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白の章 9 暴かれた、白


今日高志は、街中でゆきとばったり出くわした。

買い物途中だったのだろう、手には食料品の袋を抱えていた。

「久しぶり。」

そう声を掛けると、彼女はぱっと笑顔を向けて挨拶してきた。

それだけの交流だった。急いでいるようで、ぱたぱたと高志の脇をすり抜けていく。

しかし、高志は彼女に妙な違和感を感じた。

はっとなって振り返ると、ゆきは、もう一人、男とともに話をしていた。

高志の違和感は、ゆきの周りにまとわりついた、羽衣のような、薄い膜だった。

悪意はない。以前彼女に付きまとっていた、黒い影でもない。

けど、これは人外のちからが干渉している証拠。

悪意は感じられない。むしろ、彼女を護っているようにすら、思える。

なのに、違和感が悪寒に摩り替わっていく。

無意識に、高志は胸ポケットの名刺入れをつかんだ。

ゆきの元へ走る。

「望月さん。」

きょとんとした瞳で、ゆきは高志を見た。

高志は名刺を抜き取ると、ふと思いついてポケットからボールペンを取り出して、名刺の裏に何かを書き付けてから

それをゆきに手渡した。

「みんな、会いたがってるよ。暇なときにでも連絡入れて。」

そこには、高志の仕事上の連絡先と、裏には几帳面な字で書き加えた弘樹の携帯番号があった。

それを手渡すと、高志はそのまま立ち去った。

ゆきは、この名刺を捨てようとは思わないはずだ。

高志は、弘樹の番号を書きつけながら、同時にまじないも書き付けていた。

ゆき自身が安倍家に助けを求めてくれば、いくらでも助けられる。

この悪寒が何かの予兆であるなら。

それこそ、均衡を崩す何かであるなら。

手遅れにだけはならないでほしかった。


「知り合いですか?」

きょとんとした目で成宮はゆきに尋ねた。

「ま、まぁ。」

ゆきは名刺を手にしたまま、高志の背中を目で追った。

突然のことで、ゆきはびっくりした。

手許に残ったのは、高志の名刺と、手書きの弘樹の連絡先。

「まぁ、いいや。行きましょ。」

成宮はそういうと、ゆきが肩からかけていたバックをくいくい引っ張った。

成宮のもう片方の手には、大量に買い込んだ野菜やら肉やらがスーパーの袋に詰め込まれている。

お守りの香をもらってから、二人は学内や帰り道をともにすることが多くなった。

ちからの話はもちろんだが、それ以上に学校のこと、授業のことなど、話は多岐にわたった。

ゆきは、成宮と話していることがすごく楽しいと思っていたし、

それは成宮も同じだと笑いながら言ってくれていた。

そんな話の最中に、ゆきが成宮にカレーを作ってあげるという話が出たのだ。

料理が出来る人を天才と断言する成宮は、ゆきが料理を作ろうか?と持ちかけたとき、

まるで子どものように大喜びをしたのだ。

「どうせ、一人暮らしでろくなもの食べてないんでしょ?」

そうゆきがいうと、成宮は上目遣いに笑って見せた。

「別に料理しなくても食べられるものはたくさんありますから。なんとかそれで。」

「じゃあ、何が食べたい?」

ゆきも、成宮にはお礼をしたかった。香をもらって以来、ゆきを悩ませた黒い影は跡形もなく見なくなったからだ。

「カレー!」

そう叫んだ成宮は、とても大学生には見えなかった。5歳児かそこらだろう。

「あの時ゆきさんは笑いましたが、あれは、カレーの神様への冒涜です。」

「だって、あんまりにも子どもに見えちゃったから…」

バスに揺られながら、ゆきは笑いを口の中でかみ締めた。

成宮は、そんなゆきの姿をみて、口を尖らせた。

「こどもは、こんなものは買いませんよ。」

そういいながら袋をちらりとゆきにみせる。

袋には、ジャガイモたまねぎに混ざって、チューハイの缶が顔をのぞかせている。

「はいはい、そうですね。・・・って、そんなに買ったの?」

ゆきが驚いたのは、アルコールの量ではなく、ジャガイモの量だった。

道理で重いはずだ。ぱっと見でも、10個近くあるだろう。

「え?入れませんか?」

「入れないよ、ジャガイモカレーになるよ。」

「それは困ります。」

入れないでください。成宮は肩をすくめてそういった。

「・・・じゃあ、カレーにもう一品、なんかジャガイモ使って作るよ。なんか有り合わせで、さ。」

成宮があまりにも寂しそうな顔をしたものだから、ゆきは慌てて言葉を付け足した。

「お願いしまーす。」

上目遣いで、にんまりとした顔をして成宮はゆきにそう言った。



相当疲れたのだろう。

