第039話 サブミッション:File01 ギガスライノ
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マルギット郊外。広がるのは岩場。乾燥した大地と、背丈の二倍程度はある大岩が散乱する見通しの悪い土地。ボコボコとしており、足場も非常に悪い。
『やっと! 俺のッ! 出番ッッッ!!!!!!』
ダツン! といつものように拳を打ち合わせているのだろう、ハザマの声がイヤホンから聞こえる。赤き骨鎧を纏い心機一転し、気合い十分。
『ふわぁーあ。ねみゅい』
対するミスティは、あくびしながら伸びでもしているのか、間の抜けた声で完全リラックスモード。銀髪ロリは今日もマイペースを貫く。
「ギガスライノってどんな魔獣なの?」
背後からの声。フードを被り顔を隠しつつも、やる気いっぱい元気もりもりなアトラ。どうやら先の敗北(?)が応えているようで、腕を磨きたいようだ。
「ギガスライノは、エルライノっていう恐竜型魔獣の親玉。前足が非常に発達してて、薙ぎ払い攻撃がめちゃくちゃ怖い」
一般的に想像するティラノサウルスを一回り小さくして、前足を大きくしてバランスをとったものを想像するとかなり近い。常に小型のエルライノを数匹連れ、群れで行動をしている。
僕とアトラを除き、現在メンバーはこの荒野に散開している。住処とされる場所を中心として、取り囲む形だ。
「……よし。──ん?」
順調に進んでいるのだが、どうも先ほどから無線の調子が悪いのか、ノイズが聞こえる。通信相手の声は明瞭なはずなのに、荒野に出てしばらくしてから何やら異音が混じるようになったのだ。
『縺企。倥>縲???£縺ヲ窶ヲ窶ヲ?』
(なんだ、この音声……?)
意味のある波形のようにも思えるし、適当な音声配列のようにも思える。ザザザザザザ、というノイズに混じって声のようなものが聞こえる……気がする。
「なあ、みんな。変な声が聞こえないか……?」
試しに聞いてみると、他の人にも聞こえているようだった。
『幽霊じゃねえか?』
『ちょ、やめてくださいよ! そういうのは無理です、ほんと!』
『呟▼[向/無]ワタシの機能に瑕疵はありまセン。完全無欠、完璧な性能デス。ノイズなどありえないハズ。感度が高すぎて、空間に漂う微弱な魔力を拾ってしまっているのでしょウ』
「大丈夫よ! 私は平気だから、幽霊が出たらぱんちで倒してあげるわ!」
『隱ー縺区ー嶺サ倥>縺ヲ?√%縺ョ縺セ縺セ縺倥c縲∝些縺ェ縺??ヲ窶ヲ縺」?』
『『『………………』』』
メイも原因が分からないようだ。謎の音声は断続的に聞こえ続けている。魔獣の発する魔力なのだろうか? 鳴き声のようなもので、人間に理解できる言語ではないのかもしれない。それにしてはどこか必死というか、感情がこもったような声色なのが気になる。
とはいえ、意味が分からないのでは気にしていても仕方ない。今は目の前の敵に集中するのが先決だ。
「……」
包囲網をゆっくり狭めていく。決して逃さないように、慎重に。
そして、ついに目視できる範囲にその姿を捉えた。
「いた。……結構デカいな」
岩と岩の隙間に根城を形成している。その周辺に小型のエルライノの姿も散見される。
大型魔獣との対決は初めてだ。目の前にこの大きさのモンスターがいるのは、ゲームでは分からない恐怖がある。
だが、ルインフォードの放つプレッシャーに比べれば、この程度恐れるに足りない。
「敵の特徴、戦闘の流れはさっき話した通り。みんな、準備はいい?」
『オーケー! いつでもこいや!』
『行けまーす』
『答▼[向/エイジ]こちらも所定の位置に着きましタ」
背後の少女も、一つ頷く。
「それじゃあ──戦闘開始」
☆★☆
その言葉を皮切りに、各員が動き出す。まず始めにアクションを起こしたのは長い射程を持つメイだ。早速その実力を発揮する。
「呟▼[向/無]『サモン=スペリオ』」
