第018話 じゃあ、何が正解だっていうんだよ
──おかしい。
「用があるのは金髪の女だけだ。それ以外に用は無い」
──おかしいだろ。
「潔くその女を差し出せば、命だけは助けてやろう。貴様らには選択肢がある」
──だって、ここはマルギットへ向かう道中だぞ?
「無駄に抵抗して全員死ぬか。金髪の女を差し出して残りの全員で助かるか、だ」
──なんでお前がいるんだよ。お前は、ルルーエンティに向かったはずじゃなかったのかよ。
「さあ、選べ」
──だって、お前がここにいたら。
「賢明な判断に期待する」
──お前がここにいたら、何のために!
何のために死んで、何のためにハザマを説得して、何のためにここまで来たんだよッ!!
「誰だよ、テメェは」
先頭に立っていたハザマが、突然現れたルインフォードに苛立ち混じりの誰何をする。
「名、か。これから死にゆく者に名乗る必要性は感じないが──冥土の土産に教えてやろう」
ルインフォードから放たれる爆風が僕らを揺らす。それはまるで、実体を持った『圧』のようだった。
「ルインフォード・ヴァナルガンド。グリムガルド様が創造せし八つの席次、『理想郷委員会』が一人。『木星』のルインフォードだ。覚えておけ、とは言わない。貴様らはここで終わるのだから」
……立ち尽くすしかなかった。
なぜここにルインフォードがいるのか。だって僕は、セーブ地点から復帰した後、迷わずにマルギット行きを決めてここまで来たのだ。『一回目の僕』と違う点はハザマへの説得内容だけだ。ルルーエンティにいるルインフォードには何も影響がない。影響がないということは、ルインフォードは一回目と同様にルルーエンティに向かっているはず。なのに今、奴は目の前にいる。
この短時間で僕らの一行の中にアトラがいることを察知し、その情報を掴んだルインフォードが目的地を変更した? そんなわけがあるか。そんな情報網があるならアトラはとっくに捕まっている。
気まぐれ? もともとルインフォードは目的地を明確に定めておらず、確率で行き先が揺らぐ? 世界をやり直すたびにそのサイコロが振り直されて、たまたま僕らのいるこのマルギット道中にかち合った?
いや、考えにくい。ルインフォード──もとい『理想郷委員会』の面子が各地の都市へに向かっているのには、アトラ確保以外の明確な理由がある。おそらくルインフォードもグリムガルドの指示でルルーエンティを訪れている。
となればやはり、マルギット道中でルインフォードに出会うのは異常事態だ。
まただ。また何か、僕の知るゲームとは違うイレギュラーが発生している。
「……どうしようも、ないじゃないか」
ならば、僕に打てる手はない。
「もう、終わりだ」
正しい選択肢を選び直してもバッドエンドであるならば、僕にはどうしようもない。
「……じゃあ、何が正解だって言うんだよ」
『セーブ』機能の発覚で一瞬ちらついた希望は、今ここに打ち砕かれた。
「追っ手……」
アトラが杖を構える。
「おいブライト! 何グダグダ言ってんだ、剣を抜け! どうやら敵だぞッ!」
ハザマが剣を抜く。
「戦わなくていいんですか? ブライトさん」
ミスティが問いかけてくる。
「僕は……」
僕は。
「……無理だ。勝てない」
フラッシュバックするのは、あの時の光景。血濡れた路地に倒れ臥すハザマと、俯いたまま物言わぬアトラ。僕が行ったところでどうにもならなかった、あの無力感。
「どうやっても、無理なんだ」
「じゃあ、逃げますか?」
逃げる。逃げ切れるか?
無理だ。奴は風を操る。移動能力が高い。
「戦わないし逃げない? 何もしないのですか? それだと犬死ですよ?」
「犬死……」
死か。
死ねば、またやり直せる。
でも、やり直してどうする? どちらの選択肢を選ぼうが、その先に絶対に敵わない壁が立ちはだかる。
「答えは出たか、人間?」
答え?
