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狐の章 6 共有視

流血表現が出てきます。苦手な方は注意。

6 共有視


真夜中に、ゆきはふと目がさめた。

隣には、気持ちよさそうに朱音が寝息を立てている。

変な夢を見たと思った。

襲われているのに、キスされてる。

イメージだけだ。「誰が」という部分は、まったく思い出せない。

(それって強姦じゃあ…)

どういう夢を見てるんだと、自分のことながら頭が痛くなる。

頭を冷やそう、そう思って、そっと部屋を抜け出した。

縁側の扉はすべて閉まっていた。出るには勝手口か玄関かしかない。

とめてもらっている客の分際で、こんな夜更けにそれは失礼だ。

ゆきは考え直して部屋に戻ろうとしたとき、足元にひんやりとした風を感じた。

風が吹いた方向を見やると、かすかに光が漏れている。

一番奥の扉が、半開きになっていたのだ。

ゆきは、無用心だなぁとおもいつつも、そっと扉を開けて外に出た。

羽織を着ているとはいえ、春とはいえ、やっぱり寒い。

ゆきは両腕を抱き寄せて、庭に下りる階段に腰を下ろした。

空は、雲ひとつない。星が一面のシャンデリアのように輝いている。

あまりの美しさに、思わずため息が出る。白い息。

「何をしておる」

その声にゆきは、星空から正面に顔を移した。

「あ・・・」

自分の目と鼻の先に癖のない銀の髪を地に垂らし、細い銀色の瞳がゆきをみている。

「久方ぶりだの。だいぶ慣れてきたと見える。」

銀妃はそういうと、ゆきの目の前でしゃがみ、ゆきの髪をそっと梳いた。

「そなたが、あまりにも心細い声で泣くからきてみれば。どうやらあやつを叱り飛ばさねばならぬらしい。」

ゆきは、銀妃の言葉の真意をつかめず、銀妃を見上げるしかできない。

そんなゆきをみて、銀妃は何か思い出したらしい。

「あやつにも教えられないことがあるな。仕方ない、ひとつだけ教えるよ。」

そういうと、銀妃は、ゆきの頬に手を当てた。

「そなた、先ほど夢を見なかったか?どこまで「視た」か分からぬが、「暴力」と「接吻」心当たりは?」

ゆきは目を丸くした。

「それは、夢とはちと違うものでな。同族が見たものを、そなたがその同族の目を借りて視たんじゃ。」

それを、「共有視」と呼ぶという。

これは、生命の危険を代表とする肉体的・精神的なストレスを、一人で背負うのではなく一族全員が背負うことで

苦痛を最小限にするというもの。

一族全員といっても、もちろん、力の強いものにはより多くのストレスがいく。

ゆきは、半端な力しかないため、ものすごい端的なビジョンしか見えなかったのだが

どうやら銀妃はそのビジョンをほぼ的確に「視」ているようだ。そのストレスも、無論。

「あやつは、知らずして使ったのじゃろ。力の加減がまったくなっておらん。だから、お前が泣いているように…」

銀妃がしきりに「あやつ」と呼ぶ人物を、ゆきは一人しか知らなかった。

そして、銀妃は、ゆきが泣いているといった。

それは、ゆきには見えなかったビジョンが、ゆきが泣くような事態だということを示していないか。

関わってから数日し語っていないとは言えど

「呪詛…」

弘樹が命を落とす事態、ゆきはそう思い当たると息が止まった。

呪詛の説明をしたとき、弘樹はなんて言った?

