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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第二幕 魂の在処
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第044話 彼ら彼女らの『はじまり』


 それからは、エイジとハザマがルナと特訓を続ける傍らミスティはサボり(たまに救護班)、博士は何やら研究室にこもって作業、そしてメイは特訓組の身の回りの世話を担当するという日々が始まった。


「黙▼[向/無]……」


 メイはじっと、ただ静かに特訓の様子を眺めていた。

 何度ぶつかってもルナには勝てない。新技の習得は難航していた。

 エイジは輪廻力リインの感覚を掴むのに苦労しているようだった。どれだけやっても「剣撃の軌道を省略する」という概念を本能的に理解ができず、それが現象となって世界に現れない。

 輪廻力リインとは概念に干渉する力。もしかすると、別の世界から来たという彼には理解の難しい考え方なのかもしれない。


 ハザマの方も同様だった。こちらは魔力だが、ハザマは繊細な魔力コントロールを苦手としていた。ハザマが習得を目指す『覇付はづき』は、自分の魔力を全て制御下に置く必要のあるもので、繊細な魔力操作技術を必要とする。

 普段は体内を血液のように循環している魔力だが、これらは『技』として外に出した段階で発散してしまう。それはなぜか?


 遠心力である。


 ただし、本当にぐるぐると回っているわけではない。魔力とは生命体に宿るエネルギーのことであり、『生命活動』というレールの上で蓄積される。それが外の世界へと放たれるということは、レールを外れるということを意味する。

 レールの上にない生命エネルギーは発散される。放射状に広がり、空気中に溶け込んでいくのだ。

 ちなみに、これを防ぐため外界にレールを用意するのが魔法陣である。魔法陣を置けば魔力をそこに残留できる。

 話が逸れたが、つまりハザマがやろうとしていることは、「一旦外に出した魔力をそこで留める」という途轍もなく高度なものだった。


「ぐ、おおおお、おお……熱っつ、ハァ!?」


 チリチリと、ハザマの髪が焦げている。どうやら魔力の制御を誤り、炎が暴走してしまったようだ。


「……今日はこれまでにする」

「だあああああああクッソ! こんなチマチマした作業、性に合わねえんだよッ!」


 ハザマは大の字になって寝転んだ。しかしエイジは剣を置かない。


「もう少し! もう少しだけ……」


 いまだに引っかかりすら掴めないことに焦りを感じているのか、エイジはフラつきながらも、まだ特訓を続けるようだった。

 エイジは技の特訓とは別に、剣の扱い方そのものの指南も受けていた。彼はもともと剣を握ったことのないような素人で、力任せに振り回すだけだった。それを変えるために、彼は今追加で訓練をしている。

 二倍苦労している。それでも彼は、止まらなかった。


「問▼[向/無]どう、しテ……」

「どうしてだと思う?」


 階段まで戻ってきて、どかりと腰を下ろしたハザマ。しきりに髪の毛を気にしつつも、メイへと笑いかけてみせた。


「今の『どうして』って、『どうしてアンドウエイジはあれほどまでに頑張るのか?』の『どうして』だろ?」

「え、なゼ……?」

「分かんだよ、それくらい。いくらお前が無表情でもな」


 メイは自分の問いかけが見透かされていることに心底驚いた。いや、驚いたというのは正しくない。メイはそこまで喜怒哀楽がはっきりとしていない。より正確な表現をするならば、理解を超える現象を目の当たりにして思考が停止した、だろう。


「問▼[向/ハザマ]人間とは……読心能力すらも、持っているのですカ」

「バカ言え、ンな訳ないだろ」


 分かってねえなお前は、とメイからタオルを受け取り顔を拭う。


「まあ、とにかくだ。お前はエイジがあそこまで頑張る理由が知りたい。そうだろ?」

「答▼[向/ハザマ]そう、なのでしょうカ……」

「そうなんだよ。だってお前、特訓中ずっとエイジのこと目で追いかけてたし」

「え」

「自分で気づいてねえのか! おもしれー! いや、だっておかしいだろ。お前、わざわざバルコニーで特訓見てる必要ねェじゃん。研究室戻って博士の手伝いとかすりゃいいんだ。なのにお前は、丸一日続くクソ長い特訓中、ずっとそこでエイジを見てる」

