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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第一幕 英雄再誕
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第016話 説得

 宿屋、夜。


 食事と買い物までは前回と全く同じ道のり。ここまではいい。明確に間違ったのはハザマとの議論だ。今度こそ、言葉を間違えずにマルギットを目指す提案をしなければならない。

 一度世に放たれた言葉は取り消せない。そのことを痛感した前回だった。対人スキルの低さが露呈した結果だ。

 引きこもってゲームばかりしていた僕には荷が重かった──といえばそれまでかもしれない。だとしても、ハザマに寄り添えなかったのは僕の責任だ。あの時、僕はまだ『ただのゲーマー』だったのだ。

 この世界に生きる人々は全て本物の命だ。誰もが人生を持っていて、物語を持っている。定型文を答えるだけのキャラクターなんて存在せず、信条に反することを言われれば怒りを覚えるのだ。


「ふう……」


 僕はベッドに寝転がって、いつか見た天井を再び眺める。

 ゲーム感覚が抜けていなかった。この世界にやってきてすぐに、触覚や嗅覚を始めとする五感でこの世界の在り方を体感したはずだった。だが結局のところ、それは表面的なものに過ぎなかった。

 ゲームの世界が現実となった。その本質を、心と魂が理解していなかったんだ。


(失敗した。でも、僕は……)


 そんなダメな僕にも、救いはあったようで。

 神様は、やり直しのチャンスをくれた。あの失敗を取り戻せる『可能性』が生まれた。

 この世界はゲームではない、現実だ──その認識が生まれたばかりだった僕に、世界は新たなる定義をぶつけてきた。


 ────この世界は、ゲームであり現実だ。


 現実の要素とゲームの要素がごちゃ混ぜになったような世界。それら二つの要素をきっちりと線引きをしなければならないということだ。

 その最たる要素として、僕は今日『セーブ機能』の存在を知った。


「生かさなくちゃな」


 ゲームとは基本トライアンドエラーだ。この世界が現実であることはもはや疑いようもないが、そこはゲームの流れを汲んでいる。

 この『やり直し可能』システムはゲームの根幹であり、娯楽たらしめている最も大きい要因である。何度もやり直せるからこそ、プレイヤーは気軽にゲームに挑戦することができる。しかしそれが現実へと適用された結果、そのアメにふさわしいムチが用意されている。

 死だ。

 現状おそらく、死なない限りセーブ地点に戻ることはできない。あの本をいじってみたが、どうやっても自発的に『ロード』することはできなかった。

 なら、どうすればいいか。今起きた現象に則って考えるならば答えは一つ。死ぬしかない。

 激痛。死に抗おうとする人間の生存本能が身体中から警告を発し、痛みとしてそれを脳に伝える。痛みを感じる暇もなく首を落としてくれるような場面ばかりでないことは火を見るよりも明らかで、つまりそれは『ロード』のたびにあの苦痛を味わうということ。

 嫌だ。あんなもの、そう何度も経験したいものじゃない。苦しいし辛い。

『セーブ』ができる、死んでもやり直せる──そんな救済がタダでやってくるわけがない。それ相応の壁がある。

 エストランティア・サーガ準拠だと考えるならば、デスペナルティはない──つまり、ゲームでよくあるゲームオーバーになった際に発生するプレイヤーの不利益は存在しないと見える。確証はないが、今までの傾向から考えるとその可能性の方が高い。死んでもセーブ地点まで戻されるだけ。痛みさえ我慢すればいいのだから、これでもまだ良心的と言えるだろう。


「大丈夫、大丈夫だ。次はちゃんとできる……」


 とはいえ、そう何度も死にたいとは到底思えない。だからこそ、次は一発で決めなければならない。

 何度も何度もやり直してはいられない。たとえ僕の死で全てがなかったことになるのだとしても、その世界のアトラやハザマが苦しむのは揺るぎない事実なのだから。

 まずはハザマの説得だ。

 彼の信条。考え方、信念。思い出せ、その全てを。ゲーム本編で語られたことだけじゃない。説明書のキャラ紹介、設定資料集の隅に書かれた文字列。全てが彼を構成する物語だ。見逃していいテキストは一つもない。

 高まる緊張と不安。その一手が生死を分けると知っているからこそ、軽い気持ちでは望めない。

 まるでバタフライエフェクトのように、その選択一つが人生を分けるのだ。


(気合いを入れろ、僕……!)


 ある意味での決戦。僕にとっての勝負だ。

 その瞬間はもう、すぐそこまで迫っている。


☆★☆


「いいぜ」

「……え?」


 ハザマはあっけらかんとした口調で言った。


「え? いいの?」

「何がダメなんだよ? そっちに行く方が良さそうじゃねえか」


 一夜明けて宿屋に集まった皆と、この時間軸では出会ったばかりのハザマ。車座になって次の目的地を話す、前回と同じ状況。

 しかし、物事は常に予想できないものだ。

 僕は今回、ハザマにマルギットへ行くメリットを提示した。

 マルギットへ行くメリット。

 魔法都市と名高いマルギットには、全国から集った優秀な魔法使いがいる。彼らが作り出す魔法道具──分かりやすい例で言えばポーションや魔法属性が付与された武器など、冒険の助けになるアイテムが多数揃っている。それを手に入れたいのが、一つ。

 次に、マルギットに住むとある人物にアトラが弟子入りすることになるという点。ここで名前を出すと不自然に思われるので伏せたが、その人物とアトラが修行をすることで、彼女は特別に力に目覚めることとなる。

 これら完璧に利を説いた上で、ハザマにマルギット行きを提案したところ──


「いいぜ」


 先ほどのシーンへと戻る、というわけだった。


「そ、そんなにすんなり行ってしまうのか……」


 もともと、ハザマの気に障ったのは「大隊長が既にやられている」という点を僕の口から語ったのが原因だ。最初からこうするべきだった──と言っても、やはりそれは後の祭りなのだが。

 とにかく、これで目的地はマルギットに定まった。ハザマとすれ違うこともない。僕の知るゲームのシナリオ通り。ようやく安心できる……。


「それじゃあ、出発は明日かな」


 これならゆっくり眠れそうだ。

 なんだか、前回赤点だったから必死にテスト勉強してみたら今回は余裕だった──みたいな感じだ。

 そんなことを考えられるのも、思考に余裕ができたからだろうか。

 その場は解散した僕らは、各々明日の出発に備える。

 ようやく冒険が再始動する。

 その予感を感じながら、僕は次なる物語に想いを馳せた。


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