ゆきは、気づいたらリビングのソファーの上で丸まって寝ていた。

成宮もはしゃいではいたが、それ以上にゆきははしゃいでいた。

カレーを作って、食べて、テレビゲームをして、たくさん話をして。

「それにしても、無防備すぎですが。」

成宮は、ゆきの頭のほう、ソファーの端に腰掛けるとそっとゆきの頭に手を置いた。

ピクリともしない。

そのまま、髪に沿ってそっとなでる。

「もう少し、守りに走ってもいいと思うのですが…僕は男ですよ?」

そのつぶやきすら、無意味だった。

「秀一さま」

成宮が顔を上げると、ソファーの前に長い黒髪の女性が立っていた。

「あぁ。来てたんだ。ごめん。」

なんだい?成宮がそう、目線をやると、女性はふっと頬を緩ませた。

「滞在延長の、許可が下りましたのでお伝えに。」

成宮は肩の力をふっと抜いた。柔らかい笑みを彼女に向けた。

「ありがとう。あぁ、錦にも伝えておいて。」

そういうと、成宮はゆきに視線を落とした。再度ゆきの頭に手を置く。

「この娘、ですか?」

遠慮がちな、細い声で女性は尋ねた。

「ああ。」

「手を。」

「僕は、下さないよ。」

下せない。そう、言い換える。

「では・・・?」

心配そうに見つめる女性に、成宮は顔を上げてわらってみせた。

「心配するな、香月。それとも、たかが狐一匹狩るのに、自分の命を掛けるような愚かな主と思ってるのか?」

「いいえ。」

香月と呼ばれた女性は、即答で否定した。

その否定に、成宮は満足そうな笑みを浮かべた。

「策は、あるよ。あわよくば、狐を二匹仕留められる。」

「・・・どうか無理をなさらずに。」

香月はそういうと、成宮に帰る旨を告げた。

そして、振り返って帰ろうとすると

「ねぇ。急ぎじゃないのなら、ちょっとだけ。面白いものを見せてあげるよ。」

成宮は、香月をそう言って引き止めた。

「ほんと一瞬しか見れないと思うんだけど。」

そういうと、成宮はゆきの頭に載せた自分の手のひらを、そのままゆきの頬に滑らせた。

髪とは違い、肌同士が触れ合ったことで、ゆきが若干身じろぎをした。

けどゆきは起きないし、成宮はお構いなしだ。

「寝てた方がいいよ。起きると、痛い思いをする。」

そのままゆきの耳に手を掛けると、成宮は自分の口元をゆきの耳に近づける。

「・・・」

ゆきの耳元で、成宮は何かをつぶやいた。

長い、詠唱。

成宮が、自分の口をゆきから離したときだった。

ゆきの顔色が、さあっと真っ白になった。

血の気が引くと同時に、ゆきの髪が、さあっと白くなる。

肩に届く程度の長さが、一気に、ソファーを覆い尽くすほどの長い髪となる。

予想外だった。

成宮は、目を丸くした。

それは、香月も同じだった。

ゆきの変化が落ち着くと、成宮は息を呑んだ。

髪の色は、一瞬は白く見える。しかし、ところどころは白ではない。

まるで、スキーのゲレンデのような、白銀。

部屋のライトに反射して、キラリキラリと光っている。

頭のてっぺんには、その髪に隠れるかのように、けど間違いなく尖った獣の耳。

そして、スカートのすそからは、髪と同じ色の尻尾が顔をのぞかせている。

「秀一さま・・・これは・・・」

やっとの思いで、香月が声を発した。

「・・・・白狐・・・?これは・・・」

成宮の声は、かすかに震えている。

その声に反応するかのように、ゆき、の姿をした狐はゆっくりと半身を起こす。

白銀の髪の隙間から、ゆっくりと瞳が開かれる。成宮を見つめる。

その瞳は、限りなく底無しの、ホワイトホールのような銀白色。

無表情に成宮を目で捉える。

口元が、歪んだ。かすかに開いた口の奥は、白とは真逆の深紅。

「わらわに、なにを、する・・・」

その声は、ゆきの声ではなく、そもそも声ではない。

幼子のような甲高い声が、直接脳に語りかけてくる。

成宮は、目を離すことが出来なかった。目を丸くしたまま、硬直するしか出来ない。

次の瞬間、ゆきの肌に赤い血の色が戻った。一瞬で白い世界はなくなり、ゆきはそのままソファーに崩れ落ちた。

成宮は、自分が施した術が切れたことすら気づけず、そのまま呆けてしまった。

「・・・白狐・・・?。」

成宮はずっと知りたかった。

彼女の血を少しだけ口にしても、分からなかったこと。

彼女は、どれくらいの孤血を所持しているのか。

ある程度血液を調べれば分かる話ではあるが、そこまで彼女に近づくことは、成宮には出来なかった。

だから、ゆきが無防備に眠ってくれたのは、成宮にとっては好都合だったのだ。

眠っている間に、ゆきの人間としての血を一瞬だけ凍結させる。