「ん、ぐ……」

「俺のことを見ろ! とは言わねェぜ。俺は実力で示す男だからなッ!」

「黙▼[向/無]………………」


 沈黙が訪れて、ハザマは一つ咳払い。


「エイジがあそこまで頑張る理由は、そりゃもちろんアトラのためってのはある。だがそのさらに奥……あいつの根底にあるのは、もっと純粋な思いだよ」


 今もルナの指導を受けつつ、技の習得に向けて特訓を繰り返すエイジを見ながら、赤髪の青年は彼に似合わぬ優しい笑みを浮かべた。


「あいつはさ、この世界が好きなんだよ」


 これまでの日々を思い出すように、そしてその思い出を彼の背中に重ね合わせて。


「リドラの村であいつに初めて会ってから、本当にまだ数日しか経ってない。交わした会話だって長い人生から見たら豆粒程度の量だ。だが、なぜか────あいつのことが、何年も前から続く親友みたいに思える」


 ハザマは既に、エイジがかつて一度失敗して『ハザマ』を怒らせたことを知っている。だが詳しく詮索はしなかったのは、今のエイジを見てそんな気が起きなかったからだ。

 彼が「けじめだ」と言い、自分の前に現れた瞬間──ハザマは既に、エイジに怒る気は一切なかった。ハザマにとって、やり直してでも自分に向き合う覚悟を持っていた時点で、十分に信頼に値したからだ。

 だから本音を言ってしまえば、あのあと行われた決闘──あれは最初、出来レースだった。

『久しぶりにこんな根性あるやつと会えた! 俺はそれだけで満足なんだよ!』──その言葉に嘘はない。言葉通りの意味だ。


 だがハザマは、エイジにとってあの決闘は必要なことなのだと考え、受けた。ハザマはエイジが思っているよりも、人や物のことをしっかりと考えている。

 とは言え、今思えばあの決闘は絶対に必要なものだったと断言できる。

 彼の拙い剣技、何度打ちのめされても諦めず立ち上がる姿。


 自分の体に突き刺さる、不慣れな拳。


 しかしその一つ一つが、熱量を持っていて。


 そしてハザマは理解した。


 元の世界でゲームキャラクターだったはずの自分たちにこれほどまでに真剣に向き合ってくれる彼が、『偽物』な訳がないと。


「なあ、メイ。お前も含めて、俺たちはエイジにゲームのキャラクター扱いされたことはあったか?」

「答▼[向/ハザマ]……いいエ。エイジ様は一貫して、ワタシや皆さんのことを、同じ世界に生きる同じ人間として扱っていマス」


 そう。これまでエイジは、彼らのことを『キャラクター』という枠に収めたことがない。もちろんゲームの仕組みを説明する際に便宜上『キャラクター』という言葉を使うことはあっても、本質的に彼らに向かって「作り物だ」と言い放ったことは一度もなかった。

 それはエイジが無意識にそうしていることだった。ただ彼が、日頃からそう考えているというだけ。

 だがそれが、この世界の人々にとっては何よりも輝いて見える。

 アンドウエイジという特殊な経歴を持つ少年も、抵抗なく受け入れることができてしまう。


「あいつさ、最初から好感度マックスなんだよ。めちゃくちゃ俺たちのことが大好きでさ。会っていきなり親しげに話してくるんだぜ? 意味分かんねえよ。でも、そんな奴のこと……嫌いになんか、なれねえよな」


