第056話 疑念――『別世界』と『並行世界』
「髪切っちゃったのね」
「ああ、これは……素性が知れ渡ると危険だってことで」
「うーん、そっちも似合うわね。やっぱり素材がいいのかしら」
「そんなことないわよ。あなただって、前に見た時に比べたらだいぶ大人っぽくなってるし」
「分かる? 滲み出てるわよね、大人っぽさがね」
「自信満々なのは相変わらずなのね……」
僕らはユリスに招き入れられるようにして館にお邪魔した。想像通り内装も豪華で、開け放たれた窓から吹き抜ける風が心地いい。両親は領主としての仕事で役所に出向しているらしく、不在だった。
僕らはそこで自己紹介をしたり、ここまでの経緯を語ったりした。自治領側も、エストランティア皇国で起きた出来事は把握しており、ユリスは親友の安否を気にしていたらしい。
「ご両親はまだ行方不明……なのよね? 大丈夫?」
おずおずと尋ねるユリス。その『大丈夫?』には、きっと色々な意味が込められている。
「──私は平気。でも、国は今危機にある。だから私たちは、世界中を回って戦う力をつけている最中なの」
「なるほど。それでここへ来たってわけね」
納得したというように頷くユリスに質問でもあるのか、椅子にちょこんと座ったミスティが手を挙げた。
「はいはーい。さっきから気になってたんですけど、お二人はお友達なんですか?」
「まあね」「ライバルよ」
被せるように腕組みして言い放つ少女のさまは、男らしいとしか言いようがなかった。
「ライバルって……私たち別に何も競い合ってないわよ?」
「心のライバルよ」
「なにそれ」
アトラはぷっ、と吹き出す。ユリスもそれを咎めることなく、満足げに笑っている。強固な信頼関係が築かれていることが僕にもすぐ分かった。
「昔、エストランティア皇国とユースティア自治領の交流会で一緒になったことがあってね。その時友達になったのよ」
「ライバルよ」
「ライバルになったそうよ」
息もピッタリだ。
「俺ぁ幼い頃のアトラ嬢を知ってるが、同い年くらいの友人がいたなんて知らなかったぜ」
「ユリス様とアトラ様は、まるで姉妹のようですね」
「仲良しさんなんですねー」
まさに親友、というような雰囲気。それに、ユリスの言う『ライバル』もあながち間違っていない。ユリスはアトラと並ぶ強力な魔法使いだ。
「まあ、ゆっくりしてってよね。疲れてると思うし」
テーブルに置かれたカップからは心安らぐ香りがする。ハーブティーだろうか。
「庭で栽培してるの。自家製のハーブティーなのよ」
「これは……見事な味ですね」
メイドのメイも認める味。僕も試しに口をつけてみると、ここまでの旅の疲れがすうっと抜けていくような優しい味が染み渡った。
「私がお花好きになったのもこの子の影響なのよね。普段はツンツンしてるのに、庭いじりしてる時だけは心の底から幸せそうな顔をするの」
「なっ、そんなことないわよ!」
「メルヘンチックよねえ」
「そんなんじゃないわ!」
なんだか夫婦漫才みたいだ。アトラも、今は重荷を忘れて笑顔を見せている。
この地ならば、多少は羽を休めることができるだろう。ここまで、『理想郷委員会』メンバーに急かされるように街を転々としてきた。ここらで一旦腰を落ち着けたいところだ。
「ふう……」
ユリスの振る舞ってくれたハーブティーの香りに誘われるようにして、僕は眠気に身を任せて──────。
ちょうどその時だった。
まるで隕石でも降ってきたかのような轟音が部屋を揺らしたのは。
「な、何事だァ!?」
真っ先に立ち上がったハザマが辺りを見回す。どうやら音の出所は庭らしい。
(まさか、敵襲──!?)
