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狐の章 1 彼女の理由

1 彼女の理由


彼女は、ベッドの上で静かに眠っていた。

一度だけ、それは幻のように

まどろみ開いたその瞳に、この部屋の主・安倍弘樹は正直心が締め付けられた。

「まだ、だ。寝かせておけ。」

そういうと、彼女を連れ込んだ張本人・銀妃は彼女のまぶたをそっとなでた。


銀妃から詳しい話は聞いていない。

どうせ、あの方の企みだ。ろくなことでない。

聞かない方が身のためだ。

長年の経験から、弘樹は口をつぐんだ。

けど、興味がないわけではない。

この女性とどのような関係があるのだろうか、と頭の隅で思う。

それと同時に彼女が来たとき、そのときの痛々しい姿が脳裏をよぎるのだ。

血まみれで、着ていた服も裂かれて

何よりも顔面蒼白。

すでに、息絶えているようにさえ見えた。

今でこそ、息をしていることや、

間違いなく拍を刻んでいることが分かるのだけど。


「まだまだ、要安静だ。」だそうだ。


そりゃそうだろ。とも弘樹は思う。

さらっと聞いた話だが、

妖からの攻撃で瀕死の傷を負い、出血多量で黄泉の川を渡ろうとしてたところを

銀妃の気まぐれで助けたという。

銀妃は、彼女の何を気に入ったのかは分からないが、

あの気まぐれな銀妃が己の血を分け与えたのだというのだから驚きだった。

…と同時に、彼女がかわいそうでいたたまれなくなった。

銀妃は、人間ではない。その血液は人間にとっては所詮異形の血だ、拒絶反応だってある。

そして。

(ははは、あの方にコキ使われるぞ…今の俺みたく)