「死ぬ」ってはっきり言わなかったか。

見る見る青ざめていくゆきをみやって、銀妃は言葉を続けた。

「共有視は、なにも、ストレスを共有するためにだけあるものではない。同族の危機を知らせてくれる。助けに行くための信号なのじゃよ」

弘樹が、助けてと叫んでる。

それだけの事態が、どこかで起こっている。

「…助けて。ねえ、お願い、彼を…」

目の前の人物は、それをなしえる存在だ。ゆきは分かっていた。

しかし、銀妃は首を縦には振らなかった。

銀妃は、銀妃の契約があるという。人間を助けることはできない。それがたとえ同族の血を受け継ぐものであっても。

しかし、銀妃はおもわぬことを口にした。

「お前なら、あやつを救えるかも知れん。」

ゆきは目を丸くした。言われたことに唖然とした。それは無理だ。足を引っ張るだけだ。

ところが銀妃は、そんなゆきの反応を見て軽快にケタケタと笑った。

「そなたは、我が力を受け継いだものだぞ。わらわとおなじじゃ。」

使い方を知らぬだけで、知識がないだけで、持っているものはすべて一緒だと

そういうと、銀妃は自らの腕をすっと伸ばし手を2度3度翻した。

「秘密じゃ。そなたにわらわの「とっておき」を授けよう」

その翻した手で、ゆきの右手首を握った。

銀色の光が舞ったかと思うと、それはすぐに消えた。

「それは、すすぎという。すべての力を無に返すことができる、おまじないじゃ」

ゆきは自分の右手首をまじまじと見つめた。別に変わったところはない。

「うごく、うごかないは、そなたが決めろ。ただ、忘れるな。そなたも当事者じゃ。結末は見届けなければならぬ。」

そういうと、銀妃はゆきのもとから風のように消えた。



朝日が昇ってきた。

黄金色にすべてを染めると、数分後にそれは白い光となって、すべてを包む。

「何してるの」

病院の前にある広場のベンチに、頭を抱え込んでうつむいている弘樹がいた。

樹里の声も、硬く冷たい。

今まで弘樹がどこで何をしていたか、近くにいなくてもすべて知っている。

弘樹が考えることも、大体分かる。

無論、分かっていたから反対したのだ。

偽の愛情で、どんなに彼女を慰めたとしてもそれは一瞬の幻でしかない。

その後には、以前以上の苦しみしか、残されないだろう。

そして、偽の愛情で傷つくのは、彼女だけじゃない。

「いつまでそうしてるの?立ちなさいよ。」

我が主ながら、最低だと思った。

正面切って、ひっぱたいてやりたかった。

それが、彼女、千鶴の痛みだ。

その言葉に応じたのか、そうでないのか、弘樹は無言で立ち上がった。

樹里は、右手を振り上げた。

が、おろせなかった。

唇を真一文字に引いた弘樹は、何故か樹里の予想に反して非常に不機嫌そうな顔をしている。

苛立ちと怒り。樹里が感じたのは、その2つの感情だけだ。

「なに、一人不機嫌やってるのよ。」

右手を振り下ろせなかった代わりに、そう悪態をついた。

弘樹は何も言わなかった。その代わり樹里の頭をぽんぽん叩いて立ち去った。



樹里が安部邸に戻ると、慌てた顔をしたゆきが飛びついてきた。

いわく、弘樹がいないと。

早朝からこちらにも迷惑かけてやがるこのバカヒロは、と樹里は深くため息をついて、ゆきに弘樹がいまどこにいるかを教えてやった。

