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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第三幕 泥だらけの直感勇者
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第057話 自治領は今日も快晴なり






「痛烈なカウンターが刺さったァアアアアアアアアアアッッ!!!! レオ選手ダウン! 立ち上がることができない────ッ!





 そしてっ! そしてッッ!!!! クリストハルト組が、二年越しのリベンジを果たし、拳を天に掲げたァ────ッッ!!!!」






 ドワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!! と、歓声が沸き上がった。

 闘技場。土煙舞う円形のリングを中心に、すり鉢状に形成されたコロシアムには数千数万の人間がひしめき合う。その視線はすべて、中心に向けられていた。


「うわ、ゲームのときとは比べ物にならないな……!」


 音が圧となって全身を震わせる。肌が痺れて、産毛が逆立つ。画面越しに見るのとは雲泥の差だ。いままでゲームとの差を感じる場面は多く存在したが、これは段違いだ。空気が違う。空間にかかる圧が違う。


「うるさーーーーーーいっ!」


 ミスティが思わず耳を塞ぐ。確かにこれは耳を塞ぎたくなるような爆音だ。しかし、そんなミスティとは裏腹に満面の笑みを浮かべる男が一人いた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 戦ってる!! 人間が戦ってる!!」


 まさに水を得た魚。ハザマはフェンスから身を乗り出して興奮を露わにしている。【戦闘狂バーサーカー】らしく、思った通りの反応に僕も思わず苦笑いしてしまった。


「最高だ!」


 出会って一ヶ月、今まで見たこともないような笑みでサムズアップする赤髪。世界一の剣士を目指す男は、今日も相変わらずだった。


「この興奮が分かるなんて、なかなかいい趣味してるわね!」


 両腕を組んでドヤ顔をする少女。闘技場の運営事業は領主主導であるため、ユリスとしても鼻が高いのだろう。


「ご両親に挨拶する前にちょっと見ていきましょうか」


 そんな仲間の様子を見たアトラも微笑みつつ、空いている席に腰掛けた。

 ユースティア自治領武闘大会。

 一年に一回開催される武の祭典。ユースティア近隣の力自慢が一堂に会して競い合う、トーナメント形式のイベントだ。

 20歳以下の部と無制限の部に分かれており、現在は参加人数が多い無制限の部予選が開催されているようだ。

 このトーナメント最大の特徴は、参加単位が『男女一組』であることだ。これはユースティア自治領が掲げる「男女ともに強くあれ」というスローガンに由来しているそうだ。

 男性が戦闘不能になるのが勝敗条件。勝負の肝は、相方の女性と協力していかにして先に男を倒せるかとなる。

 魔法の性質として、一般的に手先の器用さ・繊細さといった点で生命エネルギー制御に適している女性の方が魔法の扱いが上手いとされる。

 肉弾戦の男性(前衛)と、魔法戦の女性(後衛)。この二人がうまくコンビネーションを取れるかが、勝敗に直結する。

 2vs2のタッグバトル。普段の戦闘とは一味違った戦略が求められることとなり、参加する者はもちろん観客たちの評判も良い。今ではユースティア自治領最大の興行となり、この小さな自治領の代名詞となった。

 僕らも、これに参加するためにやってきたのだ。


「男女ペア、ね。どう分けるの?」


 問題は旅団メンバーは五人いるということだった。女性が一人余ってしまう。


「いやあ、私は出ませんよー。めんどくさいですしー」


 問題解決。

 ミスティは不参加となれば、僕とハザマ、アトラとメイからタッグを組むこととなる。


「ゾロアをぶちのめした時も二人で戦ってたんだろ? なら、エイジはアトラと組めばいいんじゃねえか?」

「ちょっと。ハザマ様。勝手に決めないでください。私がエイジ様と組みます」


 それまで大人しくしていたメイが突然の主張を放り込んできた。ハザマも思わず面食らっている。


「ど、どうすんだよエイジ」

「僕に言われても」

「アトラ様はいかがですか? 私は、エイジ様と、組みたいです」


 やけに一部分を強調してくるな。


「え、私? 私は……うーん、ええと、あー」


 アトラはチラチラと視線を逸らしつつ、頬に手を当てて首を傾げてみせる。


「そうねー、一度臨壊で憑依してるから、戦略が立てやすいのはエイジくんかなー。でもハザマと組んでみるのも面白いと思うわ。でも、火と雷は若干属性が近いというかー」

「はっきり仰ったらどうですか?」

「うっ」


 なんだか顔が赤いアトラと、それをじっとりとした視線で見つめるメイ。


「ま、まあチーム分けは今度にしましょう! まだ時間はあるし!」

「……逃げましたね?」


 何やら二人して小声で口論をしている。いくら未来視でも、聞こえない声は把握できない。隠し事というほど大ごとではないが……感情がもにょもにょする。気になってしまう。

 まあ、よく分からないが、20歳以下の部の開催まで時間もあるため、チーム分けは後日でもいいだろう。


「……」


 ジンが何やら意味深な視線を向けていたような気がするが、その真意は定かではない。

 僕らはしばらく試合を観戦した後、ユリスのご両親の元へと向かった。

 ユリスの案内で観客の合間を縫って進み、最前列までなんとかたどり着く。ご両親がここにいるのだろうか?