むしろ、その使われ方は弘樹以上かもしれない。

形はどうであれ、血の契約であることには変わりない。

血の契約には主従関係が生まれる。

それは生死にすらかかわる、強過ぎる絆だ。


弘樹は、右手で印を結び、結界を一瞬だけ緩めて部屋に入る。

可能な限り清廉な気の中で静養させる必要があるため、静の結界を張り巡らせている。

「あ、ヒロ〜」

彼女の脇で術(拒絶反応を最小限に抑える)を施し続けている、樹里が振り向く。

「心配ないない。全然拒絶してないから、いい子だよ」

両耳のところで赤銅色の細い髪を結った幼い顔つきの樹里はにまっと笑った。

彼女も、人間ではない。弘樹が幼いときからそばに居る「式」だ。

「いつ、目覚める?」

「うーん。拒絶はしてないけど、今はまだ…」

樹里の言葉がよどんだ。

「同調、っていうのかな?やっぱり難しいみたい。」

「そうか・・・」

そういうと、弘樹はおもむろに掛けなれていないメガネをはずそうとした。

「ヒロ〜だめ〜はずさないで〜」

樹里が慌てて両手を大きく振って非難する。

「ヒロがそれはずすと、多分拒絶が入る〜。」

メガネに手をやった弘樹はそのまま固まってしまった。

「なんでだよ?」

確かに、ここにくるときは当面メガネをかけてきてといったのは、樹里自身だ。

しかし、なれないメガネのせいで、彼女の状況を、的確に把握することが出来ない。

「あーもー。大なり小なり…」

「お前は、我が一族の血を引いてるのだ。むやみに晒せば、刃となってこの娘の血が暴れる。」

ふっと、空間がゆがんだと思った瞬間、地に着くほどの銀の髪をなびかせた女性が現れた。

明らかに人ではない、そんな空気をまとったこの方こそ

目の前の彼女に、自らの血を分け与えた、銀妃、その方だ。

弘樹は、この方の真実の名を知らない。

知っているのは、この方が神の眷属・天の狐であることだけ。

地に届くほどの、豊かで繊細な銀の髪から「銀妃」と呼ぶこと、それだけを許してもらっている。

しかし。

「うげ。」

弘樹の口から、そう漏れたかもしれない。

弘樹は、この方が大の苦手、なのだ。いままでろくな目にあったことがない。

顔色も、瞬時に青ざめただろう。

間違いなく自分の体内の血という血が全部自由落下した、気がした。

「そんなことも知らずに、術を使うとは、我の玩具を壊すつもりか」

内容は怒ってる。けど、口調は穏やかで、けど、さりげなく酷いことも言ってる。

「壊しません壊しません滅相もございません。」

弘樹の辞書には、この方を敵に回してはいけないと

それはもうはっきりきっぱり書かれている。

まず、この世界で生きていけない。

「分かればいいのだ。人の子よ。」

そういい残すと、また空間をゆがませて、妃は消えた。

妃の姿が完全に消えたことを確認すると、弘樹は深くため息をついた。

「・・・あーあ、また怒らせちゃって、あたし知らないよ。」

その姿をみた樹里はボソッとそういうと、すうっと姿を消した。


はぁ・・・

2人が消えた後、弘樹は大きくため息をついた。

自分の式のはずなのに、自由気ままな樹里はともかく

銀の妃だけは、味方にしておきたい。

銀の妃は、神の一族に連なる存在だ。天狐だ。

大昔、平安時代に、弘樹のご先祖様が天狐の子どもだった…なんて

御伽噺みたいで信じられなかったのだが

銀の妃が弘樹の前に現れれてから、それが真実として突きつけられた。

ほんの数パーセントかもしれないが、間違いなくその血は脈々と受け継がれている。

しかも、厄介なことに、この血の継承はその血族すべてではないという。

何代かに数名、数パーセントの奇跡を起こす。他はゼロなのだ。

かくいう弘樹も、その何代かに数名の1人だ。

(嬉しくもないが)

銀の妃によれば、弘樹はその中でもパーセンテージが大きい、らしい。

だから、絡まれる。異形のものとか化け物とか。

銀妃とか。

ふと、ベッドに眠る女性の顔を見る。

だいぶ血色が戻って、ずいぶんやわらかい顔だ、と思った。

栗色の髪が枕元に広がっている。

目覚めたら、目覚めたらで、大変なんだろう。

自分と同じ思いをするであろう、年頃も自分と同じくらいのやわらかい寝顔に苦笑いをした。


それは、同情の笑みか。それとも、同胞を歓迎する笑みか。


自分自身にも分からなかったけど。




「で。用件は?」

「あー。そんなにカリカリせず。」

弘樹は、カウンターに淹れたてのコーヒーを出した。

「ヒロ、ごまかさない。電話じゃ通じないからわざわざ来たんでしょ?」

そういう彼女は、出されたコーヒーにちゃっかり砂糖を入れてスプーンでかちゃかちゃ混ぜていた。

「こういうこと頼めるの、姉さんしか居ないんだよ、俺。」

そういうと弘樹は、顔をくしゃっと困ったように皺を作った。

彼女は、弘樹の「姉さん」れっきとした血縁だ。名を、朱音という。

「で、なに。『訳あって、女の子を匿ってるから、その子の服とか買ってきて欲しい』って、まさか、あんた…」

朱音の目が半開きになる。

「勝手に家を出ておいて、誘拐とか、犯罪とかそういうのに手を染めてるんじゃないわよね?」

完全に疑われている。

「違う断じて違う。」

弘樹は、きっと睨み返した。弟のことを信じられないと言うのか?

