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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第一幕 英雄再誕
24/84

第022話 続・灼熱の騎士 前編



 そう。

 例え何度コントローラーを投げ出しても、僕はいつの間にかそのゲームに戻ってきてしまうのだ。

 なぜか? それはきっと──ゲームには攻略法があって。

 ちゃんと考えれば答えは出るようになっていて。

 何度死んでも諦めなければ、必ず前に進めて。

 頑張れば、強くなれたから。

 僕の知る主人公(ブライト)は、何度死んでも必ず立ち上がった。立ち上がって、無言の背中で語るのだ。


 まだ諦めるな、と。


 俺は諦めていないぞ、と。


 だから僕は、そんな言葉に背中を押されるようにして、再びコントローラーを握るのだ。





 僕が諦めたら、主人公(ブライト)は歩き出せないから。




 

☆★☆

 






 陽だまりの中にいるような、温もりに満ちたまどろみが僕を包み込んでいた。

 ふわふわしていて、柔らかくて、優しい。

 母親の胎内にいるのって、こんな感じなのだろうか。何もしなくていい。ただ幸せなこの空間に身を置いていたい。離れたくない。心地がいい……。


「すぅ……」


 春の温かい日、日向ぼっこをしているような。いつまでもこの時間が続けばいいのにと思ってしまうような、そんな感覚。


「ふわぁっ……んっ、ぅ……にゅ……」


 この柔らかさが、僕を逃がしてくれない。ふにゅ、ふにゅ、と指が沈み込むような弾力。全てを包み込む包容感。決めた。僕はここで一生を過ごす。

 ここが楽園(エデン)。ここが理想郷(アヴァロン)。至高であり至福。


「あのー」


 誰にも邪魔できない、僕だけの天国(ヘヴン)……。


「そろそろ起きてご説明願えますか?」


 ああもう誰だ。僕の平和を乱す奴は。排除してやる。


「んんんんんん……」


 僕は嫌々まどろみから抜け出し、僕はその柔らかな場所から顔を上げた。

 目の前に可愛らしい寝顔があった。


「……」


 すう、すう、と一定のリズムで呼吸をしている。彼女の吐息が僕の頬を撫でて、背筋がゾクゾクする。金の髪が頬にかかっていて、長いまつ毛は伏せられたまま。きめ細やかな肌、産毛の一つ一つに至るまで子細に観察できてしまう。距離にして3センチ。少しでも身動きすれば鼻先が触れ合うだろう。


「……………………」


 固まった。

 視線のすく先に、眠る皇女の顔がある。


「…………………………………………」


 ゆっくりと体を引こうとする。しかしなぜか、その少女の左腕がガッチリ僕をホールドしていて逃げられない。

 寝起きのボケた脳みそがこの状況の理由を探そうと試みるも、無理。処理不可能。エイジの脳みそは動作を停止しました。問題が発生したため思考を終了します。


「おやすみなさい」


 僕は目を閉じた。


「二度寝するな」


 ドムッ、とどこからか拳が落ちてきて僕の鳩尾を強かに打った。「ごへぇぁ」と情けない声を上げて、僕は今度こそ目覚めた。


「ゆうべはお楽しみでしたね」

「違うんだミスティ。話を聞いてくれ。いやその前に助けてくれ。逃げられない」


 アトラのホールドが強固すぎる。ていうか、逃げようとするともっと体を寄せてくる……っ!


「わぷ」


 そして僕は、寝ぼけた少女──アトラの胸に抱かれて。


「んにゅむ……もう、しょうがないんだからぁ……」


(うわああああああああああああああああ!?!?)


 僕が夢かうつつか感じていたあの温もり、柔らかさの正体! それがコレ! うおおおおおお! 柔らけえ! じゃなくて!

 なんで僕は、アトラの胸に抱かれて眠っているんだ!?


「(お、起きてよアトラ!)」


 ギブアップのタップ。囁く声にピクッと反応する少女。「んうう」ととってもキュートな唸り声を上げながら、アトラ姫はようやくお目覚めになった。


「ふわぁうっ………んん、よく寝た」


 ここまでの逃走劇が応えたのか、睡眠は深かったらしい。寝ぼけ眼を擦りながら体を起こそうとするアトラ──しかし。


「ん?」


 自分が何かを抱きしめて眠っていることに、ようやく気がつく。


「……」

「……」


 胸に埋もれた僕と視線が交錯する。後ろからミスティの冷え切った視線も感じる。今ここがエストランティア皇国一気まずい空間な自信がある。助けてユグドミスティア様。いやダメだ、ミスティがその神の化身だった。終わった。

 うーん、なるほど。ヒロイン(?)二人に囲まれてついに僕も主人公力が高くなってきたか。こんなイベントも発生してしまうとは。やっぱ主人公たるもの、ヒロインの胸に顔を埋めてなんぼみたいなところがあるからな。ないか。ないな。


「ずいぶん大きな抱き枕ね」

「ごめんなさい今すぐ退くんで解放してください」

 

☆★☆

 

 五分後ッ!