 ふと我に返ったのか、ハザマはバッと立ち上がり、研究室へと足を向けた。


「あー、柄にもねえ。喋りすぎた。俺もエイジに当てられておかしくなったんだな、こりゃ」


 あんま考えすぎんなよ、とだけ残してハザマは部屋へ消えた。今日の特訓はこれで終わりのようだった。

 メイは、ハザマの言葉を脳内で反芻する。しっかりと理解するために、何度も咀嚼する。



『今の『どうして』って、『どうしてアンドウエイジはあれほどまでに頑張るのか?』の『どうして』だろ?』



『そうなんだよ。だってお前、特訓中ずっとエイジのこと目で追いかけてたし』



『あいつはさ、この世界が好きなんだよ』



「黙▼[向/無]……」


 言葉が巡り、脳内を占領する。思考を掻き乱して、たまらない。


「ちくしょう、なんで、なんで……ッ!」


 遠くでは、地面を殴りつけてエイジがうずくまっている。苦しげで、辛そうで……それでも何かに耐えながら、前に進もうとしている少年がいた。

 少年を突き動かすもの。その正体。

 彼はこの世界を愛するのだという。この世界の人々が好きだという。だからこそ誰もないがしろにしないし、対等に見る。


「呟▼[向/無]『好き』……」


 メイには『好き』を理解することも、『好き』と考える思考回路も存在しなかった。だから彼が戦うことの本質もまた、理解ができていない。


 でも。

 それでも。


 苦痛に顔を歪め、それでも努力をする彼の姿を見て、心の中で何か変化が起きているような気がした。

 彼を見ていれば何かを掴めそうな気がした。

 彼を知れば、何かが分かりそうな気がした。

 アンドウエイジは、ワタシの求める答えを持っている。だからきっとワタシは目で追っていたのだ──メイはそう結論付けた。


「…………」


 それからも、メイはエイジの特訓を見守り続ける。


 手を貸すでもなく、興味をなくして離れるでもなく。


 握りしめたタオルは、いつしかシワだらけになっていて。


 どれだけの時間、そうしていたのか分からなくなったけど。


 それでもいつまでも、いつまでも──メイは、エイジを目で追っていた。


 

☆★☆

 

 訓練が五日目を迎えた日の朝だった。

 二階に割り当てられた個室から出て、リビングへと降りていく。そこには、まだ眠っているらしいミスティを除く残りのメンバーが全員集まっていた。遅刻かと焦って階段を下るが、なぜか研究室には重たい空気が漂っていた。


「ど、どうしたんだみんな?」


 見回すが、博士は俯いたまま固く口を閉ざしている。ハザマも、言うべきか迷っているといった様子で眉間にしわを寄せていた。

 ルナはあくまで不干渉を貫くのか、柱に背を預けて目を閉じている。

 残る一人──メイは、胸に手を当てて歩み出た。

 その何色にも染まらない表情を崩すことなく、しかし胸元を強く握りしめる姿は、大きな決意を感じさせて。


「告▼[向/皆]皆様には話したことですが、エイジ様もいらっしゃったのでもう一度」


 いたって何気ないトーン、普段と変わらない彼女の言葉で宣言した。


「告▼[向/エイジ]ワタシは、ゾロア・ブラッドロウによるアトラ様との人質交換を受け入れマス」

「……へ?」


 いきなり何を言いだすかと思えば、そんな荒唐無稽なことだった。


「告▼[向/皆]ここであれこれと策を考えるよりも、ワタシが行くという解決法の方がスマートで分かりやすく成功率も高いのデス」

「お、おいおい! どうしてここに来て、そんな……」


 沈黙が場を支配する。僕は皆を見回して問う。


「博士っ。いいんですか? 彼女を行かせて……ッ」

「わしは……しかし……」


 何を渋っているのか理解できなかった。有無を言わせず止めるべきだ。何が違う? 理由は分からないが、僕は間違っていることを言っているか?


「ハザマっ」


 そのまっすぐな気質を持つ彼ならばきっと、と期待して問いかけるも、赤髪の青年もまた、煮え切らない答えを出した。


「あいつが自分で決めて、出した答えだ。俺らにゃ、否定する権利は……」

「そ、そんな……」


 なら、何のための特訓だ。メイを失わずにアトラを取り戻すためではなかったのか。そのために、力をつけようとこの四日間努力を重ねていたのではなかったのか。


「呟▼[向/エイジ]ハザマ様の言う通りデス。ワタシは自分で考えて、この結論に至りましタ。たとえ最善でなくとも、この策は()()足り得るト」

「に、にしてもどうして、いきなり行くだなんて言い出したんだ?」

「答▼[向/エイジ]それは…………みなさんが、アトラ様を大切に思っていることが分かったからデス」


 メイが僕らの特訓を毎日見ていたのは知っていた。そう、きっと彼女はその時にこんな具合に考えたのだ。「自分が交換に応じれば、彼らが苦労することも、危険な目に合うこともない」などと。

