第028話 最終決戦/フェーズ4 大丈夫と、心の中の誰かが答えた
「──『臨壊』──」
強靭な鱗がルインフォードの全身を覆っていく。吹き抜けた風が僕の全身に切り傷を作り出していった。
「──『終焉譚の伝承者』──」
終焉譚。名の通りの終わりが、今目の前に顕現していた。
相手から見れば完璧、こちらからすれば最悪なタイミング。どうやっても、この20秒はハザマを回復させる余裕がない。
たとえ心が諦めていなくとも、勝てないと悟ってしまう時がある。
圧倒的なレベル差。装備の強化不足。単純な相性。はたまた、理不尽な難易度設定。「これは無理だ」と分かってしまう、そんな瞬間。
分かった時、プレイヤーは次に向けて心を切り替える。仕方のないことだ。システム上現状を打開する策がないのに、覆そうと足掻いても意味がない。数値が支配する世界に奇跡は存在しない。
「あ、ぁ……」
思考が、不可能に全力で抗っている。
最後まで戦ってやる──その決意はあるのに。諦めないという思いだけは、確かにこの胸にあるのに。
「く、うわぁっ!?」
ミスティの小さな悲鳴。ダガーで攻撃を受け止めるも、その小さな身体ではとてもじゃないが耐えきれない。まるで石ころのように吹き飛ばされるミスティ。運悪く──いや、ルインフォードの巧みな調整によってちょうどその射線上にいたアトラまで巻き込んで地面に転がる。
「いたた……っ」
足を痛めたのか、うずくまるアトラ。そこへ追撃をかけるルインフォード──
(ダメだダメだダメだダメだダメだッッ!!!!)
弾丸の如く飛び出した僕が横からルインフォードに突撃する。空から刀が襲いかかってくる。僕を切り裂く未来が見える。幻痛が警鐘を鳴らす──だが、全て無視した。
「っ!」
止まると思っていたのだろうルインフォードは不意をつかれたのか、僕の体当たりを食らって軽く弾かれる。
なんとかアトラを助けることには成功した……が、しかし。
「っ、く……」
右肩、左脇腹、そしてこめかみからドクドクと血がこぼれ落ちていた。
「……覚悟を決めた、か。少年」
空に浮かぶ剣を操り血を払うルインフォードは、僕を最後の障害と認めたのか、真っ直ぐ向き合ってくる。
「…………」
痛みすら感じられなくなって、視界は狭まっていく。
まるでこの世界が、僕とあの竜狼だけになってしまったかのようだった。
決着をつけるべくルインフォードが剣を構える。スローモーションで再生されるそれを、僕はどこか他人事のように眺めていて。
終わるのか。
ここで、終わるのか。
何も上手くいかない人生だった。誰も認めてくれなかった、そんな人生を──たった一人認めてくれた彼女のために、ここまで頑張ってきたけど。
信じてくれた仲間のために、頑張ってみたけれど。
思いだけでは世界は変わらないように、気持ちだけではゲームの結末を変えることはできないのか。
(それでも、勝ちたいんだ)
うわ言のように、そんな思いが浮かび上がった。
もうなんでもいい。この世界がゲームではなく、『世界』だと言うのなら。
数値に支配された0と1の物語ではなく、本物の人間たちが紡ぐ『人生』だと言うのなら──
少年の頃に信じたような、都合のいい奇跡よ──起きてくれ101001001110101010100100111100111010010010101011101000011011110010100100110011011010010010100100101001001100100010100100101101111010010010111001101001001100011010100100111000001010000110100010101001001010110110100100110010011010010010100110101000011010001100001101
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RE/OS Ver.■.02 initialized.
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All section is ALL GREEN!
Thank you for access.
And……Please save ■■■■■.
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………Good Luck.
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Welcome to RE/INCARNATE System!
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Now Installing…
『MindData_BrightSchneider.exe』
Please wait…
Please wait…
Please wait…
succeed!
