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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第二幕 魂の在処
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第045話 回想/さよならじゃなくて



 当時のレイノルド・グレイハーツは、単なる魔法研究者であった。

 発見されたばかりで、未知の学問である魔法。まだ輪廻学という枠組みも生まれていなかった頃。魔法の才能に恵まれたレイノルドは、魔法分野の第一人者として日夜研究を続けていた。

 妻と幸せを育み、子供にも恵まれて順風満帆な人生を送っていたレイノルド。娘の名前はメイナ・グレイハーツといった。


 場所は円環大陸。しかし、そこにはまだエストランティア皇国はない。その前身たる、『エスティア』と呼ばれる小国が周りの集落を吸収しながら拡大を続けている時代だった。

 レイノルドはその国で、魔法研究部門の責任者であった。神よりもたらされた武器を知り、さらなる秘術を見出すことを至上の目的とした研究チームだ。


「お父さんは、何のお仕事をしているの?」


 無邪気にそう聞いてくるのは娘のメイナだ。


「んー? 国のために、魔法について調べるお仕事だよ」


 責任者ということもあり、デスクに向かってばかりだったレイノルドはあまり娘に構ってやることができなかったが、それでも時折こうして話しかけてくれる娘のことは何よりも大切に思っていた。


「私ね、将来お父さんのお仕事を手伝えるように、今から魔法のお勉強するの!」


 激務の支えとなったのは、やはりそんな無邪気な夢を語る娘の存在だった。

 抱きついて甘えてくるメイナに、レイノルドは精一杯愛情を注いだ。抱きしめ返して、髪を撫でて、たくさんキスをした。

 レイノルドは、誰にも負けない魔法操作技術を持っていた。本能的に円環の仕組みを理解し、それを魔法として表現できる才能があった。

 どうやらその才能は娘にも受け継がれていたようで、レイノルドの持つ難解な魔法の指南書などを勝手に持ち出しては、独学で練習しているようだった。

 きっと将来は父親を超える偉大な研究者になるに違いないと、妻は誇らしげに語っていた。

 レイノルドも、いつか娘が楽しく魔法が学べる世界が来ればいいと、ますます熱心に研究を進めるのだった。


 そんなレイノルドの研究も手伝って、エスティアは途中までは順調に領土を拡大していった。しかし、しばらくすると停滞した。敵方にも、天才的な魔法の使い手が現れたのだ。


 やがて円環大陸は三つの国がしのぎを削る時代へと突入した。


 一つはレイノルド・グレイハーツ。様々な魔法技術の応用により、魔導兵器を実践投入した軍隊による戦闘。


 一つはゾロア・ブラッドロウ。勇気を武器に民を導く、天才的な指導者を軸とした集団。統率のとれた戦闘。


 一つはリリーナ・ハーヴェス。女性ながら誰よりも突出した魔力に恵まれて、その圧倒的な制圧力を以って一騎当千とする戦闘。


 三国は拮抗し、多くの犠牲を生みながら戦争を続けていた。しかし、そこに一つの変化が現れる。

 魔力を取り込んだ生物が凶暴化し、街を襲うという事件が多発したのだ。やがてそれらは魔獣と呼ばれるようになり、人々を混沌の坩堝に叩き落としていった。

 円環大陸全土で急増したこの現象により、戦争どころではなくなった。三国は休戦協定を結び、協力してこの事態に対抗することとなった。


 レイノルド、ゾロア、リリーナによる会合が行われて以降、三人を『三賢人』と称する声が民衆から上がり始めた。それは協力して魔獣と対抗するための足並みを揃える、第一歩であった。

 リリーナは美しいプラチナブロンドの女性だった。小柄なれど、そこに無尽蔵の魔力が秘められていることはゾロアもレイノルドも痛感している。彼女一人で両国にどれだけの被害が出たのか、想像もしたくないほどだ。

