ一ヶ月のエイジよりも数段上と言えるだろう。ただし、それを生かせるだけの才能がなかった。ジンは、魔法についてはからっきしだった。


「なんでそんなに強いんだよぉ……」


 とはいえ、領主の娘というわりにユリスの戦闘能力は高すぎる。実践経験が少ないとはいえ、父の教えで剣の練習をしていたジンにとってその事実は、胸の端っこに残っていたわずかばかりのプライドとか誇りみたいなものをバッキバキにへし折るには十分すぎるものだった。


「覚えておきなさい。ユースティアの女はみんな強いのよ」


 ほら立て、と言わんばかりにユリスはエイジに治癒を施した。自分でボコボコにしておいて自分で治癒するとは、さてはドSなのか……? とジンは全く回転していない脳みそで考えた。


「ほら、もう一本」


 へっぴり腰で剣を構え直すジンに対して、ユリスは容赦ない攻撃を行った。



 ユリスが屈みこんで地面に両手をつくと、そこから大量の木が生えて襲いかかってくる。

 ツルに足を絡め取られれば即行動不能になるから、絶対に捕まってはいけない。

 逃げ惑っても活路を見出せないと本人へ突撃しても、せり上がってきた木に乗ってユリスは移動してしまう。

 次々と飛んでくる木の実やら鋭い葉やらを避けているだけでも精一杯なのに、謎の胞子による煙幕で視界も悪い。



 こんな中でもなんとかジンが攻撃を回避できているのは、ひとえに『直感』のおかげだった。


「っ……おかしい」


 実力の差は明白なのだが、ユリスは苛立ち混じりの舌打ちをした。


「も、もうやめてぇええええええええ」


 情けない悲鳴をあげるジン。確かに彼は弱い。決定打となる武器が一切なく、ひたすら無様に逃げ惑うだけ。

 だが代わりに、一度もユリスの攻撃も全く当たらなかった。


(逃げ足が速い……だけじゃない?)


 ユリスは、自分の魔法が範囲攻撃に優れており、確実に敵を捉えるという点において高い性能を持っているという自負があった。事実、ユリスは旅団メンバーで言うとミスティクラスの魔法適性を持っている。


 それでも、当たらない。どんなに手を尽くしても少年は泣きながら逃げ切る。


「これが、直感ってわけね……」


 不幸中の幸いというか、逃げるのに特化したジンの力はユリスとの相性が良かった。ユリスの脳内には、ジンを囮にしてひたすら自分が敵を叩くという作戦が駆け巡っている。


(まあ、こいつが倒れる前に私が全員ぶっ倒せばそれでいいんだし……)


 相棒はこれっぽっちも使い物にはならないが、足を引っ張ることもなさそうだ。その点には、感謝してやらないこともない。


 本当に勝ちたいなら、自分で試合を決める。


 頼りになるのは自分だけ。倒れないように立ち回ってさえくれれば、あとはどうにかする。その覚悟。

 とはいえ、だ。


「なんか、ムカつくッ!」


 ちょこまかと攻撃から逃げおおせるジンを見ていると、無性に腹が立つのも事実だった。

 なのでユリスは、気が済むまでジンを追いかけ回した。

 少年の心に木から追い回されるという屈辱的なトラウマが植え付けられるまで、延々とその戦いは続いたのだった。


☆★☆


 人間の生命エネルギー──『マナ』には限りがある。

 ユリスは多種多彩な魔法を扱うが、その分燃費が非常に悪いという弱点があった。ガス欠になれば魔法は使えない。


「だぁーーーー、はぁ、はぁっ……っ」

「ぉえ、げほ、ごほっ……」


 とはいえ膨大なマナを抱えるユリスはなかなか底が見えない。結局、二人が体力切れでぶっ倒れたのは日が傾いた頃だった。


「……あんたっ、なかなか、根性、あるじゃない……っ」


 結局、ユリスは一度もジンを捉えることができないままだった。ジンも逃げるので精一杯で、剣を振ることすらなかった。


(すごいなぁ……ユリスさんは)


 ジンは元世界で様々な英雄達の背中を見てきた。世界クラスの戦闘能力を誇る者達の中で過ごしてきた彼は、強さとはどういうものなのかをよく知っていた。


 そんな彼からしても、彼女の魔法は才能を感じさせるものだった。

 魔法は、生命エネルギー『マナ』を行使する関係上、肉体感覚の延長線に存在するものだ。思考パターンや趣味趣向をよく反映し、それが深ければ深いほど扱いも上手くなっていく。


