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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第一幕 英雄再誕
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第023話 続・灼熱の騎士 後編



「すみません。練習用の模造刀を貸してくれませんか」


 武器屋の親父から受け取った二振りの木刀のうち、片方をハザマに投げる。

 場所は村はずれ。誰もやってこないであろう裏地で、僕とハザマは向かい合っていた。

 いつか見た光景、乗り越えられなかった決別の瞬間。あの日の過ちを清算するために、僕はもう一度ハザマと相対する。


「男って馬鹿ですよねえ」

「そお? 私はエイジくんの気持ち、分かるけどな」

「えぇ……」


 遠くで仲良く体育座りして見物している二人にデジャヴを感じる……。

 まあいい。今は目の前に集中。


「ルールは、前の世界の君から聞いた。騎士団のものに則ってやろう」


 僕は軽く準備運動をする。体はよく動く。安藤影次なんて比にならない反応速度だ。必要なのは強い精神。それだけ。

 僕はゴソゴソとポケットをまさぐる。引っ張り出したのは──100Gのコイン。この世界に来てすぐ拾った、たった一枚のコインだった。


(ああ……もうすでに懐かしいな)


 このためにあったのかもしれない。僕はそのコインを指に乗せ、頷く彼を確認した後、それを天高く弾き飛ばした。


 宙を舞う。表、裏、表、裏。青空をバックに、太陽の光を反射しながら、クルクルと回る。

 僕は視線を切った。もう馬鹿みたいにコインを眺めている必要はない。落下の瞬間を確認することすらしない。

 しかし見えている。未来の僕が知っている。落ちるタイミング、すなわち試合開始の合図。この【英雄の眼】が捉えている。



 3。



 2。



 1。



「──ッ!」


 キンッ、という金属音とともに、木刀片手に地面を蹴る。


 この前と同じ道を辿る? 否。


 胸に勇気。心に度胸。この程度の恐怖、あの竜狼の発するプレッシャーに比べればなんでもない、と。

 そう思った瞬間、【英雄の眼】もそれに答える。自分の中に勇気が生まれたことで、見える未来にも道が作られる。


「せああああああああああああああっ!!」


 見よう見まねの剣術に変わりはないが、「未来が見えている」というアドバンテージが辛うじて僕を決闘の舞台に立たせる。

 避けられる。何度打ち込んでも避けられる。それが分かっていても、僕は突き進む。


「っ、お前────!」


 苦もなく回避を続けていたハザマだったが、しかしそこに何かを見たのかニヤリと笑った。


「いい根性してんぜッ!!」


 言うや否や、ハザマもしかけてくる。無数の剣、その軌跡が脳内に閃いていく。

 右から斬り払い、斬りおろし。下段から抉り込むように突き、足払いを経て袈裟懸けへ。一連の流れをシュミレートし、回避や受け流しといった選択肢の中から最適なものを選び取っていく。

 落ちたら即死の綱渡りのような緊張感。一手誤ればジ・エンド。


「ふぅ────」


 強撃によってブレイクポイントを生み、両者離れる。一瞬の間、深呼吸。視線は切らず集中力を高めていく。

 体内のボルテージが上がっていく感覚があった。ほんの少しずつだが、強き身体と弱き精神が一致し始めている。軋んでいた歯車が噛み合い始めた、とでも言うべきか。


 心身合一。


 自分でも想像していなかったほどの動きができている。


「剣は素人だな。だが──やたら速い。当たらない。なんだ?」

「ちょっとだけ目が良いんだよ」

「──まあいいや。面白えから、なんでもいい!」


 一つ、この戦いの鍵になるものがある。

 それはハザマのアビリティ、【戦闘狂(バーサーカー)】だ。

 改めて、その能力を確認しよう。

 

 交戦時、敵のレベルに応じて自身のステータスに補正がかかる。自分より高いレベルの敵と戦う場合、高ければ高いほどステータスにプラス補正。最高1.5倍。逆に低ければ低いほどマイナス補正。最低0.75倍。

 

 前回のルインフォード戦で大活躍したハザマを見る限り、やはりこの世界にもアビリティが適用されていると考えて間違いないだろう。となると、だ。

 駆け出しの僕と戦う場合、マイナス補正が入る。ほんのわずかな変化だが、そこが差を縮める鍵になる。


「そらぁッッ!!!!」

「くっ……!」


 激しい撃ち合いが始まった。

 最初は様子見の向きが強かったハザマも、ここまでくると迷うことなく全力。一撃一撃が重い。木剣がミシィ……と異音を立てる。このままでは折れそうだ。そして、反撃に転じる隙も失われていく。


 ──だが、思い返せば。


 初回、ただなす術もなくやられたあの日に比べれば。


 僕は確実に、前に進んでいる。


「はははッ」


 それが分かったから。


「はははははっ!」


 僕は笑った。

 恐怖はある。今も剣を向けられれば怖い。それに変わりはない。では何が違うか?

