白の章 7 真実と心ない悪意と
「昨日は大丈夫でしたか?」
必修の授業が終わり、帰り支度をしていると後ろから成宮が声を掛けてきた。
「僕あのあと少し考えたんですけど、やっぱり間違ったことをした気がして心配だったのですよ。」
「え?間違った?」
ゆきは首をかしげた。成宮の言うことが理解できない。
「えぇ。いくら女性だったとは言えど、いくら知り合いだと言い張られたといえど、見ず知らずの方に
望月さんを預けてしまって・・・人攫いだったらどうしようかと。」
笑って言えば冗談なのだが、成宮は本当に青ざめた顔でまくし立てるかのように言った。
「けど、よかったです。こうやってここにいるということは、大丈夫だったということですから。」
鳴いたカラスが…とのように、成宮はすぐに笑顔になった。
「あのさ、昨日・・・」
どうして一緒のところを、しかも居酒屋の前で朱音と会ったのかとたずねようと、ゆきが声を出すと、
それをさえぎるかのように、成宮が話を続けた。
「あ、昨日はびっくりしました。まさか、また倒れた望月さんを拾うことになるとは・・・・あ、暴言ですね。」
成宮は、頭に手をやり、すみませんとわびた。
話を聞くと、成宮はゆきと一緒だったわけではなく、
偶然通りかかったら、うずくまったゆきがいて、そのあと朱音がやってきたというのだ。
「望月さん、お酒弱いのですか?」
朱音と同じことを、成宮は聞いてきた。
「・・・そんなはずないんだけどねぇ・・・よく覚えてないの。」
ゆきは正直に言った。
「覚えていない?」
成宮は素っ頓狂な声を上げた。
「飲みすぎで、ですか?」
立ち話は何だからと、講堂を出て外のベンチに腰掛けた。
「そうじゃない、はずなんだけど・・・」
ゆきは困惑気味の声ではなした。
あのあと、そう時間の経たないうちに、ゆきは朱音の家をおいとました。
朱音は泊まればいいのにと引き止めたが、これ以上いても頭のなかの混乱は収まらないだろうし
そこまで、迷惑を掛けられないと思い、やんわりと断った。
そして、家に帰り思い出せる範囲で思い出そうとしたが、やっぱりだめだった。
「たぶん、本当に飲みすぎて倒れてたのかもね。あーなんで思い出せないんだろ。」
ゆきはそういうと、おでこに手をやった。
頭が痛い。
二日酔いではなく、自分の記憶喪失にだ。
「別に、無理して思い出さなくてもいいんじゃないですか?」
横に座った成宮は、あっけらかんと言った。
「別に人様に迷惑掛けたわけではないんですし。」
「いや、かけてるから。」
ゆきは、深々とため息をつく。
「迷惑掛けた成宮くんがが言う言葉じゃないよ・・・」と言葉を漏らす。
「いや、僕は別に何かやったわけではないですし。あ、あの人、望月さんの知り合い、か。けど、迷惑掛けた人は覚えている人であって、迷惑掛けててかつ・・・あれ?」
成宮は自分が言おうとしたことを、とめた。
思考がこんがらがった、そんな顔ををして眉を顰める。
ゆきには、とりあえず彼が言いたいことがなんとなく理解できた。
「ようは、私の覚えていない間に、誰かに大迷惑を掛けたんじゃないかなぁと。だって、飲んだ割には、財布のお金減ってないんだから。」
ゆきはそういうと片手に持っていたペットボトルを両手で握りしめた。
「じゃあ、タダ酒ってことですね。」
反面の成宮は、楽しそうに笑顔で言った。
「タダ酒って・・・」
呆れ顔でゆきが成宮をみると、成宮は、そうじゃなくてと続けた。
「タダ酒になってしまった、なら、迷惑掛けたひとは名乗り出ますよ。けど、もともとタダ酒だったなら
強ち迷惑は掛けてないんじゃないですか?」
名乗り出たら謝ればいいし、名乗り出ないということは、もともと奢る気でゆきを誘い、
「つぶれた」ゆきを放置しているわけだから、迷惑を掛けたとは言いがたいのではないか、
それが、成宮の意見だった。
「もちろん、後者の場合、よく無事でしたね、といってあげます。」
もちろん、ゆきに、だ。
奢る気、すなわちナンパに乗って飲んでいたのなら、それ相応の「対価」を求められておかしくない。
「だから、別に無理して思い出さなくていいと思います。」
名乗り出られたら対応すればいい、成宮は終始笑顔でそういった。
「それにしても、ですね。望月さんがそこまで深刻な悩みを抱えているとは。昨日気づいて話をすればよかったですね。」
成宮は、ゆきが抱える悩みを酒ではぐらかしたと思ったらしい。