 大きなお世話だ。僕らは望んでそこに向かおうとしている。だが──。


『あいつが自分で決めて、出した答えだ。俺らにゃ、否定する権利は……』


 ハザマの声が脳裏を掠める。アトラを大切に思っている──それを汲み取ってくれた彼女が出した答え。きっと表には出さないだけで、彼女にだって恐怖はあり、不安があり、覚悟が必要だったはずだ。それなのに、彼女は……。

 相反し、ジレンマへと落ちていった感情が言葉を詰まらせる。ゾロアからアトラを奪還する──その作戦が成功する確率が100%でない限り、僕らにメイの言葉を否定することはだきない。確かにそれは次善だ。メイを失うという一点を切り捨てることで、次善なのだ。


「呟▼[向/無]それでは、私は朝食の準備がございますのデ」


 事務的に、機械的にメイはそう宣言してキッチンへと消えていった。


「……」


 残された僕は、喉元で止まった言葉の行き先を見失っていた。伸ばした手は、当てもなく中空に止まったまま。


「……あー。このことは、全部エイジに任せる。方針は団長が決めてくれ」


 気まずい空気が苦手と見えるハザマは、頭を掻き、そのまま「俺ぁ朝の特訓に行ってくる」と研究室を出ていった。ルナがその後に続いたが、途中すれ違いざまに足を止めて、こちらへ微笑んだ。


「頑張って。きっと()()()、あなたにかかってる。彼女を──メイを失ってはいけない」


 その言葉の真意は分からないけれど、何かを期待をされているということだけは伝わってきた。

 やがて部屋に残されたのは、僕と博士だけとなった。博士はソファに腰を下ろし、髭をいじりながら難しい顔をしている。

 所在無く立ち竦むだけだった僕も、その向かいに座った。


「……」


 遠くから聞こえてくる調理器具の音だけが、部屋の静寂を掻き乱す。

 メイ。人の手によって作られた命を持つ少女。その姿は人間そのものなのに、でも確かに機械人形でもある女の子。

 アトラとメイ、どちらかしか助けられないと決まった訳じゃない。でも、その可能性も捨てきれない。本当にどちらか選ばなくてはいけなくなった時、僕は決断をすることができるだろうか?


 きっと、無理だ。


 確かに僕は、アトラとこれまで冒険をしてきた。僕の記憶の中にあるゲーム時代を含めれば、彼女と過ごした時間は一年や二年じゃきかない。

 それに対してメイは、ついこの間会ったばかりで、機械の身体で……ゲームでもその存在を知らなかった少女だ。アトラに比べれば、彼女のことは何も知らないに等しい。

 それに、アトラはこの世界にとってなくてはならない存在だ。彼女の血は、大霊杯の封印を解く鍵となってしまう。敵の手に落ちれば、大げさではなく世界の終わりが訪れる。


 だが――たとえ、そうだとしても。

 彼女を犠牲にしてアトラを助ける──その選択が正解だとは絶対に思えなかった。

 理屈じゃない、感情がそう叫ぶ。

 一時といえど、彼女だって星天旅団に加わったメンバーだ。仲間なのだ。見捨てることなんてできない。サブミッションの際にゲストとして助っ人参加してくれるパーティメンバーだろうが絶対に死なせないようなプレイングをしてきた僕にとっては、なおさらだ。

 それに、きっと──。


「アトラは、喜ばない」


 メイを犠牲にして自分が助かっても、アトラはきっと自責の念に駆られる。たとえそれが世界のためだと言っても彼女は聞かないだろう。そういう女の子だ。

「あの、博士」


 気づけば僕は、博士に尋ねていた。


「どうしてメイを作ったんですか?」


 彼女に言葉をかけるならばまず、彼女を知らなければいけない。そう思った。

 博士は静かに顔を上げ、こちらを見据える。何かを測るような、見通すような視線だった。


「……それを聞いて、どうする?」

「もう一度彼女と話します。ちゃんと、決めなきゃいけないことだから」

「……そうか」


 博士は小さく笑うと、「ありがとう」と一言口にした。


「わしには、彼女になんと声をかけてやればいいのか分からない。どれだけ高い技術を駆使して作り上げても、結局メイの葛藤を解決してやることはできなかった。何十年かけても解決できなかった何か。もしお主が解決できると言うのなら、託してみたい。……話そう、全てを。わしと彼女──そして、たった一人の娘のことを」