「っ、あ、れ……? ここは……?」
白一色。
そこには何もなかった。どんな個性も存在せず、ただ僕という人間だけがここにあった。
そこに、一つのさざ波が立った。波紋が生まれた。何もない世界に、一つの個性が現れた。
「間に合った、か」
まず始めに声があった。
「誰だっ?」
「俺が誰か? すぐに分かるぜ」
次に、輪郭があった。骨格が形成され、肉付けがされて、一人の人間として完成していく。
どこか既視感を覚えたが、僕はその正体を掴むことはできなかった。それよりも先に、驚きが来てしまったからだ。
「君は……っ!」
そこに立っていたのは、僕のよく知る人物だった。
いや、よく知るどころではない。僕はその体を使って、ついさっきまで旅を、戦いをしていたのだから。
「ブライト、なのか……?」
「ご名答。一応ちゃんと会うのは初めて、になるのかな」
ブライトはヘラヘラと笑いながら肩をすくめる。
「は? え……?」
ブライト? ブライト・シュナイダー? 彼がここにいる、ってことは……。
「僕の体だ……」
体を見下ろすと、そこには自分の体があった。ブライトの体ではなく、安藤影次の貧弱な体。おかしなことだが、僕は久しぶりに自分の体を動かすことに、猛烈な違和感を感じていた。
「うわっ、」
体が思うように動かず、ぐらりと揺れてそのまま尻餅をつく。
「にしたって、何が……?」
理解が追いつかない。今までも何度も理解できない出来事はあったが、今回のは飛び抜けて意味が分からない。なんでブライトがいるんだ? そもそも、ここはどこだ……?
「疑問に答えてやるよ」
実際に口にしたわけでもないのに、まるで僕の思考に反応したかのようにブライトが口を開いた。
「ここはどこでもない。世界のどこにも存在しない。まあ強いて言うならば……俺たち二人は今、お前の心の中にいる」
「はあ……?」
「時間がねえから詳しい説明は省くが……俺がここに来たのは、お前に喝を入れるためだ」
彼と僕だけの世界で、向き合う。
「厳しいな、状況」
ブライトは静かに腕を組む。彼はここまでの出来事を知っているようで、難しい顔をしている。
「そ、そうだ。僕はついさっきまで、ルインフォードと戦っていて……」
「ああ、見てたよ」
「ハザマが倒れて、ミスティもアトラも……」
「そうだな」
「僕はどうすればいいのか、分からなくなって……」
「……」
疑問を棚上げして、僕は突然目の前に現れたブライトに対してこらえきれなくなった感情を吐き出した。あの日アトラに受け止めてもらったように。
「やれることは全部試した。これで勝てないならもう無理だ。諦めているわけじゃない。ただ不可能だと分かってしまった。それだけのことなんだ。でも……」
ひたすらに、心は冷静だった。投げやりになったわけでもない。戦う気力もある。それでも及ばないものがあるから、僕の思考は完全にそこで止まってしまった。
「ブライト。君なら何かいい案があるんじゃないか? この状況を打開するような、奇跡的な策が!」
そうだ。僕は奇跡を願った。そうしてここにたどり着いた。ならばきっとブライト・シュナイダーという存在こそが、僕に奇跡を授けてくれる。
「何かないか? 一手で戦況を覆すような打開策が! ご都合主義みたいな解決策が! ここまで来たんだ、もう後には退けない!」
アトラに教えてもらったのだ。人に頼ること。自分だけで抱え込まず、誰かに相談すること。周りのみんなを信じること。
「最後のチャンスかもしれないんだ! これを逃すわけには──」
たくさん寄りかかっていいのだと教えてもらった。だから、
「あのな。色々と勘違いしてるようだから言っておくが」
ブライトは目を閉じて、落ち着いた声音で僕の言葉を遮った。
「俺は、お前が思っているような完璧超人じゃねえよ」
「そ、そんなことはない! 君は強くて、優しくて……誰よりも勇気があって……」
僕は慌てて否定する。
ブライト・シュナイダーは届かぬ理想だ。だがそうだとしても、僕の中で彼の姿が色褪せることはない。依然たった一つの太陽として僕の心の一番深いところで輝きを放っている。
だからこそ、僕はブライト・シュナイダーの否定を受け入れられない。それをしてしまえば、僕は自分の進む道を見失ってしまうような気がしたから。
それがブライト本人からの言葉なら、尚更だった。
「いや、俺自身は全く大したことない人間だよ。街の端っこで静かに暮らしていただけの、一般市民でしかない」
