第026話 最終決戦/フェーズ2 ゼロコンマ数秒の攻防戦
ハザマに託された役割。それはたった一撃だった。
強烈な一撃を叩き込むこと。あとはひたすら耐久。それがハザマに求められたもの。バチバチ戦闘もできて単純明快、実にハザマ好みな役回り。
その『一撃』を実現するために必要な要素、それが新技だった。
ルルーエンティに向かう道中出現した魔獣は、レベルアップのために全てハザマが倒した。数値上で変化が確認できる訳ではないが、ハザマは戦闘の中で己に秘められた力の解放に成功した。
ゲーム風に言えば──そう。
新技を覚えたのである。
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『三斬火』
炎系初級単体魔技。胸の内にある燃え滾る情熱を炎に変換し、剣に乗せて放つ。長押しで三段階のチャージが可能。チャージに応じて物理攻撃力、魔法攻撃力が共に上昇する。
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三段階のチャージ。ここが『三斬火』最大の特徴になる。
ゲーム序盤におけるハザマの立ち回りは、基本的に前線に出て耐久、隙を見てチャージを開始し、『三斬火』を叩き込むという流れになる。相手の攻撃リズムをよく覚えて、溜め攻撃を打てるタイミングを計る──そうやって初心者プレイヤーは戦闘の流れを理解していく。
この溜め攻撃は、三段目まで溜めれば非常に強力だ。検証で明らかになった属性値倍率、なんと5倍。当てることはこの上なく難しいが、それだけの見返りを持つ技だ。
今回の戦闘においては、この技が魔技であることも非常に重要なポイントだ。炎系の魔法攻撃力を持つため、【風界】の貫通が見込める。もちろん物理攻撃力は全てカットされるため、実質ダメージは半減されてしまうが、それでもこの状況において【風界】を突破できる技は貴重すぎる。
これまでとは違い、しっかりと準備できたからこそ覚えられた技。
それを携えて、ハザマは正門前の裏路地に待機していた。
「──合図」
空に向かって駆け上がる一筋の稲妻。アトラの放った合図に違いなかった。
「信じるぜ、エイジ……!」
そして静かに、剣を構える。
明鏡止水。荒ぶる胸の内の炎を、今だけは鎮める。
来たるべき爆発の瞬間のために。
「フゥ──────」
深呼吸。体内に巡る魔力を意識。心を落ち着けることで、その流れを直に感じ取る。
(……あいつに出会ってから、まるで自分が別人みたいだ)
ハザマは感じていた。エイジという不思議な境遇の少年と出会ってから、自分の中に何か変化が起きていることを。
これまで長いこと鍛錬を続けてきたが、突然自分の心の中から技のイメージが湧き出てくることなんてなかった。例えるならば、そう──まるで、あの瞬間から物語が始まったかのような。
(あいつと一緒にいると、俺は──強くなれる)
そんな直感があった。ハザマは自分の直感を信頼している。この男についていけば自分は変われる。
最強の剣士になる──その夢に近づけると。
だから。
「残り、10秒──」
チャージ開始。
エンジンがかかったように全身の細胞が駆動し、血が廻る。
5秒──
熱が高まる。燃えるように熱い。
構える大剣に炎が渦を巻き始める。キン、キン──と、鈴の音に似たチャージ音。心臓の鼓動のように光が脈を打つ。
3秒──
瞬間目の前を走り去る何か。アトラを抱えたエイジだ。
「よくやった──あとは任せろ」
ハザマ、一言。
「──頼んだ」
返す言葉もまた、一言。
そして、残り1秒。
路地を飛び出し、すぐそこにまで迫っていたルインフォードめがけて、放つ──!
