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終わりの始まりの章 6

「佐伯センセ、ひとつだけいいですか?」

右腕を差出し、どうぞお好きなだけとでもいいそうな弘樹は、違う話を切り出した。

佐伯は、採血の準備をしながら、耳を弘樹に傾けた。

「以前、彼女に俺の血、輸血してますよね?」

「どうして?」

「動物的勘です。」

別に怒っているわけじゃないです。弘樹はそうつなげた。

「一度だけな。孤血なんて厄介な血、持っているやつを私はお前しか知らない。」

あぁ、彼女もか。佐伯はそう訂正しながら、弘樹に合図をし、穿刺する。

「めまいは?」

「へーきです。慣れてますから。」

「そういう問題じゃないだろ。本来ならな、」

「ちゃんと健康的な生活をしているのか、睡眠はきちんと取れているのか、風邪とか引いていないのか、ウイルス性の疾患を持っていないのか。

そもそも体重が足りているのか、そこら辺を調べてからじゃないと、輸血用の血を採決しちゃダメなんですよね。」

淡々と弘樹は言い放った。

「大丈夫ですよ。若干不健康生活もしてましたけど、ここ数日は実に健康的でしたから。」

「お前は・・・いったいどこをほっつきまわってたんだ。」

佐伯は頭をかいた。

「あ、センセ。たぶんそのままつないで大丈夫ですよ。」

弘樹が笑顔で言う。弘樹が指したのは、血液パックだ。

そのまま繋ぐ、それは、弘樹の血を一旦パックに入れてチェックせずに、そのままゆきの身体へ流すことを意味している。

「医療行為に素人が口を出すな。」

ばかもん。佐伯は、弘樹の素人考えを一蹴した。

そのまま、クッションを挟まずに血液をつなげるのは、禁忌行為だ。下手をすれば死に追いやる。

「けど、悠長なことをしている時間はない、と思いますが?」

戦前はそういう輸血方法だった、とまで弘樹は言いだしたものだから、佐伯は不快な表情を浮かべ、本気で弘樹の頭を小突いた。

ただ、弘樹のいうことにも一理ある。時間がない。

「責任は俺が持ちますよ。大丈夫です。一般人じゃないですから、俺ら。」

「あーもー、おまえはどこまで馬鹿になるんだ。」

責任とれよおまえ。佐伯はそういうと、弘樹の血が流れるラインをそのままゆきの腕のラインにつなげた。

弘樹は腰かけたイスに深く寄りかかると、そのまま目を閉じる。

深紅のラインが、静かに二人の間を繋いでいる。

佐伯は、ため息をひとつつくと二人の間を行き来し細かくチェックを入れる。

そのカタカタという小さな音と、佐伯の歩く足音だけが、処置室に響いていた。

数分経過した頃、弘樹が、おもむろに瞳を開け、不意に言った。

「センセ。ありがとうございます。」

「?」

佐伯が振り向くと、弘樹はさっきの話です、とつなげた。

「彼女に、俺の血を勝手に入れてくれた件。」

勝手に、の部分に若干のとげを感じたが、佐伯はあえて無視をした。

「それがあったから、今日ここに来ることをためらわなかったんだと思うんです。」

「1度やったら2度目もおなじ、ってか?」

「そんなところです。」

そういうと、弘樹は隣に眠るゆきの横顔をみやった。

「俺自身の決心も、つかなかったと思うんです。」

「決心?」

「人生の岐路です。」

佐伯の問いをはぐらかすかのように、弘樹はそう言った。

「センセ。もう一つお願いがあるんですが。」

弘樹が切り出す。

佐伯が、ゆきの血圧を見ながら、また耳を傾けると、弘樹は不思議なことを言った。

「彼女を、よろしくおねがいします。」

それはまるで。

ゆきと弘樹が、また離れ離れになることを、弘樹自身が知っているかのような発言だった。


「ヒロ。」

機械の音が途切れることなく続いている。

横になって休めという佐伯の言葉を遮って、弘樹は眠るゆきの脇に座って、ゆきの手をそっと握っていた。

「血を、分けるって・・・いいの?」

樹里が、あの時言おうとした言葉はこれだった。

「いいも何も。佐伯センセにやられてたんだ。先を越されてた。」

弘樹はそういうと、樹里を振り返った。

穏やかな笑顔だった。

「え、それって。」

「佐伯センセ、以前ゆきが大けがしたとき、、たぶん橘の時だな。俺の血を無断で輸血してたんだ。」

だから、どおってことはない。そう弘樹はつなげた。

「ちょ、ちょっと。あの人、その意味わかってるの?」

「わかってないだろ。」

弘樹が何事もないかのように言った。

孤血を持つ者にとって、血を分けることは、契約を結ぶのと同義。

ゆきが銀妃の血を分けてもらったことで、ゆきと銀妃は強い鎖で結ばれている。

一般人のゆきが、すすぎを扱えるのは、銀妃の妖力をゆきが持っているから。

いいことばかりではない。仮に銀妃が死ねば、ゆきも連鎖反応で死ぬ。生死すら共にする鎖だ。

つまり、弘樹がゆきに自分の孤血を分けたということは、弘樹とゆきの間にも同等の鎖が発生しているということだ。

「樹里。一つお願いがある。」

弘樹は、ゆきに向かい合うと、樹里に背を向けて話した。

「彼女に、謝っておいてほしいんだ。許してほしいのは、俺のほうだって。」

その、突拍子もない願いに、樹里は一瞬言葉を失った。

「・・・自分で謝ればいいじゃないの。」

やっとのことで言った言葉には、弘樹は返答をしなかった。

「相当の、重荷を、彼女に背負わすことになる、と思うから。」

ぽつりと弘樹はつぶやくと

「樹里、お前は、絶対に彼女の味方でいてやってくれな。」

そういうと、弘樹はゆっくりと立ち上がった。

樹里は、弘樹の発言の真意を汲み取れず、困惑してしまった。

「何、言ってるの?」

よくわからない、とつなげようとしたとき、

「なあ、樹里、バカなこと聞いてもいいか?」

弘樹が樹里を振り返った。

言葉を失った。

さっきまで穏やかに笑っていたはずの弘樹の目に、涙が浮かんでいたのだ。

「彼女のおでこにキスしたら、お前、俺のこと軽蔑する?」

涙をこぼさんと、ぎこちない笑みを浮かべて、それでも溢れた涙が頬を伝って地面に落ちた。

涙の意味を、知りたかった。

弘樹が泣いた姿を見るのは、樹里としては、初めてだった。

樹里が何も返せずに、ただ、弘樹を見つめていたからだろうか

「・・・冗談だよ。」

まるで自分を嘲笑うかのようにぽつりというと、弘樹はICUを後にした。




弘樹の真意を樹里と高志が知ったのは、明け方、日の光が病院を照らし始めた頃だった

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