 ユリスと『植物』は、限りなく相性が良かった。日頃から花を愛でる彼女は、木や花といった物質への理解が深く、それが多彩な魔法に反映されている。


 彼女は間違いなく、同年代の中でも突出している。

 まさしく、ジンが喉から手が出るほど欲した英雄の器に相応しい。


(……足を引っ張りたくない)


 ジンは、武闘大会で優勝しなければいけない必然的理由がない。たまたまユリスに指名されて、刹那的思考で了承しただけだ。


 だがユリスは違う。彼女には父親との約束がある。許しを得るためには優勝しなければいけない。


(せめて、邪魔をしないように……)


 自分なんかのせいで、才能のある人が泥を被るのが嫌だった。せめて目立たぬように、周りの目を気にしながら生きていく。


 これまでのジンは、そうやって生きてきたから。


「ねえ、あんた」


 息を整えたユリスはガバッと起き上がり、あぐらをかいてジンを見下ろした。顔が怖いわけでもないのに、ジンは萎縮してしまう。


「直感が鋭いってのはなんとなく分かったけど。他になんかないの? 派手な魔法とか、想像を絶する体術とか」

「な、ないよそんなもの……」

「……はぁ。元いた世界では、英雄の息子だったんでしょ? そんなんでよくやっていけたわね」

「やっていけないよ……」

「何?」

「君みたいに、強くないから……」


 だんだんと萎んでいく声量。威圧するユリスの視線に押されるように、少年の反論は胸の内へ消えていった。


「文句があるならハッキリ言いなさいよ。男でしょ?」

「……いや」

「言いなさいよ、ほらっ!」


 突如として両頬をぐにんと引っ張ってくる紫髪の少女。ジンは涙目になりながらそこから逃れようともがき始めた。


「やへへふれぇっ!」

「言いなさいよぉ〜〜〜〜〜!」


 マナも尽きてヘトヘトのはずなのに、二人は取っ組み合いを始めた。

 仲がいいのか、悪いのか。二人は泥だらけの傷だらけになりながら喧嘩を続けた。チームワークの欠片も感じられない様子に、雲行きは怪しくなるばかりだ。


 「二週間後には試合が始まるというのに大丈夫か?」と、お互い同じことを考えながら文句を言い合うという矛盾した感情を抱えた一組の男女は、果たしてどんな戦いを見せるのか。

 試合開始までの猶予期間。ここでどれだけ距離を詰められるか、それが明暗を分けることになるだろう。


☆★☆


 二週間が経った。


「私が左側面に展開してるんだから、そこは敵を引きつけなさいよ! あんた決定力ゼロでしょ!?」

「そ、そんなこといきなり言われても分かんないよ! 事前に説明してくれないと……」

「はぁ!? 試合中にいちいち作戦説明してる暇なんてないから! それくらい感じ取りなさいよ、パートナーでしょ!」

「む、無茶苦茶だよ……」


 ……二週間が、経った。

 口論はそのままに、時間だけが過ぎていた。

 試合前の最終調整でも二人の呼吸はバラバラ。積み重なっていくのは二人の口論だけ。

 既に場所は選手用の控え室。だというのに、時計の針はあの時から止まったままのようだった。


「お二人とも、グラウンドへお願いします」


 案内員が声をかけてきて、ようやく不毛な言い争いは終結した。しかし、依然としてユリスは冷ややかな視線を向けている。

 部屋を出て、ユリスの後ろを付いて歩くジン。目指す勝負の舞台まで、道のりは一直線。室内灯に照らされた薄明るい道を、ユリスは不満げに、ジンは自信なさげに行く。


「いい? あんたはひたすら逃げ回ってればいい。そのうちに私が敵をぶっ倒して試合を決める。分かった?」

「う、うん……」


 ユリスは戦闘用衣装(バトルドレス)。鉄板入りの装甲を兼ねたスカートに、動きやすいようスパッツを履いている。髪はいつものようにツーサイドアップ。右手に木製の杖を握りしめて、戦闘服姿でも変わらず気品に溢れる立ち振る舞いを見せている。


