第025話 最終決戦/フェーズ1 この足で未来へ進むために
全ての作戦打ち合わせを終え、ついに僕らはそこへやってきた。
「緊張は?」
「少し」
アトラの気遣いに感謝をして、僕は正面を見据える。
ルルーエンティ、正門前。すでに火の手が上がり始めているその地に、僕ら四人は並び立っていた。
「総力戦だ」
できる限りの準備はした。やれることは全てやった。あとはもう、なるようになるだけだ。
「最初の動きは、打ち合わせ通りに」
指をパキパキと鳴らすハザマ。屈伸するミスティ。フードを被るアトラ。頼もしい仲間たち。
敵はルインフォード・ヴァナルガンド。遥か遠き背中。今の僕には到底叶わぬ高み。圧倒的強者──それでも。
そうだ。それでも勝つ。僕たちはそのためにここに来た。
「みんな──」
なんと声をかけるか迷ってから、一言。
「しまっていこう」
「「「おうっ!!!!」」」
僕がそう告げると同時、全員が動き出した。
☆★☆
役割分担を紹介しよう。まずは僕。陽動その一。
アトラを守りつつルインフォードの捜索だ。
「前回は……ミスティが西側でルインフォードを発見している。今回もその可能性は高いかな」
僕はアトラを連れて西側へ向かう。前回よりも早く来たからか、まだ被害は少ないように見えた。前回はハザマにボコられて丸一日寝てたからな。
結局、なぜ二回目のループであの場所にルインフォードが現れたのかは分からなかった。しかし奴がアトラを探しているのであれば、僕らがこちらへ来ればルインフォードも同じくルルーエンティに来ているはず。来ていなかったらその時点で終わりだが、それならそれでこの街を守りきることはできるだろうし問題はない。
僕の読みでは、まず間違いなくここにいる。理由は簡単、世界はそんなに甘くないからだ。
「……不思議ね」
フードを被ったまま、顔を隠して追従するアトラ。顔を隠すのは、『こちらが先に見つける』ためだ。
「こんな状況なのに、私あまり不安を感じてない」
「さ、さすが皇女……」
「違うわ。皇女だからじゃない。あなたがいるからよ」
肝が据わっているのか、アトラは落ち着いている。
「ぼ、僕がいるから? 自分で言うのもアレだけど、そんなに頼り甲斐はないと思うけど……」
「それはそうね」
「ぐ……」
「自分で言って自分で落ち込まないで。そうじゃなくて、あなたがここにいることって、そのことだけで未来への希望にならない?」
「僕にそんな神様みたいな力はないよ」
「もう、違うってば! 単純に、ハッピーエンドを知っている存在が私たちを導いてくれているのって、何よりも心強いじゃない?」
「そう、なのかな」
「そうなの」
僕が自信なさげなことを言うとすぐに怒ってくるアトラ。もちろんそこには優しさが詰まっている。
僕はそんなアトラとのやりとりに背中を押されながら、尚も探索を続ける。
さてアトラを連れてきた理由だが、簡単なことだった。
奴を引っ張り出すための囮。それに尽きる。
作戦会議の中、僕は当初アトラを前に出さない方針で話を進めていた。捕まった時点でゲームオーバーなのだから、それも当然──と思っていたのだが。
『私が囮になる。その方が早いでしょ?』──と、アトラ自らが申し出てきたのである。
アトラを危険な目に合わせたくなかったというのは事実だが、頑として譲らない彼女にこちらも折れるしかなかった。彼女を特別扱いはできない。勝つために必要ならばそうする。僕が守り通せば済む、それだけの話なのだから。
事実、僕の考えた作戦は「ルインフォードをどう動かすか」が重要になってくる。彼女という存在の有無は、間違いなく作戦の成否に直結する。
「────」
そして。
「……いた」
ついに発見する。隻翼の後ろ姿。辺りを見回しているのは……やはりアトラを探しているからか。
「アトラ……」
「大丈夫。心配しないで。それに、もし私が危なくなってもあなたが守ってくれるんでしょ?」
「も、もちろん!」
「じゃあ、何も怖くない」
それだけ言うと──アトラは一つ頷いてから、勢いよく路地を飛び出した。
「ルインフォード・ヴァナルガンドッ!!」
仁王立ち。
「私はここにいるぞッッ!!!!」
構えるや否や、挨拶がわりの魔法とばかりに『ボルテクス・レイ』を撃ち込む。しかし──
「……────」
振り向く竜狼、抜刀。背中に目があるかのごとく、瞬時に迫る電撃を捉える一閃。魔法を斬り裂き、その威力を減衰させた。魔術的人工生命に常識は通用しない。
そして──竜狼の視線が、アトラを射抜く。
「────────好都合」
一言。
(来るッ)
もちろんその未来を見ていた僕は横から飛び出し、アトラを掻っ攫う。直後、アトラのいた空間を猛烈な剣の嵐が喰らい尽くした。
「ほらね、怖くないっ」
「こ、この人は……っ」
一目散に逃走、全力疾走。自信満々の「ほらね」に、怒りたくても怒れない。それが信用の証だと分かってしまうから。
「くっ……」
背後からものすごい爆風、及びプレッシャーが追いかけてくる。めちゃくちゃ怖い。
「アトラっ!」
「了解!」
僕にお姫様抱っこされたまま、アトラが天に向かって杖を掲げて小さな雷を飛ばす。残り二人のメンバーに向けた合図。
きっかり30秒後、本格的に作戦が始動する。僕らの仕事に全てがかかっている。
「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!?!?」
未来視、未来視、未来視。背後から迫る斬撃、爆風、それらを右へ左へ回避。
アトラを抱えて回避するのは困難を極めたが、こうしないと彼女を守りきれないので仕方がない。お姫様だっこで恥ずかしがっている余裕はゼロ。こんなにお姫様だっこが様になるヒロインはアトラ以外いないが今はそんなことを言っている場合ではない! この心臓の高鳴りは疾走によるもの!
