第054話 世界の終わりからやってきた少年
「お、お父さん……っ!」
「ごめんな……僕らには、もうこれしか残されていないんだ」
平和が訪れたはずだった。
世界は救われたはずだった。
大英雄である、お父さんの手によって。
「ぼ、僕、これからどうすれば……っ?」
「いいか、よく聞け。これからお前が向かうのは、まだ奴によって壊されていない世界だ。そこに、お前と同じくらいの歳をした僕がいる。まだ何も知らない、僕だ」
お父さんは僕の肩に手を置いて、言い聞かせるようにゆっくり話した。
「どんな世界に飛ばせるかは分からない。そこまでは操作できない。でもきっと──いや。必ず、お前が持っていく『情報』は役に立つはずだ」
ガラスのように砕け散る世界。
炎が溶けて、水が燃えて、石が枯れて、木が溶けていく。
一度は救われたはずの世界。エンディングを迎えたはずなのに、目を覚ました『怪物』はハッピーエンドを捻じ曲げた。
「託すんだ、次の僕に」
「そ、そんな重要な役割……僕には無理だよ……っ」
「何、大丈夫さ。なんて言ったって、お前は僕の息子なんだから」
「それに、私の息子なんだから」
杖を掲げて僕らを守ってくれていたお母さんが一瞬振り返って、笑った。
「ごめん、そんなに保たない。時空が歪み始めてる。このままだと私たちも、崩壊に巻き込まれるわ!」
「……分かった」
お父さんは覚悟を決めたように眦を決した。いよいよその時が来てしまうのだと、僕にも分かった。
「ま、待ってよ! お父さんとお母さんはどうなるの!? このままじゃ、この世界は……」
「大丈夫だ。お前が心配する必要はないよ。だって僕は、世界を救った英雄だぜ?」
「そ、そうかもしれないけど! でも……っ」
「むしろ父親としては、新しい世界でお前がちゃんと生きていけるかが心配だよ。お前はすぐに泣くからなぁ」
「まったく、誰に似たのかしらね」
「おいおい、僕が泣き虫だったのはもう何年も前の話だろ?」
「そんなことないわよ。今だってよく、『仕事が終わらなーい』って私に泣きついてくるじゃない」
「そんなこと……ない……とは言い切れないが……」
「ほらあ」
「の、呑気なこと言ってる場合じゃないよ! みんな死んだんだよ!?」
「そうだな」
「騎士団のみんなも、ハザマ団長も、メイ先生も! ルナ師匠もいなくなっちゃったし──」
世界の終わりで、僕は絶望を叫んだ。しかし、お父さんは首を振った。
「でも、お前がいれば希望は繋がる」
「僕、が……」
「確かに、この世界はもうじき壊れてしまうだろう。皆と同じように、僕も、母さんも消えて無くなってしまうかもしれない。それでも、これまでの全てが無駄になる訳じゃない」
そして、笑ったのだ。
「繋ぐんだ、未来に。この世界で起きたこと、そして僕らの思いを携えて」
お父さんが手を向けると、背後の空間が歪曲した。その向こうに見えるのは──雲ひとつない青空。きっとこことは違い、決定的な終わりを迎えていない世界。
「っ、流石に僕だけで人を別世界に飛ばすのは厳しいか。……母さん」
「……いいのね」
「仕方ないさ」
「……分かった」
お母さんは杖を下ろし、お父さんと手を繋ぐ。そうすることで、お母さんの莫大な生命エネルギーを共有し、ワームホールを安定させた。
「……ここでお別れだ」
お父さんはそう言うと、お母さんと二人で僕を強く抱きしめた。
「向こうの世界でも、元気にやれよ」
「生きて。それだけが、私の願い」
両親からかけられた親愛の言葉──しかし、胸には響かない。
やめてくれ。僕には無理だ。そんな重荷は背負えない。それなのに──
「お父さん! お母さん────っ!」
ワームホールが僕を飲み込んでいく。壊れかけの世界と、両親の温もりが遠ざかっていく。
「ぐ、っぅぅううわああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」
全身を包み込む浮遊感。ぐにゃりぐにゃりと歪んだマーブル状の景色が高速で過ぎ去っていく。
体が捻じ切れるんじゃないかというほどの圧がかかって、涙が滲んだ。
やっぱり無理だ。なんで僕が、こんな目に会わなきゃいけないんだよ。僕じゃなくてお父さんやお母さんが行けばいいじゃないか──思うと同時に、それができないこともまた知っていた。
これから僕が飛ばされる世界には、既に両親が生きている。二人が行けば、同姓同名の全く同じ人物が二人存在することになってしまう。それが世界にどんな影響を与えるのか、お父さんにも分からないのだという。
だから、僕が行くしかない。僕が犠牲になるしかない。これはただそれだけのことで、僕は別にすぐ死ぬ訳じゃない。
そうと分かっていても──胸のどこかにわだかまりがあった。
──僕は、見捨てられたのだと。
きっともう、僕を育ててくれたお父さんとお母さんに再会することはない。孤独に震えながら、向こうの世界で生きていくしかないのだ。
でも、そんなことが可能なのか?
知り合い一人いない世界で生きていくなんて、そんなことが可能なのか?
「なんで……なんで、僕が……」
滲んだ涙の飛沫が、歪んでうねるトンネルのどこかへと消えていく。
お父さんは英雄だった。悪の魔術師の侵攻を食い止めて、討ち倒した。そして世界に平和を取り戻した。
お母さんは、そんな英雄を導く巫女だった。強大な魔法を駆使し、お父さんとともに世界の平和を願って戦った勇敢な女性。
僕は、そんな偉大な二人から生まれた──出来損ない。
お父さんのような勇気はなく、お母さんのような魔法も使えない。ハザマ団長のような人望もなければ、メイ先生のような知識もない。ルナ先生のような圧倒的な力なんて、もってのほかだ。
周りの期待は常に最大値。対して僕が見せられるものは、その理想には遠く及ばなくて。
僕は、自分が嫌いだった。
憧れに届かない自分。目指した背中は、遥か向こうに霞んでいる。僕の人生は常に、劣等感とともにあった。
英雄の息子が聞いて呆れる。結局僕は何者にもなれず、今日という決定的な日を迎えてしまった。
ああ、もし──もし僕が、たったひとかけらでも勇気を持って今日を迎えることができたなら。きっと結果は違ったのだろう。
でも、それだって結局は理想に過ぎなくて。
現実の僕は、ひ弱で情けない、どこにでもいる少年でしかないのだ。
やがて、空間に光が満たされて。
僕は出口へとたどり着き──
「ぅわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」
大空に放り出され、そのまま地面に激突した。
「い、ったた……ここは……」
思い切り打ち付けた頭をさすりながら、僕は辺りを見回す。するとそこには、人影があった。
「おい! 空から人間が降ってきたぞ!?」
「エイジ様、危険人物かもしれません。拘束しますか?」
「いや、待ってください。エイジさん、この人……」
それは、初めて聞くようで、どこか聞き慣れているような気もする声。
揺れる視界。僕は瞬きをして、どうにか焦点を合わせる。
「え、」
目に飛び込んでくるのは、灰髪と金髪。
それは、ついさっきまで僕を抱きしめてくれていたはずの二人と同じ色で。
僕と同じくらいの歳だけど、しかしその表情にはどこか面影があって。
僕のよく知る人物であって、僕のことを知らない人物でもある。
つまり、そこにいたのは──
「エイジくんが、二人ぃ~~~~っ!?」
幼き日の、両親だった。
RE/INCARNATER
第三幕 泥だらけの直感勇者