最悪のパターンを想像する。前回もそうした油断がゾロアの奇襲を許した。
しかし、ユースティア自治領まで追ってくるとは。敵も執念深い。それだけ本気ということか……。
「敵かもしれない……部屋の中は危険だ! 行こう!」
皆が頷く。僕は剣だけ引ったくって外へ出た。攻撃に対応できるよう、未来視を働かせる。
(誰が来た……ルインフォードか、リベンジを目論んだゾロアか、はたまたそれ以外のメンバーか──)
剣を引き抜き、庭へ回る。立ち上る土煙、その向こうには……人影が。
「おい! 空から人間が降ってきたぞ!?」
それを見たハザマが、思わず叫んだ。僕もまさか、空から人が降ってくる経験を二度もするなんて思わなかった……。
「エイジ様、危険人物かもしれません。拘束しますか?」
確かに、怪しすぎる。十分な警戒の上、先手を打って拘束した方がいい。僕もメイの問いかけに頷こうとしたのだが──土煙が晴れた、その向こう。人相が明らかになった瞬間、僕らは皆一様に息を飲んだ。
「いや、待ってください。エイジさん、この人……」
ミスティが僕とその人物を見比べる。
そこにいたのは、灰髪の少年。
打ち付けたであろう頭を押さえながら、涙目になりながら辺りを見回している。
正体不明。理解不能。しかしその人物の見た目には、嫌というほど見覚えがあった。
そう、その人物を評するのであれば────
「エイジくんが、二人ぃ~~~~っ!?」
二人目の僕、としか言いようがなかった。
☆★☆
「き、君は……誰だ?」
僕はそう尋ねるしかなかった。
そこにいたのは僕──いや、正確には『ブライト・シュナイダー』に瓜二つの少年だった。
そんな謎に満ちた少年は、いきなりとんでもない爆弾を放り込んできた。
「お父さん……?」
………………。
え?
「「「「「お父さん!?!?」」」」」
何を言いだしているんだこの少年は!?
「え、エイジくん、これどういうこと……?」
「僕にも分からないッ! なんなんだ、一体……?」
アトラと顔を見合わせるが、誰もこの状況を正しく理解していない。見た目からしても、敵ではなさそうだが……「お父さん」とはこれいかに。
「エイジさん、いつの間に子供なんて……」
「待ってくれ! 誤解だ! 僕に子供なんていないッ」
「でも、こいつめちゃくちゃエイジに似てるよな……」
それは確かに……。髪型、髪色あたりはほぼ完全に一致してしまっている。
「エイジ様…………責任はしっかり取らないと……」
「やめろその軽蔑するような瞳は!」
お前は感情を得過ぎだ、メイ。
「おおおお落ち着こう、みんな。君、もう少し事情を聞かせてくれ。僕は君のお父さんじゃない、たぶん」
「これはパニック状態ですねエイジさん」
「私は詳しいことは知らないけど、突然目の前に息子を名乗る人物が現れたら普通ああなるんじゃないかしら……」
まるで他人事のミスティとユリス。むしろちょっと面白そうにしている。
「僕は安藤影次。君の名前は?」
僕の名前を聞くと、少年はビクッと跳ねた。そしてマジマジと僕を見つめてくる。
「ぼ、僕の名前はジン・シュナイダーです。うわぁ、本当にお父さんだ……」
確信を持つな。
「ジン? ジン・シュナイダー……?」
にしても、シュナイダーか。ブライトと同じ性だ。どういうことだ、これは。
「と、とりあえず詳しく話を聞きましょうよ。たぶん、ここで話すような内容じゃないわ」
アトラの言う通りだろう。僕は頷き、ジンと名乗った少年に手を差し伸べた。
「立てる?」
「う、うん……」
おずおずと手を取り、立ち上がった少年。
不可思議な感覚だった。
僕に子供なんていない。それは間違いない。でも彼を見ていると……なぜか本当に息子がいたような気がしてきてしまう。それだけ彼は、ブライトと似ている。でも、それだけじゃない何かが──
「っ、つぅ……ッ」
瞬間、思考にノイズが走った。
頭の奥の方に突き刺すような痛みが走り、思考が中断される。
(なんだ、これ……?)