「チッ──」
一層苛烈に風が吹く。チラリと横目で振り返ると、ルインフォードが早くも二刀目を抜いたのが見えた。
「マジか……っ」
【英雄の眼】フル活用。次々と送られてくる未来の映像に脳が焼き切れそうになる。
ステータス的にもまず逃げ切れないであろうルインフォードに対して、僕がここまで立ち回れている理由の一つに『地形の把握』がある。
こまめな進路変更。路地をいくつも曲がり、常に視界から外れることを意識。これをすることで、ルインフォードは路地を折れ曲がった後、一度どちらへ曲がったのかを確認しなければいけなくなる。その分のロスで、僕らが逃げ切れるという寸法。
ルルーエンティ外壁周辺は路地が入り組んでおり、様々な障害物がある。それは僕の知識でもハザマの知識でも確認済み。地図はもちろん、完璧に頭に入っている。加えて、街の外側へ逃げることで被害を少しでも減らしたいという理由もあった。
合図の発射から20秒が経過した。チェックポイントへの誘導は予定通り。
(行ける。このまま逃げ切れる────ッ!)
慢心ではない。自分の中にある知識と現状に鑑みて、その結果としての合理的確信。
ここから返される一手はない。第一関門は突破、あとはハザマにバトンタッチ────と。
しかし。
そう上手くいかないのがこの世界。
何度僕の確信を裏切られたか分からない。どれだけ希望を挫かれたか分からない。イレギュラーは常に僕の背後に控えている。
(────っ、は?)
見えた未来に、自分で自分を疑った。
刺される? この距離で? なぜ──
(────そうかッ!)
そして、見えた未来。そこに描かれていた一幕は、非常に単純な光景だった。
「投擲……っ!」
ルインフォードが刀を構え、思いきり僕に向かって投擲する。それが一直線に僕の背中に迫り、刺し貫く。そんな未来。
まずい。そう思った瞬間にはもう遅かった。走りながらルートを考えつつ未来を読むというのはあまりにマルチタスクが過ぎた。これでは見てから避けることも、間に合わない。敵はプログラムされたデータじゃない。ゲームにないモーションだって平気でやってくるのだ。
「くっ──」
ちょうど障害物を飛び越えて空中に身を躍らせた僕。そこを狙い澄ました竜狼の牙。
「エイジくんっ!」
背後を見たアトラが警告を発する。僕も全力で身を捻る。しかし──
「ぁ……っ、ぐ」
ビシュッ! と、脇腹を抉り飛ばしていく一刀。一瞬遅れて血が吹き出す。
(……ぅぅうううああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?)
激痛が脳内を駆け巡った。何度やっても、どうやっても痛みには慣れない────だが、それでも。
「あ、ぁぁあああ、ぐぅううっ」
直撃は避けた。アトラに当たるのも避けた。致命的なダメージではない。
「大丈夫っ!?」
「ああ────大丈夫だッ!!」
足を止めない。走り続ける。止まらなければ道は開ける!
「目標地点まであと10メートルっ」
アトラの声。
「がああああああああああああッ!」
弱気になるな。挫けるな。
「5メートル……っ」
自分に負けるな逃げるな目を背けるなッ!
──この足で、未来へ進むためにッ!
「あああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
そして。
そして────。
「よくやった」
声が響いた。
「あとは任せろ」
「──頼んだ」
すれ違いざまに、一言だけ交わして。
「────────『三斬火』ッッ!!!!」
正門前。最後の路地から飛び出して、気合一閃。
爆撃にも似た轟音、そして衝撃が、ルインフォードを襲った。