「で、でも、大丈夫なの? その……マナは限りがあるし、負担が……」

「人の心配をする余裕があるのなら、まず自分の心配からしたらどうなの? あなたが倒れたら私まで負けになるんだからね」


 ジンはオーソドックスな剣士スタイル。インナーの上からポケットの多いボレロを羽織り、腰には一振りの長剣を掃く。特筆すべき特徴、ナシ。まあ、敢えて言うなら機動力を損なわないように極力装備は軽くしている程度だ。

 やがて入り口にたどり着く。遠くから聞こえていた喧騒が、間近に迫っている。


 ビリビリと、肌を痺れさせるこの感覚。単なる緊張とも違う、端的に言い表すとしたら──そう、武者震い。


「去年まで見てる側だったのに、まさか自分でこの舞台に立つ日が来るとはね」


 ユリスは野心に満ちた笑みを浮かべて、杖を強く握り直した。


 自分の主張を貫き通すため、ユリスは戦うことに決めた。


 組分けの結果アトラたちとは逆のブロックになってしまったため、彼女とぶつかるのは決勝だ。

 もし彼女が優勝するようならば、それでもいいだろう。ユリスがついていかなくとも、彼女はそのままやっていける。逆にユリスが優勝してしまうようならば、やはり不安だ。こんなところで負けているようでは、世界なんて救えない。


 決勝に行く。


 絶対にやってはいけないのは、決勝にたどり着く前に負けること。それでは何の証明にもならない。

 だから、こんな場所でつまずいている暇はない。


「……さあ、行くわよ」


 ユリスは門をくぐる。

 差し込むまばゆい光に目を覆う。砂の匂いが、ここは舞台の上だと教えてくれる。


「ブチかますわ」


 それは対戦相手に向けたものか、それとも主張をぶつけ合う父に向けた言葉か。

 意気込み新たに、少女は英雄の息子を連れて──そして、舞台に上がった。


☆★☆






『──観客席は超満員! 熱気に揺れるユースティア第一闘技場、20歳以下の部は大歓声に包まれながらの開幕となりました! これより始まります一回戦第一試合、いきなり波乱の幕開けとなりそうな予感!


 あ、申し遅れました。わたくし実況を担当させていただきます、ユースティア自治領役所広報課のナナセ・アールグレイでーす! 解説は、無制限の部予選でも獅子奮迅の活躍を見せてくれたレオ・ギースベルトさんにお越し頂きましたー!』


『準優勝だとこの仕事が回ってくんのな! 俺も本戦出たかった! よろしく!』


『はい、ご挨拶も済んだところで気を取り直しまして! なんと、今年は現領主の一人娘であるユリスちゃんが参戦! その勇姿を一目見ようと、ユースティア自治領の総人口の約三分の一が、ここ第一闘技場に押し寄せています!


 現領主グレイル氏からは、「これも社会経験の一つ。荒波に揉まれてたくましくなってほしい」とのメッセージもいただいております!


 果たしてどんな戦いを見せてくれるのか。第一試合からいきなりの登場、会場のボルテージは既に最高潮に達しています!』



 東門からユリスが姿を現した瞬間、爆発するような歓声が上がる。例えるなら地震だ。人々の熱気が、感情が、この闘技場を揺らしている。

 今年は特別それが大きい。優秀な魔法使いという噂が流れてはいたものの、『これまで参加してこなかった現領主の娘が参戦する』という前評判が、かつてない大きなうねりを生み出している。



『さあ、選手をご紹介しましょう! とはいえ、この場にいる誰もがその名前を知っているハズです!


 魔法の才は円環大陸を見回しても随一との噂! 優雅さと苛烈さを併せ持つ、我らが領主の娘! 得意魔法の植物操作で相手を花の楽園に閉じ込めるッ!


 ついたあだ名は『花の魔女』!




 初登場にして初優勝なるか──ユリス・ユースティア!』




 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!! と、上がる大歓声に、門から顔を見せたユリスはビクッと肩を竦ませた。


「『花の魔女』って……そんな二つ名聞いたことないんだけど」


 随分と仰々しい名前をつけられてしまった。

 後で文句言いに行こ、とユリスは実況席を睨みつけた。



『えー、続きましてッ!』



 ユリスの文句は意に介せず、魔法で音声が拡張された実況はノリノリでマイクを握る。



『そんな大注目のユリスちゃんと組むのは、なんと無名の少年! こちらにも全く情報が入ってきておりません! 謎のベールに包まれたその素性は一体!