 そんな僕の疑問を裏切るように、ご両親は特等席で大歓声を上げながら試合観戦をしていた。


「パパ! ママ! ちょっと!! 聞いてっ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「そこよっ!! やれっ!! おらいけっ!!」


 それはもう全力の応援だった。


「……」


 ユリスは苛立ちに肩を震わせた。


「帰っていいかしら」

「も、もうちょっと頑張りましょう?」


 苦笑いしつつ、アトラが宥めた。ユリスは親と仲が悪いわけではなさそうだが、あまり良好な関係とも言えなさそうだ。


「ん? ユリスじゃないか。留守番はどうした?」

「お客様が来たのよ! とびっきり重要な!」


 ようやくユリスの存在に気がついた父親とがこちらに向き直った。代表してアトラが前に出る。


「お久しぶりです。アトラ・ファン・エストランティアです」

「──あら? アトラちゃん! 久しぶりじゃない!」


 続いてユリス母がアトラに気づく。両手を広げてガシッと肩を掴み、抱き寄せる。


「く、苦しい……」


 面識があるらしいアトラが、僕ら星天旅団に関する事情を説明することとなった。とりあえずここは非常にうるさいので、ユースティア邸へと移動を開始した。


☆★☆


「グレイル・ユースティアだ。こっちが妻のエレオノーラ」


 ガタイの良いユリスの父は、僕らと順番に握手する。グレイルさんは、僕らがここに泊まることを快く了承してくれた。


「災難だったな。もちろん、グリムガルドの話は聞いていたが……」


 情報が少なすぎて自治領も迂闊に手が出せない状態らしい。状況の把握さえできれば兵を送り込むこともできるだろうが、今は様子を見るしかない。

 闘技場で見せていたあのふざけた雰囲気はない。今のユースティア夫妻は、まさしく領主としての顔だった。


「今この大地を襲っている未曾有の事態は、完全に我々の想定を上回っている。エストランティア上層部とコンタクトが取れない今、我々も動くことができないのだ」


 グレイルさんは、今エストランティアとユースティアで起きている自体を簡単に説明してくれた。

 今エストランティア皇国は、首都占領および首脳陣行方不明の影響で政府機能が完全に麻痺している。

 自治領は、皇国に派兵していいのかどうかを判断することができない。下手に刺激してはいけないのか、武力で制圧すべきなのか。

 ユースティア自治領も国だ。事前連絡もなしに武力介入することは難しい。それが政治というものなのだろう、おそらく。難しいことは分からないが。


「我らユースティア自治領とエストランティア皇国は長年友好関係を築いているが、こういった有事の際に国単体として動けるような協定・法律・規約は定められていない。大人の都合や政治的事情で友を助けに迎えないのは、心苦しいが……もちろん情報提供など、できる限りのことはしたいと考えている」


 グレイルさんは難しい顔をして、顎に手をやる。


「ここに匿っていただけるだけでも十分すぎるほどです」


 もちろん、アトラはユースティア自治領を責める気などないだろう。しかしグレイルさんとしては、隣に困っている人がいるのに助けに迎えないのは複雑な心境のはずだ。


「そういうの、ホント旧体制的で嫌い」

「こら、茶々を入れないの」


 ユリスはそんな現状に不満があるのか、ソファに体を投げ出しながら悪態をついている。エレオノーラさんがため息を漏らすのも仕方ない、やんちゃな娘のようだ。


「アトラが──エストランティア皇国が困ってるなら、助けに行くべきに決まってるわ。私はただ当たり前のことを言ってるだけよ」

「事はそう単純じゃないんだ。お前にも領主の娘としての責務がある。アトラにもアトラの責務がある。そういうことだ」

「このまま放置したら大陸が滅ぶかもしれないって時に、そんな悠長なこと言ってられないわ。私たちユースティア自治領にだって、被害が及ぶことは容易に想像ができる!」

「そういった問題には大人が対処している。我々はいつも通りの日常を過ごす。求められた際に柔軟な対応ができるように、今はこれが重要だ。これは、ユリスが気にするべきことじゃない。お前は、お前のやるべきことに専念すればいいんだ」

