第053話 The next stage is……
「いやあ、今回は見事にやられましたね」
腕に包帯を巻いて「たはは」と笑うのは、我が旅団の銀髪ロリ神様。ゾロアの影が直撃した際、庇うのに使った右腕が粉砕骨折したらしく、治癒魔法を使っても全治二週間という大怪我を負っていた。
命に別状がなくてよかった──とは思うものの、しばらくの間は彼女に頼らず戦って行かねばならないと思うと、気が引き締まる思いだった。
ゾロアとの決戦を終えて、無事全員で研究所に戻ってきた僕らは、戦闘の疲れで泥のように眠った。
アトラがいて、メイがいて……みんなが戻ってきて迎える朝。抱えていた色々な問題が全て消え去ったことで、清々しい目覚めを迎えることができた。
──とはいえ、旅は終わりじゃない。僕らはすぐにでも次の街へと旅立たねばならない。
というのも、僕らは一応追われる身だ。本音を言えばミスティの回復を待ちたいところだったが、一つの場所に留まるリスクの方が高いということで、急ではあるが次の街への出立が決まった。
昼にはここを出るということで、各々荷物をまとめたりしている。
「最初は幽霊っぽくて無理でしたけど……よくよく考えると、それものすごく便利そうですね……」
「でしょお? ちょっと楽しいのよね、壁すり抜けられるのって」
研究所に帰還して早々に、「ご迷惑をおかけしましたッ!」と皆に頭を下げた少女は、ちゃんと気持ちを切り替えることができたようで、今はミスティと談笑していた。
【霊体化】という『アトラの本体』とも呼ばれた超強力スキルを手に入れた彼女だが、どうやら遊びに使われているらしい。いや、どう使おうが彼女の自由だが。
「……あ、そうだ」
──と、僕はあたかも今パッと思い出したかのように装って、ポケットからあるものを取り出した(本当はタイミングを伺っていた)。
「アトラ、ちょっとこっちに来て」
手招きすると、首を傾げた霊体がふよふよとこちらへ飛んできた。
「これ、拐われた時に落としたんだと思う」
それは、『幸結いの髪飾り』だった。ゾロアによる奇襲の後、アトラが姿を消したその場所に残されていたもの。
「……なくしちゃったと思ってた」
霊体を解除したアトラが、それを受け取る。そして、髪飾りはあるべき場所へと還った。
「……うん」
そんなアトラを見て、僕はようやく戻ってきたんだなと感じた。人質交換から先、たくさんのことが起きてそれどころではなかったからだ。
「ひゅー!」
ミスティが茶化して、アトラがちょっぴり赤くなる。そんな光景が戻ってきたことを僕は実感する。
彼女が隣にいる。みんなが、ここにいる。それだけで報われる。
もしこの先、全てを解決して世界に平和が訪れたとしたら──この世界に暮らしてもいいんじゃないか。そう思えてしまうほどに、束の間の平穏は麻薬だった。
☆★☆
レイノルドは、メイとともにとあるデータの解析をしていた。
「どうですか? お父さん」
いつの間にか片言が直っているメイに「お父さん」と呼ばれるのはやはりむず痒く、ちょっと緊張してしまうレイノルドだったが、メイは全く気にしていないらしく、事あるごとに連呼してくる。
「う、うむ……旅団の皆の言葉通り、通信装置のログに不可解なノイズが記録されておるな」
それは、荒野とメイの無意識領域内で聞いた謎の音声についてだった。
一般的な人間には雑音にしか聞こえないが、霊体化したアトラにはそれがはっきりと言葉に聞こえたらしい。
レイノルドは霊体アトラと音声データを解析し、謎の声の正体を探ろうとしていた。
メイの輪廻核にコードを繋ぎ、データを吸い出す。そこに霊体アトラが持つ生命エネルギーの波長を重ね合わせることで、音声の抽出を試みる。すると──
「『そこは危ない、逃げて!』……?」
雑音塗れで正確な文章ではないかもしれないが、ニュアンスはこの通りだ。
このノイズが聞こえたタイミング。荒野でゾロアに襲われる直前だ。
まるで危機が訪れるのを知らせるような……。
「誰、が……」
その時だった。
ジジ、ジジジという掠れたような音声。
「お父さん、また何かノイズが──」
聞こえてくる音声。それは今まさに解析している音声と同質のものだった。
「……っ! メイ、これを……!」
「はい。音声解析パッチを適用します」
普通の人間にも分かるように、霊体アトラの生命エネルギー波長をフィルター化する。その結果──
「それでは、大霊杯より受信したメッセージを再生します」
「──だ、大霊杯……?」
そして、メイは────いや、メイではないもう一人の誰かは、おもむろに喋り始めた。
「……お父さん。久しぶり」
「なっ……」
それが誰なのか──もう語る必要はなかった。
「メイナ、なのか…………?」
「私は今も、大霊杯の中にいます。起きているのか眠っているのか分からない、曖昧な時間を過ごし続けています」