答えなんか、どこにもないじゃないか。
「おい、ブライト!」
「ブライトっ!」
「ブライトさん?」
僕を呼ぶ声がする。でも、その声に応えることはできない。
「──時間切れだ。これ以上貴様らに己の時間を割く気にはなれない」
ルインフォードが放つ暴風のレベルが、一段上がる。
「消え去れ、人間共」
戦闘が始まった。まるで、他人事のように。
「チッ! やるしかねェ────!」
大剣を軽々振り上げるハザマ。僅かに傾斜のある地面も苦にせず、ルインフォードに迫る。
「愚かな」
しかし、その刃がルインフォードに届くことはない。
「グッ……!?」
身体中に纏った見えない風が刃を防いでいる。
ルインフォード・ヴァナルガンドのアビリティ、【風界】。残存体力が70%を切るまで、物理属性の攻撃を完全ガードする。
「ダメだ、ダメなんだ。それじゃ……」
止めなければ。僕はそれを知ってるのに。このままでは、また────
「まずいですね、攻撃が通ってない。どうしますブライトさん?」
ミスティが冷静に状況を分析している。それが余計に僕を焦らせる。
「どうするも何も、こんなの……ッ!」
そう。もう遅い。今更考えても遅いのだ。ルインフォードは既に、目の前にいるのだから。
「がはぁ……くッ……!?」
【風界】に吹き飛ばされたハザマが斜面を転がる。いつしか暴風雨へと変化した山道。高い位置に立つルインフォードの姿が、【風界】の暴風に飲まれた雨粒に霞んでいる。その姿はまさに、山に降り立った風神。人間の些細な抵抗など歯牙にも掛けない、絶対的な上位存在。
「な、なんで貴方は私を狙うの……っ?」
必死のアトラは問いかけを投げる。それにルインフォードは、眉ひとつ動かさずに答えを返した。
「我が創造主、グリムガルド様の命令だからだ。それ以上でも、それ以下でもない」
魔術的人工生命。グリムガルドの生に関する研究の中で生み出された人形たち。彼らは『理想郷委員会』という組織を形作り、グリムガルドの忠実な部下として命令に従っている。
「エストランティア城の惨劇を見なかったの!? あれだけの人が苦しんでいるのよ! グリムガルドが主人なら止めようとは思わないの!?」
「止める? なぜ?」
「なぜって──人が死んでいる! 住む場所が奪われている! 理由には十分すぎるでしょ!」
「己には関係のないことだ」
「あなたね────ッ!」
キィ────と、アトラの髪が発光する。それはこの世界特有の、急激な魔力の上昇を意味するサインだった。
「主人が主人なら、部下も部下ってワケかしら────ッッ!!!!」
杖を振り上げる。その先端が髪色と同じ黄金色の光を帯びたかと思うと、本物の落雷のような爆音を響かせながら雷撃が舞った。
「遅い」
しかし、その先にルインフォードの姿はない。『ボルテクス・レイ』の発動モーションが遅すぎて、『見てから避けられる』のだ。
発動モーションは熟練度に応じて速くなる──つまり、技を使えば使うほど速くなる。初級魔法の『ボルテクス・レイ』は元々発動の速い魔法だが、それでも熟練度が足りずルインフォードの高い回避ステータスを上回ることができていない。激昂によってか、威力は思ったより出ているようだが……当てなければ意味がない。
つまり、これもまたレベル不足。圧倒的で埋めがたい差。
【風界】を解除する鍵となるのは魔法攻撃だ。魔法属性ならば【風界】のガードをすり抜けることができる。そのはずなのだが、頼みの綱である魔法はこの有様。通常攻撃はもちろん完全防御。絶望的を絵に描いたような光景。
──ちくしょう。
またこうなるのか。
僕はまた、情けなく死ぬのか。
何もできず、誰も救えず。
無様に、無力に、無価値に、無意味に死ぬのか。
ブライトなら、この窮地も切り抜けたのだろうか。物語の主人公が持つ運命力は、この局面においても希望への活路を切り開いてみせるのだろうか。
──僕にはそれができなかった。ただ、それだけ。
物語の主人公は荷が重かった。それだけのことなのだ。
「……もう、終わりだ」
口をついて出た言葉は、暴風雨の中にあってなお明確に自分の耳に届いていた。
「まだ終わらねェ……ッ!」
まるでその弱音に反応したかのように、吠える者がいた。
ハザマは必至に斬りかかる。その全てが【風界】に阻まれる。皮一枚すら傷つけられない。
「俺は、世界一の剣士になるんだよ──ッ!」
ずぶ濡れの僕たち。【風界】によって横殴りの雨すらも弾き飛ばして、全く濡れていないルインフォード。その差がそのまま格の差であるように思えてならなかった。
しかし。
「だああああああああああああああッッ!!!!」
泥だらけになっても、傷だらけになっても、どれだけ無様でもハザマは立ち上がっていた。
「援護するっ!」
アトラもまた、そうだった。
「お手伝いしますよー」
ミスティすらも、戦っていた。
ならば──僕は?