「私はッ! やるべきことを自分で考えて──!」


 徐々にヒートアップするユリス。僕としては、どちらの言い分も分かるので口出しがしにくい……。


「ごめんなさい。いつもこうなんです……」


 代わりに謝るのは母のエレオノーラさんだ。慌ててアトラが大丈夫ですとフォローを入れる。

 ユリスは自分の意志と考えを強く持っているタイプだ。意見の押し付けは最も嫌うもののはず。僕も気をつけよう……。

 実際ユリスはとてもしっかりしている。今朝出会った時も、なんだかんだいって言いつけを守って留守番をしていたわけだし、今の彼女の論もこの国、この大陸の未来を見据えて真剣に考えたものだと分かる。

 強い女性だ。きっと彼女の夫になる人物は、尻に敷かれるのだろうなと思った。


 さて、二人の口論が終わるのを待ち、気を取り直す。

 現状ここにいるのは旅団メンバーは三人。僕、アトラ、メイのみだ。ハザマはあのまま試合観戦すると言って残ったし、ミスティは例の如く疲れたと抜かして早々にあてがわれた部屋へと退却した。ジンも、一度に色々なことが起きて混乱しているということで、部屋で休んでいる。

 僕らはまずこの場で、ユリスの両親に話すことも兼ねてもう一度進むべき方向を再確認することにした。


 はじめに大目標。これはもちろん、ラスボスたるグリムガルドを撃退し、円環大陸に再びの平和を取り戻すことだ。

 そのための小目標として、今回のユースティア自治領における研鑽がある。


「グリムガルドという者についての情報はあるのか?」


 グレイルが最初に気にしたのは、大目標たるラスボス撃退についてだ。ゲーム的に言えば、エンディング到達条件に関して。この国に混沌をもたらした者とは、一体何者なのか。


「僕の知る情報が正しければ、グリムガルドのいるエストランティア城は、今現在360度全方位を覆う魔導防壁に守られています」


 城壁に合わせて展開された防壁は非常に厚く、強力な攻撃を撃ち込んでも破ることは困難だ。

 そこでまず、この防壁を破れるような人材・もしくはアイテムを探しにいく必要がある。これには円環大陸各地を自分たちの足で旅することが重要になってくる。

 危機的状況でネタバレがーなんて言ってられないので簡潔に説明すると、アトラが街々を周り、触れ合った人々の総量によって防壁の耐久値が減少するというイベントが発生する。

 ひとまずは、防壁を破るためには各地を回らなければならないと覚えておけばいいだろう。

 もちろん、グリムガルドに勝てるだけの力もつけなければいけない。


「そこで、この国の武闘大会か。まさにうってつけだ」


 早速グレイルは何やら紙の資料を取り出す。


「みんな20歳以下の部だよな。参加するのは何組かな?」

「僕、ハザマ、アトラ、メイなので二組です」

「ふむ、二組……」


 ペンを取り出し、書き込んでいく。


「うむ、参加可能だな。あと一組で規定人数だが、埋まらないようならランダムでシード枠になるか。よし、エントリーはこちらで済ませておこう! チーム分けが決まり次第、私に教えてくれ。本戦開始は二週間後だ」


 二週間。まだかなりの時間がある。さて、どうしよう……?


「ここまで色々あって疲れているだろう。とりあえず、現状この地ならば危険もない。とりあえずは羽を休めるといい」


 確かに、ここまで文字通り死ぬほど慌ただしい道のりだった。本当の意味で心を休める時間はなかったと言っていい。特に、マルギットでは色々なことが起きすぎた。本来回るべきサブイベントや回収すべき要素を全て放り出す形になってしまった。


「そうだ。ユリス」


 ここでグレイルさんが、ユリスの頭にポンと手を置いた。


「皆さんを海に連れて行ってあげなさい」


 突如、そのようなことを言った。


「そこで親交を深めてくるといい。ユリス、お前は特にとっつきにくい性格をしているからな」

「ちょっと、手を退けて」


 ペッペッと手で払う動作。まさに反抗期の娘らしい反応を見せつつも、ユリスは皆と親交を深めたい気持ちはあるようだった。チラッとアトラに視線を向ける紫髪の少女。


「海、見たことない!」


 アトラさんの目はこれまで見たことないほどに輝いていた。


「いくら国が危機だとしても、いつまでも落ち込んでなんていられないし。心を休めることも必要だと思うわ」


 長い旅路になるのだから、身体と心を労わらないといけない。仰る通りだ。

 ということで、どうやらうちの姫は乗り気らしい。ここにいない他のメンツの意見は聞けないが、まあ、せっかくだし。


「ミスティあたりは嫌がりそうだけど……」

「あの子は何やろうとしてもとりあえず面倒くさいって言うタイプよ」

「違いないな……」


 渋ったら強引に連行すればよい。


「ユリっち、連れてってくれる?」

「ま、まあ……仕方ないわね……」


 父親には反抗的な割に、アトラには弱いらしい。ユリスは頬を掻きながら、そっぽを向く。


「水着、ですか」


 メイがボソリと呟いたそんな一言が、僕の思考に一つの波紋を生んでいった。



 水着。



 水着か。



 ということは、つまり――――――。




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