白の章 1 すすぎと孤血と
けがれなき白は
すべてを映しこむ白
映されるのは、光か、闇か。
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「すすぎ?」
樹里からその話を聞いたとき、高志は珍しく素っ頓狂な声を上げた。
「あの日」から数日が経過した。
当然のことながら、弘樹とゆきは病院に強制連行となった。
あれだけ傷を負い、あれだけの大暴れだ。
少しはベッドの上で大人しくしててほしい、と樹里は嘆いていた。
・・・特に、弘樹はベッドに縛り付けておきたい、とまで言い放っていた。
本気で縛ろうとしていたので、さすがに高志は止めたが。
(あいつ、なにかやらかしたな)
樹里の度を越えた暴れっぷりに、高志にはそれだけは、分かった。
「確信は、もてないけど。たぶん。」
氷のような澄んだ水の色をした刀身。
明らかに人の手を介して作られたものではない。
「すすぎって、あの、すすぎ?」
高志は眉を顰める。
「…可能性、ね。私も本物を見たことあるわけじゃないし。ただ。」
それは、樹里の知識と限りなく一致していた。
「…呪詛を無に返す、、か。」
あの時、ゆきは呪詛の関係に割って入った。
本来なら、ゆきを含めたあの場にいた少なくとも一人が、帰ることができなかったはずだが
実際は、誰も犠牲を出すことはなかった。
犠牲者と見間違えるほどの大怪我だったことは確かだが。
妖刀・すすぎ。
人の世から姿を消して100年以上たつというのに。
「あとね。非常に言いづらい事なんだけど。」
樹里は、ばつが悪そうな顔で切り出した。
「…出雲、行かなくてもよかったかもしれない。」と。
「はぁ?」
高志は、先ほどから樹里に嫌な話ばかり聞かされている気がする。
「た、確かに、ゆきのこと分かったから、それは収穫ありなんだけど。咲ちゃん、だっけ?巫女の女の子。
その子の呪縛は、どうやら私より先に、すすぎが解除したみたいなの…。」
樹里が出雲に飛んだ理由は、ゆきのこと、そして、井田が蘇らそうとしている娘のことを調べる。
そして、彼女たちを縛っているものを解除する。彼女たちの負荷をゼロにすることだった。
咲は確かに開放された。けど、それは出雲が力を緩めたのではなく、第三者の力がかかっての開放だった。
考えられる第三者は、すすぎ、そしてゆき、と考えるのが自然だろう。
「…じゃあ、何だ?彼女はこの短期間で、孤血とすすぎを手にしたって言いたいのか?」
高志は頭を抱えた。
彼女は、連続で宝くじを当てる運の持ち主か、はたまた貧乏くじを引き当てる名人か。
いずれにしても、一生に使える強運も悪運もすべて使い果たす勢いだろう。
「…あとで、ゆきが起きたら、話を聞くけど。」
けど。
樹里は深くため息をついた。
「ねぇ。この後どうする?」
それは、彼女の"監視"の話だった。
今回彼女が関係したのは、彼女の過去が原因だった。
それに関しては、出雲との話はついているので同じ原因で「何か」が起きることは可能性として限りなく低い。
しかし、今回の件で、彼女が孤血を持っていることが露呈している。
「橘家が黙っててくれれば、問題ないのだが。」
利用できる存在を野放しにするほど、社会は甘くない。
ましてや、ゆきは一般人だ。
弘樹や高志のように、自分で自分を守る術を持っていない。
技術だけではない、後ろ盾がない。
「黙ってないでしょうね。尻尾を巻いて逃げるって恥、さらしてるんだから。使えるものは使うでしょ?」
高志に同意を求める樹里の言葉に、高志は当然のことながら同感した。
「それに追加で、すすぎときた。」
自分の手の中に入れておけば、完全に手なずけておけば、無敵とはこういうことを言うのだろう。
樹里はそう思ったが、高志は違うと首を振る。
「それなら護衛の必要ないよ。彼女が、手なずかなきゃいいわけだし。」
そういうと高志は、遠くの空を見上げる。
初夏の空だ。
どこまでも青く高い空を見上げ、高志は続けた。
「そんな『面倒な手筈』を踏むのは、馬鹿。血は抜き取ってしまえばいい、刀は奪えばいい。」
おまえ、あの馬鹿にかなり汚染されたな。高志は、樹里を見下ろすように見て意地悪く言った。
意地悪く、けどうれしそうな、そんな声だった。
けど、状況はあまりよろしくない。
「いっそ、こっちに迎え入れるとか。」
無論これにはゆきの意向もあるだろう。
しかし、高志は首を振った。
「こっちの目的は六家にバレバレ。余程の事情を付加させないと承認されないよ。養子はその点で却下。もうひとつは…」
ゆきの説得以上に、難題が待ち構えている。
高志は、首をすくめた。無理だろう、と声に出さずに言う。
「けど、癪だけど、一番手っ取り早い。」
樹里は、頬を膨らませた。
どのみち様子を見るしかない。
「彼女は僕がみるよ。樹里は、いつもの。」
高志はそういうと、樹里の頭をはたくようになでた。
樹里は若干抗議したいような顔をしたが、大人しく引き下がった。
数日前のように、弘樹のそばを離れてのゆきの守護はだめだ、高志はそう釘を刺したに他ならない。
ゆきも、だが、弘樹も標的にされる。
「今回は、偶然が重なった、だけ。」
樹里は、ため息をついた。
「あいつが、本腰入れない限りは、次の偶然はないと思ったほうがいい。」
けど、弘樹が本腰を入れることは、まずないだろう。現時点では。




