狐の章 13 一瞬の塵
13 一瞬の塵
膝が落ちたとき
弘樹は本気でだめだと思った。
相手が六家の皇子と知ったときから、勝算なんてなかった。嘘じゃない。
相手は、自分以上に「戦」を知っている。六家の皇子たちはそういう宿命を背負う。
弘樹はそれを放棄した、いわば名ばかりの皇子。
ただ、可能性がゼロではないとも考えていた。たった数パーセントの可能性に賭けた。
自分がこの可能性を放棄すれば、ガラス越しの人たちを放棄するのと同じだ。
けど。甘かった。
すべての考えにおいて、橘の皇子は、弘樹の上を走っていた。
目の前が、急にぼやけた。
このままだと、身体が崩れ落ちるのは時間の問題だ。
樹里の泣き声が聞こえる。
・・・なくなよ。
弘樹は目を閉じてわらった。
・・・あとは、たのんだからな。
弘樹は、そのまま胸の鎖を両手で強く握った。きつく瞳を閉じる。
持ちうるすべての力を、その鎖に集中させる。
そのときだった。
大きなシャンデリアの落下のような、ガラスの割れる音。
そして。
握った鎖が、手のひらで爆ぜた。
弘樹は、これが自分の最期だと信じて疑わなかった。
*
爆風が、収まった。
舞い上がった埃や塵が、静かに地面に落ちていく。
誰もが鎖の中央に視線を集中させた。
弘樹は、うつむいたまま動かない。
橘は、これ以上なく目を剥いている。驚愕の顔をぴくりとも動かせずにいる。
そこには、ひざをつき、地に突き刺した刀に寄りかかるかのようにしたゆきの姿があった。
まるで、祈りをささげるかのような姿だった。
しばらくすると、ゆきのもとからすすり泣くような声が聞こえてきた。
「やっぱり、、、だめ、、、」
ゆきの目の端に、ひざをついたまま、うつむいたまま微動だにしない弘樹の姿が映っていた。
今更のように、弘樹の言葉がよみがえる。
誰もが死を逃れることはできない。と。
祈りは、届かなかった。宙ではじけとんだ。
ゆきは目を閉じた。次から次へ感情の波が押し寄せてくる。
閉じた目の端から、あふれ出す、涙。
「だめ、、、なん、で、、、」
ただただ。涙があふれた。
しなないで、その想いは届かずに。
ころさないで、その想いは聞き入れられず。
すべては、自分勝手な想いだった。想いがとどかないのは、自分に下った罰。
けど、
「ひどい、、よ、、こんな、、、」
ゆきは、声を上げた。これ以上ない声で泣いた。
泣くことしかできなかった。
自分の無力さを、力のなさを、激しく悔いた。
銀妃だったら、どうしただろうか。彼女と同じ力を持っていながら、それでも、銀妃なら助けられたはずだ。
こんな無謀なことをせずとも。
鎖は、塵となって舞い上がったのに。
思いは、願いは、塵となった。
「ごめん、、なさい、、、。」
そのゆきの震える肩に、そっと手が置かれた。
隣にしゃがみこんで、そっとゆきの頭に手を置く。
なきじゃくる子どもを、あやすかのように。
ゆきは、一瞬咲かと思った。
けど、その手は大きくてやさしくて。
「・・・もうなくな。」
顔を上げると、弘樹が前にいた。
心配そうに、ゆきの顔を覗き込んでいる。
一瞬、ゆきは心臓が止まったと思った。
自分も弘樹と同じように死んだんだ、とすら思った。
けど、違う。
「・・・死人を見る目で俺を見るな。生きてるよ。」
そう弘樹は、自分の後ろ頭をぽんぽん叩きながら言う。
鎖は、一切なかった。傷だらけだったけど、それでも笑顔だった。
さっきとは別の感情が、心の奥からこみ上げてきた。
涙。けど、それは安堵の涙。
「だぁあ、なくなって。」
弘樹は困ったように眉を寄せて、ゆきの肩をぽんぽん叩いた。
そんな二人の背後に、立ちはだかったものがいた。
「隙だらけだよ。」
橘は、手にしたナイフを振り上げている。
弘樹は、ゆきをかばうように自分の胸の前に寄せた。
「まだ、やるのか。」
弘樹は振り返らず、低い声で問いかける。
「ずるいですね。」
橘は、そういうと手にしたナイフをそのまま下ろした。
「そんな、最終兵器、僕は聞いてません。」
心底悔しそうな声だった。
「ま、最終兵器は、隠し持つのが常だ。」
弘樹はさらりと返した。
弘樹もこの展開を、この結末を想定していたわけではない。けど、正論として返した。
「やめておきます。いまは若干僕のほうが分が悪いようだし。」
そういうと、橘はゆきがにぎる刀を見やった。
「大切に、するといい。」
さもなくば、自らの手を大切な人の血で染めることになる。
橘は、そう言い捨て、背を向け消えていった。
これで狐の章は・・・おわり。
書き足す可能性大です。
(なんせ、書きたいところだけ書いたという乱暴な執筆のため、ほんますみません)