喚び出したのは長い銃身を持つスナイパーライフル。岩場の陰に身体を潜め、スコープから敵の根城を狙う。
「────」
一瞬の空白。そして、トリガーを引く──しかし、その弾道は遥か上空へと伸びていく。狙いを誤った? 違う。自称超高性能自動人形たる彼女だが、実力も折り紙つきだ。
放たれたのは誘導弾+散弾の合成魔弾。住処周辺にたむろするエルライノをロックオンし、上空から弧を描くように降り注ぐ。
「ギョアアア、アアアアアアアアアアッッ!!!」
けたたましい鳴き声が荒野に響く。上空からの奇襲に、敵は狙撃手の姿を発見することができない。
続く二撃目、三撃目と、メイによる一方的な攻撃が続く。
☆★☆
「……すごいな」
その様子を岩場の陰からエイジも見ていた。完全遠距離型の新戦力、メイはその実力を遺憾なく発揮している。
これは、このまま彼女だけで戦闘が終わるんじゃないか? そう思ったが、どうやら敵もそこまで優しくはないようだった。
「告▼[向/エイジ]敵、エルライノ五体沈黙。第一目標は達成しましタ。しかし、誘導散弾の威力ではギガスライノの鱗を突破できませン」
『分かった、ありがとう! ここからは僕らの番だ。メイは支援に回ってくれ!』
「答▼[向/エイジ]了解。これより後方支援を開始しマス」
一瞬で雑魚敵を散らしたメイの働きにより、スムーズにメインターゲットと接敵できる。
☆★☆
「『アイシクル・ロンド』!」
続くミスティの攻撃。地面を這うようにして迫る逆氷柱──しかし瞬時に反応したギガスライノがギリギリで回避した。
「うーん、この距離だと反応されますね。もうちょい距離詰めてからだったかなー」
敵も侮れない。巨体に似合わず、すばしっこいのがギガスライノの特徴だ。発達した前脚を生かしてこちらの攻撃を回避してくる。
☆★☆
「よし、僕らも行こう!」
「うんっ」
「ハザマ! 僕らも出る、とりあえず守りつつ現状維持で!」
『おうよッ!』
エイジとアトラも飛び出す。前線では既にハザマが交戦を開始していた。敵の体重を乗せた一撃に対して、ハザマは体験の腹で威力を逃しつつ受ける。ルインフォードとの戦闘を経て、ハザマの安定感も格段に増していた。
(んじゃ、僕も──!)
前脚による強烈な薙ぎ払い攻撃も落ち着いて躱す。その低い体勢のまま、一気に踏み込んで距離を詰める──
「ッ、マジか」
しかし、攻撃の寸前で急制動。
なぜか? ──見えた未来に『否』が出たからだった。
(僕の剣じゃ、この装甲は貫けない……!)
威力不足。敵の硬い鱗が、僕の斬撃をいともたやすく弾く未来が見えてしまった。
間違いなく僕の課題である──それは、持ち技が存在しないこと。
高威力の攻撃がない、通常攻撃オンリーの戦闘。ブライト・シュナイダーがレベルアップするたびに得ていったはずの『技』だが、安藤影次には存在しない。爆発力、決定力不足……ルインフォード戦でも耐えることしかできなかった僕を見れば、その欠点は一目瞭然だった。
「チッ──」
いくら悩んでもここでどうにかなる問題ではない。僕は一旦引き、ここは指示に全力を尽くすしかないか……。
「ハザマ、溜め開始ッ!」
「むっ!」
ここで? という疑問の視線が一瞬こちらを撫でる。僕はそれに首肯で返す。ハザマはそれを見て自らの内にある安藤影次への信頼に従ったのか、ニヤリと笑って正面に向かって溜めを開始した。
一見無防備になってしまうハザマだが、パーティメンバーが五人に増えたことで敵を引きつけるのにも余裕が生まれる。
「メイっ! 爆裂弾で威嚇射撃できるか?」
「答▼[向/エイジ]問題ナク」
後方から駆けつけたメイ、次なる得物は二丁拳銃だった。形状が特殊で、銃底にあたる部分にナイフが付いている。普通の銃なら無理がある構造だが、実弾ではないのでその分融通が効くのか、簡単に言えば二丁銃剣のような武器になっていた。
そこから発せられるのはグレネード弾。1.5秒程度の溜めの後、大きな反動とともに両手の拳銃から弾が放たれる。着弾と同時に爆裂、周囲の岩を弾き飛ばしながら派手に火炎が舞う。