「────────『三斬火』ッッ!!!!」
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直撃。三段階分きっちり溜めきって膨れ上がった炎の渦が、ルインフォードを包み込んだ。
「───ッッ」
「うし!」
爆熱に飲まれたルインフォードは火だるまとなって跳ね飛ばされた。小さくガッツポーズを取るハザマ。
「道を開けてください、皆さん──!」
そして息つく暇もなく次。正門前に陣取ったのはミスティ。ニヤリと笑うと、
「固定砲台の本領発揮ですよ!──『アイシクル・ロンド』ッ!」
エイジの指示通り魔力は極限まで節約する。範囲は前方の大通りに絞り、威力だけを高めた逆氷柱。それが竜狼に喰らいつく。
☆★☆
まだ終わらない。ミスティの放った氷撃がルインフォードを捉える前に、僕はすぐさま次の指示を出す。
「アトラっ」
「分かったっ!──『ボルテクス・レイ』ッ!」
逃げ切った僕らはすぐさま振り返り、ハザマが止めてミスティが追撃を叩き込んだそこに向かって、さらなる一撃を打ち込んでいく。
炎、氷、雷と立て続けに直撃したことで、辺り一帯は粉塵に包まれている。
「これ、もう倒したんじゃないですか……?」
あまりにも一方的な展開に、思わずミスティがそんなことを言う。しかし僕は──
「まだ全然だ! 気を抜かないで!」
「う、うひゃー、マジですか! アレ、普通の人間なら丸焼きですよ!」
「残念ながらアイツは普通の人間じゃないッ! 引け、次の段階に移るッ!」
業火に揺れる陽炎の向こう。やはりその男の姿はあった。先程僕の脇を切り裂いた一刀を壁から引き抜き、悠然と歩みを進める隻翼の暗影。
(倒れてすらくれないか……!)
正門から四人で飛び出した。僕はアトラに脇腹を治療してもらいながら走る。
「ハハハハハハッ! こいつぁ強えや!」
高笑いするハザマの姿が僕の思考を落ち着かせてくれる。大丈夫、ここまではうまくいっている。
「小賢しい」
烈風一陣。舞う粉塵その一切が、刹那のうちに搔き消える。
「来るぞハザマ、構えて!」
「任せろォッ!」
ハザマを前線、背後に僕とミスティが並び、最後尾にアトラ。陣形を整える。
「────疾ッ」
ハザマに迫る影。その竜浪は──四刀を抜いていた。
(っ!? 想定よりも早い……!)
既に第四制御機構を解除し、暴風を纏いながらハザマに襲いかかっている。想定であればこの段階で二刀。これは予想以上にダメージが入っていると見るべきか、それとも向こうに油断がないと焦るべきか。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け……)
僕が受けた脇腹の傷も既に治癒が終了している。現在全メンバーHP満タン状態。
「ぐっ、ォオオオオオオ……っ!?」
大剣の腹で攻撃を受け止めるハザマ。しかしやはり一撃が重そうだ。少しずつ押されている。
「ミスティ、あと何秒っ?」
「あひょにひゅうひょー!」
マジックポーションを飲みつつ、予測を立てるアトラ。それに基づいて、僕は動きだす。
「ハザマ、5秒後に技が来るッ! 2、1──今っ」
「『四傷・夢羽々斬』ッ!」
事前の警告に従い見事に回避。下がったハザマと入れ替わりで僕が前に出る。
(ううううう、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!)
威圧感。心がすくみあがってしまうようなプレッシャーに、押し潰されそうになる。膝が笑う。指先が凍りついたように冷たい。全身に悪寒が走り、思考だけが白熱する。
身体中が、震えている。
それでも逃げないと、決めたから。
「邪魔だッ!」
「行かせないっ!」
ルインフォードが道を切り開こうと四つの刀を縦横無尽に閃かせる。その全てを知覚、回避、知覚、回避。脳内の『死ぬ未来』から逃れ続ける。
「だあああああらああああああああああああああッ!」
そんな激しい撃ち合いの中で気づく。
(……風で操っている刀は、軽い!)
実際にその手で掴み操っている二刀に比べた時、風で操るもう二つの刀は軽い。少し力を入れて弾けば容易に攻撃を防ぐことが可能。
考えてみれば、『風で操る』というのはどういう仕組みなのだろうか。魔法による局所的な突風で操っている……?
どういう理屈かは分からないが、単に風で操っているだけであるならば──
「────ここっ」
当たるか当たらないかギリギリの距離で躱し、すぐさま身体を捻る。
そして振り切られた風の刀の柄を──掴む。
「──ッ!?」
ルインフォードの表情が、初めて揺らいだ。
(成功ッッ!!!!)
未来視を生かしての即興、刀奪取。やはり操っている刀は風で刀身を支えているだけだった。素早い動きも、未来視で「ここに来る」と分かっていれば予測を立てて反応することはできる。
柄を取ることだって──恐れを捨てれば、できる。
「人間風情が……っ!!」
わずかに感情を揺らがせたルインフォード。合わせて風も一段と強くなる。
「ぐっ……」
回避も間に合わなくなっていく。体に無数の切り傷が生まれる。
「エイジッ!」
ハザマの声。回復終了の合図。交代だ。
(~~~~~~~! 助かった……!)