「ま、あんたにそんな根性があるとは思えないけど。」

朱音はあっさり引き下がると、コーヒーをおいしそうにすすった。

「で。どんな子なの?サイズが分からないと買って来れないよ。」

弘樹は無言で二階を指差した。

ひどい話、彼女が目覚めてから、樹里が部屋に入れてくれないのだ。

確かに、彼女が身に着けていたものは、とても着れる様なものではなかったので

そのまま捨ててしまっている。

代わりといっては何だが、新しいTシャツと短パンは用意したし

樹里がそれに着替えさせた、という話は聞いている。

なのに、樹里の剣幕はひどく「ぜったいぜったいだめだめ!!」だ。

仕方なく、女の子の服って言ったら…と朱音を呼んだのだ。

「多分ね。樹里ちゃんが怒った理由、分かる気がするよ、バカヒロ。」

苦笑とも失笑とも取れる笑みを弘樹に投げて、朱音は奥の階段に向かった。

「樹里ちゃーん、お邪魔するよ。」

朱音は、樹里を見ることはできない。

安倍家に生まれたが、見鬼の才能はない。そういう「ちから」が一切ない、普通の人間だ。

ただ、そういうものを見られる人が多い環境で育ったため

普通のヒトと比べると、その存在を認知している。

それだけでも、十分普通じゃないだろう。

だから、朱音は、樹里のことを「知って」いるのだ。


10分もたたずに、朱音は2階から降りてきて

「バカヒロ。2階は立ち入り禁止だからね。」と言い捨てて外へ飛び出していった。

30分後戻ってきた朱音は、どたどたと、2階に上がっていく。

「おいこら!状況くらい教えろ!」

弘樹が叫ぶと、

「あと1時間待ちなさい!」と階上から怒鳴られた。

直後、ちょこんと樹里が階段の上に現れ

「大丈夫だよ。朱音に任せて。」にっ、と笑顔でピースした。


その20分後。

この場所では絶対に有り得ない衝撃が弘樹の全身を襲った。

目の前が、一瞬、白黒写真のように色を失った。

心臓が自分とは違う生き物のように、どくんと跳ね上がる。

その衝撃に洗い物の手を止め、元凶を探ろうと階上を見上げた瞬間。

耳をつんざくような、悲鳴が聞こえた。

朱音だ。その声を認識するか否かの瞬間に、昌樹は階段を駆け上がった。

ありえない状況に、弘樹の頭が混乱している。

ありえない。けど、現実から目をそらしてはだめだ。

階段を上りきると、そこには禍々しい空気が広がっている。

足元に絡みつくねっとりとした感触。無意識で振り落とす。

悲鳴の元は、風呂場だった。

「ゆきちゃん、ゆきちゃん!」

弘樹が風呂場に飛び込むと、朱音がずぶ濡れになりなりなりながら、浴槽のふちに寄りかかっている女性の肩をゆすっている。

「姉さん。どうした…」

彼女はぴくりとも動かない。

「ヒロ、どうしよ、どうしよ…」

息してないよ。ようやっと、朱音はそれだけ口にした。

女性の顔は見る見る青ざめていく。

弘樹は、意思なく下を向いた顔を上に向かせると、自分の耳を顔に近づける。

息をしていない。

否。

おかしな音がする。重い、禍者の声だ。

「姉さんどいて。」

息をしていないのではない。気道を塞がれ、息が出来ないのだ。

弘樹は静かに真言を唱え、

右手で九字描き、最後の一線を力強く禍者めがけて切りつけた。

瞬間、彼女の口元から大量の水があふれ出た。

「ゆきちゃん!」

朱音が弘樹との間に割って入り、彼女に抱きついた。背中を必死にさする。

女性は咳き込みながら、気道に入り込んでいた水をすべて出そうとあがいていた。

短い呼吸を繰り返し、肺に呼気を充満させていく。

「さすが。弘樹頼りになる〜」

背中をさすってあげながら、朱音は昌樹を見上げた。目尻に、涙があった。

目線を朱音から、女性に移した瞬間

「バカヒロ〜出てけ!出てけ!」

弘樹は後頭部をものすごい勢いで殴られた。

樹里だ。殴られた衝撃で前のめりになりそうな弘樹の髪を後ろに引っ張り、乱暴に風呂場から引っ張り出した。

樹里の剣幕に、朱音も我に帰り、風呂場から弘樹が出た瞬間、バシッと風呂場の扉を閉めた。

「ヘンタイヒロ〜」

「ちょ、ちょっと待て、何だよその言い草!」

引っ張り出され、廊下に投げ出された弘樹は、体勢を立て直すと樹里に向き合った。