 ゾロアは痩せ気味の長身で、真っ黒な髪をオールバックにした男だ。彼は軍師として兵を指揮するのを得意としており、よく頭の回る男だ。


「実際に会うのは初めてよね! 私はリリーナ! リリーナ・ハーヴェス! 『オストレーア』の代表として来ました!」

「君があの一騎当千のリリーナか……。この前の会戦では随分派手に被害を出してくれたな」

「あなたがゾロアね? あなたたちだって私の国に──」

「おいおいやめろ。今はそんなことを言っている場合ではないんだ。協力だよ、協力」


 レイノルドが必死に宥めても、ゾロアとリリーナはぶつかった。そう簡単に感情を切り替えることはできない。遺恨は残るだろうが、今はそんな場合ではないというのに。


「私は好意的に行こうと思ったのにこいつが突っかかってくるから!」

「ハッ、何を言うか。私は事実を口にしたまでだ、怪力女」

「うるさい陰険男」

「いんけ……っ? 黙れよマジカルゴリラ」

「ご、ゴリラって!? 女の子にゴリラって言った!? 信じられない、デリカシーのかけらもないのね、あなたって!」

「こんなにドレスの似合わない女性を見るのは初めてだ」

「むきーーーーーー!!!! 今日のためだけに仕立ててもらったのに! 似合わないのはまあ同意するけど!」

「お、おーい、俺のこと忘れてないかー?」


 完全に蚊帳の外なレイノルドは、この先大丈夫なのかと頭痛がする思いだった。

 とはいえ、私情を抜きに今は協力して戦わねばならぬ時。魔法装備を整えるレイノルド、部隊の指揮を執るゾロア、前線で無双するリリーナという構図は上手くはまっているように思えた。


 しかし、魔獣は止まらなかった。

 魔獣の被害は甚大で、円環大陸では各地で被害が拡大した。

 国は荒らされ、死者が出た。未曾有の被害、未知の敵に人類は苦戦を強いられた。











 レイノルドはその中で妻を失うこととなった。メイナだけが残された。











 前線で戦い続けたリリーナが死んだ。戦線は崩壊した。











 誰かの死を悼む暇もなく、次の死が訪れるような日々。


「あんなに強かったのにな。それでも……人間って、こんな簡単に死ぬんだな」


 鮮血に染まり、ボロ切れのように横たえられたリリーナの亡骸を前にしてゾロアが呟いた言葉だった。

 優しげに血を拭っているゾロアの背を見てようやく、レイノルドはゾロアとリリーナの間に生まれていた感情を知った。前線に出ることのないレイノルドの知るよしもない物語があったのだと。