隙を見て入れ替わり。僕は肺に溜まっていた息を全て吐き出す勢いでため息をついた。
「は、は、死ぬかと思った、あーーー!」
「よく頑張りましたっ! ほらすぐ回復っ」
思わず涙目になる僕に、アトラが治癒を施してくれる。
手元にはルインフォードの刀。強奪成功。自分でもにわかには信じ難いが、とんでもない成果を得てしまった。
「おっしゃー飲みきりました全力全開ですッ! 行きますよぉーっ!」
ミスティがブンブンと腕を回して──正面に向ける。
「ハザマさん!」「承知ッ!」と、短いやり取りで意思疎通。タイミングを合わせてその場を退く。
「『アイシクル・ロンド』ッ!」
通算二発目になる氷魔法。パーティ中最高威力を誇るその一撃が再びルインフォードを襲う。
「ナイス、ミスティ!」
「はいな!」
僕も思わず握り拳を作る。キテる! 運も味方してる、流れはこっちにある!
「ハザマ下がって、僕が行く!」
「応よ! だが気をつけろ、アイツ──だんだん速くなってる!」
「──?」
意味深なハザマのセリフ。とりあえず警戒を強めるとして──速くなっている? 何の能力だ?
「…………ようやくこの身体にも、慣れてきた」
「……っ、ぁ?」
まとわりついた氷を跳ね飛ばし、大きく隻翼を羽ばたかせたルインフォード。
地を蹴り迫るルインフォード。勢いづいた大上段からの振り下ろしを間一髪で往なす。
(確かに早くなっている──でも、これは……)
ルインフォードの能力に、徐々に加速するなんてものはない。つまりこれは、単純に奴の動きのキレが増したということだ。
考えてみれば確かに、ルインフォードはまだ魔術的人工生命としてこの世に生を受けたばかり。身体が精神と噛み合っていなかったというのは十分に考えられることだった。
『アイシクル・ロンド』二発、フルチャージ『三斬火』一発、『ボルテクス・レイ』一発。【風界】、未だ健在。しかしあと一歩、もう少しで70%は切るはずなのだ。
ミスティの魔力回復はまだ時間がかかる。アトラは治癒で手一杯、魔法を使う余裕はない。『三斬火』も、第三段階を食らってくれるほど甘い敵ではないことは明白。
(どうする……っ)
作戦では、次の『アイシクル・ロンド』で【風界】解除という流れだったのだが──このままでは前衛がもたない。
苛烈な攻めが、始まる。
「ぐっ……」
間合いを詰めて突き。上体のバランスが崩れたところに風の刀で足払い。これを嫌がってジャンプすると残った刀で横薙ぎが来る、素早い連続攻撃。
思いきり体を真後ろへ倒して横薙ぎを避けるも、そこに最後の一撃が待っていた。
「その刀、返してもらおうか」
「──ぁぐっ!」
そこからサマーソルト──つまり後方宙返りの中で、華麗な足技を放ち僕の左手首を強撃。持っていたルインフォードの刀を天高く弾き飛ばした。
(やられた……っ)
やはり甘くない、ルインフォード。天に舞った刀をすぐさま『風』でキャッチし支配下へ。再び四刀流に復帰。
「ぐ……アトラ、残りはっ!?」
「10秒!」
ハザマ復帰まで残りは何秒? という言外の意味を汲んだアトラが秒数を返してくる。しかし10秒、間に合うか……。
耐える間、無数の傷が身体中に生まれていく。防御に専念してこれだ。このままでは5秒ともたずに戦線が瓦解する──。
戦闘しながらも、脳内で無数のタスクを並べる。
ハザマ戦線復帰まで残り7秒。
ミスティ魔力回復まで12秒。
未来視で見えたルインフォードの魔技が4秒後。
魔技より早くに僕が引かなければ死ぬ。しかしそれではハザマが間に合わない。
これらをコンマ数秒の内で比較検証するが、やはりどうしても数秒の差が埋まらない。
どうする、どうする、どうする。
いや迷っている余裕はない。リスクを覚悟しなければ勝てないのは百も承知。勝負に出るならここしかない。
がむしゃらにでも、突破口を開くしかないんだ。
僕は強く地面を踏みしめると、
「────ぁぁあああああああああああああああッッ!!!!」
攻勢に出た。
☆★☆
一つ、作戦会議中に議題に挙がったものがある。それは、ハザマが言った何気ない一言から始まった。
「【風界】ってのは……本当になんでも弾きとばしちまうんだよな」
「うん。魔法攻撃以外は基本無理だと思う」
「でも……風なんだろ?」
「え?」
「風にそこまでの力があるのか?」
「いや、それはきっと魔法的なあれやこれやで……」
もとはゲームなのだから、そりゃ物理現象では説明のつかないことの一つや二つあってもおかしくないだろう、と僕は納得していたのだが、どうやらその思考回路を持たない現地人からすると違和感があるようで、アトラも首を傾げている。
「うーん。だとしても、そんなに強い風が吹いてたら、立って歩けないんじゃないのかしら」
「そんなことはなかったけどなぁ……?」
だが確かに。物を吹き飛ばすような強風が吹いているのに、攻撃を放つ自分自身は特に何の影響も受けていないのはおかしい……のか?
