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紅の章 3 紅の孤神


小屋の外が騒がしい。

がたがたという音が、小さく小刻みに、しかし長く続いたことが

眠っていたゆきを起こした。

「・・・・」

ゆっくり半身を起すとゆきは、手を目元にあてた。

頭ががんがんしている、気がした。しかしそれは、すぐ治まった。

しかし、外のがたがたという音は、小さく続いている。

(風・・・?)

ふと周りを見渡す。小屋の2か所ある扉は動いている感じはしない。

それ以上に、ゆきはおかしなことに気づいた。

弘樹が、いない。自分はここに一人でいる、ということ。

そして、扉から漏れる光は、夜明けの光であって、

「・・・・サイテー。」

何が30分だ。30分どころか、夜明けまで寝てしまったではないか。

挙句、おいて行かれた。

「あの怪我で、そこまで、出ていけるとは思えないけど。」

ゆきは寝袋から足を出すとそのまま立ちあがった。

案外、弘樹はすぐ近く、扉の外にいるのかもしれない。そう思ったときだった。

カタンと音がした。

ゆきは足元を見て、そして自分の首元を右手で触った。

足もとに散らばったのは二つに割れた赤い石。

首元にかかっていたはずの、弘樹の石が割れて落ちたのだ。

ただそれだけのことなのに、ゆきは、自分の顔が真っ青になったことを感じ取った。

恐る恐るしゃがんで石を拾うと、どこまでも澄んだ赤い石だったはずが、ところどころ白く濁ってしまっている。

そして、びっくりするほどきれいに二つに割れている。

ただ、石が割れた。

それだけなのに、ゆきの心臓が早鐘を打った。

置いて行かれたわけでも、すぐ外にいるわけでもなく、

弘樹は。

「どうして、私を庇うのよ。」

ゆきは割れた石を握りしめると、ただひとことそう呟いて、小屋の扉に手をかけてゆっくりと開いた。

朝の金色の光が、小屋に差し込む、はずだった。

澄んだ、すがすがしい空気がゆきの全身をつつみこむ、はずだった。

ゆきには、何が、起こったのか、その場で理解できなかった。

目の前には黒い影が2体。

ゆきとほぼ同時に扉を開けた、ゆきよりも背の高い黒い影。

現実を思い知る。自分は追われている身だということを。

反射的に扉を閉めればよかったのだが、それすらも叶わず

ゆきはそれを見上げて、その場で身を凍らせた。

瞳も口も、閉じることができなかった。

その直後。

黒い2体の影が、同時に、前に揺れて後ろへ倒れて消えたのだ。

その瞬間、ゆきの身体は朝の金色の光に包まれた。

まぶしさで瞳を閉じる。直後、足もとから頭の先にゾクゾクする嫌な震えが駆け巡った。

澄んだすがすがしい空気の代わりに、ゆきの鼻をついたのは、生臭い鉄の匂い。

水滴が、顔に飛んだことに気づいた。考えたくなかった。

何が、起こったというのだ。

恐る恐る瞳を開けると、そこは、朝の光に満ちていて。

目の前に、とても「美しい」ものを、ゆきは見た。

深い深い紅色の髪は、ざんばらになりながらも、つやがありまっすぐで。

その髪からのぞく瞳は、まるで宝石のような澄んだ朱色。

ただ、それは人ではなくて。

深い紅色の髪の中、ちょうど頭の頂に、まるでなびかせているかのような、1対の獣の耳。

ゆきが、美しいと思ったのはその一瞬だった。

「その」右腕が生々しい赤に染まっていて、指先からしずくが滴り落ちた。

ゆきの身体が痙攣をおこすかのような震えが襲ったのは、その雫の正体を理解したときだった。

「その」左腕には、黒いものがまるで抱きかかえられているかのように突き刺さっていて、

ゆきの目の前で、左腕を大きく薙いで、その黒いものを振り落とした。

どさ、という音。その黒装束の人間は、ぴくりとも動かない。

大量の雫が、朝日に反射して金色に光り、半円を描いて飛び散った。

その美しい光の情景も、その澄んだ朱色の瞳は、見ることはなく。

ただ、塊と化した黒装束にすら再び興味を示すこともなかった。

目の前の状況が、ゆきの頭に入れば入るほど、ゆきの全身の痙攣がひどくなっていく。

目を閉じたい。目の前のことはすべて嘘だと思いたい。

なのに、ゆきの瞳は、宝石のような朱色の瞳から、離れることができない。

離れることを、許されていないかのように。

目の前は、美しすぎる地獄。

すべての感覚が自分のものと思えないほど、すべての感覚が麻痺してしまって、

けど、麻痺していること自体に気づけない。

風が吹いた。

深い紅色の髪が、ばさりと舞い上がった。獣の耳が、ぴくりと動いた。

朱色の瞳が、今まで焦点が合っていなかった瞳が、ゆきをしっかりとらえたのが、わかった。

白く透明な肌に、流れた血がそのまま凝固して黒い文様を描いている。

それすらも美しかった。

ふいに、ゆきの目の前に、彼の右手がゆっくりと差し出された。

赤く濡れた手。

ゆきは、本能で怖いと思った。ゆきは肩を小さくすくめて後ろへ逃げようとしたが、身体が思うように動かない。

ただただ恐怖で、目元に涙がたまる。

彼の口元が、わずかに上を向いた。まるで慣れない笑顔を作るかのように。

ゆきを、怖がらせないようにするかのように。

ゆきの瞳から、涙がこぼれた瞬間。

彼の身体が、大きく揺らいだ。

まるで地が揺れたかのように足もとから地面にゆっくり崩れ落ちる彼の一つ一つの動きを、ゆきは涙越しに見つめていた。




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