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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第一幕 英雄再誕
31/84

第029話 英雄譚の代筆者


 ──弱き己を変えたいと願う心こそが、臨壊の原動力となる。


 そんな設定だけの一文が、心の底から浮かび上がってくる。

 きっと製作者はそこまで深く考えず、必殺技の設定として用意したものなのだろう。実際ゲームでは、言葉以上の意味として扱われることはなかった。ただそういう設定があって、臨壊という必殺技が存在するだけ。


 ──それでも。


 それでも今の僕には、何よりも心強いエールのように聞こえたから。

 僕は静かに目を閉じて。

 その、魔法の言葉を唱えた。



「──『臨壊(リンカーネイト)』──」



 光差す道となり──廻れ、世界。

 








「──『英雄譚の代筆者(ルート・ブレイブリー)』──」








 

 輝きに憧れた影として。


 英雄と共にある者として。


 栄光の道筋をなぞる、代筆者となろう。


 それはゲームに存在しない臨壊。


 ブライト・シュナイダーではない。『安藤影次』の臨壊だった。



☆★☆





英雄譚の代筆者(ルート・ブレイブリー)

 10秒間、自身の周囲に全事象観測領域を作成。発動中は全攻撃自動確定回避。

 自分は憧れの英雄にはなれないという弱い心象から生まれた臨壊。

 











 /習得条件:隠しパラメータ『勇気』の値を100にする




 

☆★☆


 そして、最後の戦いが幕を開けた。


「な、にが……」


 アトラは完全に言葉を失ってしまっていた。

 眼前では、一人の少年が竜狼と渡り合っていた。

 竜化によって超越した攻撃速度を得たルインフォードは、視認すらままならない速度で六本の刀を空に舞わせる。

 しかし。

 それが捉えるのは空気のみ。何一つとして、その少年を傷つけるに至らない。


『ちくしょう……ッ!』──そう言ってあの日、涙を流していた少年が。


 弱さと悔しさに打ちひしがれていたはずの、あの男の子が。


 一人、竜狼の猛攻を凌ぎ切っていた。


 羽でも生えたような回避。残像が見えるほどの神速。誰かに操られているのではないかと思えるほどに、攻撃は当たらない。


 黄金色に光る虹彩。それこそが、エイジの臨壊の証。

 それを見て、アトラは場違いな感想を抱かざるを得なかった。


 美しい──と。


「割って入る隙が、ありませんね……」


 あのミスティにすらそう言わせる、一縷の無駄もない洗練された動き。

 長い年月をかけて培われた技術と、磨かれた感覚を感じさせるその戦闘。

 まるで別人──そう思いかけて、アトラは自らそれを否定した。


 違う。これこそが、本当の彼なのだと。


 彼がこの世界に費やした時間、深い思い。その結晶こそが、今目の前にあるのだと。


 この光景はきっと、安藤影次という少年が自らの力で勝ち取った『奇跡』なのだと。


 アトラはそんな奇跡を目の当たりにしながら、ただただ、言葉を失っていた。


☆★☆


 視える。

 視える、視える、視える。

 全てを視通すことができる。

 周囲360度、どの方向から飛んでくる攻撃だろうが関係ない。どれだけ威力の高い攻撃だろうと、手数の多い攻撃だろうと問題ない。

 範囲攻撃以外の全ての攻撃を回避する。言葉にすれば単純だが、その性能は破格だった。

 どれだけ痛い攻撃だろうと、当たらなければダメージはゼロ。そんな子供でも分かる簡単な理屈が、今この場を支配していた。


「──────」


 無音の世界。余計な雑音が全て排除され、感覚がより研ぎ澄まされていく。

 六本の刀。その切っ先と、描く軌道が視える。僕はただ、それを本能に従って回避する。

 反撃に転じる余裕はない。しかしこの瞬間、この一秒を稼ぐことに値千金の価値がある。


 削れ、削れ、削れ。奴の残り時間を。

 竜狼が疲れ果てるまで、ひたすら逃げ続けろ。肉食動物の狩りから逃げる、ひ弱な草食動物のように。

 情けなく、泥臭く、逃げ切って見せろ。

 六本の刀が戦場を舞い踊る。それぞれ九回の攻撃――54連撃が僕に襲い掛かってくる。



 だが。




 ――ああ、問題ない。





「――僕の知覚範囲だ」





「チィ────ッ!」


 相性の有利はあった。20秒間一撃必殺の攻撃力を手にするルインフォードの臨壊と、10秒間だけだが一撃も食らわないエイジの臨壊。直接の攻撃力がない分回避に特化した、【英雄の眼】の最果て。

