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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第三幕 泥だらけの直感勇者
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第059話 夏の浜辺のファッションショー


「プライベートビーチだから、誰も邪魔は入らないわ。今日一日、思う存分羽根を伸ばして頂戴!」


 ユリスの案内によってたどり着いた砂浜は、両側を岩場に囲まれていて人の気配がない。本当に僕たちだけしかいないようだ。

 眼前に広がるのは、エメラルドグリーンの海原。行ったことはないはずだが、沖縄あたりの海はこんな感じなのだろうか。

 波打ち際まで歩いていくとその美しさがより伝わってくる。透明度は限りなく100%に近く、水底の砂までくっきりと見える。


「これ、やばい怪物とか生息してないですよね?」


 ミスティは警戒心丸出しでしかめっ面をしている。心なしか、長い耳をへたり込ませたようにも見えるその姿は、なんだか熱にやられた子犬のようだ。


「沖の方に出なければ大丈夫よ。この辺りは波も穏やかだし」


 先導する少女に続くのは、順にアトラ、メイ、ミスティ、僕、ハザマ、そしてジン。今日ばかりは皆武装を置いて、身軽な格好だ。


「それじゃ私達は着替えてくるから。覗きに来たりしちゃダメよ」

「僕らを何だと思ってるんだ……」


 じゃ! と手を振り、女性陣の背中を押して去っていくツーサイドアップを見送る。

 僕らの中に覗きに行けるような度胸を持った奴はいない。

 強いて言うならハザマがそうなのだろうが、どうも彼は女性にあまり興味がないらしい。この表現だと誤解を生みそうなので付け加えると、別に男性に興味があるわけではない、はずだ。


「僕らも準備しようか……」


 下に海パンを履いてきてる僕らは隠れる必要もない。いそいそと服を脱ぐ。


「こんなことしてていいのかなぁ……」


 ジンは、どうも不安なようで朝から浮かない顔をしている。

 彼からすれば、自分のいた世界が壊れた直後に海で遊んでいるのだから、危機感がすごいのだろう。

 とはいえ、『Xエックス』と呼ばれる存在の手がかりが掴めない以上、常に気を張っていても仕方ないというものだ。僕らとしてはマルギットでの死闘を潜り抜けてきたところなので、ジンには申し訳ないが少し付き合ってもらおう。


「お前、ひょろひょろじゃねえか! 大丈夫かァ? そんな筋肉でよぉ」


 いち早く海パン姿になったハザマ。その上半身は、さすが世界一の剣士を目指すだけあって鍛え抜かれており、腹筋が見事な割れ目を築き上げている。シルエットは細いのに全身に筋肉が乗っているのが分かる、いわゆる細マッチョという奴だ。

 一応僕も筋肉があるのだが、それはあくまでブライトの物なので、誇る気には全くなれない。本当の僕は……そう、今目の前にいるジンのような、ガリガリのヒョロヒョロだ。


「お、お父さんやハザマ団長と比べられたら立つ瀬がないよ……」


 自信なさげで猫背なのがまた、その弱々しさをより際立たせてしまっている。


「前から気になってたんだが、なんで俺が団長なんだ? また未来の話か?」

「あ、いや、うーん、これは言っていいのかな……多分大丈夫、なはず……」


 そんな様子で、ジンは少し逡巡しつつも答えた。


「僕のいた世界では、ハザマさんは『円環連座星天騎士団』の団長になってたから……」

「マジか!? って、あれ? エイジじゃないのか?」

「お父さんは騎士団とは別の、エストランティア全権代表っていうポジションで……」


 なんだその仰々しい役職は!?