あれだけの結界とあれだけの術を張り巡らせたのだ。その回収とその他もろもろの作業がある。

「戻るのは、昼前だろうね。ごめんね、心配かけちゃって。」

まだ朝早いから寝ていていいよ、そう続けようと樹里は口を開こうとして、やめた。

ゆきが、違うとくびを横に激しく振ったのだ。

「呪詛、とか、けがとか、本当、大丈夫?」

すがるようにゆきは樹里に聞いてきた。ゆきは、そのあまりの慌てぶりに、単語の羅列の会話だ。

ゆきの様子がおかしい。

泣いていたのか、それとも寝ていないのか、目が充血している。

かすかにだが、肩が震えている。

「落ち着いて、ゆき。本当、ヒロは大丈夫。さっき話もしてきた。怪我もしてない。」

樹里はゆきの瞳をしっかり見て、両肩にそっと手を置いた。

「本当に、大丈夫だから。」

ただただ泣き続ける小さい子に言って聞かせるように、樹里は何度も繰り返した。

本当に、本当に弘樹は大丈夫だ。

確かに不機嫌だったが、それ以外、別段変わった様子はない。

不機嫌だった理由も、なんとなく樹里には理解できる、気がする。

だから、弘樹を残してゆきの様子をみにきたのだ。

ようやく、ゆきは落ち着いてきたのだろう。

張り詰めていた緊張がふわっと解けたように、へたりと座り込んだ。

「どうしたの?何かあった?」

ゆきの尋常でない様子に、樹里は理由を聞いた。

少しずつ落ち着きを戻したゆきは、今までのことを、とぎれとぎれ樹里に話した。

夢のこと。イメージとして受け取った「暴力」のこと。

ゆきは、キスのことは伏せた。そのイメージだけは理解できないし、何故か言いたくないと思ったのだ。

銀妃に教えてもらったこと。

その後、弘樹が気になって見にきたら、弘樹の姿がなかったこと。

ゆきは、そこで、言葉をとめた。うつむきながら小さく一度、肩を震わせた。

樹里は、しまった、と思った。

「共有視」を知らなかったわけではない。

ただ、今まで孤血は弘樹と、弘樹の叔父、父くらいだったし

弘樹はもとより、後者2名は共有視のコントロールくらいやってのける人間だ。

だからその件で問題が起こったことがないため、樹里も軽視していた。

ゆきがどこまで「視」たのか、ゆき自身もはっきりといわなかったので分からないが、どちらにせよ相当ショッキングだろう。

(弘樹、最低)

そう、言うしかない。

「それで。私が「視た」ものじゃ、状況とかよく分からなくて。もう一度視れないかと思って。」

ゆきは、ひとつ息をついて、震える自分の体を抑えるように、両腕で自身を抱きしめた。

彼女が再び見たもの。

それは、胸から、血を大量に流してもがき苦しむ弘樹の姿だったというのだ。

樹里は、混乱した。

ゆきは何を「視た」というのだ。

ほんの数分前の弘樹は、そんなことはなかったし

病室でも、まず「出血」する事態すらない。

(もしかしたら。)

と樹里はふと思った。

「共有視」にはリピート機能なんてない。

そもそも、これは危機が迫っている者からの一方方向からの映像なので

「視た」側が、もう一度みるなんてことは、離れ業に近いはずだ。おそらくゆきには不可能だ。

ゆきは、自分の共有視で見れなかった部分を勝手に補った、すなわち想像したのではないか。

(それにしては、ちょっとリアルすぎるんだけど。)

