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RE/INCARNATER  作者: クロウ
第一幕 英雄再誕
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第013話 悪夢

 小さい頃、画面の中のブライトに憧れて一人木の枝を振って遊んでいたのを覚えている。

 初めて手にしたゲーム。その難しさに何度も投げようと思った。しかし、結局は最後まで諦めずにプレイしていた。他にやりたいこともなかったし、時間はたくさんあった。だがそれよりもきっと、ブライトという主人公の持つ魅力が何よりの理由だったのだろう。

 ブライトは、周りに知り合いもいない中で突然宿命を背負わされ、何度も理不尽な敵と戦うことになる。

 しかし決して、諦めないのだ。ただの青年だった彼なのに、持ち前の勇気で全てを解決してみせるのだ。


 憧れないわけがなかった。


 コントローラーを握りしめた。


 あの日の興奮を忘れたことはない。


 どんな逆境にも抗う勇気ある青年ブライト。対して僕は、友達もおらず特に何の長所もない、ただの子供。

 あまりにも不憫だと両親が買ってくれたゲームは、この時確かに僕の支えになっていた。

 しかし、『エストランティア・サーガ』は、決して子供に人気のあるゲームではなかった。親がなぜそのゲームを選んできたかというと、ただ単に「一本で何時間でも遊べるという話を聞いたから」だった。

 だから、周りに同じゲームをプレイしている子供はいなかった。話の合う友達が生まれることはなかった。

 それでも、僕はこのゲームをプレイし続けた。プレイするたびに新たな発見があった。画面の中のブライトは一層たくましく戦闘をこなし、それを真似て僕も外できのえだを振った。


 ──彼のような、優しく強い勇者になりたい。

 ──誰からも注目されて、その期待に応えられるブライトのような人間になりたい。


 周りに尊敬できる友人もいなかった僕にとって、初めてできた憧れの人だった。

 きっと僕は、ブライトに理想の自分を重ねて見ていたのだ。

 自分は必要とされていない。僕がいなくなっても世界は回る。誰にも負けない何かを一つも持っていない──そんなコンプレックスを全て克服した姿が、ブライトだった。

 子供とは単純で、現実が見えていないものだ。今の僕が聞けば、馬鹿な夢だと一笑に付すだろう。痛々しくて聞いていられないかもしれない。


 でもあの時は。あの頃は。



 ただ純粋に、物語の主人公ブライト・シュナイダーに夢を見ていたのだ──。



☆★☆


 瞼を開くと、そこに広がっていたのは一度見たことのある宿屋の天井だった。


「っ、頭が……」


 起きた途端、激しい頭痛が走った。それだけではない。身体中がギシギシと軋む。どこを動かしても痛みがある。

 窓から差す日差しから、まだ日中だと分かった。僕はゆっくりと上半身を起こす──

 その前に。


「あの、な、何をしてるの……?」

「んん? 何って? 決まってるじゃないですか。あなたの寝顔を見ていたんです」


 隣のベッドに寝転がり、両ひじをついて僕を見下ろしている銀髪の影。

 神の化身(ミスティ)である。


「いやあ、無防備な寝顔っていいですよねぇ。何をしても気づかれない」

「何をしたの!?」

「何もしてませんよ。何もね」


 うふふと笑うミスティ。何を考えているのか分からない。ミステリアスというには年齢がちょっと足りない感じだが、かなり謎めかしい。まあ神様だしな……。


「体は大丈夫なんですか? だいぶ思いきりやられてましたけど」

「うっ、それは……」


 僕は意識を失う前の出来事を思い出す。ハザマとの決闘にもつれ込み、なす術なく完全敗北を喫した僕。

 その情けない姿を、手も足も出ない無様な姿をアトラとミスティに見られていた。これ以上の恥辱があるだろうか。

 ブライトの体を使っておいてそのザマかよ。きっと本物のブライトが見ていたら笑っているぞ──と、心の声が僕を責め立てる。


「かっこ悪いですねー」

「…………」

「まあ、見るからに運動のできなさそうな動きしてましたからねー」

「…………っ、」


 歯に衣着せぬ物言いに、顔が熱くなるのを感じる。恥ずかしい、情けない、みっともない。そんな惨めな感情が脳内に渦巻いて、ぐちゃぐちゃに乱していく。

 いや。

 ここで下手に慰めの言葉をかけられるより、こうやってありのままの感想を述べてくれた方が気が楽だ。僕のような弱い人間は、すぐに自分を肯定しようとする。「しょうがなかった」「どうしようもなかった」そうやって逃げ道を作ろうとするのだ。