 並行世界の僕、やるな……。


「へえ、よく分かんねえが……俺が団長、とてもいい響きだ」


 ハザマは満更でもないらしく、ジンと肩を組んでニヤリと笑った。


「俺が本当に世界一の剣士になれたかどうかは……聞かないでおくぜ。それじゃつまらねえからな!」

「あ、あはは……」


 ガツガツ来るタイプのハザマに気圧されっぱなしのジンが少し不憫だが、まあ放置でいいだろう。仲良くなるに越したことはない。


「……というか、みんな遅いな」


 砂浜に荷物を降ろし、大きめの布を広げて待ち始めておよそ五分ほど経ったはずだが、女性陣の姿は見えない。


「……」


 ハザマとジンは、先程から向こうの世界の話で盛り上がっている。僕も気になるところなのだが……今はそれどころではない。

 努めて冷静に振舞っているが、僕の心臓は今張り裂けんばかりに脈打っていた。

 なぜ? 聞くまでもない。


 水着だ。

 水着が、来るのだ。


 アニメや漫画では、一つの定番として水着回というものがある。それは、可愛い女の子が見たいオタクたちの願望を叶えるべく供給される福音だ。

 ゲームメインとはいえ、多少はアニメなども嗜む僕としても、水着回というのは馴染みのある文化と言える。


 さて、今僕が置かれている状況を改めて確認する。

 場所はユースティア自治領。領主のプライベートビーチに旅団のみんなとやってきた。

 今、女性陣が水着に着替えてここへやってくる。


「……フゥーーーーーー」


 実はこの世界、僕が見てる壮大な夢だったりしないか?

 マジで来る? ヤバない?

 自分自身がゲームの中のヒロインと海に行くなんて、どう見てもオタクの痛い妄想でしかない。

 でも、今の状況を説明するとそうなる。信じられないことに。

 心の中に、「男三人のむさ苦しい映像はいいからはよ女の子たちの水着を拝ませてくれ」という男性の根源的欲求を訴える自分と、「心の準備ができていないからもう少し待ってくれ」とヘタレを発揮する自分が同居している。


 ……気持ち悪い汗が出てきた。

 きっと今アトラたちを見たら、心臓がどうにかなってしまうだ


「お待たせー」


 ァアアああああああああああああああああああああああイッ!


「ごめんなさいね、この期に及んで渋るヤツがいたせいで手間取ったわ!」


 快活な笑顔とともに姿を現したのは、領主の娘ユリス・ユースティアだ。

 思考が完全に停止したので、ここからしばらくは女の子たちの水着を観察し、脳内で描写するだけの存在になろうと思います。



 まず視界に飛び込んできたのは、やはり正面に立つユリスの水着だ。

 驚くべきことに、彼女の水着はシンプルなものだった。

 彼女の性格的に、派手で色鮮やかなものが来るとばかり思っていた。しかし、ユリスの水着はオーソドックスなビキニタイプ。カラーリングもまっさらな白。なんというか、意外だ。