樹里にはそれ以上の答えを出すことはできない。

弘樹に判断を仰ぐべきだろう。

「ほんと、大丈夫だから。大怪我してたら、引きずってでもつれて帰ってるよ。私は、ゆきちゃんのほうが心配だよ。」

おそらくゆきは、このことで一睡もしていないのだろう。

嫌な夢だけみて、不安しかなくて、どれだけ心細かったか。

樹里は、体格のそう変わらないゆきの肩を自分のほうに寄せた。

そっと抱き寄せる。ずっと震えていただろう、肩を、腕をそっとさすった。

ゆきは、抵抗もなく樹里に体を寄りかからせた。

ゆきの肩から腕から、余計な力が、震えが消えていく。

「ありがと、もう大丈夫。」

それでも、ゆきのその笑みが、どれだけの無理から出ているのか。

そう思うと樹里の心は、ちくりと痛く感じた。

ゆきが本当に安心できるのは、弘樹が戻ってきてからかもしれない。

「弘樹が戻ってきたら起こすからさ、ほんと、寝てな。」

樹里は、ゆきの後頭部をそっとなでた。

「…そんなに寝てないように見える?」

ゆきは、充血しかかったうす赤い瞳で樹里をみた。

「目が、充血してる。」

樹里は、ゆきのおでこを指ではじいた。

「眠りは浅かったかもしれないけど、寝てるよ。夢見たんだから。今から寝るのは無理。」

ゆきは、小さく笑った。

「あーあ、安心したらおなかすいちゃった。」

そういうと、ゆきは立ち上がって大きく伸びをした。

今までの弱い自分を、なかったことにするかのように。

そうだ。とゆきが言う。

「あとでちょっと出てもいい?」

「どこへ?」

まだゆきが一人で出歩いてOKというわけではない。まだすべてが終わったわけではない。

「コンビニ。お菓子とか雑誌とか、ね。」

「付いて、いこうか?」

樹里は、ついていくよ、とはいえなかった。

それは、ゆきが出かけるといったのは、ただ単に買い物というわけではないと思ったからだ。

これだけのことが一晩でおきたのだ。ひとりになりたい、そう聞こえたのだ。

「ううん。大丈夫だよ。すぐそこじゃん。」

樹里のその予想が当たったかのような、ゆきの返答だった。

樹里は、頭に地図を浮かべた。

最短のコンビニは、実は安倍家の目と鼻の先にある。

安倍家独自の結界からは無論外になるが、

それくらいの距離であれば、ゆきの気配を追うことは可能だ。

また、安倍家の周りには、安倍家に信を置く異形のあやかしが多く往来している。

何かあれば知らせるだろうし、言い含めれば力になってくれることも樹里は知っている。

そこまで考えると、樹里は「早く帰ってきてね」といって、ゆきを見送ることにした。


樹里にとって「コンビニくらい」だった。

ある程度考えてはいたが、たいしたことはないことだと思っていた。

だから。

昼前に帰ってきた弘樹に怒鳴られるまで、樹里は事の重大さに気づくことができなかった。


勝手口から、それこそ扉を破壊する勢いで弘樹が帰ってきたのは

樹里が考えていた時間よりも1時間以上も早かった。

ゆきが、出かけてから、20分も経っていない。

弘樹は樹里の姿を認めると、持っていたバックをほおりなげ

「ゆき・・望月さんは?」

と樹里に叫ぶようにたずねてきた。

樹里はそんな慌てた弘樹とは逆に冷めた目で、いい加減、ゆきと呼べばいいのに…とぼやきながら、

「コンビニ。あとでゆきちゃんに謝りなよ。共有視、視させられて動揺してる。」

ところが、弘樹は樹里の言葉の半分も聞かずに部屋を飛び出した。

弘樹がここまで、動揺するのも珍しい。

動揺?今の弘樹は、怒っているようにも見えた。

樹里は、嫌な予感がして弘樹の背中を追いかけた。

弘樹は、樹里が自分の背中にいると察し、振り返らずまくし立てた。

「どうして彼女をひとりにした?どうして彼女を一人で行かせた?言ったはずだ。彼女はまだひとりにしちゃだめだ。」

弘樹の背中が、その言葉が、樹里にむき出しの刃となって突き刺さる。

樹里は慌てて感覚を研ぎ澄ませた。ゆきの居場所を追う。さっきはコンビニいた。今は、今は。

「・・・心配しすぎだよ。ゆきは今帰ってくる。」

弘樹の根拠のない、そう感じる怒りにたいして、樹里はため息すらついた。

家の前の大通りに、彼女の気配を確かに感じた。

あと、数分で家に戻るだろう。

ところが、そう言って伝えても、弘樹の怒りは収まらなかった。

「じゃあ、何だって言うんだ。」

弘樹は声を荒げた。

玄関で振り返り、樹里に怒鳴りつけた。

「俺も、さっき視させられたよ。最低最悪の結末だ。」

そこまで言うと、弘樹は肩を震わせ歯をむき出し、まるで威嚇する狼のように睨み付けた。そしてすぐ、履くものもはかず玄関を飛び出した。

樹里は、今まで見たことのない弘樹の怒りに背筋が凍りついた。

いったい、弘樹は何を見たというのだ。

誰の共有視…そこまで考えると、樹里は口元に手をやった。

思い当たる人物は、一人しかいない。

(嘘だ。嘘だ。嘘だといって。)