 あの美しいプラチナブロンドは、見る影もなく。煤と土埃に汚れきって輝きの失せたそれに、男の流した涙が零れ落ちていく。

 自らも妻を失い、喪失の只中にあったレイノルドだが、それでもゾロアの肩に手をかけてやった。同じように悲しみを背負う彼に、かけてやれる言葉を探しながら。


「なあ……お前、頭いいんだろ。研究者、なんだろ。こいつ、生き返らせてくれよ。この世界に必要な女なんだよ。分かるだろ?」

「それは……」


 三賢人と称えられ、数々の魔法を生み出してきたレイノルドだったが、ついぞ「死者を蘇らせる」という禁忌を破ることは叶わなかった。


「できないんだ。死者は、蘇らない」

「……ははっ。何が三賢人だ。民を守れない。女性一人、救えない。結局私たちには、何もできないじゃないか」


 やがて、人々は魔獣に対抗する術を失った。高い城壁を築き上げ、その内側に籠るようにして生活をした。

 枯渇する物資、着実に迫る限界。カウントダウンは進む。守るべき人口に対して、その閉鎖空間は狭すぎた。


 ゾロアは死者を蘇らせる術を探すと言って、街を離れていった。その後、彼がどこで何をしていたのかを知る者はいない。


「俺たちは……」


 三賢人は残すところレイノルドただ一人となった。民を守らねばならない。たった一人の娘を守らねばならない。希望はレイノルドに全て託された。

 レイノルドは悩み、苦しんだ。自分には直接的な武力はない。魔獣を倒せるだけの力はない。あるのはただ、魔法の知識のみ。それだって限界はある。


 それでも、時は流れ続ける。やがて街の維持能力にも限界が来た頃。


 メイナも16歳になった。レイノルドは国のトップである大精霊の血を引く皇族に仕える大臣となって、この危機を脱する術を探していた。


 研究に次ぐ研究。事態は一刻を争った。閉鎖空間における民のストレスが限界値に達して、内部でも争いが起き始めていたからだ。


 周りの声。「救えるのはあなたしかいない」と、期待に満ちた瞳が若き日のレイノルドに向けられる。


 焦りがあった。それでもレイノルド──その頃はすでに博士と呼ばれるようになっていた彼は、一つの解答へと至った。長年の研究が実を結んだのだ。



 それが、大霊杯だった。



 大霊杯。それは、強力な魔獣を退ける聖なる力を放つ装置。円環大陸全土を覆い尽くし、人々を守るシステム。

 人類が求めた聖なる力は、今ここに成った。これで助かる。

 皆が、そう思った。






 大霊杯とは、魔道具である。原理は魔力灯などと同じだ。装置に刻み込まれた複雑精緻な魔法陣が互いに作用し合うことで恒久的に魔法を発動させるもの。


 魔力灯と同じ。つまり、エネルギーは別途賄わなければならないということ。


 そして、大霊杯に求められたエネルギーは魔力灯の比にならない莫大なものだった。当たり前だ、それは円環大陸全土を覆い尽くす聖なる力へと変換されるのだから。


 エネルギー源の問題は、最後の最後で大霊杯の完成を妨げた。


 大霊杯の要求量を満たせるだけのエネルギーを、半永久的に供給し続けられるものなんて存在するのか? そんな疑問が研究チームの間に生まれた。

 焦りは募った。タイムリミットはもうすぐそこまで迫っている。何か解決策を。一刻も早く。民を、守るために。




 そして、解決策は唐突に現れた。




 否。最初からそれは、目の前にあった。


 莫大なエネルギーを生み出すことができる供給源。




 それは、自分だった。




 自分自身を大霊杯に組み込み、装置の一部となること。コールドスリープに近い状態を生み出し、全身の活動を停止させて生命エネルギーだけを抜き取り続ける。当時の技術でも、なんとか実現可能なライン。

 こうすることで成長は止まり、いわゆる脳死に近い状態になるが、恒久的なエネルギーの供給を成し遂げることができた。


 もちろん、中に入るのは非常に高い魔法適性を持つ『素体』でなければならない。生半可な才能の者が入れば、供給が間に合わず死に至る可能性がある。

 複数人を装置に組み込むことはできなかった。大霊杯とリンクする上で、綺麗な一つの円を描かなければならなかったからだ。異なる二つの魔力を一つの魔法陣に流し込み、成立させる技術は、当時はまだ存在しなかった。