「なるほどですね」


 場所は変わらず宿屋。ミスティが楽しそうに正座する僕を見下ろしてくる。


「それでお姫様に慰めてもらううちに眠くなっちゃって、二人ともベッドに倒れ込み、そのまま朝チュンと」

「言い方! 言い方があまりよくない!」


 呆れたミスティが両手を腰に当て、ため息をついている。


「いや、あんだけギャーギャー騒いでたら隣で寝てる私も起きますよ。聞いてましたよあの恥ずかしいやりとり全部」

「……」

「邪魔しちゃ悪いかなーと思って文句も言わずに寝なおしたんですよ。それで今日起きたら、何ですか? 濃厚に絡み合いながらグッスリて。アーン♡なことやこんなことがあったんでしょうね」

「何もなかったよ意味深な発音やめてよ! 結構シリアスな感じだったからそんなこと起こる余裕ゼロだよ!」

「これから私たちはずっとギスギスしながら国を救うために旅をするんですね」

「だからごめんって……」


 パーティメンバー二人が抱き合いながら眠っているのを目撃した三人目さんが猛烈に毒を吐いてくるが、何もなかったものは何もなかったのだ。愚直に弁解するしかないじゃないか。


「皇女の胸に抱かれて眠ったなんて……皇国民が聞いたらひっくり返って失神するでしょうね!」

「なんで追い討ちするのぉ!?」


 悪いのはアトラ(のはず)なのに、当の本人はニヤニヤしながらこちらを眺めるだけ。楽しそうだからいいけど。

 しかし、そんなアトラの様子にようやく溜飲を下げたのか、ミスティはぼすんとベッドに腰を下ろした。


「……まあいいです。ブライトさんはそういうことできそうにもないですし」

「なんか馬鹿にされてないか?」


 概ね正しい評価ではあるが。


「それで、今後はどうするんですか。決めたんでしょう、ブライト──いいや、エイジさん」


 昨夜のことを聞いていたのは本当らしい。ミスティが試すような視線を向けてくる。僕はわずかに顔が熱くなったが、目をそらすことはしなかった。僕はこれから──この世界で、安藤影次として生きていくと決めたのだから。


「ああ、全部決めた。これからどうするか」


 僕は立ち上がり、僕の大切な仲間たち(パーティメンバー)を見据えた。


「だけどその前に、やらなきゃいけないことがある」

 

☆★☆

 

 宿屋を出て、村の外に繋がる門の前で待つ。

 そう長くはかからなかった。向こうから、一人の青年が剣を杖に歩いてくるのが見えた。


「信じていなかったわけじゃないけど、あなたの言う通りのことが起きると……ちょっと驚くわね」


 それも無理はないと思う。全てを話したとはいえ、突然未来を知る者が現れたなんて受け入れ難いに決まっている。

 だが、こうして僕が話した通り──ハザマ・アルゴノートはやってきた。


「ハザマっ!」

「ん? この声は……」


 俯きがちだったハザマが勢いよく顔を上げる。そして僕の隣にいる彼女──皇女を視界に収めると、神でも見たかのように顔を綻ばせてこちらへ走ってくる。そして──


「ハザマ・アルゴノートッ! 本城に襲撃との知らせを受け、馳せ参じましたッ! おおお、姫ッ! よくごぶぇ」

「ちょっとっ!」


 ものすごいデジャヴだ……。

 ということで、通り一遍前回と同じやりとりを繰り返す二人。僕は不思議な感覚を抱きつつ、それを見守った。そして落ち着いたタイミングで、口を挟む。


「初めまして、ハザマ・アルゴノート。僕の名前は安藤影次」

「お前がアトラをここまで守ってきたっていうヤツか、よろしく!──って、なんで俺の名を知ってんだ……?」

「細かい事情は後で話そう。今は君の体力回復が先決だと思う」


 僕の言葉に相槌を打つアトラ。同じくミスティも隣で様子を見守っている。


「そ、そうだな。よく分からねえが、今にもぶっ倒れそうだ……難しい話はその後にしよう」


 ハザマも納得したところで、僕らは場所を移した。

 食事や着替え。ここは全て前回と同じ道のり。しかし、ハザマが仮眠をとっている間に僕は前回と違う行動を起こした。


 ハザマが爆睡している間に、ミスティを宿に残して僕らはリドラの村周辺にいる魔獣を狩る。精霊石を集めて換金。効率の良い狩り場を知っているため、短時間でもそれなりの成果が上がった。しめて5480G。


 次に、そのお金で回復アイテムを大量購入。始まりの町にあたるリドラの村で買えるものはたかが知れていたが、それでも必要になる。


 ちなみにエストラにおける回復アイテムはポーション。小さなビンに入っており、HP回復が黄緑色の液体、MP回復のマジックポーションが薄水色の液体だ。試し飲みしてみたところ、レモンスカッシュのような味がした。わりかし美味しい。