僕は何をしている?
立ち尽くしているだけ。
「最悪、首から上が形状を留めていればいいと、命令されている」
三人に相対するルインフォードは、気圧された気配もなく。
「標的を確保。それ以外は────殲滅する」
抜刀。
瞬間、圧が増した。
「──く、ぁ……っ!?」
風の密度が跳ね上がる。
ルインフォードが持つ刀は、そのまま彼の制御機構を意味する。魔術的人工生命として生を受けたばかりのルインフォードは、まだ己の膨大な魔力を制御しきれていない。そのため、刀に魔力を分散させて封じ込めることで段階的にその出力が上げられるよう調整されている。
第一、及び第二制御機構解除。現時点のルインフォードの出力は30%程度。
それでも、この圧だ。ゲームの画面からは伝わってこない見えざる強者の圧力に、身体中が警告を発している。危険だ。この生物には近づいてはならない──そんな動物的な本能。
死にたくない、死にたくない──彼の近くにいれば、僕は必ず死ぬだろう。【英雄の眼】による直感じゃない。本物の警鐘。
「フッ──!」
鋭い吐息。ルインフォードの姿が霞む。
目で追えないほどの速度、魔術的人工生命の挙動は人間の限界を軽く超越してみせる。
「ぎぃ、ぅ、お……っ!」
しかしハザマ、その一撃を受けきってみせた。
「根っ、性ぉぉおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
「な──?」
拮抗、とまではいかないものの、ハザマは押し切られることもなく食い下がっていた。
(……何が起きている?)
レベル差は歴然。敵う相手じゃない──そのはずじゃなかったのか?
「──違う。これは……!」
そこで思い至る。一つの知識。
ゲーム中では全く役に立たなかった、いわゆる『死にスキル』と呼ばれていた、それを。
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ハザマ・アルゴノート
アビリティ:【戦闘狂】
交戦時、敵のレベルに応じて自身のステータスに補正がかかる。自分より高いレベルの敵と戦う場合、高ければ高いほどステータスにプラス補正。最高1.5倍。逆に低ければ低いほどマイナス補正。最低0.75倍。
☆★☆
僕の【英雄の眼】と同じ、原則恒常的に発動しているそのキャラクター特有の能力──アビリティ。ハザマの場合、【戦闘狂】がそれに当たる。
要は、強い奴と戦う時は自分も強くなる。弱い奴と戦う時は自分も弱くなる、という話だ。
一見すると非常に強力なアビリティに見える。最高1.5倍のステータス補正は馬鹿にならない。ボス戦などの強敵との戦闘でこの上なく効果を発揮して──と、話はそう上手くはいかない。
というのも、『最高1.5倍』という文言。大きな補正値に目が行きがちだが、この『最高』という言葉が指している値が問題だった。
検証によって明らかになった、1.5倍に到達するのに必要な彼我のレベル差は30。6レベルごとに1.1倍、1.2倍──と増えていく仕組み。
想像してみれば分かるが、RPGゲームにおいて敵とのレベル差が30になる状況なんてほとんどない。なぜならプレイヤーはきちんとレベリングをして戦闘に臨むからだ。わざわざハザマのアビリティのためだけにレベル差を開けて挑む理由は薄い。
加えて言うなら、デメリットであるマイナス補正が非常に厄介なのである。雑魚狩りで経験値を稼いでいると、ハザマのレベルが上がるたびにどんどんハザマが弱くなっていくという異常事態が発生する。
そういうことで、結局は適正レベルで挑んでしまうことから『死にスキル』と不名誉な称号を得てしまったのがこのアビリティなのだった。
だが。
今その『死にスキル』が、この戦いに奇跡をもたらす光の道となっていた。
絶望と思われていた実力差が、しかしハザマにとって最高の起爆剤となる。もちろん【風界】を突破するほどの大逆転は起きないが、それでも差は縮まる。
「行ける、か……?」
見渡す。
【戦闘狂】の補正を、おそらく最高値で受けているハザマ。
未知数だが、かなりの戦闘力を持つであろうミスティ。
ルインフォードの攻略法を知っている、僕。
これだけのピースが揃えばあわよくば、もしかして。
────ここに来て、ようやく。
「やるしかない。やるしか……ないんだ」
僕は腰の剣を、抜きはなった。