 やはり、自分だ。それしかない。


「博士! 博士がいなくなったら、私たちはどうすればいいんですか!」「そうですよ! 僕らじゃまだ何も分からないのに……」「博士!」「博士!」


 研究チームの面々は大反対だった。レイノルド・グレイハーツは、それだけ重要な存在だった。唯一無二の才能を持ち、研究チームの中枢を担う変えが利かない人材。

 だが、対案を出せる者はいなかった。周りを見渡しても、魔法適性が規定値を超えているのはレイノルドだけ──



「ダメだよ、お父さん」



 待ったをかけたのは、メイナだった。



「お父さんは、この国にとって必要なんだよ」



 偉大なる三賢人の娘は、この頃には既に魔法学校主席となり、めきめきと頭角を現していた。


 16になり、父のする仕事の重要さもちゃんと理解していた。大霊杯がこの国の未来を左右することも。そして──






「私が代わりに、大霊杯になる」






 それは、力強い意志を感じさせる瞳だった。


「だ、ダメだ! ダメに決まってるだろう!」


 当たり前の反論をした。メイナを失っていい理由なんてどこにもない。絶対に、ダメだ。


「……」


 だが、研究チームの面々は何も言わない。黙ったままだ。


「おい。お前ら、何か言えよ。なんで、何も言わないんだよ……?」

「……」

「なあっ!」


 職員の肩を掴み、前後に揺さぶるレイノルド。しかし、彼らは目線を合わせようとすらしない。

 しかし、客観的に見て研究者たちの反応は間違っていなかった。

 いかにメイナが優れた才能を持ち、将来が有望な少女だとは言え、今この瞬間レイノルドというなくてはならない歯車を失うことに比べたら……。


「お父さん。この国に今必要なのは、私じゃない。お父さんなんだよ。分からない?」

「……だ、だが」




 それは、初めての親子喧嘩だった。




「私がいなくなったらお父さんは悲しんでくれるかもしれないけど、お父さんがいなくなったら、私が悲しむんだよ!」


 目にいっぱいの涙をためて、メイナは叫ぶ。悲痛な思いを言葉に乗せて。


「同じなんだよ、辛いのは……っ。だから考えるべきは、どちらがより重要な存在かってこと。どちらをこの世界のために残すかってこと。そして、私なんかよりお父さんの方が何倍も重要なの」


 今から、レイノルドやメイナと同等かそれ以上の魔法適性を持つ人材を探す余裕はない。たとえ見つかったとしても、いきなり国のために人生を捧げろなどとは言えない。


「俺にとってはお前の方が重要だ! 子を守るのが親の役目だ! 子供を犠牲にして生きていくなんて、ありえない!」

「今は私情を挟んでる場合じゃない! ……もう街は限界だよ。みんな飢えてる。あちこちで暴動が起きてる。このまま、この高い壁で守られた街の中だけで生きていくことはできない」


 震える手、こぼれ落ちる雫。それでも、メイナは耐える。


「私一人と、この国に生きる全ての命。天秤にかけるまでもないよ」


 どうにかして笑みを作ってみせる。父に悲しい顔をして欲しくなかったから。


「それに、死ぬわけじゃないもの。装置に組み込まれて、永遠の時を過ごすってだけでしょ? 老化も止まっちゃうって! ずっとこの年齢のままでいられるなんて、ちょっとワクワクするね!」