「昨日は、何があったかは聞かないといいましたけど、教えてくれませんか?」
それが苦悩の元ならば、別の誰かに話をすることで楽になることが往々にある。
成宮は笑顔だった、けどその目は真剣そのもの。
ゆきはその真剣さを直視することができなかった。
意識することなく、目線を、ペットボトルに落とした。
「・・・やっぱりだめですか。そうですよね。会ってすぐの人間にそうそう悩みを打ち明けられてたら、そんなのたいした悩みじゃないはずです。」
そういうと、成宮は立ち上がった。
座ったままのゆきを見下ろすように、笑顔で言った。
「僕じゃなくてもいいんですよ。誰かに、打ち明ける。一番大切な、一番簡単な癒され方です。・・・そうだ、これから授業は?」
成宮が話を変えた。
「もし予定がないようでしたら、かつ、甘いもの好きでしたら、おいしいケーキ屋があるんで行きませんか?」
そういうと、ゆきに手を差し伸べた。
「成宮くんて、甘いもの好きなんだ。」
そういうと、ゆきは成宮の手をとった。
「ちょっと意外。」
「そうですか?顔が幼いんで、よくケーキでだまされます。」
僕の場合は、お酒よりケーキでナンパしてほしいですね。と、成宮は冗談めいたこといい、笑った。
「すごい健全な、ナンパだね・・・ってこれ、ナンパ?」
ゆきが慌てるように、成宮の手を見た。
「えぇ。その気でしたが。」
成宮はあっさりと認めると、いたずらっこのように歯をむき出しにて笑った。
「対価は求めません。けど、割り勘です。」
その言葉に、ゆきは大笑いをした。
「じゃあ、そのナンパ、受けて立ちましょう。」
そういうと、ゆきは成宮の手を握り返した。
**
成宮のいうケーキ屋は、ここから歩いて10分ほどのところにあるという。
空はどこまでの澄み切った青空だ。
「一人暮らしだと、料理とかするのですか?」
「結構するよ。うまいか下手かは別としてさ、作るのは好き。」
たいしたことないよ、と歩きながらゆきは笑った。
「いえ、料理なんて、あんな難しいものできる人は天才だと思います。僕なんて専らコンビニですから。」
隣で歩く成宮があまりにも真剣な顔をして答えるものだから、それだけでゆきは笑いそうになる。
「あれ、成宮くんも一人暮らし?」
大通りから外れた細い路地を歩きながら、ゆきは成宮にたずねた。
「えぇ。両親はまだ上海です。相変わらずラブラブで、息子が日本の大学行きたいと訴えたら、あっさり一人暮らし決定です。邪魔者は出てけ、なノリです。」
成宮は、仕方ない両親ですと苦笑した。
「望月さんのご両親は?」
成宮はさらっと聞いてきた。
「あ、あぁ。いないよ。母は他界、父は…生きてるかもしれないけど、私が小さいときに離婚しててさ、よくわかんない。」
ゆきは、さらっと答えた。
成宮はそれを聞くと、足を止めた。
「すみません。」
ゆきは、足を止めた成宮を振り返ると小さく微笑んだ。
「気にしてないから平気。まぁ、親代わりの祖父母が健在だからね。変わり者だけど。」
「変わり者?」
成宮はゆきの元に大また歩きで追いついた。
「うん。なんていうかなぁ。新しいもの好き?何でも挑戦したがるの。」
「なんか、そういうの、いいですね。頭固くないって言うか・・・」
成宮は、言葉をそこでとめた。
ゆきには、そこで成宮があえて会話を切った、そうおもった。
会話としては、成立しているからだ。
数歩すすんだところで、今度は足を止めた。
「成宮・・・くん?」
不審に思い、ゆきが成宮を振り返ると、そこには、ずっと前を見据えたまま
硬い表情の成宮が立っていた。
「どうしたの・・・?」
ゆきが眉根を寄せて、成宮に尋ねた。
今までにない、成宮の緊張感に、ゆきは不安感を強く覚えた。
そのとき、ゆきの耳元で、甲高いキーンという音が響いた。
思わず耳を両手でふさぐ。塞いでも、不快なその音は小さくなるどころか大きくなっていく。
空は、青いままなのに。
ゆきは耳をふさいだまま、そっと辺りを見回した。
まるで違う町に来てしまったかのように、周りには誰もいない。
空気の色が、違う。
ゆきの背中を、震えのような痺れのような感覚が這い上がってきた。
何かが、違うのだ。
今までいた場所と。
そして、この場所の感覚は。
「望月さん、僕から、絶対離れないで。」
成宮はゆきの前に回りこむと、そう強く言った。
いつもの、やわらかい声とは違う、意志を持った強い声だった。
「成宮くん・・・」
