第001話 ネタバレクエスト
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☆★☆
誰かの声が聞こえる。
僕を呼ぶ声が聞こえる。
その声は、どこか懐かしくて心の安らぐ音色をしていて、聞き心地がいい。
ゆりかごの中にいるように、身体が左右にゆっくりと揺れている。僕はそれに逆らうことなく、されるがままに体を預けている。
──きて。起きて。
次第に声が近づいてくる。最初は少女かと思ったが、それほど若い声ではない。不鮮明だった声が聞き取れるようになっていく。
──きなさい。起きなさい、ブライト。
暗闇に包まれた世界から意識が急速に浮上していく。まどろみが僕を引き止めようとするが、声はそれを許さない。
そして僕は、眠気に抗うように唸り声を上げて、静かに瞼を開いた。
「もう。いつまで寝てるのよ」
そんな台詞を聞きながら、僕は体を起こした。眠い目を擦りつつ、あくびを一つ。
「いくら今日が祭りだからってそんなにグータラしていちゃダメよ、ブライト」
「うん……うん?」
僕は一度頷いてから、首を傾げた。
ブライト?
「十一の刻には中央広場でアトラ皇女殿下の演説が始まるんだから。それまでには身支度を整えなさい。そのボサボサの髪でお姫様の前に立たないでちょうだいね」
「んんん?」
僕は状況把握に努める。
見渡すとそこは見慣れた自宅……ではなく、こぢんまりとした古めかしい西洋建築の一軒家だった。
木のベッド。独特な模様が描かれたカーペット。暖炉では薪が爆ぜていて、窓の外には石畳の道路が広がっており、行き交う人々は簡素な布の服を着ている。
「ちょっと、何をアホみたいな顔をしているの?」
声の主は妙齢の女性。恰幅が良く、非常に優しげな顔立ち──だが、今は眉間にしわを寄せている。
「ブライト、あなたまだ寝ぼけているの?」
「……ブライト?」
僕は自分の名前──ではないその固有名詞に疑問符を浮かべた。ブライト。知っている名前だが、それは僕の名前ではないはずなんだけど……。
「……あれ?」
そこで思い当たる。ブライトとは、僕の大好きなゲームの主人公の名前だ。
寝起きで機能の低下していた脳みそも、ようやく事態を理解する。
「ふむ」
これは、夢だ。
どうやら僕は、夢の中で大好きなゲームの主人公になってしまったらしい。
(とんだ妄想力だな……)
オタク的妄想力のパワーに恐れ慄きながら、僕はベッドから降り、近くにあった姿見の前に立つ。
天然パーマ気味の灰色の髪。精悍な顔つき。細身だが健康そうな身体。父の鍛治仕事を手伝う中で鍛えられたはずの筋肉。
そのどれもが『ブライト』で、あのひ弱で不健康そうな『安藤影次』の面影は全く見えない。
「起きたんなら早く支度しなさいね」
それを見た母親(もちろんブライトの母親)はキッチンの方へ消えていった。
「……よし」
完全に目覚めた僕──安藤影次は、構造だけならよく知っているその家のドアを開け、外へ飛び出した。
城下町。中世風の世界観で、馬車や旅人たちが行き交い、祭りに合わせて開かれている露店では主婦たちが品定めをしている。大通りの向こうには大きな城が見えていて、そこにはこの国を統べる王族が住んでいる……はずだ。
「再現度高いな……」
もはや間違いない。この夢の世界は、僕の一番好きなゲーム『エストランティア・サーガ』の世界そのままだ。
主人公のブライトが母親に起こされるところは、まさにこのゲームの冒頭部分。エストランティア皇国建国300周年記念のこの年に町をあげての祭りを開催している、という点も完璧に一致している。
だが僕はブライトではない。
僕の名前は安藤影次。惑星地球の日本国、東京都に住むごく普通の高校二年生だ。後にこの世界を救う勇者となる青年、ブライトではないのだ。ないのだが……。
「まあいいか」
泣く子も黙るぼっちゲーマーである僕は、この世界に少なからず興奮していた。
自分の大好きなゲームの世界に入る──ゲーム好きなら、そんな想像をしたことがあるはずだ。絶対にあるはず。僕はある。
僕は気ままに町を歩き回る。高精細グラフィックどころの話ではない。VRゲームもひっくり返って気絶するであろうリアリティだ。町の中に流れる空気や喧騒、物に触った感触や質感まで、全てが本物だ。とても夢とは思えない。
「す、すごい! ルーカス爺のアトリエも、モリドおばさんの商店もある! お、おおお……!」
そう。何周も何周もプレイした「始まりの町」が、今目の前にある。モリドおばさんの最近増えてきたシワもくっきり見える。
「何見てんのよ」