「なーにーとぼけてるの?むちゃくちゃみてたじゃない!」

「はい?」

「ゆきちゃんの、ハダカ!」

「は…」

次の瞬間、顔一面、耳の先まで赤くなった弘樹が居た。

思い出せ…なくもない。

術に集中していた、とはいえ、湯気の中だった、とはいえ。

脳みそのどっかで、その透き通ったやわらかい白い肌に(きれいだったなぁ)とか言っている、気がする。

「ば、ばかいえ!俺は、退魔術をしただけだ!」

そういって、ぎこちなく立ち上がると、ばたばたと階下に下りていった。


「何を赤くなってる。のぼせたか。」

怒りか恥ずかしさか、もう訳の分からない状態で1階のカウンターに戻ると

冷めた表情の銀妃がカウンターに座っていた。

「のぼせてなんて居ません!」

あぁ、これは怒りだ。弘樹はそうまとめると、途中になっている洗物に手をかけた。

「女子の肌なんて、見たところでのぼせんだろ。・・・まだまだだな。」

「なーにーがーまだまだなんですかっ!」

一瞬だけ、皿を投げつけたくなったが、弘樹の理性が寸手で止めた。

くっくっ、そう銀妃は下を向き、忍び笑いをする。

(人間とは、本当に面白い生き物だ)銀妃はいつもそう思う。

「時に、人の子よ。今の騒ぎは…」

銀妃は、今の騒ぎを知って現れたのだ。

それを敢えて弘樹に問うた。

「あぁ…気道が禍者に塞がれ…え?」

何でだ?

はっとして、階段を見上げた。

いつの間にか、あの時感じた禍々しいと感じたものは消えていた。

「悪魔だろうがなんだろうが入れない、すごい結界とやらは、嘘だったと。」

淡々と銀妃は厳しい物言いをしたが、弘樹にはその言葉は耳に届かなかった。

ここは、結界を張っている場所だ。

家全体に張り巡らした結界は、その家の主人の頑固さと

・・・まぁ、めんどくさいことを嫌がる性格の現れだろうと、以前銀妃がからかったことがある。

もともと、妖を呼び込みやすい主人・弘樹なので

家に禍々しいものは一切合財入り込むことができないようにしているのだ。

また、万が一結界が破られ妖が入り込んだら、

主人がすぐ反応できるように仕掛けを施している。

念には念である。

しかし今回、主である弘樹が気づいたときには、すでに手を下されていたのだ。

弘樹の反応が遅かったわけではない、まったく反応がなかったのだ。

銀妃の指摘は、悔しいが間違ってはいない。

昌樹は、右手を口元に当てた。

禍者が、どこから入ってきたのか。

そして。彼女を狙ったのは何故か。

「時に銀妃よ。俺からの質問はなしか?」

手を口元に当てたまま、昌樹は切り出した。

「内容によっては答えてやろう。なにせ…」

そういうと、銀妃は自分の脇腹をそっとさすった。

「あやつが、ああいう目に会うと、私もここが痛くてたまらん。」

痛いといっている割には、バカにしたような笑みと口調で銀妃は答える。

血の契約、それは一蓮托生。相手の痛みを己も背負うということ。

とはいっても、この方にはそんなに重いものではないらしい。

「彼女のあの怪我の原因」

そういうと、弘樹は銀妃の細い目をまっすぐ見据えた。

銀妃の顔から笑みが消える。

「推測の域は出ないが、それと、この件は関係あるのではないのか?」

「ある、といったら、どうする?」

「え…?」

不意をついた妃の発言に弘樹は、どうする、と言われても…とまゆを寄せた。

「助けるのか?」

銀妃は言葉を言い換えた。

違う。

弘樹は分かってしまった。この方は、暗に助けろと命令しているのだ。

しかも、あくまでも弘樹が、助けたいと言う意思を持っているかのように。

けど、実のところは

(拒否しても、このあと絶対に言いくるめられる…)

ははは。笑うべきか泣くべきか、弘樹は笑うことに決めた。

とびっきりの苦笑いだ。

「自分に出来ることなら。」

弘樹のその言葉を聞き、銀妃はとても満足そうだ。

そりゃそうだろ。自分の思い通りなのだから。

その非難の思いを、弘樹は自分の胸の中にしまいこんだ。



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