この場所の感覚は、あまりにも似ていた。
ゆきは、成宮の真後ろから横後ろに少し身体をずらした。
その感覚は、ゆきが、追われているときの感覚、そのものだった。
二人の数メートル前には、漆黒の闇が蠢いていた。
ゆきは目を見開いた。逃げなきゃと足を動かそうとするが、足が地面に縛り付けられたかのように動かない。
そのとき、目の前の闇が凝縮されたかと思うと、別の形に変化した。
黒くて大きな、戦国武将の鎧。目の部分が深紅に輝いている。
成宮は左手を後ろに回し、ゆきが羽織っているパーカーのすそをつかんだ。
意外と大きいその手は、大丈夫と言っているように感じた。
次の瞬間、鎧はすべるように二人に向かってきた。
動けないゆきは、大きく息を呑んだ。成宮も動かない。
「禁。」
鎧と衝突する直前、成宮はつぶやくように言葉を音にし、空いた右手を目の前に振りかざした。
彼の手の先5センチほどで、鎧は何かに阻まれたかのように動けなくなった。
そのまま、後ろに数メートル飛ばされる。
「裂波。」
立て続けに、成宮は今度は氷のような声をあげ、右手を横に払う。
横に払ったその手から鋭い空気の断層が鎧に向かった。
ところが、それが鎧と衝突する前に、鎧が二人の前から立消えた。
成宮は後ろを、ゆきを振り返った。
これ以上ないほど、目を見開いて、見ている先はゆきではなく、ゆきの後ろだった。
その視線にゆきが振り返ったのと、成宮が「しまった」と叫んだのはほぼ同時。
振り返ったその先には、刀を振りかざした鎧が、赤い目で二人をにらみつけている。
咄嗟に、ゆきは自分の右手を突き出した。
「すすぎっ!」
絶叫にも似た声が響くのと、刀が二人に振りかざされたのはほぼ同時だった。
刀は、ゆきの右手を掠める直前で宙に浮いた。
鎧が、一瞬だけ動きを止めた。その瞬間を成宮は見逃さなかった。
「裂波!」
その空気の断層は、鎧を横に真っ二つにしたかと思うと、一瞬にして跡形もなく消し去った。
・・・・気づくと、耳鳴りが止まっていた。
ゆきは、その場にへたりとしゃがみこんだ。
成宮は立ち尽くしたままだった。
気づくと、町の往来も戻っている。
空気が、いつもの町の空気に戻っている。
「・・・すごいや。」
成宮はぽつりとこぼした。
そして、ゆきの隣にしゃがみこむと、顔をくしゃくしゃにしてゆきに笑いかけた。
「すごいや。すごい力だよ。びっくりした。すごくびっくりした。」
そういいながら、ゆきの右手を手にとってぎゅっと握り締めた。
***
「すごいのは、成宮くんのほうだよ。」
結局ケーキ屋には行かず、ちょうど目の前にあったカフェに二人で入った。
さっきから成宮は、ものすごいはしゃぎ様だ。
ゆきがたしなめるように言うと、成宮は首を大きく振った。
「そんなことありません。じゅうぶんすごいです。」
そういうと、目の前のコーヒーをおいしそうに飲んだ。
「だって、ちからの使い方とか訓練とか受けてない、んですよね?それであそこまで使いこなしているのですから。」
僕ができるのは、特訓の成果ですから全然すごくない。
途中で、成宮はクッキーを頬張ったため、もごもご言わせながら話をしている。
「特訓・・・?」
ゆきは首をかしげた。そもそも、成宮にはすすぎのことは一言も話していない。自分の「ちから」のことは一切だ。
「あぁ。すみません、先走りました。ちゃんと説明します。」
クッキーのかけらを飲み込んで、コーヒーを飲んだ成宮は、一息入れて話を続けた。
「ああいうちからを持っている人たち…術者って呼んでますけど、大きく二つに分けられるんです。ちゃんと訓練を受けた人と、そうじゃない人。
僕は前者です。で、ゆきさんは・・・後者?」
ゆきは二度うなずいた。
「ちゃんとした訓練も受けずに、ちからを制御している段階ですごいです。普通は、力に呑み込まれてしまいます。強大なちからになればなるほど。
それを御するために訓練があります。けど、ちゃんとした訓練を受けられるのは、ごく僅かです。」
そもそも、社会概念として認められていない、いわば「魔法の力」。
それに対する訓練なんて、当然余程のことがない限り知りえない話だ。
「僕の家がそういう家系だったので、僕は偶然にも訓練を受けられました。」
その言葉を聞いて、ゆきはふと一つの可能性にぶつかった。
成宮のちからは、弘樹のそれに似ている、いや、同じではないか。
「皇子・・・」
言葉を発するつもりはなかったのだが、ゆきは思わず自分の考えをつぶやいた。