「その後君は世界を救う英雄になるんだ! 僕は知っている、君が──」
「ああ、ありがとう。お前のおかげで、俺は英雄になれるんだ」
「え……?」
その言葉に、僕は不意を付かれたように言葉を失った。
「俺はお前に操作されただけ。お前は俺を操作しただけ。よく考えると、やったことはどっちも大したことないんだよ」
ブライトの言い分は、分かるようで分からないものだった。
「本当にすごいのは、そのゲームをやり続けたお前の熱意。そしてまあ、たまたま『英雄』に選ばれた俺の強運かな」
「な、なんだよそれ……」
やっぱり意味が分からない。不思議理論すぎる。
だが、続く一言で僕はハッとした。
「結局……俺が言いたいことは一つだ」
ブライトはニヤリと笑い、腕を組んで──
「人は、誰でも英雄になれる」
「──────、」
一言。自身に満ちた声でそう言った。
「なんでもない人間だった俺が、お前の力で英雄になれたんだ。じゃあ、俺の体を使っているお前が、英雄になれない道理はないだろう?」
「で、でも! ここからどうすれば……っ」
「大丈夫。自分を信じろ。俺はお前だ。お前は俺だ。二人で一つ、一心同体。一人じゃ無理でも、俺とお前ならきっと大丈夫だ」
「……」
身も蓋もない。理屈もよく分からない。
「俺の体を、お前の力で操る。何も変わってない。俺達はただそれだけで、英雄になれるんだ」
そんな言葉に説得力は存在しない。
絶対に間違っていると、理性が訴えてくる。
無理だと、その先に道は続いていないのだと。頭では分かっている。
「僕も……」
──なのに、なぜか。
「こんな、僕でも……」
なぜか。
「──英雄に、なれますか」
心震わされる、自分がいた。
「きっと──いや、必ず!」
強い同意があった。
「お前が俺を憧れと呼んでくれるのなら。そんな俺の言葉に騙されてみないか? もちろん、決めるのはお前だ」
静かに差し出された手に、視線が吸い込まれた。
僕と彼。
現実と理想。
端役と主人公。
学生と英雄。
完全に隔てられていたはずの僕ら二人。その溝は深く、決して埋まることのないものだとばかり思っていた。
違ったのだ。
僕は彼。彼は僕。
現実の僕が彼を操り、理想の世界を目指す。
地味だけど、たとえ端役でも僕だって世界を救うのに貢献した。
ただの学生が……一人の青年を英雄にした。
溝を作っていたのは僕自身だった。ブライト・シュナイダーは、こんなにも近くにいたのに。
「……教えられてばっかりだ、僕は」
『あなたは間違っていない』──そう言ってくれた彼女の顔が脳裏をよぎる。
たくさんの人に支えられて、僕はここにいる。苦しみも、辛さも、全部分かち合って、支えてもらいながら生きている。
諦めそうになれば励ましてくれる仲間がいる。道を違えそうになれば正してくれる仲間がいる。
僕の心は、ブライト・シュナイダーと共にある。
「……ありがとう」
僕は、ブライトの手を取った。
「そうこなくっちゃ。相棒」
僕を、相棒と呼んでくれるのか。
気持ちのいい笑みを浮かべる彼に、僕は泣き笑いのようなひどい顔を返すことしかできない。
「──時間だ」
次第にブライトの姿が薄れていく。この白き世界から、存在が消えようとしていた。
「さあ、ブチかまそうぜ。ここからが本当の英雄譚だ」
アトラのおかげで絶望の牢獄から這い上がり、再び立ち上がる意思をもらった僕は。
この日、ブライトの一言を経て更なる進化を遂げる。
理想の英雄と、共にある者として。
「──行こう」
ブライトが一歩前に出る。同じく僕も歩みを進める。
やがて、僕ら二人の体が一つに重なる。
魂と肉体。二つの要素が混じり合い、一つの形を成していく。
──もう少しだけ、君の体を借りるよ。ブライト。
この先に待つのが光か、闇かは分からない。けど確かに分かること。それは、いつだって側に相棒がいてくれるということだ。
輝きを放つ者と、影から支える者。どんな困難だって、今なら超えていける気がした。
さあ、再開だ。
相対するは理不尽の体現者。本来そこにいるはずのない強敵。
胸の内に五人目のパーティメンバーを確かに感じながら、僕は進む。
あの、光差す方へ。
「──────」
誰かがそっと、背中を押してくれたような気がした。
☆★☆
そして。
そして──
僕は、一言。
胸の内から溢れ出したその言葉を、口にした。
「──『臨壊』──」