 だが──その強力な能力も、効果は10秒間。ルインフォードの臨壊発動から3秒後だとしても、残りの空白(あと7秒)を埋めなければならない。


「くっ……」


 脳がギリギリと痛み始める。そろそろ効果が切れるという合図。

 僕の張り付きが剥がれたら、きっとルインフォードは五つ数える間も無く戦場を蹂躙するだろう。今の奴は、それほどまでに速い。


 この7秒。たった7秒でいい。


 何か、どうにかして、繋げないと──。


英雄譚の代筆者(ルート・ブレイブリー)』効果終了まで、残りわずか。

 思考を廻す。必死に考える。

 ──僕がもっと強くて、この10秒にルインフォードを倒し切れれば、どんなに楽だっただろう。本来の英雄ならば、きっとそれくらいしてみせるのかもしれない。

 だが僕は単なる代筆者。華々しく勝負を決めるような運命力も、それを可能とするような地力も持ち合わせていない。


 そして、無情にもタイムリミットは訪れる。

 数字は絶対だ。『10秒』と決められた数値を動かすことはできない。


「ぁ────っ、」


 ガクン、と身体が重くなったように錯覚する。視えていた世界の全てが閉じていく。本来の【英雄の眼】の機能まで落ちていく……。


 そして、そこを逃すルインフォードではない。


「セェアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 初めて聞く、ルインフォードの裂帛の気合。本気の証拠。


(避け、きれない──────────)


 前方から雪崩のように迫る刀。未来視の力で限界まで回避しても、どうしても避けられない一本がある。


 死ぬ。


 本物の死を経験したからこそ分かる、死の香り。命果てる瞬間に感じてしまう、明確な終わりの予感。

 その香りが────






 突然、断ち切られた。


(ああ────)


 僕は脳裏に浮かんだその光景に従って、体を動かした。

 キンッ! という、金属音が荒涼とした戦場に響いた。




 その正体は──ダガー。




(──ありがとう、ミスティっ!)


 僕のすぐ脇を通り抜けていったその一投が、迫る刀のうち一つを射抜いた。風で操られた刀は、外部からの衝撃に弱い。想定外の方向から力を加えることで、いとも容易く操作不能にできる──つい先ほど、僕が見つけた六刀の弱点だった。


『後のことは──お任せしますので』


 そう。あの日もそうだった。いつだって頼り甲斐のある、僕らのパーティメンバー。それが、君なんだ。

 そして。


 刀が減った今、未来視の力は『可』を示す。


(いけるッ)


 僕は残る五本の攻撃を、寸前で回避した。


(──よしっ!)


 心の中で思わずガッツポーズをする。



 残り、6秒。



 窮地は脱した。しかしまだ終わらない。

 もはやルインフォードも全力で僕を倒すことしか考えていない。弾き飛ばされた一刀を無視し、残りの五本で僕を狩ろうと距離を詰めてくる。

 一つ一つの動作が異常に速い。竜化のドーピング効果は、タイマンの戦闘においてこの上なく強力だ。このままのペースでは、せっかくミスティが生んでくれたチャンスも潰えてしまう──


 でも。


 ──大丈夫。


 声が、聞こえた気がして。


「『ボルテクス・レイ』っ!」


 ちょうど僕の背後から響く、凛とした声音。

 僕を信じて放ってくれた、雷撃の槍。

 僕が未来視の力を持っていることを知っているアトラが、この場面で考えた『彼女にできる最良の一手』。

 それは、僕を壁にした不可視の一撃だった。

 彼女の魔法『ボルテクス・レイ』がなかなか当たらなかったのは、見てから避けられるほどにモーションが遅かったからだった。単発で撃っても、素早いルインフォードは余裕を持って避けてしまう。


 だからこその(スクリーン)。確実に当てるための奇策。


 ギリギリまで引きつけた上で躱す。そうすることで、ルインフォードの目の前に突然雷撃が現れる──!