 怖くてもいいんだと分かった。恐れを抱いたまま、それでも進んでいいのだと知った。

 恐怖を感じながら進んではいけないのだという固定観念があった。ブライト・シュナイダーは恐怖など感じなかった。ただ主人公らしく、前だけを見ていた。


 僕にそれは無理だ。怖いものは怖い。痛いものは痛い。


 でも、そのまま進めばいいと言ってくれた人がいた。今も彼女が見ている。だから僕は、進める。


「おっ、ぁ……?」


 タイミングが良かった、といえばそれまでだが。

 僕が撃ち込んだ剣が、たまたまクリーンヒットした。確かにいけそうな未来が見えていた。しかしにわかには信じ難いその光景に、実際撃ち込むまでは現実味がなかった。だが現にこうして、事は起きている。


 僕の一撃は、ハザマの木剣を強打してそのまま空へと弾き飛ばしていた。


「マジ、か……!」


 ハザマは天舞う自らの木剣を悔しげに、しかし笑いながら見上げる。


「やった──、!?」


 喜びも束の間。先程から異音を発していた僕の木剣も、ついに限界を迎える。激しいぶつかり合いの中でダメージが集中した剣の腹から、真っ二つに折れてしまった。


「……こう言う場合、どうする?」

「──決まってんだろうが」


 ハザマはグッと拳に力を込め、不敵な笑みを浮かべた。




「武器ならまだあるだろう? ──(ここ)に」




「……なるほど」

「前回の俺とやらが言ってなかったか? 円を出るか、気絶するまでが決闘だって」


 まさにその通りのことを言っていたな、と僕は苦笑いする。


「さあ、やろうぜ。ようやく温まってきたんだ」

「……ああ」


 感謝があった。

 こんな意味の分からない決闘を受け入れて、まっすぐぶつかってきてくれる彼に対して、胸の内から溢れ出すような感謝。


 ……これは、恥ずかしくてハザマにも伝えていない、僕だけが知ることだが。

 ブライト・シュナイダーとハザマ・アルゴノートは、のちに意気投合し、最高の親友になる。


 僕も、安藤影次として──彼の隣で笑えるだろうか。

 いや、笑うために。僕は進むと決めたから。


「全力で行くぞ、ハザマ──!」

「よっしゃ来いッ! 見せてみろよ、お前の全力を──ッ!!」


 そして再び、僕らはぶつかり合った。

 

☆★☆

 

「うわー、ついに殴り合い始めましたよ、あの二人」

「そうね……」


 その頃二人は、端っこで体育座りをしながらその様子を眺めていた。


「痛そうですね」

「そうね……」


 ミスティとしては、本当に意味が分からないのだろう。顔をしかめつつ、理解不能な男たちを見守っている。

 対してアトラは──アトラは。


「さっきから上の空ですね」

「そうね……」

「……」


 ミスティの問いかけにも生返事。何か考え事をしているのか、思う節があるのか……。

 その時アトラが思っていたこと。それはたった一つだった。


 彼を見守ること。


 安藤影次は今、自分の殻を破ろうとしている。きっとそこには多大な負荷が伴うはずだ。辛くて苦しい戦いだろう。


 だからこそ、私が彼を見守るのだ────アトラは一人、そう考えていた。


 側から見たら意味の分からない戦いかもしれない。でも彼にとっては、ブライト・シュナイダーではない、安藤影次にとっては──。


「アトラさん、泣いてます?」

「……ぇ?」


 言われたアトラは、すぐに自分の頬に手をやる。

 つう、と滴るのは……自分の涙か。


「あ、あれっ」


 慌ててアトラはゴシゴシと目を擦って涙を拭う。


「な、なんで私……」


 ──なんで私、泣いてるんだろう。


 理屈で考えても答えは出ない。今アトラが泣く合理的な理由なんてどこにもないからだ。

 だが、人の感情はそんなに単純じゃない。


 強くなりたいと願ったあの日から、彼はちゃんと前に進み始めている。それが分かったから────。


「誰かが頑張っている姿って、こんなにも美しいのね……」

「な、なんですかいきなり!?」

「ううん、なんでもないっ」


 思わず笑顔になってしまうのを、アトラは抑えきれなかった。



 自分は弱いと、あの日涙を流していた彼はもういない。



 ──頑張れ、エイジくん。



 言葉にすることはなかったが、アトラは胸の内で祈った。



☆★☆


「だああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

「うらあああああああああああああああああああああッッ!!!!」


 殴り合いへともつれ込んだ決闘はしかし、依然として続いていた。

 喧嘩慣れしたハザマ、未来視でアドバンテージを持つ僕、二人の実力は拮抗──とまではいかないものの、辛うじて僕が食い下がっていた。


「軽い軽いッ! 一発が軽いんだよォッ!!」


 どれだけ拳を叩き込もうがハザマは倒れない。僕の拳は軽い──その通りだろう。喧嘩したことは愚か、人を殴ったことなんて一度もない。だがそれでも、ここで引くわけにはいかないのだ。

 互いに顔中を腫らせて、肩で息をしている。しかし、ダメージがデカいのは僕だ。口の中に血の味が広がっている。まぶたの上が腫れて視界が狭い。息が荒くて、どれだけ酸素を取り込んでも足りない気分だ。