樹里は、足元をもたつかせながら、弘樹の後を追った。

追いかけた先にいた弘樹は安倍家の門を出ると、左右を見渡した。

何かを見つけると、右手を二度三度翻しそのまま力任せに右腕を横になぎ払った。

後ろから見ていた樹里は、弘樹のその術の動きにすら焦りと怒りを感じた。

普段の弘樹はこんなに乱暴に術を行使しない。

それと同時に、目の前から薄いガラスが取り去られるような感覚を樹里は感じた。

「対式用の結界。何でこんなものが張られてる?」

弘樹の怒りは、樹里に対してか、術者に対してか。樹里は、自分に対してだと思った。

敵は、樹里の力を、術を封じる手段に出ていたのだ。

弘樹は、数歩進むと、そこでしゃがみこんだ。

そこは、さっき樹里がゆきがいると感じた場所だ。

弘樹は自分の両手を重ねて地面に押し付けた。ぱりん、とガラスが割れるような音がした。

樹里のほうに振り返った弘樹は、樹里に自分の右手を差し出した。

小さい木でできた人形と、その人形に絡んだ茶色い長い…髪の毛。

「お前が言った、ゆき、だ。」

そういう弘樹は、静かだった。

いや、怒っている。

樹里は、口に手を当てたまま、何もいえない。

これが、自分がしでかした結末か、と。

弘樹は、そのままの口調で樹里に告げた。

共有視は、彼女の中の孤血が抜かれていくというものだった。

泣き叫ぶ気力すらなく、彼女の血は無残にも流れ続けていったという。

孤血は、神の血だ。それだけで力となる。ほしがる人間なんてごまんといる。

それだけではない。彼女の生命は、いま孤血が支えている。それが抜かれれば、死ぬ。

「これから、彼女を、彼女の記憶を追う。樹里、バックアップを。」

そういうと、弘樹は、人形に巻きついたゆきの髪の毛を手に取った。

そのまま、額に押し付ける。

「きんせいしたてまつる。」

弘樹の周りを蒼い光をまとった風が舞い始めた。

弘樹は本気だった。蒼い光、それは鬼火。自分の術に天孤の力を乗せている。

強大な力を行使できる反面、その自分のものではない「神のちから」をコントロールすることが要求される。

術を失敗しても、コントロールに失敗しても、彼が負う「反動」は通常の術と比べ物にならない。

そして。術を成功させても、「反動」がやってくる。人の器で、神のちからを使った罪だ。

だから、弘樹はめったに、いや、まったく、天孤の力を使わない。

バックアップ、それは、弘樹が術だけにすべてを費やせるようにすべてのフォローを樹里に命じたのだ。

樹里はふらふらと数歩下がると、彼の周りに保護結界を構築しようとした。

ところが、結界が完成する前に、弘樹の周りの風が急に止まった。

樹里が驚いて彼を見やると、まるでスローモーションのように足元から崩れ落ちる弘樹が、目に映った。

「弘樹!」

樹里は慌てて弘樹に駆け寄った。声が、引きつって変なところから出てきた。

「反動」だと思った。

けど、そんな生易しいものでは、なかった。

弘樹は、背を小さく丸めて、両手で胸をかきむしるように、いや、押さえつけるように…その指間から鮮血が滴り落ちた。

「ああああああああああっ」

苦痛に歪んだ弘樹の顔。そのまま横に倒れこむ。痛みにのた打ち回るように、右へ左へ体を揺らす。

血が、止まらない。

滴り落ちる程度だったのに、すでに両手を真っ赤に染めていた。

地面に、血だまりができていた。

樹里の頭は真っ白だった。目の前で、だいすきな弘樹が苦しんでるのに、何をどうすればいいのか分からない。

ただ、

ゆきがいっていたことはこれだったのかと

それだけは、理解できた。


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