一瞬浮かんだのは……真っ暗な世界? 金髪の女性と、自分の手。穴に吸い込まれていくジン。しかしそのビジョンはすぐに霧散して、消えていってしまった。
それはまるで、これ以上考えさせまいとする強制力が働いたかのようだった。
痛みはすぐに引いたが、先ほど感じた違和感だけが胸の中に渦を巻いている。
(なんだったんだろう……)
結局その原因は分からずじまい。残ったのは疑問だけ。
──『シュナイダー』性を持ち、僕のことを「お父さん」と呼ぶ少年。
これまでも十分波乱と謎に満ちた旅だったが……今回もまた、荒れそうだ。
☆★☆
「ってことは……未来から来たの!?」
そしてやはり、ただならぬ事態となっていた。
「未来……というか、『別の時間軸』と言った方が正しい気がします。詳しいことは僕も分からないんですけど……」
少年ジン・シュナイダーは異なる時間軸からこの世界へやって来たのだという。異なる時間軸というと並行世界的なものを想像するが、簡単に言えば『同じ人物が別の行動をとった世界』というものが存在するらしい。
レイノルド博士の言ったCDケース型世界──とは、少し違う気がする。これでは可能性の数だけ世界が存在することになってしまうからだ。あくまで世界はこの円環大陸一つで、そこから物語が枝分かれしているような──まさしくそれは、セーブ&ロードのように。
「とんでもないことになってきたな……」
ジンの話では、その世界で安藤影次は世界を救った英雄で、ジンという息子を授かって幸せに暮らしていたらしいのだが──
「突如として謎の敵が現れて、世界をめちゃくちゃにしていったんです。正体不明の敵──お父さんたちは『X』って呼んでましたけど、そいつには誰も敵わなくて。みんな死んでいったんです。それで、僕だけが逃がされた」
「『X』……」
世界を壊す存在。動機も目的も素性も一切不明。だがジンの話を聞いて、僕は引っ掛かりを覚えた。
「…………僕らのいるこの時間軸にも、裏から糸を引く誰かの存在を感じることがある」
ゾロアに、僕の持つセーブ能力に関する情報を流した誰か。おそらくこの人物、ルインフォードに僕らの居場所を流した人物と同一人物だ。そう考えるのが自然というだけで根拠はないが、少なくとも一人──僕のセーブ能力について知ることができるレベルの存在が『理想郷委員会』のバックに見え隠れしている。
それが『X』だとするならば……未来で、僕らの世界を壊すということか?
言い方はおかしいが、壊せるだけの力があるならばさっさと壊してしまえばいいのではないか? それなのに『理想郷委員会』に情報を流す、なんて回りくどいことをしているのは一体どういう理由なのだろう。
本当に世界を壊していて、この時間軸にも移動してきているのだとしたら、『X』は到底僕らの手に負えない化け物だ。四軸クラス、神に匹敵する力を持っている──あるいは、神そのものか。
「うーん、分からない……」
現状明らかになっているのは、ジンが別の世界から来たのはおそらく間違いないということだ。ハザマのことも、メイのことも知っていた。ただ──
「ミスティ、さん? は、初めまして」
ミスティは知らないらしかった。
「なんで私だけ仲間外れなんですかー!?」
喚くミスティは放っておくとして……つまりこれはジンのいた世界で「ユグドミスティアとの対話時、僕が不安そうにしなかった」とかだろうか。それでミスティが遣わされなかったとか。
「っていうか、ずっと気になってたんですけど」
ひとしきり喚き散らしたミスティは、とてもとても重大な問題を議題にあげた。
「エイジさん、誰と結婚したんですか?」
「「「「「──────!!!!」」」」」
その時……衝撃、走る。
結婚。誰かと結婚。僕が? 息子いるし、結婚してるよな。誰と?