「ほああ……」


 ジンが世にも間抜けなため息を漏らした。本当に鼻血を出してぶっ倒れそうな顔をしている。キモい。我が息子ながら。


「何? あんまりジロジロ見ないでくれる?」

「ヒィッ!?」


 早速極寒の視線に晒される我が息子の情けなさよ。

 まあしかし、実際これが似合っていて非常に可愛いのだ。

 ユリスは髪色が特徴的で派手だ。性格も強気でグイグイ来るタイプ。そんな彼女が白の水着。これがギャップとして働いてくる。

 立ち振舞いが堂々としているのに加えて、持ち前のスタイルの良さも相乗効果となって、彼女の魅力を最大限に発揮する水着選びとなっている。まあ、専門家ではないのだが。

 そんなユリスの背後に引っ付くようにして隠れているのは……アトラだ。


「ちょ、引っ張らないでよ! あなたは水着慣れしてるんでしょうけど、私達はこんな布地が少ない服、初めて着るんだから……っ」

「もー!! いい加減腹を括りなさいよ! 私が知ってるアトラはもっと堂々としていたはずよ!」

「う、うぅ……そんな事言われてもぉ……っ」


 確かにアトラといえば、ルルーエンティでの演説で見せたように、堂々と振る舞うことを良しとする傾向がある。そんな彼女がここまで取り乱すとは……。


「おら! 出て、きなさい、よっ!」


 ユリスに引っ張り出されて、たたらを踏みつつアトラが前へ出てくる。そして、視線が合う――。


「ぁ……」


 どちらからともなく、そんなか細い声が漏れて。

 次の瞬間には互いにバッと目を逸らしてしまう。なんとも言えない沈黙が訪れて、身体がむず痒くなった。

 上目遣いでチラチラとこっちを見てくる、そんなアトラの水着は、花柄をテーマにしたパレオスタイルの優雅なもの。薄桃色の背景色に、ハイビスカスに似た真紅の花がモチーフとしてあしらわれていて非常に鮮やかだ。髪にはあのアクセサリーも輝いていて、全体の意匠に統一感がある。


 ……可愛い。そりゃもう、抜群に。


 だって彼女はメインヒロインだ。水着を着て、可愛くないはずがない。何万人というプレイヤーが惚れた、もはやアイドルと言っても過言ではない存在。

 そんな少女が、今目の前に。

 足先から続く見事な曲線美。パレオから覗く健康的な太もも。誰もが羨むであろうくびれと、視線を引き込んでやまない鎖骨。

 普段は絶対に肌なんて晒さない彼女が、今日だけは惜しげも無くその魅力を輝かせている。


 ……最近、ふと思うことがある。

 アトラのこの水着を見ることができるのは、地球上の全オタクの中で僕だけだ。それはとっても恵まれていて、幸せなことなんじゃないか──


「ぁ、あの……」

「な、何っ!?」


 かろうじて絞り出された声に、僕はビクリと過剰に反応をした。


「……………………どう、かな。変なとこ、ないかなぁ……?」


 視線は明後日の方向を向き、指先で伸びてきたその金髪をいじりながら不安げな様子で聞いてきた、その問いに。


「……あ、え、う、うん! ええと、そう! 似合ってる! 花柄、アトラらしい! い、いいと思う! あー、いや、本当に! うん!」


 ダメだ!!

 もっと気の利いたコメントを返したかったのに!! 何も出てこない!! 小学生の読書感想文でももう少し語彙力がある!!


「あ行の発音練習でもしてるの?」


 うるさいなユリス!! 少し黙っていてくれ!! こっちは今立て込んでいるんだ!! 君にツッコミを入れる余裕はない!!

 ところでアトラは──


「ひゃあ……」


 ひゃあ……ってなんだ!?


「ぁ、あっ! えと、良かった……。私、こんな肌の露出が多い服着るの初めてだったから、ちょっと不安で……っ」


 えへへ、と笑いながら気恥ずかしさを隠す彼女を見ていると、感情が伝播してきて僕まで顔が熱くなってくる。

 ダメだ、目が合わせられない。

 普段はこんなことないのに。水着を着る、たったそれだけで人はこんなにもおかしくなってしまう。


「……」

「ぅ……」


 思わず無言。背後で何やらユリスがじれったそうに頭をかいているが、それどころではない。

 このまま黙っていると、僕かアトラのどちらかが何らかの作用で爆発してしまうかもしれない。彼女の目はもはやぐるぐる渦巻きになっている。


「埒があかないわね。まあ、今回は着てここまで来ただけでよしとしますか」


 腕を組んでふぅ、と息を吐くユリス。


「おら。行くわよ。反省会」


 そしてカッチカチに固まったアトラを掴んで砂浜へと向かった。

 その段階に至って、僕はようやく心臓が爆音を鳴らしていることを自覚した。呼吸をずっと止めていたみたいに、息が上がっている。


「………………鼻の下が伸びています」


 その時、いくらかトーンの低い声が微かに耳を撫でた。


「伸び伸びです。鼻の下が」


 わざわざ言い直さなくてもよくないか?