 レイノルドにだって、それが空元気なのは容易に分かった。それでも健気に笑い続ける娘を見ていたら……瞳からこぼれ落ちるものを、止めることはできなくなっていた。


「私はこれから、みんなを守るために永遠になる。とっても誇らしいことだよ。でも、ちょっと寂しいかな」

「メイ、ナ……」

「お話相手もいないんだもんね。ずっと機械の中で、一人きりなのは……ちょっとだけ……っ、」

「メイナっ!」


 レイノルドはたまらず、愛する娘を抱きしめた。力一杯、抱きしめた。



「ねえ、お父さん」



 震える涙声が、レイノルドの胸を打つ。隠しきれない思いが、今溢れ出ていく。



「いつか、もっともーっとすごい発明をして、大霊杯に私が必要なくなったら……また、会えるかなぁ?」



 たった一人の娘だ。妻を失い、仕事に追われてちゃんと向き合ってやれる時間も少なかったが──それでもこんなにまっすぐ、育ってくれた。


 だから。


 三賢人の一人に数えられたその男は、決意する。


 己の全てをかけてこの国の民を救う。そして、そのために犠牲となったメイナも、救ってみせると。


「会える……会える! 絶対に会える! 見てろよ、俺は絶対に大発明をして、お前を取り戻す! たとえ何年かかっても、死ぬまで研究し続けてやる!」

「……うん。ずっと、待ってるね」




 そして。




 そして──。















「魔力変換機構、動作安定。固体数値調整、設定完了」

「接続開始」

「接続開始。魔力供給回路オープン。正常値を維持しています。メイナちゃんのバイタルも安定してます。いつでもいけますよ。博士」

「……よし。起動準備」

「了解。広域退魔守護防壁形成装置『大霊杯』起動準備開始」


 円環大陸、中央部地下。そこに敷設された大きな(さかずき)と、背後に佇む大きなポッド。二つは多量のケーブルで接続されている。


 ポッドに入るのは…………メイナ。


 研究チームを指揮するレイノルドは、せわしなく動くメンバーたちに全ての指示を出し終えて、白衣を脱いだ。

 あとはもう、ハッチを閉めて、起動するのみ。動作テストも問題なく、救国は目前に迫っていた。


「……メイナ」

「うん」


 レイノルドは愛する娘の髪を撫でる。愛おしそうに手を添えて目を細めるメイナを見ていると、あの日流し切ったはずの涙が目に浮かんできてしまう。


「寒くないか? ここは地下だから、気温も……」

「大丈夫。ポッドの中はとっても暖かいよ」

「そうか。体勢、辛くないか? 位置の調整もできるぞ?」

「だいじょーぶ。それに、眠っちゃったら分からないよ」

「え、えと、じゃあ、気分はどうだ? 不安なことはないか? 気になることがあったら──」

「だから、だいじょーぶだって! 心配しすぎだよ、お父さん!」


 あはは、とメイナはいつもみたいに笑った。父を信じている。だから何も不安はない。心配はいらないと。


「むしろ、心配なのはお父さんの方だよ。そんな調子で平気なの?」

「な、何を言うんだ! 俺は大丈夫に決まってるだろ! これからなぁ、大霊杯を超える発明を……」

「うん」

「発明、を……」

「……うん」


 メイナは静かに目を閉じて、微笑んだ。




「何年でも待つよ。だから──絶対に、助けに来てね」




 レイノルドは何度も、何度も目を擦った。それでも、視界が歪む。


「っ、もちろんだ。待ってろよ、メイナ……!」


 やがて、時は来る。全ての起動準備は整った。


 それは別れ。国を守るための礎となった少女は、今この瞬間、永遠となる。


 次に会えるのはいつになるのだろう。不安なのはレイノルドの方だった。メイナの心配は的中していたのだ。

 本当に大霊杯を超える発明をすることができるのか? メイナを取り戻せるのか? 自分にそんな大それたこと、できるのか……?

 別れたくない。このハッチを閉じたら、もう二度と会えないかもしれない。もしかしたらこの扉が、未来永劫二人を分かつこととなるかもしれない。

 その瞬間が近づくほどに、加速度的に膨れ上がる気持ち。抑えきれないその思いを、しかし──メイナの一言が、遮った。




「ねえ、お父さん。私の夢、何だと思う?」




「ゆ、め……?」


 メイナの夢。対話する時間もろくに取れなかったレイノルドは、すぐには思い至らなかった。しかし、考える。

 メイナは必死に魔法の勉強をしていた。それはなぜだろう。学者になるため? それとも、偉大な魔法使いとして戦場を駆け抜けるため?


 いや、違う。

 その時、レイノルドの中にとあるセリフがリフレインした。


「メイナっ!!」

「私、ずっと……夢だったんだ……──」


 レイノルドの表情を見たメイナは、満足げに笑みを浮かべた。それは幸せに満ち溢れていて、何一つ憂いなく清々しい笑顔で。今から装置の動力となる少女だとは到底思えない。

 ああ、まさに──もうこれで思い残すことはないと、言わんばかりだった。

 そして──。




「またね、お父さん」




 そのハッチは、閉じられた。


 最後の言葉は、『さよなら』ではない。『またね』。


 ここで終わりじゃない。必ず二人は、再会できると。そんな思いを込めた、『またね』。

 レイノルドは泣き笑いの表情でポッドを撫でた。娘がこれから何年、何十年、はたまた何百年の時を過ごすことになるであろう、大霊杯のエネルギー供給源となる、魂のゆりかご。

 レイノルドは顔を上げる。そこに涙はない。


 いつか再びそこから、娘をすくい上げる。その覚悟だけがあった。

 かくして、国は救われた。強大な力を持つ魔獣は大霊杯の放つ聖なる力によって遠ざけられた。一人の少女を礎として、この国に平穏が訪れたのだ。


 そしてこの時この瞬間より、レイノルド・グレイハーツ第二の戦いが始まる。

 大霊杯となった愛娘を再び抱きしめるために。あの鉄の牢獄から、救い出すために。






「またね」──その言葉を、真実にするために。














































 

『私ね、将来お父さんのお仕事を手伝えるように、今から魔法のお勉強するの!』






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