「誰と結婚したんだ僕は!?!?」
燃え上がるように耳を熱くしながら、僕はジンに問い詰めた。肩をグラグラと揺さぶった。別の世界の話とはいえ、『結婚する可能性のある女性』が誰なのかは重要だ。
「え、エイジくん、伸びてる! ジンくんが伸びてる!」
「え? ──あ」
あまりに激しく揺さぶったせいで、ジンは目を回していた。僕は慌てて頬を叩き、彼を現世に呼び戻した。
「ぅ、うう……」
ジンを見ていて思うのだが……なんというか、ものすごく、こう……ひ弱だ。
突然別の時間軸に飛ばされたから不安でいっぱいなのかもしれないが、それにしても終始ビクビクしているし、自信なさげだ。
……まるで、かつての自分を見ているかのようで、少しだけムズムズする。
「ええと……」
改めて、「安藤影次の結婚相手」についてジンが回答をする。その一挙手一投足に、全星天旅団の注目が集まる……。
「答えられないです」
「「「「「「はあ!?」」」」」」
順番に、僕、アトラ、ミスティ、ハザマ、メイ、ユリスの「
はあ!?」である。割と無表情のメイまで思わず叫んでいるし、なんなら会って数分のユリスまでキレている。
「ちょっと! ジンとか言った!? あんた、ここまで期待させといて、答えられないとは何事よ!」
気の強い彼女の言葉に、皆が頷いた。それに対してジンは、情けなくも口をアワアワさせて涙目になっている。
「ユリっち……ジンくん萎縮しちゃってるよ」
「フンッ。何よ、情けないわね。男のくせに」
まだ出会ったばかりとはいえ、別の時間軸からやってきた存在の言葉は気になってしまうようだ。
強気で男勝りなユリス。
弱気で自信なさげなジン。
対照的な二人。僕としては、息子だというジンに肩入れしたくなってしまうところなのだが……ユリスの言葉はもっともだ。未来の僕はどんな教育をしていたのだろう。もっと色々教えるべきことがあるんじゃないか、僕。
「ひ、ひぃぃっ!? で、でもダメなんですっ!」
ギラリと睨むユリスに対してブルブルと震えつつも、言えないのには何か理由があると言いたげだ。
「お、お父さん曰く……この世界で確定していない事象を僕が話してしまうと、未来が偏る可能性があるんだそうです」
ジンによると、「エイジが結婚するのはAである」と発言することにより、この世界の未来でもAと結婚する可能性が変動してしまう。この世界本来の『結婚する(あるいは結婚しない)』という可能性を捻じ曲げてしまう行為は避けるべき、というのがジンの父親である『安藤影次』の考えらしかった。
逆に言えば、「別の時間軸で世界を破壊する人物『X』が存在する」という情報は、この世界に『X』が現れた際に有利に働く可能性がある。ジンの世界での出来事はほぼ最悪の事態なので、これに関しては積極的に可能性を捻じ曲げるべきだ。
──ここまでの小難しい話を要約すれば、「別の世界で起きたことはなるべく話さない方がよくね?」ということだった。
正直どういう理屈なのかはさっぱりなのだが、確かに言わない方がいいこともあると思う。ここで変に結婚相手を確定させてしまうよりはいいような気がする。
結婚なんて考えたこともなかった──というより、考えないようにしていた。
実を言えば、ゲームにおいてブライト・シュナイダーはヒロインと結婚する。それが誰なのかはルート次第なのだが、僕もこのままこの世界で暮らすことになれば……ゆくゆくは……。
やっぱり考えても仕方ない! やめよう! 結婚するにしろしないにしろ、なるようにしかならないんだ!
僕は努めて思考を排除した。
「……それならそうと、最初から言いなさいよ」
そんな僕を尻目に、既にユリスのジンに対する心象は最悪なようだ。確かにユリスのような気の強い女性から見れば、もどかしくてたまらないんだろう。
「き、気にするなよジン……」
僕は何となく居た堪れなくなって、ジンの肩を叩いた。
と、その時ふと思ったことがあった。
「そういえば……一つ気になることがあるんだが、ジンの世界の僕って、『安藤影次』なんだよな……?」
ジンは一瞬ポカンとしたものの、その言葉の意味を理解して頷いた。
「そうです。でも、お父さんはブライト・シュナイダーを名乗ってました」
「んん? どういうことだ?」
安藤影次としての認識はあるがブライト・シュナイダーとして生きている、みたいなことか?
「あ、そういうことか……」
そこで僕は思い至った。『X』の存在を考慮に入れると、だいたいどういうことか分かる。
つまり、ジンの世界では序盤にルインフォードがやってこないのだ。おそらく『X』の差し金と思われるその刺客が序盤に現れないことで、僕は大きな壁を経験せずに物語を進める。
すると、僕はあの挫折も経験しないことになる。安藤影次として生きていくと決意したあの日が、ジンの世界ではやってこなかった──のかもしれない。
加えて言うなら、お相手はエストランティアの方なのだろうし。この国で生きる以上、この国のセオリーに合わせた方が良かったのだろう。『安藤仁』とかなら、行けそうな気もするけど。そこらへんは向こうの世界の僕がいろいろ考えたんだろう、たぶん。
とにかく、そうして向こうの世界では「ブライト・シュナイダーを名乗る安藤影次」という像が完成したのだろうと僕は予想した。
「試しに聞いてみましょうか」
ふとメイがそんなことを言い始めた。聞く、とは誰に何を聞くのだろう……?