 おもむろに手を組み、語り出したその内容。

 それは一人の研究者の歩み。しかしそれにとどまらず、世界全体に関わる物語でもあった。


「君は、円環神話についてどこまで知っている?」

「円環神話……この世界の創生に関わるお話ですか?」


 円環神話。それは、この円環大陸と、そこに栄えるエストランティア皇国の誕生にまつわる物語。一種の御伽噺(おとぎばなし)のようなものだ。

 ゲーム本編では軽くバックボーン程度に、資料集などでも1〜2ページ程度の設定。


 概要はこうだ。


 この世界がまだ虚無に満ちた荒涼の大地だった頃。一柱の神が降臨した。その神は名をユグドミスティアと言った。


 ユグドミスティア神はこの地に奇跡を起こした。巨大な円環を描き、命をもたらした。

 生命体が生まれ、木々が芽吹き、土地は肥えて命が巡った。描かれた円環はこの地に巨大な谷を築き上げ、そこに命の源たる水が流れ込み、『外なる海』を形成した。


『外なる海』に囲まれた大地、全ての命が始まった場所、それが円環大陸。

 人々はそこでの生活の中で、魔法の存在に気づく。ユグドミスティアによって想像された命は、一つの円を描くように己の体の中を巡る血の流れを意識して、その力を想いを乗せて外側へ解き放つことで、超常現象を発生させることができる──人間はそれを知った。


 それは、大精霊ユグドミスティアがもつ円環輪廻の力の一端を借り受けるという行為に他ならなかった。

 そうして未熟なまま力を得て集団化してしまった人類は、地球に存在する歴史を繰り返すように争いを始めた。一部の上層階級に集約された権力を巡って、人々は毎日のように戦いを繰り広げた。


 もちろん創造神たる大精霊ユグドミスティアはこれを良しとはしなかった。人々の争いを止めるためにはどうしたらいいのか、人類の団結には何が必要か。人間の自由意志と進化、成長を妨げたくはないと考えていたユグドミスティアは一つの結論を出す。それは、人類共通の敵を作ることだった。


 共通の敵、すなわち魔獣の登場である。これまで人々は、安寧の日々を過ごしていた。それ故に外的恐怖を感じることなく、人間同士の争いに注力していた。そこに、人間にとって脅威となりうる魔獣が現れることで、人々は力を合わせて団結し、問題解決に向かうであろう──というのが神の考えであった。


 果たしてその考えは見事に成功を収める。人類の中から『三賢人』と呼ばれる者達が現れ、類稀なる能力によって人々に『力』と『知恵』と『勇気』を授けた。それらの力を駆使し、人々は円環大陸に再び安寧を取り戻した────


 これが、円環神話の概要だ。


「そうか、『三賢人』についても知っているか。なら、話は早い」


 自分が知っている中で、円環神話に関する知識はこれで全てだった。しかし、博士はそこから話を続けた。


「だがその様子だと、『三賢人』の名前は知らないようじゃな」


 不自然に間を置き、博士は指を三つ立てた。












「力の賢者、リリーナ・ハーヴェス。

 知恵の賢者、レイノルド・グレイハーツ。

 勇気の賢者、ゾロア・ブラッドロウ」











 息を飲んだ。

 知っている名前が二つ、いやこれは、つまり……どういうことだ……?

 三賢人が生きたのは創生の時代──エストランティア皇国が生まれた頃、つまり300年近く前のはずでは。


「本当、なんですか」

「外見年齢は70かそこらで止まっておる。じゃが、実年齢は300を超えたくらいじゃな。正確な年齢はもう忘れてしまったよ」


 つまりそれは……。


「二軸、転者……」

「そういうことじゃ。わしは長い魔法研究の果てに、ついに二軸へ至った」


 そして語られたのは、エストランティア300年の歴史の裏に隠された真実。

 エストランティアを守るために立ち上がった三人の賢者にまつわる物語――


「メイの話をするにはまず、わしらの話をしなければならんな」





 誰も知らない、救国と犠牲の物語だ。






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