「次、アトラ! 雷でハザマの前まで敵を誘導! ミスティ、タイミングを合わせてハザマの目の前に向かって氷!」
「頑張るっ」「ほーい」
アトラが細い電撃を数発放ち、ギガスライノを追い立てる。メイの爆裂弾と合わせて逃げ場を前方に固定し、待ち構える氷の罠に捉える。
「つーかまえたっ」
ミスティの仕事はいつ見ても鮮やかだ。ちょうどハザマの射程圏内、前脚の薙ぎ払いが届かないギリギリのクロスレンジ。そして──
「待ってたぜ、恐竜野郎ォ!」
最大威力の大剣が、炎を纏ってギガスライノの脳天をカチ割った。
☆★☆
「強敵って聞いてたんだけどな! やっぱ俺が世界で一番強いか! ははははは!」
ハザマの笑い声につられて、みんなも自然と笑みを浮かべてしまう。
数分後。早くも帰路に着いた僕ら星天旅団一行は、和気藹々とした雰囲気で談笑している。
アトラがメイにあれこれ話しかけてはあしらわれており、ハザマはミスティとじゃれあっている。僕はその集団を一番後ろから眺めている。
パーティメンバーは皆成長している。技の出、威力、範囲といった性能は特に顕著だ。
それに対して、僕はと言えばどうか。まるで変わらず、役立たずのままじゃないか。口先だけのリーダーにならないためにも、ここは何か成長を遂げたいところだ。
それにしても、しかし……。
『莉翫☆縺舌◎縺薙°繧蛾屬繧後※縲???£縺ヲ?√◎縺薙↓縺?※縺ッ縲∵ュサ繧薙〒縺励∪縺?シ』
(また聞こえる。戦闘中は鳴り止んでいたのに……)
戦闘中は──そう、まるで空気を読んだかのように鳴り止んでいたノイズが今になって再び聞こえてくる。しかも一層酷くなっていた。
「これは、後で博士に相談した方がいいかな」
僕らでは原因も分からないし、博士なら何か解決法を見出してくれるかもしれない。
ということで、マルギットの街入り口付近。そこまで戻ってきて、僕はまずアレを探す。
「……お、あった」
やはり変わらずそこにある。革張りの本。ページをめくり中身を閲覧すると、そこに新たな数列が記されていく。『3412231531』。
この数字は一体何なのだろう? 今まで軽く流していたものが後になって重要になるという経験をしたばかりなので、こんなところも気になってしまう。
この本がゲームでいう『セーブデータ』であるのなら、この数字は……。
「日付、か……?」
日付。例えば……そう。
『2034年12月23日15時31分』である、だとか。
日本では太陽暦に基づく表記法が使われていたはずだ。だとすれば綺麗に数字は分けられる。これまでの数字──例えば、『3412231352』や『3412231403』でも同じく当てはまる上に、時間が進んでいるという整合性もある。
だが、僕は自分がこの世界に来る直前の日付がいつだったかなんてまるで覚えていないし、そもそも本当に日本から来たのかすら分からない。数字の仕組みが分かったところで……その前提が疑わしいとあれば、意味など為さないか。
今重要なのは、これまでの物語がセーブされたということ。それだけはこの世界に来て確認したことであり、間違いはないことだ。
結局謎は解けない。分からないものは仕方がないと割り切り、前に進むしかないのだ。
そうして僕は再び街に足を踏み入れ、博士に報告しに戻ろうとして──
「────────────────」
ぞわり、と。
嫌な感覚が背中を撫でていった。
この感覚。この予感。知っている。もう二度と感じたくないと思っていたアレが、なぜ今ここに──。
数秒後の未来。なぜその世界の僕は、死んでいる……?
「みんな、逃げ──」
「へえ、奇襲成功……ってことは、この世界はまだ一周目ってことかな?」
どさりどさりと、モノが倒れる音。
振り返るとそこでは、なぜか、皆、倒れていた。
「は……?」
そして【英雄の眼】が視た世界に、現実が追いつ