「あのー、そもそもなんですけど、【風界】ってどっち向きの風なんですか?」
「え? ええと……うーん……」
ミスティの一言に、僕は再び記憶の引き出しを引っ張り出す。『あの日の戦闘』と『ゲームでのエフェクト』の両方を思い出してみる。が、しかし……風に色など付いていないため、よく分からない。
「アァ!? もっとよく思い出せ! なんかあるだろ! 風なんだから、周りにも何かしらの影響が出てるはずだろうが!」
「そ、そうか……!」
ハザマの助言に従って記憶の引き出しを変える。ルインフォードではなく、その周りの様子にチャンネルチェンジ。
「ええと、山道で、ルインフォードが降ってきて……」
どんな状況だった? あの瞬間、あの場所では何が起きていた?
「雨が降っていて──」
雨が降っていて。
「……ん?」
僕が死んだ時には、もう雨は止んでいたよな。
『しとしと降っていたはずの雨はいつしか本降りになって、風が突然強くなり、一気に横殴りの雨に変わった』──はずなのに、戦闘中の短時間で止んだ? いつ止んだんだ?──と、その思考に行き着いた瞬間だった。
「……ルインフォードの【風界】が解けるのに合わせたのかは分からないが、同じタイミングで雨が止んだ」
「……雨? 偶然か?」
言われるまで全く気がつかなかったが、確かにタイミングとしては全く同じだ。ミスティが巨岩をぶつけ、ルインフォードの体力を削りきった時には、もう雨も止んでいた。
「雨のできる仕組みってなんでしたっけ?」
ボソリと、ミスティが雑談のノリで発した一言。僕はそれにいつものテンションで返す。
雨のできる仕組み。その雨を生む雲を作る仕組みから遡るならば、こうだ。
「そりゃあ、ええと……なんか、空気が上昇気流で空へ運ばれて冷やされて、なんやかんやで……」
忌まわしき理科の知識を、うんうん唸りながら捻り出す僕。
必死に思い出す中で、そこにわずかな沈黙が生まれた。
「あの」
「なんだよミスティ。今僕は必死に記憶を」
「だから」
ぽけーっとした表情でミスティが人差し指を立てて、上へ向けた。
「上昇気流」
「「「…………」」」
ミスティの小さな指先に視線が吸い込まれる。天へ向けられた一本の指。
それが意味するもの。その意図。
ミスティを除く僕ら三人は、顔を見合わせた。
☆★☆
防戦一方だった僕が突然前に出てきたのを見て、ほんのわずかにルインフォードが揺れた。
何をする気なのか? 物理攻撃は効かないはずじゃ? そういった疑問に加えて、ルインフォード本人も【風界】の防御力を信じていたからこそ、たった一瞬だが隙と呼べるかも怪しい空白が生まれた。
そこに、差し込む。
僕は思い切り態勢を低くしてルインフォードの二刀を躱すと、そのまま地を這うように剣を滑らせて、撃ち込んだ。
真下から上へ跳ね上げるような切り上げ。【風界】に阻まれる手応え────なし。
「────っ?」
すんなりと風のバリアを通り抜けた僕の一撃は、ルインフォードの腹から肩口にかけてを抉り飛ばしていった。
そして同時に、ルインフォードの周りを堅く守っていたはずの【風界】が弾けるように消え去った。
「チッ──」
思わずルインフォードがバックステップ。意表をつく一撃に警戒を露わにする。
「決まっ、た…………」
自分でも信じられない。だが確かに入った。奴の【風界】は、決して『システム上不可侵』ではなかった。風で守るという性質上、それに沿うように剣を振れば物理攻撃であろうと通る。ゲームでは絶対にありえなかった突破口。
その奇跡がもたらしたものは大きい。最大の壁と言っても過言ではなかったその風は、今や姿も見えない。
ルインフォード・ヴァナルガンドの残存体力が70%を切った証。
【風界】の消滅だ。