それは単なるメッセージ。決して会話をすることはできない。それでもレイノルドは、彼女の言葉が聞けるだけで胸がいっぱいだった。
「大霊杯から発するエネルギーを介して、私と同質の波長を持つこの子とシンクロして、お話しさせてもらってるんだ」
レール状にない生命エネルギーは発散される。つまり、あのノイズの正体は大霊杯から発せられた生命エネルギーの残滓だったということだ。
「あんまり時間がないんだ。だから、手短にね」
メイナは微笑んだ。今も遠く大霊杯の装置の中でエネルギーを供給し続けているはずの少女は、それでも笑った。
「私は平気だよ。ずっと、ずっと待ってる。だから、ゆっくりでいいよ。でもいつの日か、必ず──助けに来てね」
300年という時間の彼方に消えかけていた娘との思い出──その一つ一つが、鮮明に色付いていく。
「無理はしないこと。疲れたら休むこと。それと……メイちゃんを泣かせないこと。私の大切な────妹なんだから」
「──────────」
レイノルドは、ただただ頷くことしかできなかった。
「それじゃあね。短い時間だったけど……言葉を届けられて、よかった」
やがて、時は訪れる。一分に満たない邂逅は、刹那のうちに過ぎ去って。
「──────またね」
メッセージの、再生が終了した。
レイノルドは一人、静かに天を見上げた。
今もメイナは、あの装置の中にいる。それは変わらない。でも今は、300年積み重なった焦りも不安も消えていた。
無理はしない。疲れたら休む。ゆっくりでいいから、ここに来いと──愛しい娘は、すっかり歳をとった父親にも優しかった。
「どうでした、お父さん?」
メイもまた、満たされたように笑みを浮かべて問いかけてくる。レイノルドが「お前を泣かせるな、と言われてしまったよ」と返すと、一瞬ポカンとして──
「ふふっ」
堪え切れなくなったのか、メイは吹き出した。
「私の姉は……とても、面白い方なのですね」
「……ああ、わしの自慢の娘じゃ」
きっとメイは最初、メイナのことをよく思っていなかったはずだ。それでも今こうして、笑って彼女の話ができる──それはきっと、全てあの少年たちのおかげだ。
「なあ、メイ」
だからレイノルドは、メイに聞いた。
「お前はこれから、どうしたい?」
☆★☆
「どうしたい、とは……?」
「思うままに、答えてくれればいいのじゃよ」
そんな、よく分からない問いかけ。
これからの人生。考えたこともなかった。
今後もここで実験の手伝いを続ける。それが順当だ。レイノルドの研究には、メイ──いや、輪廻核が必要だ。
でもそれは単なる事実で、メイ本人の気持ちではない。
(私の──私の、気持ち……)
自分自身の気持ち。それは──
「…………彼らに、着いて行きたい」
「そう言うと思っとったよ」
博士は全てお見通しのようだった。
「お前はもう、自由じゃ。好きな場所へ行き、好きなように生きていい」
博士はメイの髪を撫でて、「わしのことは心配するな」と宣言した。
エイジ。アトラ。ハザマやミスティ。彼らと、共に行きたい。手を差し伸べてくれた彼らを、今度は自分が助けるために。
────というのも、あったが。
もう一つの本音は、とても人間らしく……そして、年頃の少女らしく、可愛らしいもので。
(……エイジ様)
彼の表情が、脳裏から消えてくれない。どれだけ別のことを考えようとしても、彼のことを思ってしまう。
なぜなのか──今のメイは、「分からない」と言い訳することができない。もうメイは、心を得てしまったのだから。
「呟▼[向/博士]博士、やっぱりワタシは不良品デス」
「き、急にどうしたのじゃ……?」
──だって私の胸の中には、理屈じゃ説明できない感情が広がってしまっているから。
メイは同時に、その思いが実らないことも理解していた。
エイジの気持ちの行く先は、きっとアトラを向いている。心を獲得してしまったメイは、この短い期間でもそれが分かってしまった。
ああ──だけど。
それでもいいのだと。
こんな複雑で、甘酸っぱくて……一言では表せない感情を得たということそのものが、メイには嬉しかった。
だから、実らなくてもいい。この思いを胸に大切に抱えて、これからも生きていく。それでいい。
「私、皆さんに伝えてきますね」
心なしか弾んだ言葉を残して、メイは研究室を後にした。
☆★☆
皆の待つリビングに向かったメイの背中を見て、レイノルドは微笑んだ。
「……良かった。本当に────」
☆★☆
「んじゃ、これで正式加入ってことだな!」
「これからよろしくお願いしますねー」
「ようこそ、星天旅団へっ!」
「歓迎するよ。これから、一緒に頑張ろう!」
研究所前。出発の朝だ。
大きなリュックを背負った少女は、面映そうに頬をかいた。
「あまりそう、かしこまって言われると……照れますね」
「……ほんと、キャラ変わりましたよねぇ」