メイが取り出したのは通信機器。ジジジ、と僅かなノイズの後にどこかへと通信がつながる。
『うむ。わしじゃ』
「は、博士!?」
そこから聞こえたのはレイノルド博士の声だった。
あんなに感動的な別れをしておいて電話できるのかよ、というツッコミを旅団の誰もが抱いたことだろう。
この通信はレイノルド専用になるようだが、いつでも博士の意見を聞けるというのは便利だ。
「お父さん。今私達の目の前に、エイジ様の息子を名乗る人物がいます」
『ほう! なかなか興味深い!』
メイはジン・シュナイダーに関する情報を博士と共有する。さて、多くの知識を有する博士はどう考えるのか。
『ふむ……話を聞く限り、確かに単純な未来という線は薄いじゃろうな。「セーブ&ロード」による分岐か……?』
博士がまず示した仮説は、『セーブ&ロード』による世界の分岐がもたらした並行世界であるという考え方だ。確かに、『セーブ&ロード』によって違う行動を取る世界が生まれるのは間違いない。だが──
『違うな。世界が分岐するのは『安藤影次』の死亡時だ。それはアトラ君がゾロアと対峙し、エイジ君を殺した時の現象から分かる』
アトラ視点だとエイジは死んでしまったが、その世界は存続している。しかし僕視点だとセーブ地点に意識が戻されて、新たに再スタートしている。
このことから分かることが二つある。それは、
・セーブのタイミングではなくロードのタイミングで世界が分岐している
・ロードとは、単に時間を遡っているのではなく、セーブ地点を基準とする全く新しい世界に意識(あるいは主観)が移動することを表している
ということだ。
『つまり、向こうの世界に安藤影次という存在が生存している以上、セーブ&ロードは現状全くの無関係じゃ。まあ、ロードが死亡時以外にも行えるとなればまた話は変わってくるがの』
「なあ、ジン。君は本当にミスティについて何も知らないのか?」
「え、あ、はい。父からミスティさんという方の名前を聞いたことは、覚えてる限り一度もないです」
「うーん、どういうことだ……?」
『──わしは、別の世界に関しては前々から存在すると考えてきた。いわゆる神、世界を俯瞰する存在が位置する領域。そこにいる者たちと接触する機会がないので現状は『かもしれない』止まりだが、ユグドミスティアという存在を説明するならば必然四軸の理論になってしまうのじゃ。逆に言えば、ユグドミスティアの存在が三軸の上の存在を示唆しているとも言える……とわしは考えておる。この時、四軸転者が渡ると考えられる『別世界』と今の『並行世界』は全くの別物じゃ。もちろん、四軸転者は両方を観測できると想定できるが』
「私、ユグドミスティア様と会ったかも」
『なんと!』
アトラが言うには、ゾロアとの戦闘の最中、ちょうど霊体化する直前に精神空間でユグドミスティアと言葉を交わしたらしい。その世界での会話内容はおぼろげらしい。
「あの時は必死だったから、記憶も定かじゃないのよね」
『アトラ姫の中にユグドミスティアの血が流れていることを縁として、意識を滑り込ませた──といったところか。うーむ、研究したい……』
「あ、あはは……」
確かに、レイノルド博士としては格好の研究対象かもしれない。だがアトラは僕らにとってもこの国にとっても大切な存在なので研究・実験はご遠慮いただきたいところだ。
ただ、研究はできなくともアトラの証言によってユグドミスティアの実在性はぐんと高まった。
この世界には、確かに神が存在するのだ。
そういえば、僕もかつて【英雄の眼】を授けられた時にその姿を見たことがあるような気がするのだが、あの頃はゲームの演出だと思っていた。この世界が現実だと認識した今思うと、あれもユグドミスティアの実在証明となり得るかもしれない。
「そういえば、ミスティについて聞いたら答えられないって言われたのよね」
「答えられない……?」
答えられないとはどういうことか。神の化身には秘密も多いということか?