「メ、メイ。どうしたんだよ、顔が怖いよ」

「いえ、別に。なんでもありません。なんでもないですよ。アトラ様の水着にはコメントがあったのに私には何もなかったので、私から言うことも特にないというだけです」


 じっとり半眼でこちらを見てくるメイ。今日はいつものメイド服ではなく水着──なのだが、上からパーカーを羽織っている。


「だって、パーカー着てるじゃないか」


 コメントも何もない。見れないのだから、何も言うことができないのだ。チラリとパーカーの裾から覗く布地を見ると、どうやらメイの水着は黒を基調としたもののようだが……?


「むう」


 メイはわずかに眉をひそめた。


「おこです」

「はえ?」

「おこです、私は。人間の感情というものは未だに謎が多いですが、この感情がおこであることは今理解しました」


 なんだそりゃ!?

 というか、「おこ」なんて単語どこで聞いてきたんだ。


「……せっかく頑張ったのに」


 メイはか細い声で何やら呟いた後、さっさとユリスたちを追いかけて砂浜に向かってしまった。


「な、なんで怒られたんだ僕は……?」


 理由も分からないままその場に残された僕は、頭の上に疑問符を浮かべたまま皆の後を追った。

 すると、背後からてててっと僕を追い抜いていく少女の影があった。ミスティだ。

 最後まで僕らのアレコレを面白そうに見ていたミスティの水着はといえば、驚いたことにスクール水着(+上からTシャツ)だった。


 まず、この世界にもスクール水着があったことが何よりも衝撃だった。

 とはいえ、完璧に地球のスク水と一緒というわけでもない。布地がいくらか安っぽくて、機能性が低そうだ。縫製も、ミシンのような機械で行われたものじゃないことが分かる。

 細かい部分は実はどうでもよく、『紺色』『ワンピース型』という記号だけあれば、その水着は『スクール水着』足り得る。なるほど、一つ勉強になった。


 ただ、この世界にそういった地球と同一の記号が存在するのは一体どういうことなのだろうか?

 まさか、ミスティの水着を見てこの世界の深淵について考えることになるとは思わなかった。

 話を戻そう。脳内で脱線しすぎた。


「なあ、ミスティ。なんで僕が今メイに怒られたのか分かるか?」

「……それ聞いちゃうんですか?」

「ダメなの?」

「いやぁ、ダメではないですけど、なんかこう……男としての誇りとかそういうものはないんですか?」

「僕にあまり多くを求めないでくれ」

「えぇ、なんでもできそうな顔してるのに」

「中身の僕はただの根暗なんだよ! その『ややこしいなぁ』って顔やめろよ僕も困ってんだから!」

「んー。じゃあまあ、全部話すのは野暮極まりないので、ヒントを教えてあげましょうかね」

「おお」


 人差し指を立てて、さも名探偵かのように調子に乗ったミスティはドヤ顔で答えた。


「女の子っていう生き物は、気になってる相手かどうかは関係なく、多かれ少なかれ嫉妬するものなんですよ」

「……」

「まあ、よく考えることですね。答えが分からないうちは、メイさんはおこのままでしょうねー」


 おこのままはよくない。どうにかしなければならない。だが──


「ど、どうすりゃいいんだ……」


 僕だって数多の鈍感主人公を指差して笑ってきた側だ。だからここで「嫉妬? なんで?」とは言わない。ミスティが何を伝えたかったのかは自分なりに理解したつもりだ。でも、ならどうすればいいのかはサッパリだ。


「にゃははー。愉快愉快」


 ミスティは頭を抱える僕を横目に、スキップしながら先へ行ってしまった。

 一人また一人と消えていき、そして取り残された僕。ただ、無力感だけが全身を包み込んでいた。


「……じゃあ、何が正解だって言うんだよ」


 どこかで聞いたことのあるセリフを吐きながら、僕はトボトボとみんなの待つ砂浜へと向かった。


☆★☆















































「そう、誰だって嫉妬するんです」





次回




『第060話 私なしで水着回? 世界はどれだけ無謀なの?』




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