ミスティの無粋なツッコミに皆が笑う。確かに、あった時とはもはや別人だ。喋り方も感情豊かになったし、いろいろな表情をするようになった。
星天旅団の新たなメンバー──メイ・グレイハーツは、博士の方へ振り向いた。
「……これまで、ありがとうございました」
深く頭を下げたメイに、博士は一つ頷いた。
「新たな仲間たちと、達者にな」
「……」
「……」
そして、言葉が切れる。二人とも、何かを堪えるように下を向いていた。
「僕たちは、先に行こうか」
ここは二人きりにしてあげるべきかと思い、僕は歩き出す。ハザマとミスティもそれに続くが、アトラだけが最後に博士へ駆け寄った。
「これ、花の種です。よければ、育ててあげてください。私、この花で国中をいっぱいにするのが夢なんです」
差し出したのは、あの種だった。
「……ああ、確かに受け取った。大切に育てるとしよう」
それだけ渡すと用は済んだのか、お辞儀をして小走りでこちらに追いついてきた。
「また一つ、渡せて良かった」
清々しい笑みを浮かべたアトラを見ていると、こちらまで心が晴れやかになっていくようだった。
そうして──僕らは互いに笑い合いながら、研究所を後にした。
☆★☆
「……メイ」
「……お父さん」
たとえ家族でも、改まって面と向かうと言いにくいこともある。昔のメイならばズバズバ言ってしまっていたかもしれないが、今の彼女には無理だ。
「────」
だからメイは、ただ無言でレイノルドを抱きしめた。
「……健康に気をつけるんじゃぞ」
「私に病気などは無縁ですよ」
「……そうじゃった。なら、そうじゃな……ええと……メンテナンスは定期的にな! 一週間に一回は誰かにゼンマイを巻いてもらうのじゃぞ!」
「分かってます」
「あとは……あとは……」
「お父さん」
「……」
「今まで、本当に…………ありがとうございました」
「……こちらこそ、ありがとう。お前のおかげで、私は大切なことをたくさん知って、たくさん思い出せたよ」
交わした言葉は、それだけだった。
抱擁を解き、一歩離れる。
今度こそ、別れの時だ。
「それじゃ、お父さん──」
二人の頬に、一筋の涙がきらりと光って。
「────またね」
そしてメイは、新たな仲間の元へと走っていった。
最後の言葉は、『さよなら』ではない。『またね』。
ここで終わりじゃない。必ず二人は、再会できると。そんな思いを込めた、『またね』。
それは300年前に聞いた、あの日の娘と重なる言葉。
レイノルドは、その言葉を噛み締めて──
「ああ、必ず、また会おう」
一言、離れていく背中に向かって投げかけた。
☆★☆
「そういえば、師匠はどこ行ったんだ?」
「さぁ……」
いつの間にかルナが消えていることに気がついたハザマが、今更ながらにあたりを見回すが、そこにあの少女の影はなかった。
謎多き人物は、神出鬼没でもあるということなのか。どうやらふらりと消えてしまったようだった。
「まあ、いいか。あの人なら、また会うこともあるだろ」
ハザマの言う通り、なんとなくそんな予感がした。重要な局面でふらっと顔を見せそうだ。
ということで、新たにメイを加えて総勢五人となった星天旅団。均衡が保たれていた男女比に偏りが生じ、マイノリティとしてはなかなかやりにくくもあり、しかし女性陣が増えて華やかでもある。
アトラは何が楽しいのか常に霊体化してふよふよ飛んだりくるくる回ったりしているし、ミスティは相変わらずマイペースだし……メイはなんだか、チラチラ僕の方を見ているし。
「エイジ様。お疲れではありませんか? お荷物をお持ちしましょうか?」
「い、いやいや! 女の子に荷物持ってもらうほど僕は貧弱じゃないよ!」
「私、結構力持ちなんですよ。なにせ身体は機械なので」
確かにそうかもしれないけど! 男として譲れないものがあるから!
だが、そう言って断るとメイは露骨に「しゅん……」とするのだ。
「き、気持ちだけでも嬉しいよ。ありがとう」
「……そうですか。ならいいのです」
なんかうまいこと言うと、平常運転に戻ってくれる。あの一件を経て、だいぶ難儀な女の子になっていた。
「そういえば」
何かを思い出したかのように尋ねてきたメイに、今度は何かと思ったが──どうやら普通の質問だった。
「次の目的地について、私だけ聞いていません」
「ああ、そうだった」
三人にはもう話していたが、新加入のメイにはまだ言っていなかった。
僕らが向かう先。それは南西。
マルギット近辺が現状秋に当たるため、向こうは今頃夏だろう。
そこは、円環大陸にあって唯一、エストランティア皇国に属さない場所。
血気盛んな猛者たちが集い、日夜研鑽が行われる戦う者たちのための土地。
「次の目的地。それは────」
僕らはそこで、さらなる成長を遂げる。
「──ユースティア自治領だ」
次回
RE/INCARNATER
第三幕 泥だらけの直感勇者
「エイジくんが、二人ぃ~~~~っ!?」
──弱くたって、立ち向かうんだ。