彼女の身体内に孤血だけにすることで、本性を見る。そうすれば、彼女の孤の姿で、量を推し量れると考えた。

ところが、それは思わぬ方向へ転がった。

「これは。銀孤・・・なのか?」

狐には地位がある。人間がもつ孤血は、大概が黒狐、よくて銀狐だ。

「六家の、あれは、冗談ではなく・・・?」

「いいえ。あれは偶然でしょう。」即座に香月が否定する。「女性の狐ということで、葛葉さまと掛けただけかと。」

けど・・・その後の言葉を香月は言いよどんだ。

目の前に現れれた狐は、確かに、銀色をしていて。

けど、そのほとんどが真っ白に近かった。

位を飛び越えて、神の領域に確実に食い込んでいる。

人間が、踏み込んではいけない領域に。

「やっぱり・・・ですね。」

成宮は、低くうなった。自分の右手を、心臓の上の重ねる。

「彼女を、人間として生かしておくわけには、いきません・・・」

そう口にすると、成宮はそのまま崩れるようにひざをついた。

苦痛に、顔が大きく歪み、心臓の上に重ねた手をが、そのまま強く胸をかきむしる。

額から、汗が滴り、落ちた。

「秀一様!」

慌てた香月が成宮の脇にしゃがみ肩に触れた。揺すろうとした。

しかし、すぐに手を引いた。触れることができないのだ。

成宮の身体が、尋常ではない熱を宿している。

その熱は、炎、といっても過言ではない。

「秀一様!」

金切り声に近い悲鳴で、香月は名前を呼び続けた。

香月には、ちからはない。助けられない。

「・・・だ、いじょうぶ、だから、。」

悲鳴を上げる香月を気遣うように、成宮はか細い声で香月に声を掛ける。

合間、合間に、荒い大きな息の音が響く。

成宮はこの熱の正体を知っていた。

心のどこかで、感心している自分がいる。

これは、狐火だ。

ゆきのなかの狐を怒らせた、その罰。

孤血を持つものが、使うものが背負う、罰。

それは、業火。

身体の内側から全てを焼き尽くす、その痛み・苦しみ・死への恐怖が、罰であり、対価。

見れば、眠っているゆきも、何かに耐えるかのように、先ほど以上に身体を丸めて頭を抱えている。

もしかしたら、起きているかもしれない。

しかしながら、その熱も徐々に収まってきている。

額に溜まった汗を、成宮は袖で無造作にふき取った。

息が、途切れ途切れで、肩が大きく動く。

成宮はソファーの上のゆきを見やった。

身体を小さく丸めて、片腕を両膝の上に乗せている。

成宮は恐る恐るゆきの頬に右手を寄せた。

ぴくりとも動かないゆきの、彼女の頬は温かな熱を持っていた。

その手の先で、規則正しく響く息の音。

狐は、賢い。

罰するべき相手を、きちんと理解している。

それを悟った瞬間、成宮は自分の右手を、ゆきの首に添えた。

左腕を、ゆきの身体の向こう側に投げ、そのままゆきの身体に覆いかぶさる。

成宮の息は、まだ荒い。身体中がまだ狐の罰を背負っている。

そのままの姿勢で、成宮は自分の右手に体重を掛けた。

ゆきの、首をつぶす。

狐を、脅す。宿体を殺す、と。

ゆきののどからは、声にならないか細く引き攣った音が響く。

必死に酸素を求めて、気道が押し付けられるちからに反発を繰り返す。

ゆきの目が開いた、気がしたが、成宮は気にしていなかった。

そのままの姿勢で自分の体重を右手の平に集中させる。

しかし、狐はそれを邪魔し続ける。

身体中の焼けるような痛みで、右手が体重を支えきれない。

いつもならためらいなく瞬時に首の骨を折るその右手も

彼女の呼吸を阻害するしか、いまは力がなかった。

成宮には、それが、腹立たしく思えた。

一瞬だけ、右手の力を弱める。右手で身体を支えるようにし、左手を軽くよこに薙いだ。

瞬時に5本の指の爪が鋭く長く尖る。

そのままゆきの背中に向かって大きく振りかぶった。

「・・・おやめください。」

その腕を、その手首を細い手がつかんでとめた。

成宮が見上げると、そこには青ざめた香月が立っていた。

「・・・秀一様が、手を、下すべきではないです。」

震えながら、それでも一生懸命に香月は言葉をつむいだ。

「・・・お怒りは、分かります。」

今にもこぼれそうな涙を瞳に湛えて。

「けど、無駄にしないでください。」

貴方の、命を。

成宮は、その言葉を黙って聞いた。

ゆきから、自分の身体を離す。

成宮は一言も発しなかった。

ただ、身体の奥底でくすぶり続けるこの憎き炎をひたすら睨み続けていた。

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