第027話 最終決戦/フェーズ3 負けたくないと、心の中の誰かが叫んだ
風が止んだ。
永遠にも感じられる一瞬の静寂。
かの竜狼ですら、その空白に身を委ねていた。
「……やった」
思わず僕が呟いたのを境に、呆気にとられていた者たちも行動を再開した。
パーティメンバーは全員健在。僕を除きほぼ無傷。前回とは比べ物にならない展開に思わず笑みが溢れる。
勝利は決して、夢物語ではないと。
一つ前のルインフォード戦を思えば、奇跡としか思えないこの戦況。事前の準備と対策があるだけで、これほどまでに差が生まれるとは。
「ハッ」
ハザマが大剣を地面にガンッと突き立て、指をパキポキと鳴らす。
「これでようやく──テメェを殴り飛ばせるってわけだ」
ニヤリと口元を歪めるハザマの気持ちが痛いほど分かる。この時を待っていた。
「……」
しかし、ルインフォードは尚も冷静だった。静かに、鋭く息を吐き出す。
「──今の己に、制御しきれるか」
両手に構えていた二刀を天高く放ると同時に、背に備えた最後の一対を鍔鳴りに乗せて抜き放った。
「認めよう。貴様らはただの人間ではない」
ルインフォードを中心に、まるで仏像の超越性を示す後光のように円を描いて並び浮かぶ、四本の刀。
「なればこそ、己も己の限界に挑戦しよう」
爆風が、僕ら四人の肌を打った。
「六刀流、竜狼── 『理想郷委員会』が一人、ルインフォード・ヴァナルガンド。推して参る」
目に見えぬ圧が全身を貫いた。気を抜けば膝を屈してしまいそうになるほどの強烈な重み。
「……ここからは総力戦だ」
気圧される仲間たちに言葉をかける。自分だって感じているこの恐怖を、どうにか紛らわせるために。
「畳み掛けるぞ、みんな……!」
耐久は終わりだ。あとはひたすら削って削って削りまくるだけ。このダメージレースに打ち勝った者が、最後に笑う。
アトラも攻撃に参加し、四人の波状攻撃で一気に削り飛ばす。六刀流となって攻撃力も極限まで上昇した今のルインフォードは、耐えるよりも先に倒す方が良い。
「行くぞ──ッ!」
ハザマと息を合わせて突貫。連撃を大剣で受け止めてくれている間に、僕が横をすり抜け斬撃を入れる。背後から逐次飛んでくる魔法攻撃もダメージを加速させていく。
「よし……っ」
四人でバラけることで、うまく六本の刀を凌ぐことができている──ものの、そう一筋縄ではいかないのがこの竜狼なのだ。
(よし、挟み撃ち──!)
背後に回った僕は、正面のハザマとアイコンタクトを取る。即席ながらも瞬時に息を合わせ、前後からの挟み撃ちの形を作り出した。
このタイミングで怖いのは『六傷・天羽々斬』だ。
☆★☆
『六傷・天羽々斬』風系上級全体魔技。計六本の刀を一斉に放ち、周囲の敵を斬撃の渦に飲み込む。ガード不可。/使用条件:第六制御機構解除
☆★☆
この技は高威力のガード不可周囲攻撃なので、二人同時にカウンターを食らい、一気に形成逆転される可能性がある。それだけは避けねばならない。
その対策として、僕は思い切り地を蹴った。上方から打ちおろす斬撃。ハザマとの高さをズラすことで、周囲攻撃の的を絞らせない。
(これで──)
そう。大丈夫なはずだった。
「唸れ──『二四合傷・風夢羽々斬』ッ!」
突っ込んだ瞬間脳に浮かんだ、失敗の文字。しかし空中にいる僕は引けず、そのまま謎の攻撃を食らった。
「ぁ……が、はァッ……!?」
「エイジくん、ハザマっ!?」
アトラの悲痛な叫び声が聞こえたが、返事をする余裕すらなかった。
痛み、ではない。
(何が起きた……!?)
聞き覚えのない技名。見ればハザマもカウンターを食らって飛ばされている。
(フェンリス・フォーレンガルム……)
僕が食らった二刀による打ち上げ攻撃と、ハザマが食らった四刀による連続攻撃。それぞれを見れば、それはよく知る技で。
まさか。まさかとは思うが──
「技の、同時発動……」
確かに、理屈は成り立つのかもしれない。僕の方を向きながら両手の二刀で『双傷・風羽々斬』、背後は見ずに風邪で操った四刀で『四傷・夢羽々斬』。2+4=6。六本に収まっているんだから、同時に発動できたっていい、のかもしれない。だけど……。
「聞いてねえぞ、そんなの……ッ!」
ハザマの一言が僕の気持ちを代弁していた。前後に同時に技を放つなんて曲芸、ゲームで実際にやったらクレーム続出でクソゲー扱いされること必至だ。
「ぐっ、お、おおおおおッ」
ルインフォードは止まらない。苛烈に、冷静に、まず落とすべきタンク──つまりハザマを集中攻撃する。
「まずい……っ」
その隙に全力でダメージを稼いでいくが、攻撃が止まない。この間もアトラとミスティの魔法が次々と被弾しているのだが、一切動じず。ここが勝負所と分かっているのだろう。僕の攻撃は宙を舞う刀で牽制しつつ、ただひたすらにハザマだけを狙い続ける。
ゲームならばシステム的にタゲを外す──狙いを引きつけることができた。しかしこの世界では、ルインフォードがそうと決めたからには狙いは変わらない。
一人を狙われれば、必然瓦解する。
「──吹き飛べ」
『双傷・風羽々斬』の打ち上げ効果がハザマを捉えた。粘り強く耐えていたが、ついに限界だった。二刀がハザマを思い切り弾き、道沿いの木に叩きつけられる。
「ぐ……ぁ……」
崩れ落ちる赤髪の青年。
「……そん、な」
起き上がらない。
「たった、一手で……」
思考が、停滞する。
「エイジくんっ」「エイジさんっ!」
誰かが呼ぶ声がする。
ハザマが倒れた。彼なしでどうにかなるか? 敵の体力はどこまで削った? 耐えられるのか? ここからどうすればいい? 二人になんと指示を出せば……?
「……っ、」
迷宮に囚われる。思考の渦に飲み込まれ──
「しっかりしてッ!」
凛と響く声で、我に帰った。
「あなたがちゃんとしないと、勝てるものも勝てないッ!」
……そうだ。その通り。
「……エイジッ! 俺は……俺は大丈夫だ。だから」
必死に起き上がろうとしながら、ハザマが声を絞り出す。
「だから、後は……頼む……っ」
「……」
「私が前に出ますっ」
ミスティはポーションのビンを咥えながら、体勢を低くして一気に距離を詰めた。
「当たらなければどうということはないのですっ!」
言葉通り、前線を張るミスティ。
……そうだ。
「まだ終わってない」
戦える。
「なら……」
諦めちゃダメだ。
心は折れていない。仲間がいる。一人でテレビの画面に向き合っていた頃の僕とは違う。
だから──!
「いや、終わりだ」
言葉が、思いを遮った。
「──『臨壊』──」
竜狼は無情、故に強かった。
「──『終焉譚の伝承者』──」
そして、戦場は廻る。