「……」



 残り、5秒。



 かの竜狼もついに諦めたのか、刀を降ろした。

 そして。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 爆風。

 思わず顔を背けてしまうほどの強烈な風は、地面の砂をも巻き上げて荒れ狂う。


 ──この時の僕は知る由もなかったが、ルインフォードが起こした現象はとんでもないものだった。


 ルインフォードが巻き上げた砂。それらの砂粒は、嵐のような爆風によって激しく衝突しあい、急激に静電気を帯びていく。


 ──『先行放電(ストリーマ)』と呼ばれる現象がある。


 通常の落雷は、雷雲から伸びる『先駆放電ステップトリーダー』と、大地から迎えるように伸びる『先行放電ストリーマ』の両者が結合し、『主雷撃』──つまり一般的に目にする落雷を発生させる。


 この原理を利用しているのが避雷針だ。機械的に『先行放電ストリーマ』を発生させることで、広範囲の落雷を誘導することを可能としている。


 そして。


 ルインフォードが生み出した静電気は、擬似的に『先行放電ストリーマ』の役割を果たす。アトラの生み出した雷撃は誘導され、地面へと吸い込まれて──




 アトラの全魔力を込めたであろう、特大の雷撃は地面に直撃した。




「……っ」


 土壇場でこんな離れ業を見せたのは、ルインフォードという獣の持つ生存本能の賜物だろうか。

 彼女が放った起死回生の一撃はしかし、竜狼の起こした奇跡の一手により返された。



 残り、4秒。



 それでも、それでも届かない。

 どうしても足りない。この竜狼を上回ることができない。

 これほどまでに4秒が遠いのか。とっくに拡張されきった時間感覚の中で、僕は頭を掻き毟るような思いだった。

 ルインフォードも全力で抵抗している。追い詰めているのは間違いないのだ。だから、あと何か一つ────



 その時。






『武器ならまだあるだろう? ──(ここ)に』






 いつの日か聞いた台詞が、想いの波動が──僕の胸を打った。




「『三斬火(サザンカ)』ッッッッ!!!!!!!!」




 聞こえるはずのない声が、聞こえた。


 いるはずのない男が、そこにいた。


 その男──ハザマ・アルゴノートは、自らの全身を炎に包まれながら弾丸のように飛んできた。


 もう剣すら握れないほどにダメージを受けていたはずの彼が、なぜここにいるのか。彼が纏う炎、その正体。


(まさか────)


 信じられない現象が起き続けているこの数秒の中でも、最も突飛で常識の埒外にあるものだった。


 彼は、自分自身を剣として『三斬火(サザンカ)』を放ったのだ。


 三段階の溜め。猶予は十分にあった。彼は倒れていたのだから。

 倒れている間も、ハザマは自分にできることを探し続けた。ここが正念場だと分かっていた。自分にできるのは多くてもあと一つ。だからこそ、本当に必要な場面を待っていた。


三斬火(サザンカ)』は猛烈な炎を宿し、ハザマ自身を灼きながら力を高めていった。もう大剣を握るほどの力も残されていなかった彼にできたのは、真っ直ぐ体当たりでぶつかることくらいだったから。


 ──でも。


 たったそれだけのことが、奇跡を起こすには十分で──


「終わるものか」



 残り、3秒。



 そのタイミングで、覚悟が竜狼の口から吐き出された。

 極限まで高まった炎。通常の風では絶対に消し飛ばせない。絶対に不可能──、と。

 何度もその不可能を覆してきた獣は、またしても理不尽を体現する。


「ハァッッッッッ!!!!!!!!」


 両腕を思い切り振り上げて、斬り払う。

 そうして生まれるのは二つの旋風。それぞれ外側に向かって吹き抜けていく一陣の風。

 圧倒的な膂力で大気ごと消しとばす突風によって、中心──つまり、ちょうどハザマのいる空間の空気が丸ごと持っていかれる。

 大気の存在しない空間で、炎は存在することができない。ルインフォードは戦場の空気を斬り飛ばし、一瞬にも満たないわずかな時間ではあれど空間に『真空状態』を作り上げたのだ。

 作り上げられた真空はすぐさま崩壊する。瞬時に空気が流れ込む。流入速度は音速を軽く超え、中心で音速になった空気同士が衝突し、衝撃波を発生させる。


「ご、はぁっ……」


 一世一代の大勝負に出たハザマは、モロにその煽りを受けた。


 ──これもまた後々理解することになるが、それは『爆縮』と呼ばれる現象だった。

 ルインフォードは爆縮による衝撃波を利用して業火を搔き消し、襲い来るハザマを吹き飛ばした。不幸中の幸いか、その影響でハザマを灼いていた炎も消えて一命を取り留めたが、決着には至らなかった。


(これでも、ダメなのか)


 焦りが全身を駆け抜けていく。



 しかし。しかしだ。



 また1秒。ハザマの捨て身の特攻で、たった1秒されど1秒。

 空白が、生まれた。



 ルインフォードの臨壊が切れるまで残り、2秒。



 最後の一合が近い。僕は撹乱してくる刀を掻き分けて、ルインフォードに迫る。ちょうど臨壊が切れるタイミングを狙って駆け抜ける──!