 前世で逃げ続けてきた僕は、きっとこの世界でも逃げ続けるのだ。きっとそれはもう、癖になってしまっている。


 ……とはいえ。


 負けてしまったものは仕方がない。その事実はもう動かない。ここからもう一度作戦を考えるしかない。


「みんなを止めないと……っ」


 このままでは皆死地へと向かってしまう。目的地の変更すら提案できない自分が情けないが、そんなことを言っている場合ではない。何か他の説得方法を考えなければ────


「……って、あれ?」


 そこでふと、違和感が訪れる。

 何が楽しいのか、ずっとニコニコと笑っているミスティ。

 何を考えているのかは分からない、感情の読めない笑顔でこちらを見つめる少女。

 不思議な少女だが、彼女自身には何もおかしいところはない。

 おかしい? おかしいところといえば──


「ねえ、ミスティ」

「はい、なんでしょう」


 そして、僕は疑問を投げかける。






「他の二人は、どこに行った?」






 するとミスティは、表情を崩さないまま、なんの躊躇もなく答えた。


「先にルルーエンティに行きましたよ?」

「……は?」


 固まった。


「これ以上迷惑をかけるわけにもいかないと言って、先に行きました」


 何を言っているんだ。


「アトラさんは反対してたみたいですけど、ハザマさんが『ついてきても危険なだけだ』って」

「うっ、それ、は……」


 それは……その通りだ。正論だが、しかし……。


「ダメだ。それじゃダメなんだ」


 マズい。マズいマズいマズいマズい。

 先に行った? 僕を置いて? 二人だけで?


「それはいつのこと!? 何時間前の話!?」


 僕はミスティの肩を掴んでグラグラと揺さぶる。「あうー」と呆けた声を出しながら、ミスティは何でもないことのように平坦な声音で言った。


「昨日ですよー」

「────っ!」


 昨日。それはつまり、


「僕は、一日以上寝ていたのか……」

「はい。それはもうぐっすり。今は翌日の朝ですよ」


 ……ということは。

 もう、間に合わないということか。


「なんで、こんなことに……」

 そんなことは分かりきっている。僕があの決闘に負けたからだ。たった一つの出来事で、全ての物事が悪い方向へと向かい始めた。それほどに、あの場面は重要だったのだ。


「……」




 隣のベッドにはもう、彼女の姿はない。



 

「くそ……っ!」


 僕はベッドから飛び降りる。荷物を引っ掴んで宿屋を出ると、全力で駆け出した。


「どこへ行くんですか?」


 軽く追いついてくるミスティ。僕は急速に高まっていく焦りを肌身に感じながら足を回転させる。


「ルルーエンティ。二人はそっちに向かったってことでしょ?」

「そうだと思いますけど、ブライトさんはマルギット行きを希望していたんじゃなかったんですか?」

「ああ、そうだよ! でもそれどころじゃなくなった!」


 マズい。このままでは間違いなく、二人は……。

 もう遅いかもしれない。いや、まだ分からない。この先はゲームでは見なかった『新たな可能性』だ。万に一つがあるかもしれない。きっと大丈夫、なんとかなる。アトラが死ぬはずがないんだ。『エストランティア・サーガ』は彼女の物語でもあるのだから。


「間に合ってくれ……っ」


 僕が行ったところで何ができるわけでもない。それでも行動せずにはいられなかった。


 走る。


 走る、走る、走る。


 リドラの村からルルーエンティまでどれくらいだったか。ゲームの中ではそれほど長く感じなかった道程も、実際に走るとなると途方もない距離に思えてくる。


「だ、大丈夫ですか……? 死にそうな顔してますけど」

「死にそうだ! 死にそうだよ精神的に! あと肉体的にも! どうすりゃいいんだこんなの! 僕じゃどうにもならないじゃないか! どうやって世界を、救えって、いうんだっ! はぁっ、はぁっ……」

「お、おう……」


 ミスティに構っている暇はない。僕は悲鳴をあげる肺を無理やり抑え込んで、馬力だけは出るブライトの体に物を言わせて駆け抜ける。魔獣が視界に入るが全て無視した。



「チクショォオオオッ!!」



 大声を出す。



「なんにもッ! 上手くッ! いかないッ!」



 空に向かって叫ぶ。



「どうしろって、言うんだよオオオオオオッ!!」



 そうして走って。



「ごぶふぇっ」



 何でもない小石に躓いて顔面を強打しても、走り続けて。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」



 そして。



「見えましたかね」


 なおも平坦なミスティの声に、ふと我に返る。

 視線を前に向ければ、そこにはルルーエンティの街を囲む白亜の外壁が。

 それと同時に──至る所から上がる煙が目に入る。

 爆発音、悲鳴、怒号、怨嗟と絶望を内包した人の叫び声が、耳朶を打った。


「ぁ……っ」


 スゥ──と血の気が引くのを感じて。

 僕はその門をくぐった。


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