白の章 3 彼のココロ
あの日から、弘樹はゆきと一切の接触を持っていない。
弘樹は、実のところ途方にくれていた。
それは、叔父から言われた「選択肢」が原因だ。
退院してすぐに、本家に呼び出しを食らった。
拒否権なしで首根っこを押さえつけられて本家に連れて行かれて、
聞かされた話は、現状のこと。しかし、突拍子もない話だった。
そこで、井田の自首の話も聞いたし、千鶴の退院の話も聞いた。
それだけじゃない。
橘の皇子が、死んだ。
言葉にするとたやすいが、それが意味するものは、弘樹の背を凍らせるのに十分だった。
皇子は、そう簡単に死なない。
特に弘樹くらいの年齢の皇子は、ある例外を除いて、恐ろしいほどの保護の中に置かれる。
例外は、どうしようもない程の病気と、皇子同士の“殺し合い”のみ。
自殺すら叶わないような「保護」だ。事故死だってさせてくれないだろう。
橘が死んだ理由は、病気はありえない。あんなに、「元気」だったのだから。
だから、後者しかありえないのだ。
叔父は言った。「粛清だ」と。
その言葉が、弘樹に追い討ちを掛けた。
その言葉に込められた意味は「キョウトによる暗殺」
その行動に込められた意図は、キョウトは弘樹をこの“殺し合い”の勝者とした。
・・・弘樹にとって重要なのは、そこではない。
キョウトは、弘樹を皇子として見ている。しかも、「橘よりも優れた皇子」として。
弘樹は、皇子としての権利を放棄している、はずだった。そう思っていたが。
実際は呪詛よりも頑丈な檻の中に閉じ込められていた。そのことに、気づけていなかった。
そして。
このことが、周りの皇子たちを刺激した。
今はまだおおっぴらな動きはないが、間違いなく修羅となる。
そして、そのメンバーの筆頭に弘樹がいることは、明白だった。
もうひとつ。
それは、ゆきの話だった。
今回の件でゆきが手にした力は、まさに“殺し合い”におけるジョーカー(切り札)となる。
彼女の後ろ盾、といえば聞こえはいいが、
要は、どの家が彼女の力を手にするかで勝負の力関係が大幅に変わる。
彼女を手にするためなら、おそらくどこも手加減なしだろう。
そして、巫女となるべく、飛ぶための羽をもがれ狭い檻に閉じ込められる。
それだけならまだいい。力だけ奪い取って、そのまま遺棄する…ことも十分に想像の範囲にあった。
叔父は、弘樹に2つの選択を提示した。
「ゆきを救うため」の、選択。
ひとつは、ゆきから力を取り上げること。すすぎと孤血、両方ともだ。
すすぎはもとより、孤血を彼女から抜くことは、当然彼女の生命活動に大きな支障をきたす可能性がある。
下手なことをすれば、彼女の死は、免れない。
ひとつは、ゆきを安倍の家に迎え入れること。ただし、この場合「養子」は不可。
養子となると、六家の承認が必要となる。無論、承認など絶対に下りない。
養子以外で、ゆきを安倍家に迎え入れる唯一の方法は、ひとつだけ。
ゆきを、安倍家の巫女として迎え入れることだった。
叔父は、暗に弘樹にこの選択を迫ったのである。
巫女、それは六家にいる女性を指す言葉。
この場合の、巫女が指す意味は。
「政略結婚だ…」
自分の家に戻った弘樹は、カウンタースペースに腰掛けて、頭を抱えた。
悲痛の2文字を背負って、途方にくれている。
その脇で樹里は、額に手をやってため息をついている。
想像通りだ。ゆきの説得以上に、弘樹という難題がいる、と。
巫女、すなわち「安倍家の嫁として迎え入れる」ということなのである。
しかも、「形式だけの結婚」はまったくの無意味だ。何故なら結婚も六家の承認が必要だからだ。
二人が一緒にならなければならない絶対の理由、がない限り、今回の件での承認は限りなく無理に等しい。
(離れるとお互いが死んでしまうような呪詛がかかっていて…だと呪詛を壊す人がいるし、
いっそのこと身体の一部を接着しちゃって離れられなくするとか
…だめだめだめ。それはゆきちゃんが、かわいそすぎる…)
樹里は、とりあえず「弘樹が嫌がらないだろう」絶対の理由を考えてみたが、どうもしっくりこなかった。
絶対の理由となるのは、たぶん、ひとつしかない。樹里が知っている、そのひとつだけだ。
けど、それは、弘樹にどころか、ゆきにもなんていうべきか、樹里には分からなかった。
「命をたすけてやるから、自分の子供を産んでくれ…ってねぇ、最低の口説き文句だと思う。」
言葉に出して樹里が言うと、弘樹はそのまま地面に埋まっていくのではないかと思うくらいに小さくなっていく。
「んなこと言わなきゃならないなら、死んだほうがましだと思うこの感覚は、絶対に正常だと思う。」
そういう弘樹の言葉は、今にも消え入りそうだった。
絶対の理由とまでは行かないかもしれないが、かなりの高確率で承認を取れるだろう、
樹里の知るたった一つの方法は、二人の間に子どもがいるという事実だった。
皇子の血を受けたものとして、母子ともに「誰も殺せない」立場に立てる。それは、皇子という後ろ盾を得たと同格だ。
理論は、ある。
けど、弘樹の頭も心も、それを受け入れられない。
誰かがゆきを傷つけるか、自分がゆきを傷つけるか。
どのみち、ゆきが傷ついてしまう、ころしてしまう。
とりあえず、当面のゆきの護衛は、高志が術で対応するとのことだった。
無論、「おおっぴらな護衛はできない」と高志には釘を刺されたが、弘樹にはそれが何よりの救いとなった。
―これが、弘樹がゆきとの接触を避けるようになる原因となってしまっていた。