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

「らああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 ルインフォードと自分、双方の気合が空気を震わせた。


(ちっ、やはり速い────!!)


 瞬間、見えてしまう。

 あと一歩及ばず、腹を刀で貫かれる自分が。


(これでも! これでもまだッ! 足りないって言うのかよ……っ!)


 どうして。

 ここまで来て。

 みんなの想いを受け取って、ここまで来たのに。

 ……それでも、行くしかない。

 死ぬかもしれない。痛いのは怖い。もう一度だってあんな辛い思いしたくない。


 ──だけど。


(みんなの想いを無駄にして、諦めるよりはずっといい!)


 僕はその運命から目を背けない。たとえ刺し貫かれようと、止まらなければいいだけの話。



 残り、1秒。



 その時浮かんできたのは、走馬灯か。




『あなたが自分を信じられないと言うのなら、私があなたの自信になってやる。私があなたの支えになってやる。だから──もし倒れそうな時は、寄りかかっていいのよ。あなたは弱い。私も弱い。だから、二人で頑張りましょう?』




 僕の心の一番深いところに刻み込まれた記憶だからだろうか。




『いつかあなた自身が、あなたを信じてあげられる日が来るわ。あなたにしかできないことがきっと見つかるはず。だからそれまでは、あなたに救われた私を信じて────』




 ふと、あの言葉が蘇ってきて。




『あなたは間違っていない』




 このまま進め、と。


 後ろを振り返らず、前だけ見て進めばいいと。


 そうやって背中を押してくれているような気がして。


(これは──────)



 ……そうか。




 君がそう言ってくれるのならば。

 僕はもう少しだけ、前へ進んでみよう──












「ボルテクス・レイッ!」




 たった一言。その言葉が、勝敗を分けた。

 それは、アトラが放った魔法だった。


「──!?」


 数メートル先。ルインフォードがわずかに目を見開くのが見えた。

 ボルテクス・レイ。先ほど最大威力の魔法を放って、魔力は残っていないはずのアトラが、なぜ?


 ──たった一瞬の間。ルインフォードの中に、きっとそんな疑問が湧いたのだろう。



 わずかに、勢いが鈍った。




☆★☆











 アトラはニヤリと笑って。


「私たちの勝ちよ」


 そう、呟いた。











☆★☆


 魔力は尽きた? 魔法など撃てるはずがない?


 その通り。


 アトラは魔法など撃っていない。彼女はただ技名を叫んだだけ。


 技名を叫ぶ。現実世界ではよく無駄の象徴とされるその行為。『エストランティア・サーガ』では技名を発声することで魔法のイメージを掴みやすくするという設定はあるが、自ら技の発動を知らせてしまう行為に変わりはない。なるべくなら発声なしで発動できた方が魔法使いとしては優秀だろう。


 アトラはその点、まだ未熟だった。皇族として暮らしてきた彼女は、実践的な魔法戦闘を経験したことがない。皇族が戦いの舞台に出ることなんて、今後一生ないと思われていた。


 しかし今、こうしてアトラは非常事態に見舞われて、戦場に立っている。

 今のアトラ・ファン・エストランティアは強くない。皇族のたしなみとして魔法を多少扱えるだけの、ただのお姫様なのだ。


 影次のことを笑えない。彼よりも役に立っていないのは自分じゃないか、と。

 そんな悔しさを覚えていた彼女は、必死に影次の助けになれるものを探し続けた。

 それは、静電気などという奇策で自分の渾身の一撃を防がれたアトラの、ほんの小さな意趣返しでもあった。


 でも。





 ほんの小さな意趣返しが、運命を決めることだってあるのだ。




☆★☆




 残り、0秒。



 ビキリ、とルインフォードを覆う硬い鱗に、ヒビが入る音がした。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!」






