終わり と 始まり の章
弘樹の真意を樹里と高志が知ったのは、明け方、日の光が病院を照らし始めた頃だった。
弘樹は、あの後安倍家に戻り、当主に願い出たのだという。
六家の皇子から、空の皇子すなわちキョウトへ自らの身を出すことを、だ。
それは、キョウトの王の椅子に限りなく近い存在となると同時に
生殺与奪が現実に目の前に置かれる。すなわち殺すか殺されるかの世界に自らを置くこととなる。
当主、弘樹の叔父には、そのことに異を唱えることはできない。
空の皇子となるべく儀式がすべて終わり、弘樹がキョウトへ旅立ったのが、明け方。
ちょうど、その時、樹里と高志が安倍家に戻って来たのだ。
二人は、事実を聞かされて、玄関先で絶句した。
高志はすぐさま、叔父の部屋に殴りこんでいったのだが、10分と経たずに樹里が待つ部屋に戻ってきた。
樹里は。
部屋の中央で、大の字になった。
端のほうにバッグが置いてあって、弘樹の服が入ってる。
反対端のほうに、弘樹がいつも使っていたパソコンがほこりをかぶっておいてある。
信じられなくて、部屋に入るなり、襖を隔てた奥の部屋に足を進めた。
大きな桐のタンスの上段、普段鍵をかけている引出が、半開きになっていた。
弘樹の、守り刀だけが、なくなっていた。
浅黄色の袋に入った朱音のは、生殺与奪が明けた時、彼女自身が持って行っている。
高志のは、紫の袋に入ったまま、残っていた。
朱色の袋に入った弘樹のだけが、消えていた。
樹里はそのまま、したの引出しをあけた。
わかっていた。弘樹の正装が消えていることくらい。
なのに、現実を突きつけられると、目の前が真っ白になった。
そのまま、ふらふらと部屋に戻り、寝転がった。
高志が、部屋の隅に胡坐をかいている。
「・・・これが、望みだったのか?」
高志は、誰に聞くわけでもなくつぶやいた。
「・・・結局さ。弘樹を怒れなかったね。」
樹里がつぶやく。
「あいつ。市内にいたんだってさ。」
高志が、意外な真実を告げた。
「そう言われれば、思い当ったよ。都落ちの翁。」
都落ち、それは、空の皇子となりながらも、王となれずまた殺されもしなかった皇子を指す蔑称だ。
都落ちと、現在の皇子との交流はあまり良いものとはされていない。
しかし、おそらく事情を察し、弘樹を匿っていたのだろう。
「安倍家の?」
樹里が、何の気なしに尋ねたが、高志は答えを持ち合わせていないと肩をすくめた。
それは、空の皇子となった段階で、育った家を捨てなければならないからだ。
「現王の代の?」
「年齢とかも知らないよ。仮に現王の代だとしたら、都落ちの気がしれない。」
「高志、そんなこと言わない。単純に代替わりの時期じゃなかった空皇子で都落ちっていうパターンもあるんだから。」
「・・・今は、代替わり、なんだろ。」
高志が、ぼそりと言った。樹里は口をすぼめた。
眉間にしわを寄せる。目を伏せる。樹里はこの上ない辛い表情を浮かべた。
「あいつに権力志向はない、とは思うが、権力志向がない人間がなんでキョウトに行ったのか、と聞かれたら。」
高志はそこでいったん言葉を止めた。
「父親を殺しに行きました、なんて冗談は、なしにしてほしい。」
一気にまくしたてる。樹里の身体がけいれんを起こしたかのように震えたのを見ぬふりをする。
「当主殿は、理由を聞いてないの?」
樹里は自らの身体を抱きしめながら、高志に尋ねた。
「孤血の暴走を抑えるためには、こっちの世界よりもキョウトのほうが都合がいいから、だと。」
違うだろ。高志は、言葉を投げた。
「俺が手を汚さないようにするため、望月さんに向けられているキョウトのマーキングを外すため、そして、自分自身の死を逃れるため。」
しかし、真実は弘樹のみぞ知る。
「樹里、ひとつ尋ねてもいいか。」
高志が、そう切り出した。
「もし、もしだ。弘樹が、現王を討って次代の王になったら。母さまは、弘樹のことを恨むのか?それとも、誇りに思うのか?」
樹里の表情は、相変わらず深くつらい顔をしていた。
「わかんないわよ。母さまじゃないもの、わたし。」
ぽつりと、樹里は言った。
「・・・けど、沙久羅なら誇りに思うって言う。弘樹のこと、他の何よりも一番可愛がってたから・・・」
辛そうに、言葉をつなげた樹里は、そういうと一つため息をついた。
「泣いて、いいんだぞ。」
辛そうな樹里の表情を見かねて、高志が言った。
「泣けないよ。一応さ、出世したんだから、弘樹殿は。喜んであげないと。」
「厭味な敬称だな。」
「高志も、敬称で呼ばれるようなことをしたら?」
「それなんだが。さっき、叔父殿に言い捨ててきた。次期当主の襲名をするって。」
樹里が目を見開いた。そのまま飛び起きる。
「ど、どういうこと?」
「そのままだ。まぁ、弘樹殿は対外的なことはすべてスルーしてキョウトに行っちまったが、俺は対外的なことをスルー出来ない立場になるからな。
実際の襲名は早くても2ヶ月後とかになるだろうけどさ。」
皇子の権利をすべて放棄しての、当主襲名。
美晴の例はあるが、彼女は完全例外だ。皇女の時期に、当主が他界されれているのだから。
なにも、高志が焦る必要はまったくない。
ゆくゆくは、でいいのだ。
「あの猪突猛進馬鹿のフォローができるのは、叔父じゃなくて俺だって思っただけだ。よく考えてみろ。」
樹里は眉を顰めた。何をよく考えてみろ、というのだ。
「あの馬鹿は、最後に盛大にめんどくさい仕事を俺に投げ捨てていきやがった。俺に最後に行った台詞そのまま聞かせてやる。」
「彼女を、最後まで守り抜いてほしい。ま、実の妹がもう一人増えたとでも思ってさ。」
その実の妹、すなわちゆきを護るには、一介の皇子の立場よりも、当主になったほうが何かと便利だ。
「ははは。なんか、あいつらしいや。」
「だろ。親の顔が見てみたい。」
「高志の親でもあるよ。」
「そうだな。」
高志は笑った。
樹里も笑った。
笑いながら、二人とも、瞳が熱くて痛くて重くて仕方がなかった。
涙と笑い皺で、顔がぐしゃぐしゃだった。
これで、いったんおわりです。
(続きの構想は一応あるので、書く予定ではありますが)
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。