 ──こんなことも、今までは考える余裕がなかった。絶望的な状況に変わりはないが、それでも心の余裕は生まれてきたのかもしれない。

 成果を得て宿に戻り、申し訳ないがハザマを起こす。

 そしてまずは、彼にまっすぐ向き合い、僕という人間の事情を説明する。


「別の世界だァ……?」


 アトラのようにすんなりとは受け入れられない様子のハザマは、しきりに首を傾げている。これが普通の反応だろう、と僕も思う。


「セーブ? 二回死んだ? マジで言ってんのか……?」

「大マジだ。理解しろとは言わないよ。でも信じて欲しい」

「……姫さんはどう思うんだ?」

「どうも何も彼、あなたがこの町に来ることをズバリ言い当てていたわよ。あなたもさっき不思議がっていたじゃない。なんで名前を知っているのかって」

「……そっか。そうだな。姫さんが信じるなら、俺も信じる!」


 ニカッと笑うハザマ。僕は胸を撫で下ろした。ここが一つ目の関門だったからだ。

 しかし間髪いれずに次。第二の関門だ。


「じゃあ、少し質問がしたい。君たち『白羊宮(アリエス)』の本拠地は、今襲われているんだよね?」

「そう、そうなんだ。いきなり訳の分からない連中がやってきて、今先輩たちが応戦してる。俺はその応援要請に──って、もしかしてお前は、あいつらが何者なのか知ってるのか!?」

「ああ、知ってる。奴らはグリムガルドっていう、簡単にいえば悪い魔法使いの手下たちだ。それが今、この国の各地を襲ってる」

「一体何が目的で──?」


 僕はハザマの疑問に一つ一つ答えていく。アトラも時折質問を交えながら、僕の持っている情報を共有していった。


「なるほど……だいたい分かったぜ」


 全ては理解できないまでも、現状の把握は完了したと見えるハザマ。僕はそのタイミングで、ようやく本題へと移った。


「僕は一回目のループ、つまり初回で君を怒らせた。僕は君のことを知っていたはずなのに、配慮することができなかった」

「そりゃ、仕方ないだろ。お前だって混乱してたんだろ? ただの学生やってたヤツがいきなりこんなことに巻き込まれたら、パニックにもなるさ」

「…………そうか。ハザマも、そう言ってくれるのか」


 最初からこうすればよかった。その思いがますます強まる。僕はみんなを信用できていなかったんだ。


 だから。


 だからこそ、だ。


「ケジメをつけたい」


 間違いは消せない。あの世界のハザマやアトラは、僕のせいで殺されてしまった。

『ごめん、な……………………』

 あの日の彼の顔を鮮明に覚えている。決して忘れることはないだろう。表情が、声が、血の色が、絶望が、強く脳裏に刻み込まれている。だがそれでも僕は、安藤影次としてこの十字架を背負って生きていくと決めた。


 だからこそのケジメ。区切り。再スタート。


 たとえこの世界の誰もがその事実を知らなくても、僕だけは苦痛に歪む彼らの顔を覚えているから。

 そして──僕は一度深く深呼吸をしてから、何事かと身構えるハザマに言葉をぶつけた。


「僕と決闘をしてくれ」


 沈黙が宿屋の一室を満たした。


「……えぇ?」


 一番初めに口を開いたのはミスティだった。


「本気ですか? だってエイジさん、2回目のループでは説得できたって──」

「そうだよ。でも、そうじゃないんだ」


 ミスティには分からないかもしれない。

 これはくだらない男のプライド。ちっぽけだけど譲れない、そこだけは変えられない変えたくない。そんな子供みたいな理由。

 何事もなかったかのように正解を選んでもいいのかもしれない。でも、それで僕は納得するのか? 今後ハザマに対して引け目を感じたまま冒険を続けるのか?


 否だ。


 僕は決めたんだ。対等な立場に立ち、本音をぶつけて向き合う。僕がしてしまったこと、その罪。全てを受け入れて前に進むと。

 ならばこその決闘。

 意味なき意義のある戦い。

 無意味と笑いたければ笑えばいい。

 余人の解せぬ熱が今、僕の胸の内にある。


「……」


 しかし、それはそれとして問題一つ。けしかけられたハザマだ。

 前置きもなく、出会ったばかりの人間に戦えと詰め寄られる。きっと一番意味が分からないのはハザマだろう。ここまでの道のりも口頭で聞かされたのみ。そして誰とも分からぬ男からの決闘申し込み。断るには十分すぎる理由が揃っていた。



 しかし。



「ハハ」



 僕には確信があった。



「面白え」



 ハザマ・アルゴノート。能力にすら反映されるその戦闘狂(バーサーカー)気質を持つ彼ならば────!!



「いいぜ。その決闘、乗ったッ!!」


 その一言を聞き、僕はニヤリと口角を上げた。






 ブライト・シュナイダー改め、安藤影次vsハザマ・アルゴノート。


 ゲーマーでもさすがに妄想しない、プレイヤー本人と物語の登場人物による戦いが始まろうとしていた。


「……うん!」


 その間、アトラは一つ頷いただけだった。


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