 ハザマも膝に手をついているが、眼光は力強いまま。疲れを感じさせない──否、始まる前よりもその笑みは深くなっている。

 彼はこの馬鹿みたいな決闘(殴り合い)を、楽しんでいる。


「拳っつうのはなァ────」


 ハッと気がついた時には、もうすでに眼前に迫っていた。


「こうやって腰を入れて、ぶち込むんだよッッ!!!!」


 バキィッ! と、硬質な音。頬骨を捉えたその一撃によって、僕は簡単に吹き飛ばされた。


「ごは、ぶふぇっ……ぁ……ぐ」


 地面をバウンドする。脳がガンガン揺れる。


 痛い、怖い、苦しい、辛い。


 もうやめたいと、身体が警告を発する。


 それでも。


 それでも、だ。


「──まだ、立つか」

「立つよ、何度でも」


 きっと、ルインフォードの刀に貫かれたハザマの方が痛かった。


 皆が倒れて尚立ち向かった、アトラの方が怖かった。


 だから僕がここでやめるわけにはいかない。


 これは、僕が殺した彼らに捧げる禊。みんなは笑って許してくれるかもしれないが、僕が僕を納得させるために行う儀式だ。


(悪いな、ハザマ。こんなことに付き合わせて)


 でもきっと、君なら受け止めてくれると信じていた。


 だから。


「腰を入れて──」


 思い切り振りかぶり、


「殴るッッ!!!!」


 ハザマは避けなかった。余裕はあったはずなのに、正面から受けた。なぜ?なんて、きっと考えるだけ無駄だ。


「こうか、ハザマッ!」

「まだ足りねェッッ!!!!」


 吠える赤髪の青年。


「身体で覚えろ、エイジッッ!!!!」

「が、はぁっ…………っ、」


 僕も逃げずに立ち向かう。


「ぅううがあああああああああああああああああッッ!!!」

「ぎ、ぃ…………今のは、効いたぜ……」


 乱れ飛ぶ拳。互いにノーガード。全てがクリーンヒット。しかしどちらも倒れない。


「ぁ、ぐ……」


 精神力だけで戦っていた僕だが、限界は訪れる。ふらりと倒れかける身体をなんとか支える。そろそろ……終わりにしなければ。


「ありがとう、ハザマ」

「……ああ? 今更何の真似だ?」

「いきなり、こんな決闘に……付き合わせて……」

「ヘッ、しゃらくせえ! 久しぶりにこんな根性あるやつと会えた! 俺はそれだけで満足なんだよ! それでもまだ言いたいことがあるってんなら──」


 ハザマは心底楽しそうに手のひらを掲げると、グッと握りしめた。


(コレ)で語れよ」

「……それも、そうだな」


 さすが、物語の登場人物。冷静になれば恥ずかしくなってしまうような台詞だって、こんなに様になる。

 口の中に溜まった血を吐き捨て、最後の一合に備える。




「──────────」



 一瞬の静寂。

 そして、静から動へ。


「────ッッ!!!!」


 言葉はなかった。

 完璧に同じタイミング。二人が放った一撃は風を切るようにしてすれ違い、互いの頬に突き刺さった。


「ぐ、は……」「く、ぁ……」


 呻き声を発して、二人。


 地面に沈むのもまた、同時だった。


 ……もう身体が動かない。


 仰向けになって、青空を見上げる。そこには、今の僕の心情を表したように雲一つない快晴が広がっていた。


 ……清々しい。


 陰鬱として、常に薄暗かった自分の部屋を思い出す。あの空間はあの空間で嫌いではなかったけど……今はこの青空も、悪くないなと思えた。


「……よぉ」


 そんな時。視界の端に入り込んだのは、ふらつきながらも立ち上がったハザマだった。




 ……そうか。僕は、負けたのか。




「最後のは……素人にしちゃ、いい一撃だったぜ」

「……ありがとう」


 するとハザマは、すっと拳を僕に向けた。


「……?」

「んだよ、察しが悪ぃな!」


 思わず首をひねった僕に、ハザマはニカッと笑いかけて。


「ぶつけんだよ、拳と拳を! 分かれ、それくらい!」

「ああ……!」


 僕はぷるぷると震える腕に情けなさを感じつつも、ハザマが掲げたその拳に己の拳を打ち当てた。


「拳を交わした。魂を交わした。ならもう俺たちは、友だ」


 ハザマはそのまま拳を開き、僕の腕を掴んで引き上げてくれる。

 遠くから、ミスティの「救護班出動ー」という声が聞こえてくる。


(……ああ、これで良かったんだな)


 結局ハザマに勝つことはできなかったけれど。それでも僕は満足だった。納得することができた。



 最初に仲間になる男が、彼で良かった。



 今はただひたすらに、そう思った。



☆★☆


「……お疲れ様」

 私はほんのちょっとだけ涙ぐみながら、前へ歩みだした彼の尊き第一歩を祝福した。



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