 噂ではユリスちゃんの彼氏という説もありますが……一部の熱狂的なファンが暴徒化するため今はグレーとしておきましょう!


 彼女の相棒を務めるということは、おそらく相当の実力者! 今大会最注目の期待株──ジン・シュナイダー!』



 誰だよ、というツッコミが360度全方向から襲いかかってくるという経験はなかなかできないだろう。

 ジンは信じられないほど顔を真っ青にしながら、下僕のように主人の後ろに引っ付いて歩く。ユリスと比べればまばらなその拍手には、期待と疑念の入り混じっていた。


 ああ、この視線だ。

 この視線が、嫌いなんだ。


 下手な注目を集めるのは、ジン・シュナイダーが最も苦手とすることだった。だが、ここまで来てしまったからにはもう後には引けない。



『さて、お相手は──』



 対するジンたちの向かい側。西門にも二つの人影があった。

 一つは巨体、もう一つは小柄。









「いやぁ、私たちこれ完全にアウェーだねぇ」

「何を言ってんだ! 相手が誰であろうが正面切ってぶつかる! そんで倒す! 俺らの、愛の力でなぁ!」

「やめてよぉ、気持ち悪いから〜」

「んなぁ!?」

「……ま、そういうところも好きだけどね〜」





 小柄な方は女の子だ。緑髪に尖った耳。垂れ目でふわふわした印象の少女。服装はスチームパンク風の戦闘衣装。しかし何より印象的なのは、彼女の周囲に浮かぶ三つの金属球だ。大きさはどれもバスケットボール程度。これが彼女の魔法なのか。


 対して大柄な方は男。焦げ茶色の髪に、要所に鉄板が取り付けられた布系の軽装。金属入りの額当てを思い切り結び直し、気合いを入れ直す。得物は持ち合わせていない。代わりに、両の拳にはアイアンナックル。つまり、そういうことだ。



『こちらは武闘大会出場三回目。常連と言ってもいいでしょう。身長差的には凸凹コンビ──しかし一転、戦闘では阿吽の呼吸で敵を追い詰める!


 まずはこちら! 小柄な姿からは想像ができない苛烈な戦闘スタイル! 緑のショートヘアをなびかせて、変幻自在の流体金属で相手を圧倒する!


 その鉄は時に剣に、時に盾に、時に矢に姿を変えて敵を襲う! その姿を見て、人は彼女を『液体金属の指揮者ハイドロメタル・コンダクター』と呼んだ!


 今日も素晴らしい指揮を見せてくれるのか──セリカ・アルテミア!』




「わーい、みんな応援よろしくー」



『続きまして、その相方っ!


 撃ち抜く拳はいつしか音速を超えた! 巨体に見合わぬ高速展開で敵を翻弄し、矢の如く風を切って勝利を掴め!


 纏う雷光が限界を超えて肉体を稼働させる──『迅雷の狩人(サンダーボルト)』の異名を背負い、愛しの幼馴染とともに三度目の正直で優勝を狙う──オルランド・マクスウェル!』



「俺はやるぞ俺はやるぞ俺はやるぞッ!!」






 ――そして四人が出揃った。






 闘技場の中央。風が巻き上げた砂埃が、二組の間を駆け抜けていった。

 自然、大歓声が引いていく。三万人の大観衆と、四人の当事者たちが開始の合図を待っている。


「大人気だな、ユリスさんよ。だが、みんなの期待を裏切るようで悪いが────遠慮は無しだ。勝たせてもらうぜ」

「当然よ、全力で来なさい。その上で叩き潰さなきゃ、本当の勝利とは言えない」


 静かに火花散らす両者。

 オルランドは両拳を体の前で構えるボクシングスタイル。セリカが音もなく右手を振り上げると、漂っていた三つの金属球が正面に整列した。

 ジンも恐る恐る剣を抜く。杖を構えるユリスを背後に感じながら、少年は敵と向き合った。



 始まる。



 空気が震える。



 肌がざわついて、心臓が早鐘を打っている。



 もう時間は待ってくれない。二週間前のあの日、少年はこの地にやってくることを運命づけられた。そして、その時は来たのだ。





『第258回ユースティア自治領武闘大会、20歳以下の部。一回戦第一試合。ジン・ユリス組VSオルランド・セリカ組──』





 さあ、幕開けだ。

 目指す遥か高みに向けて、最初の一歩が踏み出された。








『──試合開始!』








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