成宮は、もしかして、だ。
「え・・・あ、知ってるんですか?」
成宮はきょとんとゆきをみやった。
「知らないの。よくわかんない。ただ、そういう言葉を聞いただけで…ねぇ、皇子って…」
ゆきは慌ててそういうと、口をすぼめた。
「・・・知らないほうがいいと思いますよ。ただ、一ついえるのは、その家系は術者を輩出しやすい…ってことですね。」
日本に幾つかあるその家系のうち、最も力が強いとされる家系は京都に集中しているという。
「僕の遠い親戚がそういう、皇子の家系です。僕は分家です。」
そういうと、成宮はコーヒーマグを口に近づけた。
「まぁ、こんなちから持っていても、たいした得はないですよね。ああいう化け物に狙われやすくなるし、理解してくれる人は少ないし。」
成宮がはしゃいだのは、同じようなちからを持った人が突然目の前に現れたからだという。
理解者が目の前にいることがどれだけ救われるか、ゆきにも痛いほど分かる。それはゆきも同じだからだ。
「けど。ごめんなさい。巻き込んでしまいました。」
今更ですけど、と成宮が謝った。
「狙われたのは、僕なのに・・」
「違うの。」
ゆきは成宮の言葉をさえぎった。
「違うの。たぶん、たぶんだけど、私が。。。」
狙われた。ゆきはそういうと下を向いて肩を震わせた。
成宮の顔が強張った。いつもの笑顔がぎこちなくなった。
「心当たりが、あるんですか?」
成宮は身を少し乗り出した。テーブル越しのゆきとの距離が少し縮まる。
決して強い口調ではなく、けどちからのある口調でゆきに問いかける。
ゆきは、こくりと首を縦に振ると、ぽつりぽつりと話し始めた。
毎夜のように、黒い影に追われていた、と。
夢の中の出来事と思うのだが、現実の出来事のように感じること。
夢と現実の「つながり」が曖昧であること。
成宮は真剣な面持ちで話を聞くと、一言唸った。
「・・・悩みって、それだったのですか?」
無論それが全てではないが、ゆきは肯定の意を首を縦に振ることで示した。
「こういう悪さをする化け物は二種類います。一つは、俗に言う地縛霊とかその地に住み着く化け物の類。
こいつらは余程の刺激を与えない限り悪さはしませんが、刺激を与えた奴への復讐はとことんです。」
刺激とは、術者の扱う術全般を指す。
「もひとつは、人間から生まれた悪意です。わら人形とか呪いとかがこれにあたります。あと、術者の術の類もこれです。」
そこまで話すと、成宮はコーヒーを飲み干した。
「あれは、どちらかに当てはまるとは思いますが、僕には分かりません。ただ、ゆきさんの悩みを解決するには、どちらなのかをはっきりさせる必要がありますね。」
どちらかはっきりすれば、それに対する対処法もはっきりする。
「僕にこの件を預けてくれませんか?一旦調べてみます。必要とあれば、もっとちからの強い人たちに聞いてみます。」
ゆきには、そういう成宮が非常に心強く思えた。
帰り際、成宮はゆきにお守りを渡した。
首から下げる形の布製の巾着。
「中に、破邪の香を入れてあります。ああいう化け物が嫌がる香です。」
効果覿面といいたいところですが…と成宮は苦笑いを浮かべた。
「あまり、期待しないでくださいね。」
・・・要はあくまでもお慰め程度のものだといいたいのだろうが、その夜からぱったり化け物を見なくなったゆきには
成宮の苦笑いが冗談だったとすら思えてならなかった。
深い森の中のような香りが胸元から鼻奥へ上っていく。
化け物は嫌がるというが、ゆきにはそこまで嫌な香りとは思わなかった。
*****
「あぁ。あれかい?ちょっとした準備さ。怯えたり悩んだりばかりだと、後々面倒だからね。
そのまま、なんだったら僕に惚れてくれたほうが簡単なんだよね……って冗談だよ。
・・・彼らには引き渡せないよ。危険すぎる。僕だって彼らを捨て駒にはしたくない。
・・・あぁ、それ。想像以上だよ。びっくりした。ほんと。
だから、今回の件は、僕が全て片付けるよ。
・・・あぁ、もちろん。危険因子は早々に削除するに限る。これ以上お預けしてたら、六家だって黙ってないだろ?
もちろん、策は考えるさ。そんなに馬鹿じゃないよ、僕だって。
こんなことで、自分の手を汚す気なんてさらさら。
・・・ははは。まぁ、いいや。伝言頼んだよ。」
キョウトにもどるのが予定より大幅に遅くなる、って。
そういうと、携帯電話をぱちんと閉じた。




