狐の章 9 仮説
9 仮説
大概において、樹里はでしゃばりだ。
そう高志は思っていた。
何があっても、弘樹以上に動く。
しかし。どうだろう。
相当自分の失敗にショックを受けたのか。
弘樹が、飛び出していっても、追いかけようとしなかった。
主人が出て行ったことにすら気づかなかったのかと思えば
そうではないらしい。「捨てられたかも。」とポツリ、それはなんとも寂しそうに漏らした。
めずらしい。
こんなとき、弘樹ならどうするだろうか。
(たぶん、おろおろしてそうだな。)
まぁそれはどうでもいい。そう高志は考え直すと、手にした封書の角で、樹里の頭を小突いた。
「捨てちゃいないだろうよ。」
やらなければならないことがある。
弘樹が、家を飛び出していく前、高志は弘樹を捕まえた。
猪突猛進に突っ込んでいくだけの弟に、高志なりに調べた「仮説」を聞かせたのだ。
井田のこと。井田がやろうとしている「死者復活」のこと。
そして、キョウトのこと。皇子が絡んでいる可能性があること。
高志は、すべてを話した後に、弘樹に樹里を借りたいと申し出た。
高志の話は、すべてにおいて仮説だ。
ひとつ違えば、それはこれから殴りこむ弘樹にとってもマイナスだ。
そのためには、どうしても樹里の力が必要だった。
借りる、という言葉に、樹里は唇を上に尖らせた。
「私はモノじゃ、ない。」
悪かったと、口だけ返して高志は手にした封書を樹里に手渡した。
弘樹は決して捨ててないということは、樹里に伝わったようだ。
「今から、出雲に出向いてほしい。」
使者として、だ。
封書には、高志と弘樹、皇子2名の紋を刻んである。
そして、使者が弘樹の式なら、出雲は無視はできないはずだ。
「最短で、この書を出雲の万神に。宮司殿にてわたせば、力になってくれる。」
高志の仮説は、一言で言えば、壮大なドラマのようだった。
そして、これだけのものを調べ上げるのに
(どれだけ権力使っただろう…)
樹里はそう思うと苦笑いをした。
ただ、いままで見えてなかったことが、いきなり鮮明に見えたのは事実だ。
井田は、出雲の出身だという。
今でも出雲に居を構え、そこで暮らしているという。
「実は、今回の件に絡んだ人で、もう一人、出雲出身者がいたんだ。」
それが、ゆきだった。
銀妃の思惑がつながったと、そのとき高志は思ったという。
ところが、調べを進めると不可思議な点がたくさん出てきたのだ。
ゆきは、確かに幼いころを出雲で過ごしている。
ところが、ある日を境にものすごく短いスパンで引越しを繰り返していることが分かったのだ。
「どうやってとか、野暮なこと聞くなよ。」
聞かないやい。
樹里は頬をぷっと膨らませた。
これが権力のただしい使い方だとか言うんでしょ?と唇を尖らせた。
違う、それは個人情報の無断利用だと樹里が法律を振りかざしても、無視されるのが常だ。
「しかも、細かく追うと、住民票は移っていても、本人が住んでいない…っていうこともあったようなんだ。」
彼女が、一箇所に落ち着いたのは、中学にあがる前あたりからだった。
「どうして・・・」
まるで、何かから逃げ回るかのような、そんな生活だ。
「たぶん、逃げていた、可能性は高いな。」
そして、そんな生活に終止符を打つきっかけは、彼女の母親の死、だった。
「ローカル局のニュース程度にはなったらしい。「強盗」に襲われて殺された。彼女はそれを目の前で・・・」
彼女自身も重傷で、生死の境をさまよったらしい。
それから、彼女は父方の祖父母の元で暮らし始めたという。それが、彼女が中学2年のとき。
その後、大学の関係で京都で一人暮らしをはじめるまで、鎌倉で過ごしている。
鎌倉での彼女の様子は、かなり細かいところまで追えていた。
「鎌倉、ねぇ。」
樹里は苦笑いをする。
「鎌倉、だ。だからって別に彼女には関係なかろう。」
ところが、鎌倉で過ごす前に関しては、まったく追いつかない。
特に、出雲に関しては、何か結界でもあるんじゃないかと勘ぐりたいほど、彼女のことが出てこない。
考えられることは、本当に結界を張っている…彼女のことを隠しているのではないか、ということだ。
それは、おそらく出雲にとってマイナスのこととなるから、だろう。
だから。と高志は言う。
「こそこそ探りを入れて出てこないなら、真っ向勝負で。」
権力を振りかざしましょう、とにやりと笑みを浮かべた。
つくづく、人の弱みを握るのと、権力を巧みに使うのは一流だと樹里は高志を評価した。