「お前、何者なんだ?」
「私に聞かないでくださいよ! 何も記憶がないんですよ!」
ミスティは何も知らないようだ。ユグドミスティアとミスティの関係については、未だに謎が多い……。
話が脱線してしまった。再度まとめると、
・ジンが生きていた世界は僕が知るそれとは少し違う出来事が発生している並行世界である
・その並行世界を説明する際に『セーブ&ロード』は現状一切関係ない
・その上、四軸転者が渡る『別世界』と『並行世界』はまた別物である
全く新しい概念の未知が現れた、ということだった。これまでも説明のつかない現象は多々あったが、これまでとは比べものにならないほどの大きな謎だ。
『おかしいんじゃよ。並行世界なんて今までの研究で存在すら感じ取ったことがない。それが突然こんな形で現れるとは。にわかには信じがたい』
「でもジンはここにいる」
『そうなんじゃよなあ』
僕と博士、二人してうーんと唸る。僕の脳内はもう「これもうわかんねえな」といった感じだ。
『今は並行世界としておくしかない、か……』
不服そうだが、情報も足りないのでこれ以上の議論はできなさそうだった。
『うーむ、だとしても『X』の存在が気がかりじゃ。今の情報が全て正しいのであれば、三軸以上の能力者の可能性が高い』
CDケース型世界とは別の、少し結果が違うだけの並行世界。ジンが渡ってきたように、『X』も並行世界を移動してきたのだろうか? それにしては行動が不可解だが……。
「難しいことは分かんねえ!! その『X』ってヤツが敵なら倒しゃいいだけだろ!」
ハザマの言うことはもっともだった。もし謎の人物『X』が僕らの前に立ちはだかるのであれば、それを倒すための作戦を考えるだけだ。『セーブ&ロード』があれば、諦めない限り負けることはないのだから。
「続報があれば連絡します」
ひとまず僕はそう言うしかなかった。
『こちらも少し考えてみよう。何か分かればメイを通じてコンタクトが取れるはずじゃ』
そうして博士にお礼を言って、一旦通話を切った。
難しい話が多すぎて頭が痛くなってきたので、気を取り直して僕はジンに聞いた。
「君はこれからどうするんだ、ジン?」
突然着の身着のままこの世界に放り出されてしまったジン。こうなってしまったからには、この時間軸の世界で生きていくしかないわけだが……。
「ど、どうしよう……僕、行く場所が……ない……」
両親と離れ離れになってしまった息子は、涙目で震え始める。
「とりあえず私達と一緒に行動するしかないんじゃない?」
アトラはぷらぷらと足を振りながら意見を出す。ミスティもそれに賛同するようで、ソファに寝っ転がりながら頷いている。いやくつろぎすぎだよお前は。
「元はといえば別の世界のエイジさんがジンさんを放り出したのが原因なんですから、責任を取るしかないんじゃないですかー?」
ま、まあどこかの世界の『僕』の行動も『僕』の責任になるよな……全く身に覚えはないけど……。
「となると、メイのときみたいに臨時加入かな?」
「せ、星天旅団にですか!?!? 恐れ多い……」
どうやらジンの世界では『星天旅団』は世界を救った一団として祭り上げられ、『円環連座星天騎士団』に合併されることとなるらしい。そりゃ、グリムガルドを倒したとあれば世界を救った英雄にもなるか。
「僕なんかが旅団入りなんて……無理ですよ……弱いし……」
自信なさげに首を横に振るジン。遠慮するほどのことではないと思うのだが、ジンにはジンの思いがあるのだろう。
「ユリっち、ジンくんをしばらく泊めてあげることってできないかな?」
「できるけど……なんかイヤ」
やめてあげて! またジンが泣き始めるから!
「そ、そんなこと言わないで。ね」
本当に心の底から嫌そうな顔をしつつも、ユリスはジンの宿泊を受け入れた。僕らも泊めてもらえるらしい。
この屋敷は広いし、ジン一人増えたからといって全く問題はなさそうだ。問題なさそうなのに「イヤ」っていうのがまた悲しみを誘うのだが。
「でもさすがに、ご両親にご挨拶なしで泊まるっていうのも失礼よね」
このあたりはさすが皇女といったところか、しっかりしているうちの姫はユリスに両親の居場所を聞く。
「今は二人とも闘技場に視察に出てるんじゃないかしら。私は留守番ってワケ」
嫌そうな顔でツーサイドアップにまとめた一房をいじる。反抗期の娘というと、こんな感じなのかもしれないな。
アトラの意見で、僕らは闘技場に向かうこととなった。
ユリスはあまり親が好きではないのか、若干渋った。しかしアトラが折れないと分かっているのか、肩をすくめた。
「行きましょ。多分驚くと思うわよ、うるさすぎてね」