怒られた。
そういえば、モリドおばさんは気難しいって公式設定資料集に書いてあったような気がする。
そんなこんなでウキウキで町を探索していた僕だったが、唐突にとある疑問が脳裏をかすめた。
「あれは、どうなっているんだ……?」
僕はその疑問を解決するべく路地裏へと足を伸ばした。この夢がゲーム通りだとするならば、そこに──
「うわ、ある。めちゃくちゃ唐突にある」
100Gがなんの脈絡もなくそこに落ちていた。
ゲームでもこの路地裏でキラリと光るエフェクトを調べると100Gが拾えるのだが、まさかそのまま置いてあるとは。誰か拾わないのかよ。これ見よがしに落ちてるぞ。
ゲーム特有の表現はそれなりに現実へアジャストされているらしい。多少無理はあるようだが。
しれっと100Gをポケットにしまい、僕は再び歩き始める。
「ゲームだと、この後…………」
記憶を辿るまでもなく、僕は答えに行き着く。ゲームではこの後、主人公を中央広場に移動させることでフラグが立ち、イベントが発生する。
魔の軍勢が、エストランティア皇国に攻め入ってくるのだ。
その後、突然の襲来に城下町はパニック状態に陥る。火の手が上がり、日常は非日常へと転がり落ちていく。
主人公も軍勢の手から逃げるのだが、その先でとある出会いを果たす。それが今作のメインヒロインに当たるアトラ・ファン・エストランティア皇女殿下で──という、シナリオだ。
「ネタバレも甚だしいな……」
攻略法を全て知っている勇者、めちゃくちゃ強そうだ。
あらかた町を見て回った僕は、興味本位で中央広場へと足を向けた。
「さて、何が起きるか──」
僕が言い終える直前だった。その変化は瞬時に起きた。
彼方に見える城、その上空に暗雲が立ち込める。大きく渦を巻きながら、勢力を強めていく。
「き、きた! ゲームのままだ……っ!」
ゲームの演出と全く同じ。城下町に暮らす人々は何事かと困惑しながら空を見上げている。そんな中で一人、僕はウキウキで事の成り行きを見守っていた。
『無知蒙昧なるエストランティア皇国民に告げる──』
おどろおどろしいエフェクトの掛かった声が、どこからか聞こえてくる。ああ、まさに──
「グリムガルドだ──────っ!」
『我が名はグリムガルド。大精霊ユグドミスティアの恩恵を独占する卑しき皇国民に裁きの鉄槌を下す者である』
思わず先んじて名前を叫んでしまった僕に奇異の視線が集まる。恥ずかしさに首をすくめながらも、僕はさらなる興奮を隠せなかった。
グリムガルド。エストランティア皇国に対抗する帝国、イグドレンシアの魔術師。CV:大谷源次郎。この作品のラスボスに当たる人物だ。こいつが超カッコいい。あとめちゃくちゃ強い。
『我は怒りの代弁者。知れ、恐怖を。怒りを。イグドレンシア帝国が味わった絶望を──』
そして、唐突に。
『その身でとくと味わうがいい』
物語は動き出した。
はじめに、鼓膜を突き破るような衝撃があった。
「え、あ……?」
降り注ぐ落雷。轟音とともに城へ、町へ、神の怒りが牙を剥く。そのさま、まさに天罰が如し。百の雷鳴が皇国を貫き、千の稲光が民を恐怖に陥れる。
「う、嘘だろ……」
浮かれていられるのはそこまでだった。
演出でしかなかった落雷は今、確かな破壊力を伴って街を蹂躙している。
「いやああああああああああああああああっ!?」
「た、助けてくれ……うわあああああっ!?」
至る所から怒号と悲鳴が木霊してくる。
大いなる天の裁きに、人はなす術もなく逃げ惑うことしかできない。町の各所では火の手が上がり、地獄はここに顕現する。
泣きわめく子供、倒れ臥す老人。濃密な死の臭いと煙が、鼻の奥を突き刺す。
それは、リアリティなんてものじゃない。本物を超えた本物だ。人の肉が焼ける臭い、絶叫に近い悲鳴。迫る炎熱は確かな温度を持っており、触れようものならその皮膚を瞬時に焼きつくすだろう。
間違いない。この場にいれば僕も──終わる。
「あ、う、わああああああああああああ!?」
僕は人の波に飲まれるようにして逃げ出した。転べば痛いし煙を吸えば咳き込む。厄災の訪れを肌で感じながら、僕は涙を浮かべて走る。
「やばい、やばいやばいやばい……っ!?」
夢にしては悪趣味すぎる。白昼夢だとしても、あまりに本物すぎる。僕は嫌な予感を抱きつつ、夢よ早く覚めろと念じながら走り続けた。
しかし、どこへ向かえばいいのか。混乱状態の思考の中で、僕は必死に脳を動かす。どこへ逃げても地獄は変わらずそこにある。この町はすでにグリムガルドの手中にあるのだ。僕だけは、それを嫌というほど知っている。
──だからこそ。