 そのヒビめがけて、僕は剣を突き入れた。


 剣は、ルインフォードの持つ刀よりも早く敵を捉えていた。


 ルインフォードは知らなかった。僕は彼女を信じて前だけを見ていた。だからこそ生まれた、わずかながらも決定的な差だった。





「────────────────────」





 そうして、静まり返った戦場に。



「なぜ、そこまで強い。人間」



 ルインフォードは問いを投げかけた。


「……僕らは四人。お前は一人。それが、敗因だ」

「……………………そう、か」


 次第に力が失われていく竜狼の身体。鱗が次々と剥がれ落ち、本来の肉体も崩壊を始めていた。


「──名を」


 翼すらも崩れ落ちたルインフォードは、崩壊に抗って言葉を続けた。


「名を、なんと言う」

「──」


 僕は迷うことなく答えた。




「安藤影次だ」




 もう、ブライトに縋る必要はない。これが、僕の名前だ。


「次は妹のシャルティアあたりを連れて来るんだな」

「──、」

理想郷委員会エル・ドラド』メンバーが大挙して襲いかかってきたらひとたまりもないが、僕はそんな捨て台詞を吐いた。


 そして。


「────────無念」


 轟音。魔力が爆発によって、辺り一面が土煙に包まれた。

 煙の晴れた後には、何も残っていない。



 ぐらりと身体が揺れた。限界だった。間違いなく人生で一番体を酷使しただろう。ブライトの体であってもこの疲労には耐えられない。僕は、そのまま地面に向かって倒れ込んで──



「おっと」



 それを、支えてくれる人たちがいた。



「…………みん、な」


 ミスティ、ハザマ……そして、二人に肩を貸してもらいながら立つ、アトラ。

 三人の手が、僕の背中を支えてくれていた。


「……ありがとう」

「何言ってんだよ!」


 ハザマがバシン、と僕の肩を叩いてくる。


「全部、お前のおかげじゃねえか」

「そうですよ。……って、何泣きそうになってるんですか!」

「だっでぇ……」

「え、ええい! そういうのは私の役回りじゃないんですよ! アトラさんっ」

「え、えっ、私?」

「あ、アトラぁ……」

「もう! 泣かないで! 全部終わったんだから!」


 恐怖から解放された安心感で止めどなく涙を流す僕を、アトラは優しく撫でてくれる。


「……ぅ、ひぐっ、……ありがとう」


 ローブの裾で涙を拭われながら、僕はそれでも感謝の言葉を続けた。


「……やっぱり、この勝利は、みんなのおかげたよ」

「……まあ、そういうことにしておくか!」


 自分だって傷の深いだろうハザマは、それでも笑いながら拳をスッと差し出した。

 あの時とは違い、僕はその意味を瞬時に理解した。

 コツン、と拳をぶつける。

 それが友の証だと、教えてもらった。



「終わっ、た……」



 空を見上げる。

 火災で煙に覆われ、黒い雲が支配していた空に一筋、光の柱が立った。


「──いや」


 終わりではない。ここはまだ、始まりでしかない。

 壮大な物語の序章でしかないのだ。

 でも、今だけはこの喜びを噛み締めても……いいんじゃないか。







 ゲームと現実。


 曖昧で謎に満ちた世界に降り立ったあの日からまだそれほど時は経っていないが、僕には果てしなく長い道のりだったように思えた。

 今日、この日、ようやく僕はこの世界の一員になれた気がした。


 これから先、どんな困難が待ち受けているのだろう。

 また今日みたいに、ゲームには存在しなかった出来事がいくつも起きるのかもしれない。

 それはとても恐ろしいことで、不安が襲ってくるが……今日という日を生き抜いた今の僕には、少しだけワクワクも感じさせてくれるものだった。


 まだ見ぬ何かがある。僕の愛したこの世界に『未知』がある。


 大好きなゲームの続編が出た時のような、あの高揚感。

 何度だって絶望が襲いかかってくるだろう。その度に諦めたいと思うかもしれない。でも、きっとすぐに戻ってくるのだ。大好きって、多分そういうことなんだと思う。


 一筋縄ではいかないのも面白いじゃないか。難易度はベリーハードがいい。何度コントローラーを投げ出しても、諦めなかったその先にある光景が好きだから、僕はゲームを続けてきたのだから。




 さあ。もう一度だけ、冒険を始めよう。


 何度も見たエンディングの先には新たな世界が広がっていた。


 ドキドキとワクワクに満ち溢れた、新たな世界──


 その先にはきっと、僕の知らない何かが待っているはずだから。












      『Estrantia Saga』

    Chapter01 Hero Resurrection

 


        completed.


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