僕は唯一知っている、正解へと突き進むしかなかった。
「はあ、はあ、はぁっ……」
町の外れ。かろうじて落雷の被害を受けていないその場所で、僕は膝をついて呼吸を整えていた。
生き残るにはこの方法しかない。もしここで被害の大きい場所に自ら向かおうとすれば、落雷に撃ち抜かれてバッドエンドを迎える。このゲームは、そんな理不尽な選択を突きつけてくるクソゲーなのだ。
「だけど、ここは……」
そう。この場所は次なるイベント発生地点。物語の進行するポイントだ。
僕の記憶が正しければ──否。何周もプレイした記憶に間違いはない。この場所でブライトは、運命と出会う。
「く、は……っ、ぐぅ……あぅ……っ」
少女の姿があった。
破れて黒く汚れたドレスを身に纏い、一本の杖を頼りに足を引きずりながらこちらへ歩みを進める少女。かつては黄金の輝きを放っていたであろう金髪は、今は見るも無残に煤だらけだ。悔しそうに頬を伝う一筋の涙を拭いながら、しかし意志だけは強く宿す碧色の瞳。
アトラ・ファン・エストランティア。この国の名前を冠する通り、エストランティア皇国を治める皇族の一人娘。つまり、正真正銘のお姫様だ。
「っ、……あなた、は?」
少女がこちらに気づく。ふらふらとした足取りは危なっかしくて仕方ないのだが──
「あなた、大丈夫? 怪我はない? ごめんなさい、突然こんなことになってしまって。私、国民を、守れなかった……」
この少女は、自分よりも先に僕の心配をするのだ。
アトラという少女が、純粋で誰よりもまっすぐであること。やはり僕はそれを知っている。
全て、知っているのだ。
「私……皇女、失格ね……っ」
限界が訪れたのか。ふらりと、力を失い倒れかける少女。
「──」
どうすればいい。僕に取れる選択肢はなんだ。停止した思考では、出せる結論は一つだけだった。
僕は──いや、ブライトは彼女を受け止める。
正義感の強いブライトは、倒れかける少女を放ってはおけない。ただの平民である彼はしかし物怖じすることなく、少女を優しく受け止める──それが、ゲームの中で彼が行ったこと。僕は咄嗟に、それを真似たに過ぎない。
現実の僕に、こんな勇気はもちろん存在しない。
「に、逃げなさい、早く……っ。私のことは、放っておいていいから……」
少女は僕の胸を押しのけて、再び歩き出そうとする。しかしすぐに転んでしまう。足を怪我しているのだ。
このままでは彼女はグリムガルドに殺される。グリムガルドはアトラを狙ってここまで来ている。それを知っている僕だから、放っておけば彼女が間違いなく殺されると分かってしまう。
夢ならば覚めてくれ。もはや僕には荷が重い。早く本物のブライトに託させてくれ──そう祈ったところで、状況は変わらない。ここにいるのは僕。安藤影次なのだ。
どうせ夢だから、と見捨てることはできなかった。
だって僕は彼女が、そしてこのゲームが大好きなのだ。
だから──
「『──こ、皇女殿下を見捨てて逃げられるわけがないです! 俺にできることはありませんか?』」
それは、一字一句違わないゲームのセリフだった。
ただのゲーマーである僕に、物語の主人公である彼のような勇気は存在しない。それでも、このゲームを愛した者の一人として、アトラが悲しむ顔は見たくなかった。
ならば、僕にできることはたった一つ。
『ブライト』という、勇気ある青年を演じるしかない。
「だ、ダメよ! グリムガルドは私を狙っている! あなたが近くにいては、巻き込まれてしまうわ!」
ああ。その返答も、知っている。
「『ならばなおさらです! 皇女殿下をお守りするためならば、俺は戦います!』」
「馬鹿なことを言わないで! 奴らはそこらへんの魔物なんかとは比べ物にならないくらい強力な魔道士たちよ! ただの人間であるあなたにはどうすることも──」
「いたぞ! こっちだ!」
「──ッ!?」
やってきたのはグリムガルドの配下。黒いローブを纏った、いかにも敵キャラといった風貌の魔道士二人だ。
「そんな、もうここまで……っ、」
絶望に表情を歪めるアトラ。頬に冷や汗が伝わるのを感じながら、それでも僕は一歩前に出た。
「ダメよ、お願いあなただけでも逃げて!」
アトラの制止を振り切って、僕は初期装備である護身用の剣を抜きはなった。なんの変哲もない、ただの直剣。攻撃力、1。
もはや逃げ場はない。賽は投げられた。どれだけ怖くとも、進むしかない。
(くそ……っ)
意思を固めた僕は剣を構える。アトラだけではない。僕の命もかかっている。
これより始まるは、エストランティア・サーガ初の戦闘──
さあ。
チュートリアル、開始だ。